16話 口止め料で飲む酒は、なんとも侘しい友情の証
【フィフィー視点】
「……で? 調査を取りやめて欲しいってのは……?」
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「あー……うん、そう……。フィフィーの動向の調査は本件の調査とは全く関係性がないことが明らかになったので? その……色々と相談に乗ってありがたかったけど……、ここでストップにして……欲しいなぁ……なんて……?」
「…………」
エリーのたどたどしい説明に、クラッグさんは苦い顔をしていた。
「……とりあえず、もう少し分かるように説明してくれ」
ここはわたしたち冒険者の拠点の宿のクラッグさんの部屋だ。
わたしのBL本嗜好がエリーにバレた後、ここに向かったのであった。時間は夜更けも夜更け。失礼な時間ではあるが、連絡報告は早めにやっておかないといけない。
というのも、エリーはわたしに疑いを持った時、パートナーのクラッグさんに相談していたのだ。そしてクラッグさんは他の冒険者に協力を集い、わたしの監視を行っていたらしい。時々感じるピリピリとした空気はこれだったのか……。
という訳で、この監視を解除して貰わなきゃいけない。『オブスマン』の調査のはずなのに、わたしのBL本調査に時間をかけて貰う訳にはいかない。つーか、やめて、本当、本気で……。
「なるほど、分からん」
「うぅ……」
そんなこんなで、エリーはクラッグに事情を説明しているのだが、肝心の『BL本』という部分を隠して説明して貰っているため、どうしてもエリーの説明はたどたどしく穴の開いたものになってしまう。
ごめん、エリー、難しい役どころを頼んで……。
「ま、言いたいことは分かる。要はフィフィーの監視を解除して無害であることを伝えて欲しいって事だろ。だが説明するには責任が伴っちまう。不確定な情報を流すことは出来ねえ。
……その、調査とは関係ないフィフィーの『秘密』ってのは、どうしても言えねえことなのか……?」
「か、勘弁して、頂けたら、なぁ……なんて……」
わたしは声を振り絞った。めっちゃ居た堪れない。
「無理やり聞き出したら、フィフィーは泣きます」
「そりゃ、怖え」
ちなみに今、わたしだけが正座だ。申し訳ないから自主的に正座している。
……これやっぱ隠し通せないかなぁ……。
「フィフィーは何か言いたいことあるか?」
「……クラッグさんは何人にわたしの監視を頼んだの?」
「7人だ」
「……じゃあ、これ、口止め料ということで……」
「金だーっ!?」
エリーが騒いだ。
「汚いっ! 汚いよ、フィフィーっ! 今夜だけで僕のフィフィーへの評価、ストップ安だよっ!?」
「……でも、この方法が、一番……、ストイックなんだよ……」
「ストイックってなんだっけ!?」
でも本当にこの方法が一番基本なんだよ。冒険者にとっては。
クラッグさんがわたしの金に手を付け、数え始めた。
「確かに、情報のやり取りは金で。情報料に口止め料。冒険者の基本ではあるな。……って、なんだこれ? 相場より多くねえか?」
「それは、あやふやな情報で皆の行動を振り回すお詫びです……」
「あー……」
クラッグさんは大きなため息をつきながら、困ったように頭を搔いた。
「いい。他ならぬエリーとフィフィーの頼みだ。他の冒険者たちは俺が責任もって説得しといてやるから。あと金は半分でいい」
「え?」
「こっちとしては結局なーんの情報も仕入れてねーんだ。それなのに、多めの口止め料なんて貰えねえよ」
そう言われて、出した金を半分返される。
くっ……! 今宵、なんて情けないわたしっ……! S級冒険者なのにっ……! 苦心して築き上げたS級冒険者なのにっ……!
あと、クラッグさんは『他ならぬエリーとフィフィーの頼み』って言ってたけど、別にわたし、そこまでクラッグさんと仲良くないんだけどなぁ?
「だが、1つ確認だ。この件は本当に今回の調査の件とは全く関係ないんだな?」
「……うん、本当に関係ないよ」
「犯罪とか、やましい事では絶対にないんだな?」
「……う、うん。犯罪では……ないよ……?」
「おい、エリー、俺の目を見て言いやがれ」
エリーーーっ……! そこは自信をもってはっきり言って!?
「いやいやいや! やましいか、やましくないかと言われれば、正直言って僕の中ではやましい判定になるけど! でも! 悪いことでは決してないから! 犯罪性は皆無です! はい! そこだけは胸張って言えます!」
「……めっちゃ限定的に胸張られてもな」
慌てるエリーにクラッグさんはめちゃ渋い顔をした。
「あー、わかったわかった。後は何とかしといてやるから、今日はもう帰りなさいな。なんか、滅茶苦茶下らないネタの雰囲気もあるしさ。もういいよ」
バレてるっ!?
「なんか……、ほんと、もう、すんません……。あ、あとエリー。これ、エリーの分の口止め料」
「うわぁ……。なんかこれ、すっごく受け取りたくないんだけど……」
エリーは汚い金を見て苦い顔をした。
「受け取っとけ、エリー。こういうのは必要な契約みたいなもんだから」
「そうなの?」
「あぁ。金を貰ったら情報は一切口にしない。金を貰った上で情報を口にしたなんてことが明らかになったら、もうそいつには碌な情報が回されねえ。口止め料ってのは、契約で、責任みたいなもんだからな」
「そういうものなの、エリー。後で一筆書いて貰うから。『口止め料頂きました』って」
「へー」
その一筆が無いと、私は怖くて夜も眠れない。
「じゃ、じゃあ……ここらでお暇させて貰うよ……。なんか、本当、ごめんね、クラッグさん……。迷惑かけて……」
「おう。気にすんな」
正座を崩して立ち上がる。あ、足が、痺れて……。
「ねぇ、フィフィー。これから酒場でも行かない? この金ぱっぱと使っちゃいたいんだけど。奢るよ?」
「う……自分で出した口止め料で奢られるとか……。いや、でも、わたしも飲みたい気分……。愚痴言いたい気分……」
「それって僕に対する愚痴だよね? なんで本人が愚痴を聞かされなきゃなんないのか……」
それでも2人でクラッグさんの部屋を出ようとした。
「……なんかお前たち、お互い気安くなってねぇ? そんなんだっけ?」
そりゃ、気安くもなるだろうて……。そりゃ、アレ知られて、敬語が保たれるわけはなく……。
こうしてわたしは同い年の飲み仲間が出来たのであった。
* * * * *
あ゛~~~~……、頭痛い……。
昨晩は夜通しエリーと飲んだからなぁ……。
わたしは1時間の仮眠をとってまた朝を起きたのだけど、やっぱり気分は最悪で頭は痛く2日酔いが酷い。ほんと、昨日は厄日だったからなぁ……。あいたたたたた……。
今日の調査はリックに迷惑かけないようにしないと……。
というか、愚痴ろう。エリーにも愚痴ったけど、リックにも愚痴ろう。リックを困らせてあげよう。アレをリックにバレた時のリックの魂の抜けた顔は忘れられない。アレの表紙を覗きながら、フリーズして意識が飛んでいる驚愕のリックを見ているとなんとも申し訳ない気持ちと情けない気持ちが込み上げてきたものだ。
変な恋人を持たせてしまって申し訳ない気持ちだ。
「あ゛~~~~~…………」
頭痛った……。
頭は痛いが、今日もまた新しい1日が始まる。
昨日までのわたしに関する騒動はすべて終わりを告げて、また新たに調査を開始しないといけない。今までの現状を見直し、分かっていることと分かっていないところを整理しないといけない。
ともあれ、今日は気分も一新、新たな調査のやり直しの日だ……。
―――と、エリーは考えているのかもしれないが、わたしの方はそうでもない。
わたしにはまだ分かっていない秘密が存在する。
それは2日前、わたしがクラッグさんに尋ねた問題だ。
『エリーとは何者か』
その問題がわたしの中で全く解決していない。
エリーは気付いているだろうか?わたしがまだエリーの経歴、正体に疑問を持っていることに。
エリーとしては、自分がわたしの調査をしていたから目を付けられ、自分の調査をされていると解釈しているかもしれないが、それとは全く関係ない。わたしは今回の騒動が無くても彼女の存在に対して疑問を持っているのだ。
まだ世間は彼女の凄さに気付いていないが、エリーは冒険者の中でも超有望なルーキーだ。いや、もう2年経っているからルーキーという表現はおかしいかもしれない。だが、今の冒険者ランクと経験年数に見合わぬ実力を持っている。彼女たちはいつも安い仕事をよく受けているために気付かれにくいが、少しだけ一緒に仕事をしていると分かることがある。あれは異常だ。
エリーはまだDランクの冒険者だが、実力的にはA-といったところだろうか。経歴は不明、家柄も不明、出身はボルーボの村だとクラッグさんは言っていたけど多分嘘だろう。それだけ普通なのならば情報屋が調べ損なう筈ないのだ。
大体、あの意味不明の塊のクラッグさんとコンビを組んでいる時点で普通じゃないのだ。その点エリーが自覚しているかどうか分からないけど。
そして彼女がやっているという『秘密の仕事』。
それがわたしに彼女についてある疑惑を持たせている。
エリーがオブスマンの死体を何度も見ていると取れる発言をしたこと。
エリーがクラッグさんの言った『女狐』をすぐにイリスティナ様だと判断できたこと。
まだある。
エリーが王城からの招待を『秘密の仕事』のため、簡単に断れたこと。普通は王城からの招待が優先だ。
そしてイリスティナ様がレッドドラゴンの本当の討伐者をクラッグさんだと見抜いていたこと。まるで実際に現場で見てきたかのように、微塵に疑いなくDランクがレッドドラゴンを討伐したことを信じていたこと。
―――つまりは、イリスティナ様が主催していた城のパーティーにエリーがいなかったことが問題なのだ。
さて、今日も仕事だ。
自分の依頼主の意向、動向を把握するぐらいなら、これも冒険者としての立派な仕事だ。依頼主に疑問を感じたなら、冒険者は自分の身を守るために依頼主の方を調べる。当然の行いである。
イリスティナ様の事を調べることで、エリーの目を丸くすることは出来るだろうか。その光景を思い浮かべると、少し楽しくなってくる。昨日の意趣返しは出来るだろうか?
さてさて、そう考えてくると重い頭も少しは軽くなってくるというものだ。
今日もお仕事頑張ろうと、わたしは自室の扉を開けて、まずは食堂へと向かうのだった。
「おいおい! 今度はビリー達が『神様の悪戯』の被害を受けたらしいぞ! 裏路地で倒れてたって!」
「今度は4人もやられたらしい! こりゃやばいぜ! 敵はかなりの実力者だ!」
「かーーーっ! 腕が鳴るぜっ!」
……食堂に入ったら、騒ぎが起こっていた。
わたしがアホな夜を過ごしている間に、また事件が起こってしまったらしい。
なんか……、ほんと……。情けないなぁ……。
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