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163話 百足の会合

 夜更け。

 暗闇が幕の様に下り、黒の色がしんしんと世界を染め上げる。


 村の者は子供も大人も皆寝静まっている。明日の畑仕事に備え、家の明かりを消し、村の中から明かりと音が消え去っている。

 ロビンもその義理の母もベットの中に潜り、すやすやと心地よく眠っている。


 だが村長の家のある一室で、幾人の人が寄り集まり寝もせず、顔を突き合わせていた。

 蝋燭の光が暗い部屋を淡く照らす。光は小さく、部屋のほとんどは暗く、お互いの顔がギリギリ見える程度の明るさであった。


 黒いフードを被った人たちが円を作り、部屋の中に座っている。

 部屋の奥には『ジャセスの百足』の現団長ローエンブランドンと、前団長でこの村の村長のヴィリージアが座っている。


 円の中心にはリックとフィフィーが膝を付いて、団長、前団長と向かい合っている。


「では、リック、フィフィー、両名」

「はっ」

「はっ」


 ローエンブランドンが声を発すると、リック、フィフィーの2人は恭しく頭を下げ、その額を床に擦り付けた。


「其方達は規定の任をこなし、儀を完遂したことにより、これより正式に『百足』の一員となる事を認める」

「ありがとうございます」

「これから先、『百足』の組織の為切磋琢磨奮励し、その身を組織に奉じ、その命を組織の為に捧げる事を期待する」


 ローエンブランドンがそう言い終わると、ヴィリージアが2人の前に移動し、ふんだんに装飾が為された短刀を2人に差し出した。


 リックとフィフィーは頭を下げたまま手を前に差し出し、その儀礼用の短刀を受け取る。

 それは裏社会の組織『ジャセスの百足』の一員が持つ短刀であった。


「有難く頂戴させていただきます」


 2人がそう言うと、ヴィリージアが小さく頷き元の場所に戻っていった。


「顔を上げろ」


 ローエンブランドンが言葉を発し、リックとフィフィーの2人が頭を起こす。


 2人はまだ10歳の小さな少年少女だ。

 顔にはあどけなさが残り、体躯も発達途中である。


 そんな幼い2人が裏社会の組織の入団規定の要項を満たし、今日晴れて正式に『ジャセスの百足』となるに至った。

 この場はその入団の儀を執り行う場であった。


 リックとフィフィーは元々この村に住んでいる子供である。

 フィフィーに至ってはこの村の村長の孫娘であり、村全体から愛情深く育てられている子であった。


 ただ最近は正式なジャセスの百足の一員になる為、試験となる任務をこなし、この村を離れて生活をしていた。


「まだ10歳の若さで入団規定を満たしたのは、異例の早さである」

「…………」

「お前たちに期待を寄せる者も多い。良く学び、粉骨砕身努力し、いずれ組織の中枢を担う人材となれるよう成長していけ」

「お言葉、ありがとうございます」


 また2人は頭を下げる。

 リックの紅色の髪とフィフィーの水色の髪が小さく揺れる。

 2人は対照的な髪の色をしていた。


「同郷のクラッグよ、何か2人に掛ける言葉はあるかの?」

「…………」


 百足の人員が作る円の中にはクラッグの姿もあった。

 村長からの言葉にクラッグは口を曲げ、小さく呟く。


「特に、なにも」

「……つまらん男じゃのう」


 村長はため息を付かざるを得なかった。


「……ではこれで入団の儀を終える。2人は円に加われ」

「はっ」


 簡素な入団の儀を終え、リックとフィフィーはクラッグの横の円の空いた部分に加わる。


「ではこれより定期報告会を開始する。情報部から始めろ」

「はっ」


 円の中にいた団員の1人が立ち上がり、団長に向けてこの地方で得た情報を報告する。


 ジャセスの百足の創立理念は『叡智』の力を保護・管理することによって、『叡智』の力の被害を抑える事にある。

 しかし、長い年月を経て組織の役割は大きく広がり、表の社会裏の社会問わず様々な事業が百足主導の下発足している。


 情報屋『クロスクロス』や、その隠れ蓑となっているカジノ店、他にも流通の分野や宿泊施設の分野、裏企業の分野など、様々な事業をこなして富を築いている。


 それらの広い情報を統合して整理する事も百足の大切な仕事であった。


「……などからして、この地方を治める貴族ブロムチャルドが巨大な城の工事を開始する計画を立てていることが判明しました。ただ、我々の調査によるブロムチャルドが抱える予想資金では建設の予算に全く足りない為、近いうちこの地方での税が高くなることが予想されます」

「うむ、理解した」


 報告を聞き、ローエンブランドンが小さく頷く。


「だが、この村が主体的に行動を移す訳にはいかない。裏から金は回す。重税に苦しむただの普通の村を装え」

「かしこまりました」


 こうして報告が続く。

 辺境の地域で得た情報を纏め、審議し、共有していく。


 そして叡智の力の情報も報告される。


「探査の能力を持つ者が、この村から西に約180km、ベルディスの都市に叡智の力が宿っている可能性がある者を発見したとの事です」

「む……」


 場に緊張が高まる。


「正確な情報か?」

「いえ。まだ可能性です。ベルディスの都市は交通、流通の経路で重宝される大きな都市です。2代前の国王の親族がその都市を治める貴族に嫁いだこともあり、王国直属の軍隊の影響が強く、迂闊に近づき難い場所であります」

「180km……ここからは少し遠いな……」

「はい、本格的な調査を行うにもこの村の人員では数が足りません。本部から応援を呼んで頂きたく……」

「ふむ……」


 ローエンブランドンが顎に手を当てて考える。

 人員を増やすのは簡単だが、下手に動いて王国兵と衝突する事となったら厄介である。裏社会組織の性質上、目立つような行動は論外である。


 いかに陰から動いて、世の中から隠れながら諜報活動を行い、作戦を実行するか。

 その場にいる皆が頭を捻っていた。


 そんな中、クラッグがぼそっと呟く。


「その件については考える必要はない」

「む? クラッグ?」

「その都市に住む人間の叡智の力は僕が喰った。ついこの前な。だから、もうこの件はお終いだ」

「なっ……!?」


 この場にどよめきが起こる。


「き、貴様っ!? 何を考えているっ……!?」


 クラッグの対面にいた男性が驚きの声と共にがばっと立ち上がった。


「何故報告を先にしないっ!? 迂闊に動くべきでない状況なのは今の報告から明らかだろ! 下手に動いて我らの動きが表社会に知れ渡ったらどうするっ……!?」

「…………」

「それに王国は『バルタニアンの騎士』と繋がっている可能性があるっ! それは昔から言われている事だ! お前も知らない訳ではないだろう!」


 『バルタニアンの騎士』。それは『ジャセスの百足』と同様に裏社会に潜む組織の1つである。

 詳しい事はよく分かっていない。


 ただ長い年月の調査により、『バルタニアンの騎士』が王国そのものと繋がっている可能性が示唆されている。

 どの位繋がっているのか、どういった経緯があるのか、詳しい情報は分かっていないものの、要注意とされる事項であった。


 団員の1人がクラッグに向かって怒鳴る。


「王国兵を刺激して『バルタニアンの騎士』が出てきたらどうする!? 抗争状態になったら目も当てられない! 損害が大き過ぎる! それを分かっているのか!?」

「…………」

「お前の軽率な行動で組織全体が危険に陥るのかもしれないのだぞっ……!?」

「黙れ」


 青筋を立てて怒る団員に向けて、クラッグが底冷えするような低い声を出した。


「お前は勘違いをしている」

「勘違い……?」

「まず僕は百足に所属していない。ただの協力者だ。お前達組織の総合的な活動も、政治的な配慮もなんも興味はない」

「なっ……!?」

「僕は僕で活動する。口出しをするな。指図を受ける謂われはない」

「なっ……なんだとぉっ……!?」


 団員の表情が歪むが、クラッグの様子は一切変わらない。


「どっかと戦争したければ勝手にしろ。僕の邪魔をするな」

「お、お前のせいでこの組織が危険に晒されるかもしれないと言っている! お前のせいでたくさんの人間が死ぬかもしれないのだぞっ……!?」

「知るか。僕の邪魔をするな、と言っている」


 心底どうでもいい、という感情を含んだクラッグの目が団員に向けられる。


「報告をしてやるだけでも有難く思え」

「き、貴様ぁっ……!」


 そこで、その団員が額に青筋を立てながら剣を抜いた。

 ざわっと、その場が震える。


 しかし、その団員の剣が振るわれる事は無かった。

 クラッグの目に殺気が宿り、視線がその団員を射貫く。


「うっ……!?」


 それだけでその団員は動けなくなる。

 いや、動けなくなっただけではない。まるで喉を締められているかのように呼吸が出来なくなり、全身の筋肉が硬直し、岩の様に固まっていく。


 体中から脂汗が吹き出し、空気を求め口がぱくぱくと震える。

 明らかに異常な様子を見せ始めていた。


「お、おいっ!?」

「どうしたっ……!?」

「う……く……お……」


 場が騒然とする。

 クラッグに睨まれた団員の様子は悪化する一方である。このままだと本当に死んでしまうのではないか?


 皆が武器を手に取り、どう行動したらいいか思案する。


「…………」


 クラッグの目は一切動かず、ただ殺気をぶつけ続けている。

 殺し合いになる。この場にいる誰もがそう感じた。


 ――が、そうはならなかった。

 緊張感が高まる最中、村長が両の手のひらを叩き、バンッと大きな音を立てた。


「え……?」


 急に手を叩き音を立てた前団長の行動に、皆が呆気に取られる。


 しかし、その行動に意味があったようであった。

 苦しげな様子を見せて動けずにいた団員が、操り人形の糸が切れたかのように床に倒れ、荒い呼吸をし始めた。


「うっ……かはっ……! はぁっ! はぁっ……!」

「…………」


 その団員は地に伏せながら大きく胸を動かして息を吸う。

 周りの団員が介抱をする。命に別状はない。


 クラッグの殺気が切れ、場の緊張感が緩んだ。


「やれやれ。勝手をするのはいいのじゃが、団員との争いは勘弁してくれるかのぅ? このバカタレ」

「……ふん」


 村長の小言に、クラッグは目をつぶった。


「お前さんもお前さんじゃ。喧嘩する相手は選べ。力量を見極めよ。それが出来ぬガキじゃあるまい」

「も……申し訳、ありません……」


 先程の団員は全身を震わしながら何とか元の格好の通り座り直し、荒い呼吸を繰り返し続けた。


「ちなみにクラッグや……」

「ん?」


 これでこの騒動は終わり、と言わんばかりに村長の口調が丸みを帯び、柔らかいものとなる。

 クラッグへの罰はあの小言一言だけであった。先程の団員が悔しさから歯噛みする。


「ちゃんと正式にうちの団に所属せんか? そうすればお前さんの活動をちゃんと支援出来るし、こちらが抱えている情報も開示できる。お前さんが楽になると思うがのぅ……?」

「いらない。僕は僕1人でいい」


 クラッグはジャセスの百足の団員ではない。

 強力な叡智の力を宿すロビンの兄であり、力と因縁が深い事は知られている。

 ただ、彼は頑なに百足そのものに所属しようとしない。


 クラッグは単独で行動し、各地を回って叡智の力を回収している。

 百足の支援は受けず、ただ1人ふらふらと旅をしていた。


「そうかのぅ。勿体ない……」

「…………」


 村長が自分の髭を擦り、クラッグは彼から目を逸らした。


 そうしてこの夜の会議は終わった。


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