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160話 さぁ、思い出そう

【エリー視点】


「失礼します」


 ナディア様に連れられて、ジャセスの百足の作戦会議室の前に足を運ぶ。

 ジャセスの百足の仮拠点はバルタニアンの騎士団の仮拠点の隣の建物に拵えられており、距離は近く、あまり移動せずに済んだ。


 だがこの建物一個分の距離が、絶対に埋まらない両者の溝なのだという事も理解できる。

 なにはともあれ、僕はジャセスの百足の拠点に足を踏み入れていた。


 扉の前には門番の様に立ち塞がる見張りの方がいたが、ナディア様の顔を見ると彼らはすっと体をずらし、道を開けた。


「入れ」


 部屋の中からローエンブランドンさんの声がして、ナディア様が音もなく扉を開ける。

 彼女の後ろに付いて、僕も部屋の中に入る。


「エリー様をお連れ致しました」

「ご苦労」

「失礼致しま……うっ……!?」


 そして部屋の中の異様な光景に、思わず言葉を詰まらせてしまう。


 まず部屋の中央にフィフィーが横たわっていた。

 意識はなく、目を閉じ、力なく眠っている。快眠とは言え無い様で、心なしか表情が固いように見える。


 そしてそのフィフィーを囲う様にして魔法陣が描かれている。

 直径4m程の大きくて複雑な魔法陣だ。見たことが無いような魔術印まで刻まれている。


 その魔法陣を囲う様にして、黒いフードの服を着た人達がじっと突っ立っている。ローエンブランドンさんだけが魔法陣の前に椅子を置いて座している。

 見渡すとリックさん、シータ、ディーズ、メルセデスもいる。


 ……黒いフードの人達が大きな魔法陣を囲っている絵面が異質で、腰が引けてしまう。

 怪しい宗教団体じゃないよね?


 まるでフィフィーが生贄に捧げられるかのようである。


「よく来てくれた、エリー君」

「いえ……」

「順を追って話そう」


 ローエンブランドンさんに話しかけられ、魔法陣を挟んで彼の対面に立つ。百足の人達がどいて、そこの場所を空けてくれる。

 彼の鋭い三白眼と目が合うだけで、こちらには緊張が走る。


「『バルタニアンの騎士団』との協力関係の件について聞いているか?」

「はい。僕が仲介役を務めるのだと」

「あぁ、よろしく頼む」

「承りました」


 そう言って、礼をする。


 周囲を見ると、首を捻り少し考え事をしている様な人達が幾人もいた。

 確かに、僕が王女イリスであるという事が結びつかないと、なんで僕が仲介役を頼まれているのか分からないだろう。


 それとは別にシータ、ディーズがジトっとした目で僕の事を見てくる。

 うぅ……、これはもうほぼバレてるなぁ……。


「次。これからの予定についてだ。我らは1週間後、王都に侵攻し、『アルバトロスの盗賊団』自称団長ニコラウス第一王子を討ち滅ぼす。これも聞いているな?」

「はい」


 自称団長、という言い方になんだか悲しさを覚える。

 確かに正確に物事を言い表すとそうなるのだけど、なんだかニコラウス兄様が一人で勝手にアルバトロスの盗賊団の団長を名乗っているようにも聞こえてしまう。


 憐れ、我が兄よ。


「その1週間で態勢を整える。我々にもやらなければならないことが存在する。そこで、今日の本題だ。君にここに来て貰った理由でもある」

「……はい」


 百足の組織がやらなければいけないこと。

 今日の本題。


 決まっている。

 そこに眠っているフィフィーのことだ。


「……エリー君に聞きたいことがある」

「はい」


 姿勢を整え、身を引き締める。

 いま彼女はどういう状態なのだろうか? 僕が何の力になれるのか分からないが、フィフィーの力になれる事があれば何だって手伝っていきたい。


 僕は彼女の力になりたいのだ。


「お前の相棒、クラッグについてだ」

「……あれ?」


 違った。

 あのバカ助についてだった。


「エリー君。君は長い時間彼と共に過ごしてきた。何か奴から聞いている事はないか?」

「えぇっと……?」

「今回の王都侵攻作戦、奴から特別何かを聞き及んでいないか? 奴が何か口走ったことはないか? 何か奴のおかしな様子、気付いたこと、何かあれば言って欲しい」

「……?」


 なんだろう? 僕は首を傾げる。

 どうしてローエンブランドンさんがクラッグを探るようなことを聞くのだろうか?


「えぇっと……? あなた達百足とクラッグは仲間なんじゃないんですか?」


 当然の疑問をぶつけてみる。

 しかし、ローエンブランドンさんは小さく首を振った。


「厳密には違う。奴は協力者であって、組織の人間ではない。互いに利が生じる事について手を取り合っているに過ぎない」

「協力者……」

「しかし、ただの協力者ではないことも確かだ。今回の王都侵攻作戦、あれは奴の立てた計画だ。奴の行動は我ら組織に大きな影響を与えている」

「…………」

「今回の作戦、そのの意義、意味、詳細、成した場合の成果、それを把握しているからこそ、我らは奴の立てた作戦に賛同し、協力をする」


 確かにリックさんも言っていた。クラッグは組織の協力者であると。

 しかし、ナディア様は言っていた。あの超人がただの外部協力者な訳がないと。


 2人の言っている事はどちらも正しいようだ。


「だが、奴が奥底に抱える真意。それが見えない」

「真意……?」

「奴は何かを隠している。出来ればそれを暴いておきたい。敵対するとは思えんが、奴が何を考えているのか、それを知れれば大きな一手に繋がるかも、しれん」


 しれん、と曖昧な言葉使いをしている。

 それはローエンブランドンさんでさえ、クラッグに対して把握している情報が十分ではない事を示している。


 あいつ一体何なんだよ!


「す、すみませんが……クラッグから特別聞いている事はないと思います……。今回の王都侵攻作戦について、僕はほんとに先程まで知りませんでしたし……」

「そうか。分かった……」


 そう言って、ローエンブランドンさんは若干前のめりであった姿勢を後ろに倒し、椅子の背もたれに深く体重を掛ける。


 彼ほどの人間が、クラッグの持つ情報に強い関心を抱いている。それが分かる小さな動作であった。


「では、次の一手に移ろう」

「え?」

「そこに眠る我らが王、フィフィーだ」

「…………」


 皆の視線が床で眠るフィフィーへと移る。

 やっと今一番気になる話題に入った。


「彼女は今、記憶を封じられている。正確に言うと、彼女の記憶が『叡智の力』を封じる為の鍵の役割を果たしている」

「記憶が……封印の鍵……?」

「そういう術があるのだ」

「…………」


 フィフィーは百足から記憶の改ざんを受けている。

 彼女は以前、出身はイエロークリストファル領の貧民街で、リックさんと幼馴染だと言っていたけれど、本当はロビンとして、僕も知っているあの村で幼少期を過ごしていたらしい。


 記憶を使った封印術を施していたから、別の記憶が必要になった?


「この封印術によってフィフィーの力はとても安定していた。だが、今やニコラウスに力を荒らされ、不安定となっている。こうなるともう封印術は害でしかない」

「…………」

「封印を解き、フィフィー自身に力の制御をさせる。計画としては3年早いが、彼女自身の力も大分ついた。なんとかさせよう」


 計画が3年早まる。

 それはクラッグとローエンブランドンさんが話していたキーワードでもある。


 本当はフィフィーの記憶を解くのは3年後の予定だった?


「……あ」


 そこで思い出す。

 3年。それは別の所でもキーワードとなっていた。


 ローエンブランドンさんと初めて会った時の事。僕が彼に契約を持ち掛けられた時の話だ。

 王族の情報を売れば、報酬として3年後、ロビンの行方を明らかにする。


 そう言う話が持ち掛けられた。


「3年後にロビンの行方を明らかにするって話、あれはフィフィーの記憶を元に戻す時期だったって事ですか?」

「そうだ。本来の計画ではフィフィーが20歳になるまで力を溜め、十分に成熟した時記憶を解放する予定であった」

「…………」


 思わずげんなりしてしまう。

 そうだ、考えてみれば『ロビンの行方』を持ち掛けられた時、フィフィーも傍にいた。


 その場にいたローエンブランドンさんやナディアさん、リックさんはどんな気分だったのだろうか?

 からかわれている様で腹が立つ。


「そこでだ」


 僕の様子に構わず、ローエンブランドンさんが話を続ける。


「フィフィーの記憶を戻す際、我らとしても一手策を打ちたい」

「……?」


 策……?


「彼女の記憶を戻しつつ、クラッグの記憶まで覗き見たいのだ、我らは」

「む……?」


 クラッグ。またクラッグ……。


「クラッグとフィフィーの封印された記憶に何の関係が?」

「それは勿論、フィフィーの記憶を封じ、改ざんした張本人がクラッグだからだ」

「ぬがっ……!?」


 顔が強張る。

 フィフィーの記憶に関してもクラッグが関わっていた?

 きょろきょろと探るようにに視線が動いてしまう。ローエンブランドンさんを見て、フィフィーの方に顔を向け……その後リックさんの方に顔を向けた。


 リックさんが小さく項垂れ、溜息をして僕の視線に返答をする。

 ……どうやら紛れもない事実らしい。


 あいつぅ……!

 前に、ロビンという名前の子には心当たりがない、とか抜かしてたのにっ……!


 ほんとあいつなんなのっ……!?


 何を聞こう? 何を聞けばいいのか迷っている内に、ローエンブランドンさんが口を開いた。


「奴はフィフィーに記憶による封印の術を掛けた。掛けた術が術だけに性質上、その封印にクラッグ自身の記憶の残滓もこびり付いている」

「え……? クラッグも記憶喪失なんですか?」

「いや、違う。残滓がこびり付いているだけだ。奴自身の記憶を消費して、封印を行使している訳ではない」


 ふむ。

 じゃあ記憶喪失なのはフィフィーだけか。


 クラッグは記憶喪失ではないけれど、記憶の封印を施す際、記憶の写しとも言えるものがその術にこびり付いていると。


 そして、そのこびり付いた記憶までも引き出してしまう、と。


 ……なるほど。


「全面的に協力します!」


 僕はいい笑顔でそう言った。


「ありがたい。……とはいえ、絡まった記憶は断片的なものとなるだろう。どこまでの情報が得られるか……。効果が薄いかもしれん」

「僕に何か出来る事はありますか!?」

「……やけに乗り気だな?」


 当然!

 あんのヤローには散々嘘つかれてるからな。

 あのアホに一泡吹かせたいのだっ!


「とは言え、準備はもうこちらで整えている。例えば、この血だ」

「血?」


 ローエンブランドンさんが赤い血が入った小瓶をポケットから取り出す。


「先程の戦い、クラッグは自身の血を纏い、獣の姿となった。その時の血を少量採取する事に成功した」

「あぁ……」


 さっきの赤い獣『ギガ』の事か。

 封印の球との攻防でギガは腕をもぎ取られてしまっていた。すぐに再生し、もぎ取られた腕の血もクラッグに還っていったのだが、その時に血を採取したのだろう。


「この血には奴の魔力が大量に含まれている。これから行う記憶再生の術の大きな助けとなるだろう」


 そう言ってローエンブランドンさんが口の端を歪め、にやりと笑う。

 凄みがあり、笑顔一つとっても恐ろしい人であった。


「……これで説明は以上だ。そろそろ我らが姫にはお目覚め頂こう」


 そう言って彼は椅子から立ち上がり、魔法陣の中に立ち入り、フィフィーの傍へと近づいていく。


 早速、フィフィーの記憶解放の術が行われるのだろう。


 小瓶の蓋を開け、それを傾け逆さにする。

 瓶の中の赤い血がとろりと零れ、フィフィーへと掛かる。彼女の服が赤い血で汚れる。


「準備に掛かれ」

「はっ」


 団長の短い言葉に、百足の組員の方たちが慌ただしく行動を開始する。

 フィフィーの下に敷かれている魔法陣を10人の方達が囲み、膝を付いて床に手を置く。


 この方達は封印術を解く為の術を行使する人たちなのだろう。全員S級以上の実力者である事は見ただけで分かる。

 そんな人たちが10人がかりで行う術というのだから、とてもレベルの高い術であることは容易に伺える。


 リックさん、ナディア様、それと先程一緒に戦ったこの団の副団長の姿がその10人の中にある。

 まさに総力を尽くした術だろう。


「始めろ」

「はっ」


 団長がそう言うと同時に、10人の魔力が魔法陣の中に送られ、その陣が淡く発光していく。

 術が発動し始めた。


 準備に掛かれと言われてから約10秒。

 訓練された機敏な行動によって、あれよあれよという間に記憶解放の術が始まる。僕も慌てて3~4歩後ろに下がり、邪魔にならないようにする。


「…………」


 魔法陣を介して、尋常じゃない量の魔力がフィフィーの体の中に流れ込んでいく。


 彼女の眉間に皺が寄り、苦しそうな表情へと変化していく。額から汗が垂れ、口からは浅く荒い息が漏れ始める。

 封印解除の魔法がフィフィーの体を苦しめる。


 ……この魔術が終われば、フィフィーはロビンとしての記憶を取り戻す。

 僕はあの日別れた友達と再会できる。


 ……何を話そう。

 何を話せばいいのだろう。


「…………」


 昔の思い出は複雑化し、様々な人達の意図、意味が混ざっている事を知った。

 僕の友達はどうしようもない程大きな世界に翻弄され、流され、自分を失い、自分を知らぬままに道を歩いていた。


 僕はただ友達に再会したかった。

 ただそんな小さなことを願って、僕は冒険者となった。


 じゃあ、そんな大きなものを背負った友達に、僕は何をしてあげられるのだろうか?


 拳を強く握る。

 今度こそ、僕は僕の友達を守る。

 何も出来ずに離れ離れになるのはごめんだ。


 その為に僕は力を付け、冒険者となったのだ。


「……?」


 その時、ずきんと頭が痛んだ。

 細い針で刺すような小さな痛みであった。思わず片手で頭を押さえる。


 ……なんだろう?

 まだ体調が戻っていないのだろうか?


 魔法陣が放つ光は徐々に徐々に強くなっていく。

 場の魔力が高まり、魔術の完遂が近づいていることを示している。


 ローエンブランドンさんが小さく頷くのが見えた。どうやらトラブルなく、順調に魔術の行使が出来ている様だ。


 ずきん。

 また自分の頭が痛みだす。


「……うっ」


 今度は思わず声が漏れる。

 ずきんずきんと、痛みが連続で襲ってくるようになる。痛みで体がくの字に曲がり始める。片手では足りず、両手で頭を押さえるけれど、痛みはどんどん強くなっていくばかりだ。


「……エリー君?」


 そこでローエンブランドンさんが僕の異変に気付き、小さな声を上げる。


 どすっと音がする。

 気が付けば僕の膝が地に付き、床を叩いていた。頭の痛みがどんどん酷くなっていく。

 全身が震え、視界がぐにゃりと曲がっていく。


「はぁっ……はぁっ……!」

「エリー君? どうしたっ!?」


 周囲がざわついていく。

 魔術を行使する人は作業を中断しないが、僕の方に心配そうな顔を向ける。


「エリー!? エリーっ!? どうしたの!? しっかりして……!?」

「……ぜぇっ! ……ぜぇっ!」


 誰かに体を抱きとめられる。

 声からして、シータだろう。

 もう目はよく見えない。頭は割れそうな程に痛い。


「……あ」


 そこで気付く。

 記憶解放の術に使われていた魔法陣の魔力が、魔法陣の外に溢れ出し、僕の足に纏わりついてきた。

 記憶解放の術が僕に向かって伸び、体の中を荒らし始めた。


「がっ……!? ぐうううううぅぅぅぅぅっ……!?」

「な、なにっ!? 何が起こっているの……!?」


 慌てふためくシータの声が聞こえる。

 僕に抱き着くように触れているが、記憶解放の術が纏わりついているのは僕だけの様だ。フィフィー以外、この場にいる誰も、この術の影響を受けている者はいない。


 僕だけ。

 記憶解放の術は僕だけを探り当て、頭の中をかき回していた。


「エリーっ……!」


 シータの心配そうな声が聞こえる。


「もしかして……エリーもなにかを忘れているのっ……!?」

「…………」


 はっとする。

 あぁ……なんだろう……。


 シータの言葉がなんだかしっくりときた。


 頭が割れそうに痛い。

 視界はもう真っ白だ。


 記憶解放の術が僕の体の全てを飲み込んだ。




* * * * *


 夢を見ている様だった。


 何かが解けていく感覚を感じる。

 それまで縛られていたものが溶け、心が解放されていく。


 束縛されているなんて、それまでは全く感じていなかったけれど。


 友達との繋がりを感じる。

 友達は一生懸命頑張って、自分と向き合おうとしている。


 さぁ、私も思い出そう。


 本当の旅の始まりを。


 私の最初の一歩目は、そこにあったのだから。


これにて第2章終了です!

長いことお付き合い下さりありがとうございました!


第3章は3日置きの投稿となります。

次の投稿は11/14です。


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