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158話 戦い終わって

【イリス視点】


「ん……」


 ぼんやりとした意識の中、目を開く。

 布団の温かさを肌で感じる。柔らかい布地の心地良さに埋もれているかのようだった。


 どうやら眠っていた様だ。体は重く、怠さが全身を支配している様で、身を起こすのも面倒だ。


「お目覚めですか、イリスティナ様」


 微睡みの中でぼんやりしていると、傍から声が掛かる。

 よく聞き慣れた声。私の従者だ。


「ファミリア……」


 寝返りを打ちながら声のした方に顔を向ける。

 ファミリア。私付きの執事である。


 もの凄く可愛らしい顔をしているが、男だ。いつ見ても詐欺に思う。


「今は……?」

「夜更けです。まだお眠りになってから半日程度しか経っていませんよ。もう少しお休みください」

「んー……」


 半日も寝たら普通寝過ぎな方であるが……ファミリアの言う通り、正直全然寝足りない。

 疲れ過ぎである。

 さっきまでの戦いは限界を超えた限界の、その限界を超えた限界の、その限界まで超えてしまった感じがある。


 今なら1ヶ月は眠ったままで過ごせる自信がある。


 窓の外は真っ暗だ。

 普通なら人は眠りにつき、街は静かになる時間帯だろう。

 しかし、窓の外からはがちゃがちゃとした作業音が絶え間なく聞こえてくる。


 復興作業、救出作業。そういった単語が頭の中に過ぎる。

 そうだ。この都市は竜の大群に襲われていたんだった。


 流石に竜の群れは全て討ち取ったとは思うが、今この都市の人達は皆、寝る間を惜しんで助けられる限りの人を助けているのだろう。


「…………」


 部屋の外からも、忙しそうに走り回る人たちの音が聞こえてくる。

 多分戦闘後の処理が大変なのだろう。


 被害者の確認、救助、怪我人の手当て、食料、飲料の手配、寝泊まりする場の確保、情報の整理……。

 やる事はいくらでもあるし、それ以上に、先程の革命によって王族と大貴族が大量に拉致されてしまったことが問題である。


 国中が大混乱なのだろう。


「……ファミリア、取り敢えず現状の報告をしてくれますか?」

「お寝にならなくてもよろしいのですか?」

「寝転がりながら聞きます」


 体も起こさずだらしない格好のまま、ファミリアの話を聞く。


「まずここはバルタニアンの騎士団の仮拠点です。あの後気絶するようにお眠りになられたイリスティナ様を団長様が保護しました」

「あぁ……」


 納得。

 バルタニアンの騎士団はこの国の王が抱える秘密組織である。

 王女である私の安全の確保は彼らにとって大事なことだったのだろう。


 助かる。


「アルバトロスの盗賊団を名乗る8人の領域外達は、セレドニ様を除き全員の死亡が確認されております。この都市を襲った竜の大群も騎士団と百足の協力により、全ての排除に成功しております」

「ほんと、凄まじい成果ですよね」


 あの時は絶対もうどうする事も出来ないと思ったものだが、凄い、めっちゃ大逆転だ。


「ですが、リチャード様の婚約披露宴に参加した王族や貴族の方たち、その護衛の方たちはほぼ全員行方不明となっております。アルバトロスの盗賊団団長を名乗ったニコラウス様も行方を眩ませております」

「…………」


 そこだ。

 そこである。


 私以外の王族全員が拉致られたのは国としての大きな痛手だ。

 痛手と言うより、国の体制の崩壊と言っても過言ではない。


 革命は成功したと言ってしまって良いだろう。

 なんか知らんが、その計画者そのものが王族のニコラウス兄様らしいけど……。これって革命って言っていいのかな?


「拉致した者達は王都で殺すと、ニコラウス兄様は言っていました。だから、若干の余裕があると見てもいいかもしれません」

「どの位信用できるか分からないですけどね」


 しかしその場にいた護衛の方達も行方不明だというと、アドナ姉様、リチャード、ジュリの護衛兼監視役をお願いしたA級冒険者のニコレッタさん、ドルマスさん、タンタンさんも一緒に行方不明になってしまったという事だ。


 巻き込んでしまったみたいで申し訳ない。

 無事ならいいのだけれど。


「今、この都市全体で被害者の救出作業を行っております。怪我人の手当てだったり、あるいは瓦礫に埋もれた人もいるでしょうから、その救助に必死となっております」

「竜の大群が暴れたんですもんね……。被害はすごいでしょう」

「それでも7年前の竜の被害と比べると、今回の被害は1/10とも1/20とも言われていますね」


 それは素晴らしい。

 竜の大群と8人の領域外が一緒に現れたというのに、たったこれだけの被害で抑えられたのは驚異と言えるだろう。


「竜の討伐に当たってくれたジャセスの百足とバルタニアンの騎士団に感謝ですね」

「そのジャセスの百足ですが、現在この建物の隣に仮拠点を拵えております。団長のローエンブランドン様から『落ち着いたらこちらに顔を出してほしい』とイリスティナ様宛ての言伝を承っております。いかがしますか?」

「ふぅむ……」


 隣の建物に仮拠点……。

 バルタニアンの騎士団と完全に行動を共にしている訳ではないのかな?

 ま、それもそうか。


 ローエンブランドンさんから顔を出して欲しいと言われている?

 要件は何だろう? 心当たりがありすぎてよく分からない。

 顔を出さない、という選択肢はないのだから行くに決まっているのだけど。


 そんな時、コンコンとこの部屋の扉がノックされた。


「イリスティナ姫様。起きられたか? ガドリウスだ。少しいいかい?」

「ん……?」


 扉の外から声を掛けられる。

 名乗られた通り、バルタニアンの騎士の団長ガドリウスさんの声だ。


 彼を招くよう、ちょいちょいと手を振りファミリアに指示を出す。長年の付き合いなので、言葉に出さずとも私の言いたいことを理解してくれる。


 ファミリアが扉に向かう間に、私はベッドから身を起こし、その縁に腰掛ける。

 まだ頭はぼーっとする。格好は王女らしくなく、だらしのないものであるが、そんなことを気にする人でもないだろう。


 ……ていうか、エリーの格好だ、今。

 髪を触って確認する。今、私の髪は短い。


 ファミリアが静かに扉を開き、外からガドリウスさんが入ってきた。


「イリスティナ姫様、お休みのところ失礼。外から声が聞こえてきたので、起きられたのだと思い声を掛けさせて貰いました」

「えぇ、構いません。色々連絡事項があるでしょう」


 私は今エリーの格好であるが、この人は私をイリスティナと呼ぶ。

 分かっていたことだが、私のことは完全にバレているのだろう。


「話が早くてありがたい。身なりが整いましたら俺の部屋を訪ねて貰えますか? 諸々連絡事項があります」

「もっと話を早くしましょうよ。わざわざ身なりを整えなくても連絡事項は話せます。さ、今ここでお話し下さい」

「む? ……ははっ、こりゃますますありがたい」


 ファミリアがこの部屋の椅子を一つガドリウスさんの近くに寄せ、彼がそこに座る。


 今、私の服装はボロボロ、腰かけているのはベッド。おおよそ王女には相応しくない格好で自分の家臣を部屋に招いている。

 王族への謁見とは思えないほどだらしない空気の中、報告が始まった。


「まず『ジャセスの百足』との件ですが、俺たちはあいつらと一時的な協力関係を結ぶこととなりました」

「……協力関係?」

「そうです。王都で『アルバトロスの盗賊団』を滅ぼすまでの間の共闘関係です。そこでイリスティナ様……いや、エリー様には仲介役としてジャセスの百足との間を取り持って貰いたいのです」

「仲介役?」

「はい」


 ガドリウスさんは小さく頷く。

 少し考えて、納得する。私はジャセスの百足とバルタニアンの騎士の両方の組織と関わりを持っている。


『アルバトロスの盗賊団』という共通の敵を持ち、共闘する事は確定事項であるが、今まで全く交流が無かっただけに収まりが悪いのだろう。

 形だけでも間を取り成す役が欲しいのかもしれない。


 バルタニアンの騎士の人たちとは先程会ったばかりだけど、彼らは国王に代々仕える秘密の騎士たちだ。

 姫である私が間に立つのならバルタニアンの騎士としても面子が立つのかもしれない。


「……分かりました。その役お受けいたします」

「助かります。あちらさんにはもう話は済んでるから、後は合わせてくれるだけで良いです」

「かしこまりました。後であちらの団長と顔を合わせてきます」


 ローエンブランドンさんから直々に呼ばれてるしね。

 もしかしてその話だったりするのかな?


「次にこれからの予定についてです。俺たちは一週間後、王都に侵攻し、『アルバトロスの盗賊団』に攻撃を仕掛けるつもりです」

「…………」


 その話題に私の中で緊張が高まる。

 息を呑む。拳に力が入る。


「現状、王都は『アルバトロスの盗賊団』を名乗る軍団の侵攻を受け、占領されてしまっています。それは外の団員が確認済みです。我々の目的は王都の解放、そしてそこに囚われていると思われる王族の救助です」


 日中のバーハルヴァントの革命宣言通りだ。

 あいつらは王族や貴族を捕らえ、王都を明け渡すように国中に命じた。王族も王都もあちらの手に渡っているとなれば、もう革命は完全に成功したと言えるだろう。


 ……ただなぁ。

 彼等の狙いが革命であったというのはおかしい。


 何故ならそのアルバトロスの盗賊団の団長を名乗ったのはニコラウス兄様だからだ。

 ニコラウス兄様なら、何をせずともいずれこの国の王となれた筈である。革命など起こす意味もない。


 じゃあ……一体どうして王都を占領したのだろう……?


「……アルバトロスの盗賊団の団長を名乗っているのが他ならぬニコラウス兄様なのですが、それについて騎士団はどう考えていますか?」

「当然、ニコラウス様も救助対象です。俺たちはニコラウス様の洗脳などの可能性も考慮に入れ、生け捕りを第一目標に掲げています。ただ、百足の方は殺害しか考えていないようですね」

「それはそうでしょうね」

「こちらとしてもニコラウス様の尋常ではない戦闘能力の報告は受け取っています。それを鑑みると生け捕りは厳しいかもしれません。最善は生け捕りですが、それが叶わない状況は十分にあり得るので、イリスティナ様もあの方の妹として覚悟をお持ちになられますように」

「わかっています」


 重く頷く。

 当然厳しい戦いとなるだろう。

 色々な覚悟を決めないといけない。


「まずこの一週間で態勢を整えます。この戦いで傷付いた者も多いので、この拠点で怪我を治し、体力を回復させ、戦争の準備を完了させます」

「え? でも、この都市から王都まで馬車で丁度一週間掛かりますよね? すぐに出発しないと間に合わないのでは?」

「走れば1日と掛かりません」

「おぅ……」


 なんて原始的なんだ……。

 人類最高峰のS級集団だが、だからこそ単純な方法が一番効率良い。文明の利器は二の次である。


 ……ってこれ、私も走らされるパターンかな?


「そういえば、何故王都への攻撃が一週間後なのか聞いていますか?」


 そうガドリウスさんに聞くと、彼は首を横に振った。


「分かりません。一週間後というのはあっちが立てた予定。王族、貴族の殺害もそれまではないとあちらは主張しています。恐らくあの大きな獣が立てた予定だってことは分かりますが……」

「クラッグ……」


 フィフィー救出の戦場の中で、赤い魔獣ギガの姿となったクラッグが言っていた。

『計画の実行は来週だ』と。

 つまり、この作戦はあいつの言葉に基づいて立てられている。


「…………」


 不満である。

 私には全然何も説明されていない。

 もっと色々相談してくれたって良いではないか。


「……他に何か連絡事項はありますか?」

「いえ。一週間後に作戦開始なので各自体調を整えておくこと、ってな感じです。一応聞いておきますが、イリスティナ様、私はこの国の王女ですので作戦には参加しませーん、みたいなこと言ってくれませんか?」

「言いません。捕らえられたのは私の家族で、その犯人は私の兄様です。家族の私が落とし前を付けないでどうするのです」

「ははぁ……。やんちゃな姫様にも困ったものです」


 ガドリウスさんが頭の後ろをぼりぼりと掻いた。


 とは言っても、ここで第四王女の私の無事を確保したところで何の意味もないだろう。

 第一王子のニコラウス兄様が敵側であるのだ。


 彼が何をしようとしているのかよく分からないが、アルバトロスの盗賊団としての活動が成功した後、彼が「私は生き残った! 捕まっていた状態から奇跡的に抜け出し、敵の首領を私が倒した!」と何食わぬ顔で言えば、ニコラウス兄様はこの国で英雄となる。

 曲がりなりにも王族の血が途絶える事はない。


 そしてそこには、他の家族の命は保証されていないかもしれない。

 つまり家族の命を守りたければ私が戦うしかないのだ。


「ジャセスの百足の方に出向きます。あちらとの連絡をお願いします」

「おや? お疲れだったのではないですか? もう少し休んでからでもいいんですよ?」

「ムカついてきたら元気が出てきました。今すぐ向かいます」


 ベットの縁から腰を上げ、髪を整え始める。

 私は今、クラッグとニコラウス兄様にムカついている。


 あいつら人に散々隠し事をしやがって……。

 その隠している事全て暴いてやるのだっ……!


 そう考えるとボロボロの体にやる気の炎がみなぎってきた。


「では、あちらから迎えの者を呼びます。しばしお待ちを」

「よろしくお願いします」


 そう言って、ガドリウスさんがこの部屋から退出する。

 さぁ、今度はローエンブランドンさんとの面会だ。


「……フィフィー、どうしてるかな?」


 昔の友であった今の友に思いを馳せ、私はボロボロの服を着替え始めた。


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[気になる点] この戦いが終わった後、エリーは、いやイリスティナはもう冒険者として活動出来なくなるのかな?
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