155話 封印の球
【エリー視点】
風が止み、辺りがしんと静かになる。
砂埃が晴れ、周囲がよく見える様になる。
「…………」
太陽の陽気に晒されながら、僕はぺたんと座っていた。
腰の力が抜け、体が持ち上がらない。
周りを見渡すと、たくさんの人が固唾を呑んで僕達の様子をじっと眺めている。
敵はどうなったのか、戦いはどうなったのか……。緊張感を切らさず、黙ってこちらの様子を観察している。
だから、僕達の周りはとても静かであった。
「…………」
ただ、静かだった。
つい数秒前まで行われていた殺し合いが嘘のようである。
「……フィフィー」
僕の腕にはフィフィーの体が抱かれている。
額には汗が滲み、腕は斬り飛ばされたままであるものの、疲れ果てた子供の様にすやすやと眠っている。
体中の力が抜け、何の打算も無く、僕にもたれ掛かって意識を失っている。
フィフィーの封印の神杖が放つ光は止んでいた。
顔に生気が戻り、背中の黒い翼は消え、元のフィフィーの姿に戻っている。
封印の魔術は成功だった。
フィフィーは自らの力で自分の中の暴走した力を封じたのだった。
「お疲れ……」
彼女の髪をそっと撫でる。
暴走してからの彼女の髪は焦げ茶色に変化していた。
しかし、それが今では元のくすんだような金色に戻っている。
昔のロビンも焦げ茶色の髪だった。
もしかしたら、彼女の中の『叡智の王』とかいう力が薄まるとフィフィーの髪の色も薄まって、今のような髪の色になるのではないか?
彼女の腕は千切れている。
しかし、高位の回復魔法があればその腕も1ヶ月程で治る。いや、千切れた腕が綺麗に残っているならもっと早いだろう。
百足のグループの中にその魔法が使える人が誰もいない訳が無い。
フィフィーの腕は大丈夫だ。
「…………」
僕達の傍には黒い小さな球が落ちている。
これは封印の神杖によって封印されたフィフィーの暴走の力だ。
封印の神杖で何かを封印すると、こういった封印用の小さな球が生成されるらしい。
片腕でフィフィーの体を抱きながら、もう一方の腕を伸ばし、その球を手に取る。
顔に近づけ、その球をじっと覗く。
真っ黒に染まった球の奥に、更に黒い渦のようなものが蠢いている。
見ているだけで不安になる。
……と、同時にどこか美しさすら感じた。
「エリー様っ!」
「わっ……!?」
そんな中、後ろから急に声を掛けられて少しドキッとする。
後ろを振り向くと、バルタニアンの騎士団長のガドリウスさん、ジャセスの百足団長のローエンブランドンさん達だ。
「無事かっ!? 戦いはどうなった……!?」
「あ、はい。僕達は無事です。最後、フィフィーが自らの力を封じて暴走は終わりました」
「……っ! そうか!」
皆がほっと胸を撫で下ろす。
僕に抱えられているフィフィーを見て、ローエンブランドンさんのいかつい顔に安堵の色が浮かんだ。
やっぱりフィフィーはジャセスの百足にとって超重要人物なのだろう。
「……で、これがその力が封印された球です」
「ありがとう、エリー君。君のおかげで我らが姫は無事に生き延びた」
「い、いえ……」
前に出て、自然にその球を受け取ったのはローエンブランドンさんだ。
別に僕としてはどっちの団長に渡しても良かったのだが、重要人物であるフィフィーの力が封じられているとあってか、素早く自然に前に出たのはジャセスの百足側であった。
それを見て、あっ、しまったという顔をして、その後不満そうに口を尖らせたのがバルタニアンの騎士団側のガドリウスさんだった。
「おい、おーい、ローエンブランドンよぉ。そんな重要物の独占は良くねぇと思うぜぇ? 一緒に戦ったんだから、その球の所有権についてはゆっっっくりと話し合いをするべきだと、団の責任者として俺はそう思うねぇ……」
「……その話は今はいいだろう? 怪我人続出だ。おい、お前達、フィフィー君とエリー君に回復魔法を……」
ガドリウスさんにそう持ち掛けられ、ローエンブランドンさんが嫌そうな顔をしながら後ろの人達に指示を出す。
ジャセスの百足の団員の方達が僕らに回復魔法を掛けてくれる。
あぁ、癒される……。
この数時間で僕、どれだけ連戦したんだか……。
流石にもう限界。いや、限界なんてとっくに突破している。
もう寝たい。流石にベットでゆっくり横になりたい。
……あぁ、でもお父様達が捕まったままなんだよなぁ。黒幕がニコラウス兄様ってことも放置できないし……。
いや、でも今日はもう流石に休むべきだろう。
多分これ以上動いたら、その瞬間過労死しちゃうと思う。
それだけ濃過ぎる1日だった……。
「おいおい、そうやって議論を先延ばし先延ばしにしようってんじゃねえだろうなぁ? ローエンブランドンさんよぉ? なぁー?」
「…………」
ガドリウスさんがうざったい感じでローエンブランドンさんに纏わりついている。
……まぁ、大事な事なんだろう。
先程のフィフィーの力は尋常な物じゃなかった。だから、その力の扱いには十分に注意が必要だ。
現在、バルタニアンの騎士団とジャセスの百足は全く協力関係にない。
うざったく牽制し、その力の自由な所持、使用に制限を掛けないといけないのだろう。
大変だ。
「…………」
それに対し、ローエンブランドンさんは無言だ。
ガドリウスさんに向き合わず、じっと封印の球の様子を眺めている。無視を決め込む作戦だろうか?
……いや、これは?
「……ローエンブランドン? おい、どうした?」
「……まずい」
ガドリウスさんもローエンブランドンさんの様子がおかしい事に気付き、真剣な様子で声を掛ける。
それに対しての返答が、まずい。
ローエンブランドンさんの顔色がみるみる険しくなっていく。
「……封印が、完璧ではない」
「え……?」
そう言った瞬間、封印の球に異変が起こった。
球に亀裂が入る。ぴしっ、ぴしっ、と小さな音を立てて亀裂が広がり、それが広がっていく。
その亀裂から姿を現したのは、黒い翼だ。
フィフィーが背中から生やしていたものと似た小さな小さな翼が、球からはみ出る様にして現れていた。
「くそっ……!」
ローエンブランドンさんが両手で黒球を包み、その力を抑え込もうとする。
しかし効果が薄いのか、彼の手の隙間から魔力が溢れ出て、黒い翼がはみ出し広がっていく。
「ちぃっ……!」
ローエンブランドンさんが苦々しく舌打ちすると同時に、手の中から黒い魔力が弾け、彼の両腕を消滅させた。
「団長!?」
「団長っ……!」
周囲から悲鳴のような叫び声が漏れる。
解放された黒い球はその翼を大きく広げ、高く高く空に舞い上がっていく。
「おいおいおいおい……」
「力そのものが、独りでに……?」
皆が冷や汗を掻きながら顔を上げる。
黒い翼を羽ばたかせ、封印の球はふわりふわりと空を飛ぶ。
球そのものが完全に自立して動いている。
先程までフィフィーが纏っていた恐怖の力は形を変え、また威風堂々と空を陣取り始めていた。
「うっそでしょぉ……!?」
もうやだぁっ……!
まだ戦わなきゃいけないのぉっ……!?
「周囲の人員に状況を説明しろ! 警戒を促せ!」
「はっ!」
両団長の指示を受け、周りの人たちが素早く行動を開始する。
両陣営の団長、副団長が戦闘態勢に入り、体の魔力を活性化させていく。
でもローエンブランドンさんは先程両腕を消滅させられているから戦えない。
って……あっ! 腕が少しずつ生えてきているっ……!?
彼がぐぐぐっと力むと、腕の断面がぼこぼこっと盛り上がって来て、徐々に再生していく。
キモいっ!
本当に人を辞めててキモいっ……!
「…………」
空を見上げると、そこには翼を生やした禍々しい黒い球がある。
準備段階なのだろうか、まだ黒い球に動きは見えず、上空で翼を羽ばたかせながらその場に静止している。
だが、徐々に力が高まっているように感じる。
翼の数は6枚になっていて、少しずつ大きくなっているように見える。
あれが動き出してしまったらどうなるのだろう?
先程のフィフィーより強いのか、弱いのか……。
僕達は勝てるのだろうか……?
「エリーっ!」
――その時、僕を呼ぶ声がした。
「……え?」
聞き慣れた声に振り返る。
目に映るのは見慣れた人物。見飽きた姿の男が立っていた。
「クラッグっ……!」
僕の相棒、クラッグがやっとこの場に駆けつけてきた。
次号! エリー、怒りのフックパンチ!




