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154話 僕達の考えた最強の必殺技

【エリー視点】


「リックさんの魔剣がフィフィーの翼をっ……!」

「裂いたっ!」


 この場にいた皆が驚嘆と歓喜の声を上げる。

 リックさんの投擲した青い魔剣がフィフィーの防御を打ち破った。


 防御に回したフィフィーの黒い翼が斬り裂かれる。

 彼女の翼6枚の片側半分、3枚の翼が青い魔剣によって断ち斬られる。


 そして同時にフィフィーの片腕をも斬り飛ばした。


 フィフィーは黒い立方体に力を注ぐ際、右腕を高く上げていた。消滅の力を持つ4つの立方体は彼女の右腕の傍から離れず、徐々に大きくなっていった。


 その右腕が吹き飛ばされた。


 コントロールを失ったのか、4つの巨大な黒い立方体の形がぶれ、彼女の傍からふらふらと離れていく。

 力の集中が失われ、4つの立方体の内3つは空へ、糸の切れた凧のように浮かび上がり、やがて霧の様になって消滅の力は霧散していった。


 フィフィー自身も片側全ての翼がもぎ取られ、体を支えられなくなったのか、地に向けて落下していく。


「おぉっ!」

「やった……!」


 歓声が上がる。

 どうする事も出来なかった絶望の力が消えてなくなっていく。


 勝利の2文字が胸の中に響き渡る。


「……ん?」


 しかし、すぐに異変に気付く。


「おいおいおい……」

「待って? ちょっと待って……?」


 霧散して消え去ったのは4つの黒い立方体の内、3つだ。

 コントロールを失いフィフィーの下から離れていっているとはいえ、まだ残り1つは健在であった。


 そしてそれはゆるりゆるりと重力に導かれるようにして、地面へ……


「落ちるううううううぅぅぅぅぅぅっ!」


 歓喜から一転、悲鳴が戦場に木霊した。


 4つの内3つが消え去ったとはいえ、1つだけでも災害級の威力が込められている。

 1つが地に落ちただけでもこの都市の半分は消滅するだろう。

 当然、近くにいる自分達も一切の抵抗も出来ず蒸発する。


 ただ、先程までとはまるで状況が違う。

 残っているのはたったの1個だ。処理しなければならない魔法力の総量が1/4になったと言っていい。


 そして、腕と翼を裂かれたことでフィフィーの攻撃が止んでいる。消滅の黒玉も黒羽根も生み出すことが出来ていない。


 となれば、自由になる4人がいた。


「あっ……!」

「団長っ!」


 巨大な立方体の落下点に4人の男性が集結していた。

 ジャセスの百足とバルタニアンの騎士団の各団長、副団長の4人だ。


 領域外の4人が同じ1つの目標を見上げていた。


「……行くぞ。出し惜しみは無しだ」

「おめーが仕切ってんじゃねーよ、ローエンブランドン」


 そんな軽い会話をしながら、4人は全身に力を漲らせ、手に持つ武器に魔力を流し込む。

 体中を駆け巡る魔力が強烈な光となって迸る。

 一撃の為に全神経を集中させていく。


 4人が息を合わせ、大きく武器を振るう。

 ただただ威力重視。無骨とも思える程の武器の大振りは、見ているだけで身震いが起こるほど、迫力があり、恐ろしかった。


「ラアアアアアアアアアァァァァァァァァァッ……!」

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……!」

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ダアアアアアアアァァァァァァァァッ!」


 4人の咆哮が耳をつんざく。

 斬撃の波動に魔力を乗せ、消滅の立方体を消し去ろうとする。


 魂の一撃である。

 人間の領域から外れてしまった者達の渾身の攻撃が、フィフィーの攻撃魔法に襲い掛かる。


「団長たちを援護しろっ!」

「微力であるが、俺達も攻撃だ!」


 周囲を囲むS級の皆々も黒い立方体に攻撃を加えていく。

 微力なんてとんでもない。世界最高峰のS級30名による全方位からの攻撃は壮大で、地獄絵図のようであった。


 圧倒的な物量の攻撃に、黒い立方体が罅割れる。


「お……?」


 攻撃に押され、形が崩れ、罅は大きくなり亀裂となっていく。


「お……おおっ……?」


 皆がその行く末を見守る。

 絶望と呼べるほどの暴力的な力の塊が、皆の攻撃によって徐々にその形を削り取られていく。


 そして耐えきれず、遂に消滅の力はバラバラになって崩壊した。


「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ……!」


 皆の歓声が1つになって響き渡る。

 黒い力の塊は霧散し、目の前から消え去っていく。


 生存を諦めるしか無い程の脅威は今取り除かれた。

 皆両手を上げ、心の底から喜びの声を発する。

 団長、副団長らも充実感を得たかのように口の端をにっと歪ませ、お互い頷き合う。


 皆、勝利の爽快感を噛み締め、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「…………」


 だが、皆すぐに顔を引き締める。

 まだ終わりではない。

 最後の標的の方に目を向け、その様子を眺める。


 全力を出した直後の痺れで満足に体が動かない中、最後の一瞬の衝突をただ見守った。




 僕は駆けていた。

 皆が喜びの雄たけびを上げている中、最後の標的に向かって足を走らせていた。


 黒い立方体への攻撃には参加しなかった。

 最後、誰かが彼女に突撃しないといけない事は分かっていたから。

 全力の攻撃はそちらに向けないといけない事は分かっていたから。


 建物の屋根から飛び降り、壁を蹴りながら高速で標的に接近していく。


「……いた」


 標的を視界に捉える。


 フィフィーだ。

 片翼の3枚の翼がもぎ取られ、頭を下にしながら力なく落下をしている。

 片腕を無くし、それでも相変わらず顔に生気がこもっておらず、ただ茫然とした様子で下へ下へと落ちていく。


 最後の標的。

 フィフィーを何とかしないといけない。


 フィフィーにはまだ余力がある。

 このまま放置してはきっと体勢を立て直してしまう。翼を再生され、腕を直し、また消滅の力を振りまくだろう。


 彼女がリックさんの攻撃によって傷ついている今を狙うしかないのである。


 だが、他の人達は全力の攻撃を放った直後で、少し体を硬直させてしまっているだろう。

 その硬直はほんの一瞬だろうけど、その一瞬が命取りになりかねない。


 今、自由に動ける僕がフィフィーを何とかするしかない。


 落ちるフィフィーに駆け寄り、近づいていく。

 攻撃を加える為に双剣を手に取った。


 そして、フィフィーと目が合った。

 相変わらず焦点を失った虚ろな目。だが、フィフィーの顔が動き、はっきりと僕の体を視界に捉えていた。


「フィフィーぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ……!」

「…………」


 叫ぶ。

 ロビンと友達になって、別れ、もう7年。

 フィフィーと友達になってから、まだ数ヶ月。


 これが僕達の、命がけで、全力の喧嘩となる。


「――――」


 フィフィーが真っ逆さまになりながら、僕に向かって黒い翼を伸ばしてくる。


 分かっている。

 今の状態の彼女には背伸びしたって勝てる筈が無い。

 彼女の攻撃速度に付いていけない。防御すらままならない。


 もし防御が成功したとしても、彼女の翼は3つ。僕の剣は2本。

 残りの1つの翼が僕の体を消滅させてくるだろう。


 実力差は絶大。

 どう足掻いても彼女には敵わない。


「――――」


 だから賭ける他無い。

 僕は腕を伸ばし、双剣を前に突き出した。


 以前、フィフィーは言っていた。

 ―――案外さ、エリーがその神器を使いこなせていないだけで、本当は自分の意思で発動できる神器なのかもしれないよ? ……と。


 僕の神器の名前は『双刃の御守り』という。自動発動タイプの能力だ。

 所有者が危機に陥った際、自動で最硬の防御陣を張る。

 ただ、発動するのはごく稀で、自分の意志では防御陣を張るタイミングを選べない。


 そして、こうも言っていた。

 ―――いや、ほんとあるんだよ、エリー。『俺は俺の認めた奴にしか使われねえっ!』っていうような雰囲気纏わせてる神器がさ。……と。


 そういうのを『プライドの高い系神器』と言うらしい。

 ……本当だろうか?


 要するに神器自体が持ち手を選ぶ神器なのだと言う。

 資格のない者には扱うことの出来ない神器が存在する。そういう話は僕も聞いたことがある。


 僕はこの双剣に認められていないのかもしれない。

 分かっている。僕はまだまだ未熟で、実力も、精神力もまだまだひよっ子だ。


 アルフレード兄さんは言っていた。

 『俺たちはこの剣に認められないといけない……と思うんだ』って。


 この神器はとてもとても高い場所を求めているのだろう。


 でも。

 ……でもだ。


「……友達を助ける為なんだ」


 手に持つ相棒に苦言を呈す。

 まだまだ僕は頼りなくて、情けなくて、この両手で守れるものなんて高が知れている事は分かっている。


 世界の広さに戸惑って、悪意に傷ついて涙を零して、世の中を迷いながら歩く小さな子供だという事は分かっている。


 だけど。

 だけどだ。


 今この一瞬……この一瞬だけでいいから……。


「この一瞬だけ多めに見やがれ、バカ神器いいいいいぃぃぃぃぃっ……!」


 叫ぶ。

 もうフィフィーの黒い翼がすぐそこまで迫っている。ここで神器が発動しなかったら僕の負けだ。


 ―――しょうがないなぁ、とため息を付く音が聞こえた気がした。


 僕とフィフィーの間に強力な防御陣が現れた。


「……発動したっ!」

「――――」


 『双刃の御守り』の防御陣がフィフィーの翼を拒む。

 完全に防御しきれており、彼女の消滅の力を一切寄せ付けていない。


 この力すら防ぎきるこの神器って一体何なのか? ちょっと頭の中に疑問が過るけれど、そんな事は今はいい。

 今は押す。それだけだ。


 以前、僕とフィフィーとコンの3人で一緒に特訓を行ったことがある。

 その時に、僕の必殺技を考えよう、みたいなことがあった。


 何かこだわりがあるのか、フィフィーとコンはノリノリで僕の必殺技を編み出そうと頑張っていた。

 必殺技こそ男のロマンと、少年のようなことを言っていた。


 その日は名前だけ決まった。

 だから、その名前を叫ぶ。


「月影――」


 ……正直恥ずかしい。

 でも、フィフィーを助けるための戦いだからこそ、フィフィーとコンとで考えた必殺技を使うのが一番いい気がした。


「天覇壁ぃっ……!」


 神器の防御陣を張った状態での突進技。

 僕の長所であるスピードをフルに活かして敵に突撃する。

 本来なら突進技で恐いのはカウンターだ。愚直に突っ込んでタイミングを合わせられたら大ダメージを受けるのはこちらである。


 しかし、前に張るのは神器による最硬の防御陣だ。

 この防御陣を壊せる者なんて未だ出会ったことが無い。


 結果として、僕は防御に意識を割かないで良い分、更にスピードを上げられる。攻撃にだけ意識を集中させることが出来る。

 前へ、前へ……。

 刃を突き出して防御陣の前に出し、刺し、敵を防御陣に激突させる。


 回避は困難。

 防御陣は前面に広く張られている。直前での回避なんて許さない。


 この技は僕の長所であるスピードをフルに活かした技なのだ。


 ……って、フィフィーがこの技の構想を語っていた。

 いや、初めて使った技だからまだ勝手がよく分からない。


 だが、効果はてき面だった。

 フィフィーの黒い翼は神器の防御陣に弾かれる。そのまま突進をし、この双剣が彼女の腹を貫く。


 この程度で彼女が死んでしまう筈が無い。

 今日の怪物たちを見て、僕は良く分かっている。


 スピードは緩めない。

 そのまま防御陣をフィフィーに思いっきりぶつける。生気のない顔が痛みで歪む。


「……うらあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そのまま押す。押す。押す!


 押して押して押して、ただひたすら力の限り全速力で前進した。


 やがてどこかの建物の壁にぶつかった。防御陣と建物の壁に彼女の体が挟まれる。

 僕の最高スピードで突進し、その勢いで押し潰したのだ。

 いかにフィフィーと言えど無傷ではいられない。


 すぐに建物の壁の方が耐えられなくて粉々に砕けたけれど、このダメージでやっとフィフィーが大きく怯んだ。

 生気のない今の彼女からもその気配が伝わってくる。


 この隙だ。この隙を活かすしかない。


「フィフィーぃぃぃぃぃぃぃっ……!」

「――っ!」


 『双刃の御守り』を手から離す。双剣の刃は未だフィフィーの腹に刺さっている。引き抜き、鞘に納める時間も勿体ない。


 代わりに手に持つのは腰に括り付けていた1本の杖だ。

 神器『ガンバンイオン』。

 フィフィーの所有する封印の神杖だ。


 彼女が正気を失う際、落としたものであった。

 その先端をフィフィーの胸に押し当てる。


「封印っ……!」

「――ぁっ!」


 僕が魔力を込めると、封印の神杖の先端に付いている花の形をした宝石が輝く。

 まばゆい虹色の光を放ち、彼女を包み込む。


『ガンバンイオン』は様々なものを封印する神器だ。

 戦闘中に飛んでくる相手の魔術を封印したり、敵の武器を封印したり、面倒なものをどんどん封印しちゃえる便利な神器、とフィフィーは語っていた。


 先程の戦闘で、バーハルヴァントの竜の鱗を引き剥がしたのもこの神器の力だ。


 そしてフィフィーはこうも言っていた。

 この神器をさらに使いこなせるようになれば、敵の『能力』とか、『力』そのものとか、『記憶』とか『意識』『認識』とか曖昧なものも封印出来るようになるかもしれない、と。


 彼女は自分の成長の方向性をそう語っていた。


「フィフィー、後は……」

「…………」


 だから僕がやるのは神器の発動だけ。

 あとはこの神器を使い慣れた所有者にコントロールを委ねる。


「……任せた」

「…………」


 暴走した『力』を封じるのは彼女自身のお仕事だ。

 フィフィーなら出来ると、そう信じている。


「ア、ガガ……ガガ、ガ……」


 フィフィーが苦しそうに呻き声を上げる。

 全身を痙攣させて、体は仰け反り、目をぐるんぐるんと回している。明らかに常軌を逸した様子を見せる。

 しかしこれでいい。僕が出来るのはただ見守るだけだ。


「ウ……ゴゴ……ガ、ア……」

「……!」


 そしてフィフィーの腕が動き、千切れていない方の手でこの杖を握った。

 僕から杖を奪おう、という動きではない。

 ただしっかりと握って、この杖を制御しようとする彼女の意志を感じた。


「エ、エ、エ……エ、エ……」

「……?」


 フィフィーは掠れた声を上げているが、杖に流れる魔力の流れが変わる。

 分かる。感じる。

 フィフィーがこの杖を操作し始めた。


 自分の力を封印する為に、術を構築していく。


「エ……エリー……」

「……なに? フィフィー」


 名前を呼ばれる。彼女の体は震えていて、ぎこちない動きを見せていたけど、ゆっくりと首が動き、顔を動かす。

 変化しきった彼女の焦げ茶色の髪が小さく揺れる。

 やっと目が合った。


 そこにあるのは先程までのような生気を失った顔ではなかった。

 やや苦しそうに顔を歪ませているけど、穏やかな表情に変わっていて、やっと元の優しいフィフィーの顔に戻っていた。


「……ありがと」


 フィフィーはそう呟き、にこりと小さく笑う。


 そして、封印の強い光が彼女の体から迸った。


「月影天覇壁ぃっ……!」(顔真っ赤)

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