153話 青い閃光
【エリー視点】
『バルタニアンの騎士』
それはこの国の王様直属の、表世界には姿を現さない影の騎士団だ。
主な任務は2つ。この国の王の勅命受け、その任務を遂行する事。そして、『叡智』の力の謎を追う事。
『叡智』の力はこの国の発祥だ。
その力に対処するための巨大な騎士団なのであった。
「……で? エリー様? こいつはどういう状況なんだい? あの物騒な化け物は一体何なんだか……」
「…………」
その団長が今、僕の目の前にいる。
名前はガドリウス。たった今そう名乗っていた。
いかつい銀の鎧を身に纏った大柄の男性である。
彼は僕の事を姫様と呼んだ。さっき『話は聞いている』とも言っている。
お父様から僕の事情は全て伝わっているらしい。
「姫様、て……」
「あははー! なんのことだかー?」
コンがジトっとした目を僕に向けてくる。僕はさっと目を逸らす。
さっき私は彼女の目の前でエリーに変身をした。
それに加えて姫様呼び……。
やばい。もう大分バレかけてる……。
「まだ何とか隠し通せないか足掻くんだから、うちの姫様は大したもんだなぁ。うむ、この国の未来は明るいな!」
「…………」
うっさい、団長さん。
「……で? 姫様? 俺達はあの禍々しい天使様をぶっ殺せばいいのか……ねっ!?」
「わっ……!?」
「わわっ……!?」
そう言いながら、ガドリウスさんがフィフィーの放った黒い球をぶった斬る。
何でもない一動作だが、フィフィーのあの攻撃を相殺できるなんて、十分すぎる程人を辞めている。
上空には相変わらずフィフィーがぷかぷかと浮かんでいる。
意識は未だ無し。暴走を続け、破壊を繰り返す怪物となってしまっている。
このまま放置していてはいずれ本当に人を殺してしまうだろう。
そう考えていると、僕達の傍にもう1人、大男が近づいてきた。
「……それは困るな、バルタニアンの団長。あれは我らが王で、姫だ。害する事は許さん」
「おうおうおう、百足の長。勝手言ってくれるぜ。お前には聞いてないんだっつーの」
「ローエンブランドンさん……」
近づいて生きたのは『ジャセスの百足』のリーダー、ローエンブランドンさんだ。
片腕に剣を持ち、そして猫を扱うかのようにシータとディーズをもう片方の脇に抱えている。
扱いが若干雑だったが、シータとディーズは何の抵抗も示さず大人しくしている。
うん、貴女達のとこのリーダー、恐いよね。
今さっき助けて貰ったところだしね。
「…………」
「…………」
ガドリウスさんとローエンブランドンさんが睨み合う。
こえー。裏世界の組織のトップ2人が殺気を飛ばし合ってるよ。
この2人だけで世界の1/3が滅びるよ……。
「ガ、ガドリウスさん……! 私の勅命を受けて下さい! ジャセスの百足と協力し、民を守り、フィフィーを無力化して下さい! 出来れば、殺さずっ……!」
そう言うと、ガドリウスさんがローエンブランドンさんから視線を逸らし、私の方を見てくる。
じっと見つめ合う事、数秒。
そして、ガドリウスさんが気の良さそうな笑みを浮かべた。
「その勅命、受けましょう。王が囚われた今、貴女には我が団を動かす正当性がある。我らが姫に、命を懸けて」
「…………」
ほっとする。
どうやら彼は私の言う事を聞いてくれるようだ。
「え? なになに? エリーが姫って、なんのこと……ふぎゃっ……!?」とシータが潰れたような悲鳴を上げていた。
ローエンブランドンさんが抱えていた彼女らを乱暴に離し、シータとディーズは床にぶつかってしまっていた。
あー……、また僕の正体に気付く者が増えていく……。
「ちなみに、エリー様とフィフィーは友人の関係にあると聞いているけど、『出来れば助ける』でいいのかい? 『絶対に助ける』じゃないのかい?」
「出来れば助けてほしいですけど……一番優先するべきは民ですので……」
「ご立派な事……だなっ……!」
ガドリウスさんがそう私に質問しながら、フィフィーの黒玉を迎撃していく。
「お前らぁっ……!」
「出番だっ!」
「はいっ……!」
2人の団長が大きな号令を出したかと思うと、幾人もの人たちが建物の屋根に上って来て、急に姿を現す。
その人たちはみんな、黒いフードかごつい甲冑を着ている。格好から、ジャセスの百足やバルタニアンの騎士団に所属している人たちなのだと分かる。
そんな人たちがフィフィーから十分に距離を離し、援軍として現れた。フィフィーを取り囲むように円形に陣を築いていた。
「こいつらは俺らの団のS級の精鋭たちだ」
「え、S級……」
驚く僕達にガドリウスさんがそう説明してくれる。
ぽっと現れた30人近くの援軍は誰も彼もがS級の実力を持っているのだと言う。S級と言ったら一般的に言われている世界最高の実力者たちだ。
それがぽっと30人ほど……。
世界の裏に潜む組織というのは人材が豊富な様で……。
「撃てぇっ……!」
「はっ……!」
団長たちの号令と共にその援軍の人達がフィフィーに向かって魔術を放つ。
数で攻める気なのだろうか?
四方八方から放たれる魔術の弾は密度が濃く、どれもこれもが1つ1つの魔術が強力だった。
まるでフィフィーの周囲の空間全てを魔術で埋め尽くすかのようであり、この攻撃群に巻き込まれたら普通、肉片ひとつ残らず死んでしまうだろうことは想像に難くなかった。
「でもっ……!」
「…………」
しかしそれらは結局フィフィーの背中に生えている黒い翼によって防がれてしまう。黒い翼による自動防御だ。
4枚の黒い翼が彼女の体を丸く包み、防御をする。
フィフィーには掠り傷1つ与えられない。
作戦は失敗か……?
「……まぁ、まずはこれでいい」
「え……?」
しかし、ガドリウスさんは小さく頷く。
「ここに移動するまでの間に、エリー様達の戦いを観察させて貰ってる。それで、作戦を立てた」
「え?」
「あのお嬢さんが無作為にばら撒く黒い羽根は、何かにぶつかると消滅の波動を放ち、その対象を消滅させる。そして同時に黒い羽根自身も消滅していく。対象の物体の強度、魔力量に関係なくな。……だとすると」
「あっ……!」
そこまで説明されて、やっと気付く。
フィフィーがばら撒いていた黒い羽根が全て消えてなくなってしまっている!
「放つのは弱い魔法でも構わなかった。とにかく数多く魔法を放って、黒い羽根にぶつけ、消滅の魔法を発動させる。それだけで黒い羽根は綺麗に一掃出来るって訳だ」
「や、やった……!」
30人のS級の人達による魔法の弾幕は黒い羽根全てと接触し、黒い羽根は自ら消滅していったのだ。
先程まで広がっていた死の世界が、今この一瞬穏やかさを取り戻していた。
「……ゥゥゥゥゥアアアアアアァァァァッ!」
「もう一度、撃てっ!」
「はいっ!」
フィフィーが声を震わせ、また黒羽根をばら撒こうとするけれど、それは裏組織の人達に1つ1つ丁寧に潰されていった。
数の暴力がフィフィーの力を阻害していく。
「いいぞ……いい感じだ……」
「で、でもっ!」
「アアアアアアァァァァァァァッ……!」
フィフィーがまた叫び、今度は黒い消滅の球を放ってくる。
あれは黒い羽根の様に自動でばら撒かれるようなものじゃない。明確に敵意を持って、敵を消滅させるために放ってくる攻撃だ。
適当な魔法で相殺出来るものじゃない。
「この黒玉には……こうだっ……!」
そう言って、ガドリウスさんは力強く剣を振る。
強力な魔力がこもった大剣の一振り。領域外の実力にある者の渾身の一太刀がフィフィーの黒玉を両断する。
もし普通の人間がこの人の太刀を受けたら両断どころか、消し炭すら残らないだろう。
「……あの黒玉には『領域外』の実力で対抗する。俺と俺んとこの副団長。あっちの組織の団長さんに、その副団長。その4人で四方を位置取り、黒玉に対抗する」
「おぉっ……!」
見ると、30人のS級の人達が囲う円の内側に、いつの間にか4人の達人が位置取っている。
ローエンブランドンさんもいつの間にか移動し、陣についていた。
フィフィーの前後左右4方向に立ち、黒玉を後方に抜かせないよう防御を敷いている。
ガドリウスさんの反対方向にはローエンブランドンさん。もう2つの方向にもそれぞれ1人ずつが配置されており、フィフィーの黒玉をぶった斬ってS級の方たちを守っている。
ガドリウスさんの話からすると、あの2人はジャセスの百足とバルタニアンの騎士団の副団長なのだろう。
……2つの組織は副団長まで領域外であるのか。
怖ぁ……。
S級の方たちが遠距離から魔法を放ち、フィフィーとその彼女が放つ黒羽根に攻撃を加える。僕もその攻撃に混じって、フィフィーの黒羽根を潰していく。
フィフィーの放つ黒玉は4人の領域外の方たちが防御する。
安定した陣が形成されきっていた。
「……しかし、決め手に欠ける」
「はい……」
フィフィーの行動は封じているが、ガドリウスさんは苦々しく声を発した。
そうである。こちらの攻撃もフィフィーに届いていないのだ。
後方にいるS級の方たちがフィフィーに攻撃を放つも、それは背中に生える黒い翼によって防御されてしまっている。
フィフィーの自動防御。S級の方たちの攻撃ではそれが抜けないのだ。
フィフィーは背中に生える6枚の翼を器用に動かし、飛んでくる魔法の弾を全て弾き落として……、
……ん?
6枚?
「増えてるっ……!」
フィフィーから生えている背中の翼が増えている!
最初は2枚。僕が迫った時に2枚増え、今気が付いたら更に2枚増えている!
防御性能は先程までより格段に向上し、一部の隙もなくなってしまっている。
S級の人達の雨霰のような攻撃に完全に対応し、フィフィーの体には少しのダメージも与えられない。
領域外の人達は防御に集中せざるを得ず、攻撃に転じることが出来ない。
両者の攻撃が相手の防御を越すことが出来ない。
状況は膠着している。
フィフィーの魔力がどれくらい膨大なのか推し量ることが出来ない。
このままではじり貧なのか……?
そこで変化があった。
「……ん?」
「え?」
フィフィーが虚ろな目のまま、右手を高く上げる。
すると彼女の手の周りに力が集まり、4つの黒い立方体の物体が現れる。
それは消滅の黒玉と同じ物のようにも見えるけれど、それまでのものとは少し様子が違った。
それはフィフィーの手から放たれる事無く、その場に留まり続けた。
「あれは……力を溜めている……?」
「おいおいおい、やべーぞ……」
4つの立方体の物体はフィフィーの傍に留まり続け、徐々に大きくなっているように見える。
……これは、時間を掛けて注ぐ魔力の量を上げている?
……消滅の力が増していく?
「冗談じゃねーぞ、おいっ! 今でさえ手一杯だってのに、これ以上の威力のもん受けられるかっ……!」
「な、なんとかならないんですかっ!? ガドリウスさんっ……!」
「なるかっ! あんなのっ……! 普通の黒玉だけでも精一杯なんだ! まだ大きくなってやがるっ……!」
4つの立方体はだんだんだんだんと大きくなっていく。
その間にも黒玉が今まで通り飛んでくるため、4人の領域外の人達はそれに対処する為余裕がない。
僕を含めたS級の人達の包囲射撃も、黒羽根は潰せるが、フィフィー自身には攻撃が通らない。
黒い立方体は内包する魔力量が多過ぎて、S級の僕達の攻撃ではとてもじゃないけど相殺することが出来ない。
もう黒い4つの立方体は黒玉の何倍も何倍も大きくなっている。
「……まじーぞ。あいつ、まずは俺達領域外の4人を先に仕留めるつもりだ。そうすればあいつの攻撃を防げる邪魔者はいなくなる」
「っていうか、あの黒い立方体落とされたらこの都市丸々消滅しますよねっ!?」
多分あの攻撃が通ったら、この都市全体がボッと消える。
「ぼ、僕が突っ込みますっ! フィフィー本体に攻撃を加えて、事態の打開をっ……!」
「ア、アホかぁーっ!? 姫様っ!? 貴女じゃ……っていうか誰であろうと消されてお終いだっ……!」
「でも待っていても事態は悪化するだけですっ……!」
あの黒い立方体が完成したら、それで終わりだ。
防ぐ術は誰も持っていない。
猶予は今この瞬間しかないのだ。
「エ、エリー! それはあたしも無謀だと思うなっ……!」
「でもシータ! 手をこまねいたままじゃ、どっちにしろ全滅だよ……!」
「あーっ! くそっ! どうしたらいいんだっ……!」
焦りが滲む。周囲からも混乱が起こっている様子が伝わってくる。
全てを吹き飛ばすような、どうしようもない力が目の前に存在する。
誰にもどうする事も出来ない。
何か手は無いか、考えるけれど何の方法も見つからない。それは、この場にいた全ての人がそうだった。
本当にもう駄目なのか?
絶望が伝播していく。
――その時だった。
「ボクが行きます」
「え……?」
凛とした声が響く。
そんなに張り上げた声でないにも関わらず、何故かその人の声は僕の耳に良く届いた。
声がした方向を見る。
その人は無人の街道を歩いていた。建物の屋根に上っていた僕達は身を乗り出してその人を上から眺める。
その人は全身が傷ついていた。
手当されているものの、腹には穴が空いており、腕は火傷で酷い事になっており、全身ボロボロで、立っているのも……いや、生きているのも奇跡的な状態であるかのように見えた。
そう、その人は『領域外』の1人、『衝撃波』使いのルドルフに先程打ち勝った功労者だ。
「……リックさん!」
フィフィーの幼馴染で、恋人であるリックさんがこの戦場に姿を現した。
「フィフィー……」
リックさんが顔を上げ、悪魔とも天使ともつかない彼女の様子をじっと眺める。
どうしてしまったんだ、どうしてフィフィーはああなってしまっているんだ、などの狼狽の感情は見えない。
彼にとって彼女のこの姿は予想できるものだったのだろう。
「リックさん! 駄目です! 戦場に出てきてはいけませんっ!」
「…………」
「あなたは死んだっておかしくない程のダメージを受けているんです! 大人しく下がって休んでて――」
そこまで言って、リックさんが僕の方を見る。
彼の目が雄弁に語る。
口を挟むな。
そう叱られた。
「…………」
僕は口を閉ざさるを得ない。
「さぁ、行くよ、フィフィー……いや、ロビン……」
リックさんが剣を手に持ち、構える。
ボロボロの全身に力を入れ始める。死に体の筈の体から膨大な魔力が溢れ出てくる。気力が漲り、今にも倒れそうな体から貫禄と迫力が伝わってくる。
超人。
そんな単語が頭の中を過る。
手に持つのは氷の魔剣アルマスベル。リックさん愛用の剣だ。
ただ、持ち方が普通の剣の構えとは違う。
あれは、槍投げの構え……?
「…………」
「…………」
フィフィーの顔がリックさんの方を向く。
未だ彼女の目は焦点が定まっていない。しかし、2人の目が合った様な気がした。
2人の意思が通じ合った様な気がした。
「……頼む。フィフィー。……力を貸してくれ」
その小さな呟きと共に、リックさんは一歩を踏み出す。
全身の魔力を右手の魔剣に注ぎ込み、駆け出す。
走ったのは短い距離である。しかし、彼はその中でトップスピードに乗り、全霊を尽くす。
足を踏ん張る。腰を捻る。全身の力をその剣に乗せていく。
そして、雄たけびを上げた。
「いっけええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ……!」
リックさんの手から魔剣が投擲された。
氷の剣が超高速でフィフィーへと向かって飛んでいく。氷の青い光が閃光の様に輝き、真っ直ぐの軌道の後に氷の光が尾を引いていく。
氷の魔剣は地上からフィフィーへと向かう。
彼女がばら撒く黒い羽根は今、S級の皆の砲撃によって消滅し、2人の間に邪魔は無い。
どこにそんな力が残っていたのか分からない程氷の魔剣に込められた力は強烈で、それが飛ぶ姿は視認することすら困難なほど速く、投擲された剣がフィフィーに激突するまで、何もかもが一瞬であった。
フィフィーが背中の黒い翼を動かし、氷の魔剣を迎撃しようとする。
2つが激突すると、強い衝撃が周囲一帯に響く。体の内側の骨すら揺さぶられる程だった。
今度こそ全ての力を出し尽くしたリックさんの体が倒れる。しかし、尚も視線は上の方に向け、自分の大切な人の行方を見守っていた。
「……フィフィー」
リックさんが呟く。
「……ロビンを……助けろ」
何か、意志のようなものを感じた。
それに応えるかのように氷の魔剣がより一層強い輝きを放つ。
――そして、青の魔剣は黒い翼を引き裂いていった。




