152話 幽水
【エリー視点】
ニンジャ、コン。
旧名コンツェ・シャウルアルカス。
アリア様に仕えているニンジャであり、この都市で僕とフィフィーの友達になった人物だ。
一緒に修行して、一緒に必殺技の開発などをした仲である。
……いや、必殺技の名前しか考えてないけど。
そんなコンが僕の助けに来てくれた。
「間にあって良かったでござる! エリー殿!」
「コン……」
抱えられながら体を捻り、彼女の顔を見る。
僕と1歳しか変わらない割には幼めの顔つきに笑顔が灯る。
本当に助かった。
ほっと息をつく。
「状況を説明して欲しいでござる。あそこに浮かんでるのはフィフィー殿でござるよね? なんで焦げ茶色の髪になって……」
「……っ! 危ない、コン!」
「ひゃあっ!?」
コンが状況の確認をしようとしたところで、フィフィーがまた黒い羽根を僕に向けて飛ばしてきた。
コンの腕の中から逃れ、双剣を振るって黒い羽根を迎撃する。
僕の双剣は黒い羽根を防ぐことが出来る。それが先程得た一番大きな情報だった。
「逃げるよっ! コンっ……!」
「わわわわっ……!?」
数枚の羽根を弾いたら、コンを連れてさっさとこの場を離脱する。
黒い羽根は何かを消滅させるときに黒い波動を一緒に出してくる。
この場に留まっていては地面とかに突き刺さった弾いた羽根が波動を出して、それに巻き込まれてしまう。
だからさっさとこの場をずらかった。
コンの戦闘能力はB+と言ったところである。
間違っても『領域外』並みの実力を持ってしまったフィフィーの攻撃を防ぐ事も回避することも出来ない。
先程、僕を間一髪のタイミングで助けてくれたのはたまたまだろう。
フィフィーの攻撃が迫ってきているかどうかは関係なく、倒れていた僕を救助してくれたのだ。
だからコンにフィフィーの攻撃を防ぐ術はない。
僕が彼女を抱えて移動する。
しかし、コンは隠密行動にかけては一流だ。
「暗幕霧中っ!」
コンがブラインド・ロウという魔術……いや、自称忍術を放つ。
それだけで僕たち2人の体は周囲から見えなくなり、姿を消してしまう。
「……?」
フィフィーがきょろきょろと僕達を探すかのように首を回している。
なるほど。
フィフィーは今意識を失っているような状態だ。冷静であればすぐに探知系の魔術を使うのだろうけど、彼女は今正気ではない。
暴走状態の彼女ではコンの隠密魔法……隠密忍術を突破できないのだ。
「シータ! ディーズ! 隠密系の魔法だ! フィフィーは今、探知能力がない!」
「……! 了解!」
シータもディーズもすぐに対応して、姿を消す。
大声に反応したのか、フィフィーが僕の方に羽根を飛ばしてくるけれど、愚直過ぎる攻撃の為回避は簡単だった。
「コン、ありがとう、本当に助かったよ」
「い、いや……すぐに拙者の方が助けられちゃったみたいで……。ところで、さっきの話の続きでござる! あれはフィフィー殿なんでござるか!?」
「そうだよ、フィフィー本人だ」
僕はフィフィーに起こった事を本当にざっくりと説明する。
ニコラウス兄様の名前も出さないくらい簡単な説明ではあったけれど、今何をやるべきかコンには伝わったようだ。
「なるほど。フィフィー殿を正気に戻せば良いのでござるね?」
「うん。ところで、コンたちはあの後どうなったの? 百足が来てるのは知ってるけど……」
『衝撃波』使いのルドルフが襲い掛かってくる前に、僕とフィフィーはコンとアリア様に援軍を呼んでくるよう指示を出した。
百足の拠点に赴き、百足の協力を仰ぐよう指示を出した筈だった。
「拙者とアリア様はギルヴィアの宿場町に向かおうとしたでござるけど、都市から出てすぐにその団体と鉢合わせたでござる。丁度良いからって仕事手伝わされていたでござる」
「ありゃ、お疲れ様」
「そこで凄い事があったでござる! なな、なんと! アリア様の兄君のナディス様が生きていたでござる! しかも、ナディス様は本当は姉君で! 本名はナディア様と言うのでそうでござる!」
「うん、知ってる」
「な~んだ、つまらな~いの~」
淡白な僕の反応にコンがつまらなそうな顔をしてむくれる。
すまんね、それ古い情報だ。
しかし、どうやらアリア様はナディア様と会えていた様だな。時間的に、多分ほとんど話せていないとは思うけど。
すぐにこの都市を平和にして、姉妹仲良く会話できる時間を取れるようにしよう。
隠密忍術を掛けてから、僕への攻撃は完全に止んでいる。
ありがたいけど、隠れているだけではどうしようもない。フィフィーが移動を再開し、人の避難が進んでいない部分まで進んでしまったらアウトだ。
なんとかフィフィーに攻撃を加えないといけないけど……、
「……ん?」
そう考えていると、何もない場所から魔力の矢が上空に放たれた。
マジックアロー。魔力を矢のように飛ばす魔術である。
どうやらシータが隠密で隠れながらマジックアローを放っている様だった。
その矢は一直線にフィフィーには向かわず、それよりも上空に向かって放たれる。
そして矢は最高高度まで到達すると、それから段々と降下していき、フィフィーの上空から彼女に襲い掛かった。
「お……!」
矢はフィフィーの自動防御で弾かれる。
しかしシータは矢を連続で放っており、いくつかの矢を黒い翼で防御していると、遂にフィフィーに隙が出来た。
一本の矢がフィフィーの体を掠め、彼女の腕を掠った。
「おおっ!」
「通ったでござる!」
現状、フィフィーの上空には舞う羽根は少ない。
そこが彼女の弱点部分となっていた。
先程僕は自らそこに乗り込んでいったが、なるほど、確かに曲線を描く魔法なら遠距離魔法で十分かもしれない。
なんだよ、僕がアホみたいじゃないか。
さっきの攻撃で死にかけたわ。
「コン、僕達も!」
「了解でござる!」
僕とコンもマジックアローを放つ。
考える事は一緒だったのか、もう一方の何もない場所からも同じようにマジックアローが放たれる。
ディーズだ。
フィフィーの上空から大量の矢が降り注ぐ。
彼女はそれを背中の翼によって防ぐけれど、所詮は意識を失った自動防御であり、すぐに隙が出来る。
いくつかの矢がその防御を越えて、彼女の体に刺さる。
どうやらあの翼は防御性能が低いらしい。
無表情のままフィフィーは周囲をきょろきょろと見渡す。
しかし、どこにも僕達の姿はない。
攻撃の元を確認できず、その為反撃も出来ず、ふらふらと体を揺らしながら彼女は僕達の攻撃を愚直に受け続けていた。
「よしっ!」
「いけるっ……!」
どんなに攻撃力が強くなっても、所詮は意識を失った状態、人形のようなものだ。
フィフィーの意識がある時に比べれば隙が大き過ぎる。
「このまま落とすことが出来ればっ……!」
「いや、ちょっと待って!?」
順調にいけばこのまま勝てる。
……そう思っていたのだが、何かフィフィーの様子がおかしい事に気が付く。
彼女の体が震えている。
矢で攻撃を受けている以上に大袈裟に体を震わしており、何かそこに異常を感じた。
「アアアアアァァァァァッ……!」
フィフィーが甲高い声を上げ、背中の翼を大きく広げる。
両腕も大きく広げて、その手に魔力を込め始める。
フィフィーの手と翼から黒い球体が出現した。
「……え?」
「げっ……!?」
フィフィーの放つ黒球が街に落ちる。
すると、それは一気に大きく膨らみ、周囲にあるものを飲み込みながら消滅させていった。
消滅の黒い球だ。
フィフィーの新しい攻撃技だった。
「のわああああぁぁぁぁっ……!?」
僕達は驚き飛び退く。
その黒球は直径10m~20mにまで膨らみ、その場所にあるものを消滅させていく。
しかも、数が多い。彼女の両手と翼から次々と黒球が生産されていく。
それまでの垂れ流しの様な黒い翼とは違う。
明確な敵意を持った攻撃で、広範囲を殲滅する為の技であった。
隠れ潜む子鼠を圧殺する為の攻撃だ。
やはりまだフィフィーは僕達のことを認識出来ていないのか、その狙いは適当で、だから僕達は何とかこの攻撃を避けることが出来ている。
ただ、こそこそと隠れた小動物を炙り出し、殲滅する為の技であることは理解できる。
狙い自体は僕たちなのだ。
「みんなっ! 大丈夫っ……!?」
四方八方に黒い消滅の球が落とされていく中、僕は皆に呼びかける。
僕と僕に抱えられているコンは何とかなっている。
しかし、少し実力の劣るシータとディーズは大丈夫なのだろうか?
隠密魔法によって2人の姿が見えない。
どこにいるのかも分からず、助けに行くことも出来ない。
「きゃあっ……!?」
「シータ!?」
その時、シータの短い悲鳴が聞こえてくる。
まさか、この攻撃を喰らってしまったのか……!?
この黒球に触れてしまったら最後、どんな防御も効かず消滅してしまうぞ!?
「きゃああああぁぁぁぁぁっ……!」
「シータ! シータ……!」
彼女の長い悲鳴が聞こえてくる。
そして、声がした方向に黒球がいくつか落とされる。
その消滅の球は大きく膨らみ、シータがいるであろう場所を全て呑み込んで……、
「……え?」
―――突然、その黒い球が両断された。
黒く染まった空間が真っ二つになり、消滅の力が霧の様に消えていく。
誰かがフィフィーの消滅の球を斬った。
俄には信じられないけれど、そういうことなのだろう。
そしてその霧が晴れた場所には、尻餅を付いて目を丸くしているシータと、険しい顔つきをした年配の男性が立っていた。
「……この程度で後れを取るな、シータ。たるんでいるぞ」
「だ、団長っ……!」
「ローエンブランドンさんっ!」
そこに立っていたのは『ジャセスの百足』の団長、ローエンブランドンさんだった。
彼がシータを助けたのだった。
「ひえぇ……あの人フィフィー殿の攻撃を斬りましたでござるよ……? おっかねぇ……」
「人間じゃないんじゃないかな、あの人」
あれを両断するなんてちょっと信じられない。
ローエンブランドンさんは領域外に位置する人だとはなんとなく分かっていたけれど、これはちょっとやばいな……。
しかし、ここでこの人が助っ人としてやって来てくれるのは、本当にありがたい。
――そんな時、もう1つ別の声がこの戦場に乱入してきた。
「おいおい、百足。あんま活躍すんじゃねえよ。俺の見せ場が少なくなるだろうが」
「え……?」
乱入してきた男がそんな言葉を発しながら、手に持つ大剣を軽々振るった。
その男が握る剣は大剣も大剣、全長5mはある剣を力強く振っていく。
すると、ローエンブランドンさんと同じようにフィフィーの黒球が斬り裂かれていく。
「えっ!? えっ……!?」
「だ、誰っ……!?」
こんな芸当が出来るのは超常の域にある強者だけだ。
しかし、僕は彼の姿に心当たりがなかった。
その男性はフィフィーの黒球をいくつか斬り裂くと、僕のすぐ傍に飛んできた。
「よぅ、貴女がエリーって子だろ? 話は聞いてるぜ?」
「え? えぇっと……? だ、誰ですか、あなた……?」
目の前の男性はいかつい銀の鎧を身に纏っている。オレンジ色の短い髪をしており、顔に大きな刀傷があった。
力強い顔つきをした40代程の男性だ。
……ダメだ、やっぱりこの人に見覚えが無い。
話は聞いている? 一体なんだ? 僕の事を知っているのか……?
「あっはっは! 全く、やんちゃな姫様で困っちまう! 守る者の身にもなって欲しいもんだ!」
「えっ? えっ……!?」
巨躯の男性が大きく笑いながら僕の背中をバンバンと叩く。
僕の事を姫様だって言った? 僕の正体を本当に知っている……?
混乱していると、その男性は自分の事を親指で指しながら、お茶目にウインクをした。
「俺の名前はガドリウス。『バルタニアンの騎士』の団長だ。よろしくな、エリー様」
「…………」
『バルタニアンの騎士』。
叡智の力の謎を追う、この国が抱える裏の秘密組織。
国王の指示の下に動く、強力な力を持つ影の軍隊だ。
そういう話を今朝、お父様から聞いた。
「……あぁっ!」
大きく納得する。
『ジャセスの百足』『バルタニアンの騎士』
世の陰に潜む組織の団長たちが、この戦いに参戦した。
* * * * *
【クラッグ視点】
ここは地獄と化していた。
高熱の炎に晒されて、石造りの建物も地面も溶けてしまっている。
マグマの様に赤く黄色い色を放ちながら、高温に晒された石が液状となり地面の上に滴って、とろとろと流れていく。
最早地形が変わっている。
目の前の敵が所かまわず炎を放つせいで、地面が溶けてへこみ、そこにマグマの池が出来上がる。
ぼこぼこと高温の泡を立てながら、あらゆる命を殺す強い熱気がこの場に充満する。
俺と戦う敵、『幽炎』がこの場を地獄の姿に変えていた。
「全く全く、容赦がねぇ。おい、幽炎。ちったぁ周りの迷惑を考えた方がいいんじゃねぇか?」
「…………」
最早この場は人の住む場所じゃなくなっている。
逃げ遅れた人は災難だったが、まぁ苦しまず一瞬で逝く事が出来ただろう。
この場には俺の生やした赤い棘も大量に散乱している。
全力を尽くして戦ったが、目の前の炎の化け物を消し去る事は容易ではない。
「…………」
「…………」
俺たちは気が付いている。
俺達から遠い場所で、1つの大きな力が暴走していた。
「……なぁ」
「…………」
「ここらで一旦打ち止めにしねえか? フィフィーが暴走を始めているようだ」
「…………」
遠目に1人の少女が黒い翼を生やして、羽根をまき散らす光景を見ることが出来る。
ちゃんと確認するまでも無くフィフィーだろう。
意識を失い、力をまき散らしているのが感じ取れる。
誰だ、バカの封印を解いちまった大バカは。
「幽炎、ここは引け」
「…………」
「お前だって、この場で自分のご主人様が斃れちまうのは本意じゃないだろう?」
そう言うと、幽炎の体の炎がゆらりと揺れる。
どうやら同意を得たと取って良さそうだ。
奴が顔の無い目で俺の事をじっと見てくる。
「……タダ、オ前ノ言ウ通リニスルノハ……気ニ喰ワン」
「……は?」
奴が口の無い口でそう言った時、俺の周囲を取り囲むように大きな炎の壁が出現した。
壁は分厚く、突破には時間が要りそうだ。
「あっ! てめぇ! 嫌がらせかよっ……!」
「…………」
こいつは俺に背を向け、その壁の向こうへと歩いていった。
炎の壁を出すだけ出して、さっさと去ろうとしている。
ふざけんな、こら! 嫌がらせ残していくんじゃねえよ!
その背中に悪態を吐こうとした時、幽炎がこちらに向けて言葉を発した。
「サラバ、『幽水』。オ前ハ必ズ我ガ消ス」
「…………」
「意味ハナイガ、我トオ前ハ殺シ合ワナケレバナラヌ……」
それだけの言葉を残して、幽炎は炎の向こうに姿を消していった。
「……ちっ」
炎の壁に囲まれながら、舌打ちを打つ。
ごきりごきりと首の骨を鳴らしながら、嫌悪感が顔に出てしまう事を隠せない。
「……さっさとこの壁突破して、フィフィーを助けに行かねえとな」
あぁ、めんどうだ。
本当にめんどうだ。
取り敢えず、あいつが作り出したこの憎たらしい炎の壁に自分の剣を叩きつけるのであった。
あれだよ! 『ガドリウス』は131話で出てきた男だよ!




