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151話 対フィフィー攻略作戦大実行!

【エリー視点】


「って言ってもなぁ……」


 自然としかめっ面になってしまう眉間を擦りながら、目の前の光景をじっと見る。


 少し離れた場所一帯に降り注ぐ黒い羽根の雨霰。

 一面を埋め尽くす黒い羽根は建物や地面の上に落ち、その場所を次から次へと消滅させていく。


 賑やかな人の営みを表していた大通りの街並みが、どんどん平らになっていく。

 避難が済んでおり人はいないと言っても、街が平地に変わっていく姿を見ると頬が引き吊る。


 その上空には黒い翼を生やしたフィフィーの姿がある。

 白目を剥いており、顔は真っ青になっていて感情がこもっていない。明らかに平常を逸している。


 街を破壊しつくす姿は残虐な悪魔そのもので、しかし美しい翼を広げて空を羽ばたく姿は神々しい天使のようであった。


「あんなん、どないせーちゅうねん」


 今この場にいるのは僕、シータ、ディーズの3人だ。

 フィフィーが羽根をまき散らす範囲から少し離れて、この様子をげんなりと見ている。


 まず、あの黒い羽根は触ってはいけない。

 あの羽根1枚1枚がバーハルヴァントの竜鱗を消滅させるだけの威力を持っている筈だ。


 その羽根が空間を埋め尽くすように、何百、何千と散っているのである。


「…………」


 苦い顔をしながら、皆で顔を合わせる。


 フィフィーを何とかしたいが、これでは絶対に近づけない。

 彼女は上空50メートルくらいを飛んでいるし、その下は黒羽根地獄だ。


 何とかしなきゃいけないし、友達の為に何とかしたいんだけど、なんか出来る事が全くないんだけど……。


「……どうする?」

「ど、どうしよっか……」


 皆で困惑する。


「と、とりあえず、とりあえず……えいっ!」


 僕は魔術で何十発という火球を作り出し、それをフィフィーに向けて撃ちだした。

 近づけないのなら遠距離攻撃。王道である。


「あ、ダメっぽい……」

「ですよねぇ」


 しかし、何十という火球は全てフィフィーに届く前に黒い羽根にぶつかり、消滅してしまう。

 うん、まぁ……そんなとこだと思った。


「じゃあ次は……」


 雷の弾を1つだけ作り出し、そこに意識を集中させる。


「エリー、今度は威力重視?」

「いや、違くて……見てて。……はっ!」


 拳サイズの雷の弾をフィフィーに向かって飛ばす。

 しかしこのままでは先程の火球と同じように黒い羽根にぶつかって消滅してしまう。


 だから黒い羽根にぶつかる寸前、雷の弾の軌道をくいと変えた。


「おぉっ!」


 この雷の弾は僕のコントロールによって動きを変化させられる。

 真っ直ぐ飛ばすより動きは遅いし、僕も意識をその弾に割かなければいけなくなる。本来なら実戦ではあまり役に立たない術ではある。


 しかし、この場面においては有効である。

 何故ならフィフィーに意識はなく、僕達を倒そうという意思が無いからだ。


 黒い羽根は無作為にばらまかれており、雷の弾を迎撃しようとする意志も無い。

 だから完全コントロール下にある魔術の弾なら、黒い羽根を避けてフィフィーの元に迎えることが出来るのだった。


「よしっ……!」

「いけるっ!」


 ついに黒い羽根を突破して、雷の弾はフィフィーの体に届こうとしていた。

 まずは一発……一発当てるっ……!


「……え?」


 しかし、雷の弾は防がれてしまった。

 フィフィーに生えている翼が独りでに動き、雷の弾を迎撃してしまったのである。


 僕の雷の弾は呆気なく消滅した。


「……あちゃー。こりゃ、本人には自動防御ついてるね」

「だめだー! こりゃー!」


 まず近づけない。近づいても、あの黒い翼が迎撃してくる。


 参った。

 ほんと、どうすりゃいいんだ、こんなの。


「ま、まぁ……まだいろいろ試してみよっか……」

「……あっちがこっちに敵意を抱いていないのが、最大の利点」

「そだね」


 そう短く話し合って、僕は前に出る。するとシータに驚かれた。


「えっ!? エリー、近づくの!?」

「大丈夫、ちょっとだけ、ちょっとだけ」

「危ないよっ!」

「バーハルヴァントと戦った後に、それ言う?」


 危ない事がいけない事なら、僕達は劣等生もいいとこだ。今日だけで学校の単位100個落としたようなものである。


 一番外側を舞っている黒い羽根に近づいてみた。


「マナバリアっ!」


 バリアを展開しながら近づいてみる。


 バリアが溶けた。


「うぎゃー!」

「エリー!」

「……いや、当然でしょ?」


 もし高濃度の魔力を含んだバリアが羽根を防御出来るなら、それで突撃出来るかもと思ったが、やはり駄目だったか。

 ディーズが呆れ顔でこっちを見ている。


 ま、まぁ、こうなる事は想定内。想定内。

 何事も結果を決めつけて掛かって、試してみないというのは危険なことである。


「うし、次行こう、次」


 僕は魔術で氷の短剣を作り出す。

 それを手に持って、近くを舞う羽根に斬りかかった。


 氷の短剣が消滅した。


「うぎゃー!」

「エリー!」

「……攻撃も無効化」


 大きく飛び退いて消滅の波動から逃れる。

 防御は駄目でも、直接黒い羽根にダメージを与えたらどうか、と思ったが、やはり駄目だった。

 黒い羽根も消えたが、氷の短剣も消えてしまった。


 この羽が怖いのは、これが何かに触れた時そのまま消滅するのではなく、球状に消滅の波動を広げる事である。

 小さな範囲のものではあるが、黒い消滅の波動が広がるのである。


 だから羽に何かが触れた時、その黒い波動に巻き込まれないように大きく飛び退く必要があるのだ。

 それがいちいち怖い。


「こなくそっ……!」


 今度は地面に氷の魔力を流し込む。

 氷の魔力は地面の中を伝って、一直線にフィフィーの真下まで潜り込む。


「いけっ!」


 そしてそこから氷の柱を立ち上げる。

 先端の尖った氷が勢いよく伸び、真下からフィフィーに攻撃を加えようとする。


「……くっ!」


 しかしその氷の柱は、やはりフィフィーに届く前に黒い羽根に阻まれる。

 太い氷の柱ではあるが、何十という黒い羽根が氷の柱にぶつかり、それは伸びきる前に手折られてしまった。


 フィフィーには掠りもしない。


「くそっ! 攻撃手段がないっ……!」


 黒い羽根が僕のいた場所まで広がって来たので、僕は飛び退き皆のいる場所にまで下がる。

 分かった事は、試した3つの方法ではダメだったということだ。


「近づけない、届かない、届いたとしても自動防御が貼られている」

「ど、どうしようか……?」

「……完全に何もないとは思えない。だってあっちはこっちに気が向いていない。やりようはある筈……」

「でも、何か思いつく?」

「…………」


 シータにそう言われ、口を曲げる。

 いくらあっちがこっちに敵意がないとは言え、地力の差が途轍もない程あるのだ。僕達ではあの黒い羽根を排除しきるだけの力がない。


「真下もダメ……。ん……?」

「ディーズ?」


 ディーズが何かに気付いたかのようにフィフィーの方をじっと見る。


「……ディーズ? 何か気付いた?」

「え? あ……、いや……なんでもない。忘れて」

「……?」


 ディーズは自分の考えを否定するように軽く首を振った。


「ディーズ、今はどんな小さなことでもいいからアイディア出してみてよ」

「い、いや……、これは無理だから……。気にしないで……」

「いいからいいから、言ってみなって」

「いや……これは無いから……」

「ディーズ!」


 恥ずかしそうに口を噤むディーズの肩をがっしりと掴んで、顔を近づける。


「い、い、か、ら、言ってみて……」

「…………」


 発言を迫る僕に、ディーズは額から一筋の汗を垂らした。




「……ねぇっ!? ……本当に大丈夫なのっ!?」

「大丈夫大丈夫! いけるいける!」

「あ、あたしもこの方法はどうかと思うなぁ……!?」

「大丈夫だって!」


 僕たち3人は固まって、作戦の準備を行っていた。


 僕はシータの手に両足を乗せ、バランスを保っている。

 シータは身構え、僕を投擲するポーズをとっている。

 そしてディーズは僕とシータの体に触れ、2人の身体能力を強化する魔術を使っている。


 シータは発射台、僕は砲弾。

 僕を投げ飛ばす準備は整っていた。


「エリー! やっぱこれムリ……! 止めようっ……!」

「いやいや! ディーズの着眼点は良いって! 成功するって……!」

「やっぱ言わなきゃ良かった……!」


 後悔を表すように、ディーズは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「エリー! あたしもこれは危ないと思うっ……!」

「びびんなって、シータ!」


 今日一体いくつの危ない事を乗り越えてきたと思っているんだ。

 これぐらい楽勝である。


「あー! もうっ! 知らないからねっ……!」

「よっしゃ! ばっち来い! シータ、ディーズ!」

「ぬぬぬ……!」

「いっけー……!」


 そうしてシータは大きく腕を振り、僕を上空高く高くに放り投げた。


 僕達は大砲だ。ディーズが大砲の性能を上げ、シータが投げ、僕が飛ぶ。

 シータが手に仕込んでいた爆発魔法の効果もあり、大きな音を立てながら僕は空高く飛んでいった。


 一直線にフィフィーの方に向かわない。

 ただ高く舞い上がり、フィフィーを追い抜かし、50m、100mと空へ舞い上がっていく。


「……やっぱりだ」


 上空に辿り着き、僕は先程ディーズが言っていたことを確信する。


 フィフィーは翼から羽根をまき散らしている。

 それは翼から振りまくように羽根を下に落としており、その下の方向にある街を崩壊させている。


 だから、フィフィーより上には黒い羽根がほとんどない。

 穴はフィフィーの上空にあったのだ。


「いけるっ……!」


 僕の体は最高地点に達し、そこから落下を始める。

 目指すはフィフィーの頭のてっぺんだ。通常なら人の死角となる位置に落下し、攻撃を仕掛けようとする。


「……ぅぅぅぅぅっ!」


 ものすごい高さから僕の体が落ちていく。

 落下すればする程速度は上昇していき、風を割きながらフィフィーの頭上に向かって剣を構える。


 声を上げないよう必死に我慢しながら、小さな唸り声を上げていく。

 これは思ったよりも怖い。強烈な加速に恐怖が体に染み込んでくる。地面が恐ろしい勢いで近づいてくる。


 多分、これまでの間に数秒しか経っていない。

 それでも自分の感覚は引き延ばされていき、この数秒がとても長い時間に感じられる。


 そして、すぐ近くにフィフィーの体が迫りつつあった。


「……っ!」


 フィフィーが急に顔をぐんと上げ、真上にいる僕の方を向いた。

 目は白目を剥いていて、顔は血の気が失せており、恐い。いつも楽し気な彼女の雰囲気は欠片も無い。


 そして自動防御が働く。

 背中の2枚の黒い翼が動き出し、大きな弧を描きながら僕の体を迎え撃とうとしてくる。


 このままいったら僕の体は消滅する。

 為す術なく黒い翼に体を削られ、死んでしまうだろう。


「アップドラフトッ……!」


 だから僕は風の魔法を使った。

 上向きの力強い風を作り出し、僕の体はその風に乗って一瞬止まる。


 落下の勢いを相殺し、風の力で体をその場に留めるようにした。

 ……正直凄くきつかった。重力と風の圧力に体が押し潰されるかのようだった。


「よっしゃ……!」


 しかし、そのおかげフィフィーの自動防御を躱すことが出来た。

 黒い翼が横薙ぎに払われていたのだが、僕の体が静止したことによってその翼の攻撃は空振りに終わる。


 凶悪な力がすかっと何もない場所を通過した。


 今のフィフィーは意識が飛んでいる。

 だから、フェイントや読み合い、搦手にとても弱くなっていた。


 フィフィーの防御が空振り、彼女に大きな隙が生まれる。

 僕の体もまた落下を始め、無防備な彼女の元に体を滑り込ませる。


「貰った!」


 完全に一撃は入る。そう確信出来るタイミングだった。

 フィフィーの顔に表情はなく、ただぼんやりと僕の事を眺めている様だった。


 心臓の無い右胸に刃を突き立てよう。そう決める。

 その程度なら、どうせ死にはしない。

 今日一日でそういう事は嫌って程理解させられている。


 それでそのまま彼女の体を地面に引き摺り落とすという計画を立てる。そうすれば次の攻撃にも繋がり易くなる。


 そこまで考えて、もう次の一瞬には彼女の体に刃が入り込むところであった。


 その時だった。


「……え?」


 急にフィフィーの背中からもう2枚の大きな翼が生える。

 合わせて4枚の翼となっていた。


 空振りして隙を生んでいる2枚の翼と、すぐにでも動かすことの出来る2枚の翼がフィフィーの背中に付くこととなっていた。


 ……え? 増えるの? それ?


「……っ!?」


 今生えたその2枚の翼が僕を排除しようと襲い掛かってくる。


「そういうの、卑怯だと思うなっ……!」


 愚痴を吐きながら、双剣を回して咄嗟に防御に移る。


 この時僕は全く冷静ではなかった。

 フィフィーの翼は何もかも消滅させる死の翼だ。


 防御など無意味だ。このままでは剣ごと溶かされて、僕の体は消滅するだろう。

 だからこの防御は防御足りえない悪手なのだった。


 しかし、だからと言って、この一瞬で僕に出来る事は他にない事も事実だった。


「エリーっ!」

「エリー……!」


 遠くからのシータとディーズの悲鳴を聞きながら、僕の防御の剣がフィフィーの翼とぶつかった。


 そしてガキンと大きな音を立てながら、体に強い衝撃が入る。


「……えっ?」

「…………」


 僕は目を丸くする。

 剣が大きな音を立てる、体に衝撃が入る、ということは僕の剣は消滅などしていなかった。


 僕の双剣はフィフィーの消滅の翼をしっかりと防いでいた。


「んぎぎっ……!」

「…………」

「ぎゃあっ……!」


 僕の剣がフィフィーの翼を防御したのは望外の結果であったが、空中の為踏ん張りがきかない。

 僕の体は力強い翼によって斜め下の方向に弾き飛ばされた。


 体が街の建物にぶつかり、その建物の壁をぶち抜いていく。

 どごん、どごんと音をたてながら壁を壊し、床にぶち当たる。


「あいだだだ……」


 地面に激突し、僕は痛みで全身が痺れていた。

 瓦礫に埋もれながら呻き声をあげ、ぐわんぐわんと揺れる意識を何とか回復させようとする。


「あいたっ!」


 崩壊した瓦礫が降って来て、僕の頭にぶつかる。回復魔法で塞いでいた傷が少し開き、血が垂れる。

 散々である。


 しかし生きている。

 フィフィーの翼を受けて、僕はまだ死んでいない。


 なんだろう? この剣は?

 アルフレード兄様から手渡されたものなのだが、フィフィーの翼すら防ぐ程の神器だったのだろうか……?


「エリーっ!」

「エリー……! 逃げてっ……!」

「え……?」


 揺れる意識の中でそんな事を考えていると、シータとディーズから心配するような声が上がっている。


 何があったのかと顔を上げてみると、遠くの方にフィフィーの姿が見えた。

 先程といる位置は変わっていない。僕の攻撃では彼女をその場所から動かすことすら出来なかったようだ。


 ただ、変化もあった。

 フィフィーは僕の方を見ていた。


 それまで無関心を貫いていたフィフィーの注目が僕に移っていた。


「……ァァァァアアアアアアアアアアッ!」

「げっ……」


 フィフィーが天使の様な甲高い声を上げる。こちらを向いたまま、敵意のようなものを僕に向けてくる。


 そして翼を震わし、僕に向かって黒い羽根を飛ばしてきた。


「ちょっ……!?」


 それまで一切自分から攻撃を仕掛けて来なかったフィフィーが攻撃に転じてきた。

 高速の黒い羽根が僕に向かって一直線に飛んでくる。


 まだ衝撃で体が痺れている。

 回避行動に移れない。


 フィフィーが放った数十枚の羽根が僕のいる建物に突き刺さり、その全てを消滅させた。


「エリーぃぃぃぃぃっ……!」


 シータの悲痛の叫び声が聞こえてくる。

 まるで僕が死んでしまったかのような痛々しい悲鳴であった。


 そんな声がちゃんと耳に入って来ていた。


 ……ん?

 あれ? って事は僕は生きている……?


 回避行動など出来ていなかった。しかし今、僕は確かにシータの声を聴いている。


「……あれ?」


 気が付いたら僕の体が揺れている。

 誰かに腰を掴まれて、その人に抱えられて手と足をぷらぷらとさせている。


 先程までいた建物から大きく距離が離れている。

 どうやら僕は誰かに助けられたようだ。


 自分の腰に白く細い腕が回されている。女性の腕だろうか。

 顔を上げて、その人の顔を見た。


「あ……。コン……」


 フリルの付いたドレスのような暗い色の服を着て、ふわふわとカールした金色の髪を伸ばしている。


 僕とフィフィーの友達、ニンジャのコンが救援に駆けつけてくれていた。


「大丈夫でござるか!? エリー殿っ……!」


 真剣な顔つきだが、可愛らしい声で僕にそう尋ねてくる。


 ありがたい援軍が救援に駆けつけてくれた。


二章ラストバトルなのに、なんかテンション軽め。

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