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148話 ロビン

【エリー視点】


「ニコラウス様が……」

「『アルバトロスの盗賊団』、団長……?」


 皆が額から汗を垂らす。

 目の前にいる第一王子ニコラウス兄様に不気味さを感じていた。


 私の兄様ニコラウスが、自分は敵の大将であると自己紹介をしていた。

 何の悪い冗談かと思う。


 しかし、ニコラウス兄様の顔はにやついているのだけれど、どうやら冗談を言っている様な雰囲気ではない。


 ……ニコラウス兄様が敵の団長?


 あの、バカだけど、非力で無害なニコラウス兄様が……?


「……ヴェール?」

「いや……俺は団長に会ったことが無い。俺だけでなく……ほとんどの団員が、だ……」


 ナディアさんがヴェールさんに顔を向けるが、彼は力なく首を振った。


「……ア、アルバトロスの盗賊団の団長だなんて……ニコラウス様には無理ですっ!」

「……エリー?」

「だ、だって、ニコラウス様は、アホで、面倒臭がりで……遊び好きのバカ王子なんですからっ……!」


 声が震える。

 否定しようがない。私はショックを感じている。


 私の家族が敵の黒幕だった?


「ははははは……」


 ニコラウス兄様が震える私に向かって笑う。

 彼の笑顔は何度も見てきたけど、そんな凛々しい笑顔なんて見たことが無かった。


「そんなもの、演技に決まっているだろう?」

「……っ!」


 兄様は言う。


「誰も我を疑わなかった。我を本物のバカ王子だと信じ切り、その裏での動きに全く気付かれる事は無かった。我が王も、妻たちも、家族も、城の者達も、誰も我が本性に気付く事は無かった」

「…………」

「本気である事は善美なことであるけれど、ここまで誰にも気付かれないとなると、流石につまらなさを感じるな。我の前に障害はほとんどなかった」


 兄様は私から目を逸らし、この部屋の天井を見上げる様にして語った。

 彼は私に対して口を開いているのではない。それは独り言のようなものであった。


 しかし私としては、叱咤を受けているような気持ちになった。


「……その中で唯一、本当の我に勘付き始めていたのが、アルだった」

「……え?」

「アルに……アルフレード様……?」


 アル。この国の第二王子アルフレード兄様の事だ。

 アルフレード兄様は王族として奇人変人の扱いを受けていたが、どうやらお父様から絶大の評価を受けていた人物だった。


「アルは良かった。アルは素晴らしかった……。我の本性に勘付き、我の事を隅から隅まで調べ上げようとしていた。尻尾を出さまいと、奴を出し抜こうと、我も必死になって策を巡らしたものだ」

「…………」

「あの頃が一番楽しかったなぁ。あいつは我に次ぐ程の才覚があった……」


 ニコラウス兄様が寂しそうな顔をしていた。

 まるで輝かしい青春の日々を思い返しているかのようだった。


「……まぁ、我が殺したのだけどな」

「……っ!?」


 7年前、ロビンの村近くの都市でアルフレード兄様は亡くなっている。

 私の事を岩の中に隠し、自分は戦いへと赴いていった。


 そして全身から血を流し、無残に殺されてしまっていた。


 それを……、

 ニコラウス兄様が……?


「ふーっ……」

「ん?」

「ふーっ……! ふーっ……!」


 息を荒くして、武器を構える。

 多分、今私の顔は真っ赤な筈だ。


 全身に熱い血が流れるのが分かる。心の底から怒りが溢れ出してくる。歯をぐっと食いしばり、殺気が体から漏れ出す。


「なんだ、お前? アルと縁でもあったのか?」

「…………」


 怒りが全身を駆け巡る。

 どうして家族を……。家族をっ……!


「落ち着いて、エリー!」

「そうだよっ! 落ち着いて、エリーっ……!」

「…………」


 フィフィーとシータが私に声を掛けてくる。

 怒りで体が震えてくるが、無闇な特攻をして皆に迷惑をかけるわけにはいかない。目をつむり、ぐっとこらえる。


 そこで、ナディアさんが口を挟んだ。


「ニコラウス様っ! 質問があります! 皆を……人質をどこにやったのですか……!?」

「ははは、ナディアか。無限の才能を有していると聞いているが、アル程ではないな」

「…………」

「しかし、7年前の時にはお前に一杯食わされたものだ」


 ニコラウス兄様がナディアさんに穏やかな視線を向ける。

 7年前? ナディアさんがアルバトロスの盗賊団に捕まったとか言ってた時の事か?


「……正直あの時の事、私はほとんど覚えていないんですけどね」

「それはそうだろうな。お前はただ気絶していただけだった」

「そんな事、今はいいんです。皆をどこにやったのですか……!?」


 ニコラウス兄様は話を逸らそうとするが、ナディアさんがそれを元に戻す。

 兄様は彼女の事をからかっている。それだけはよく分かった。


 7年前の話とかかなり気になるけれど……それに乗ったら兄様の思う壺なのだろう。


「我は今気分が良い。どうせ何もせずとも居場所が割れるのだろうから、話してやろう」

「…………」

「先程捕えた王族貴族の者達は、今、我の腹の中にいる」

「は……?」

「腹ぁっ……!?」


 ニコラウス兄様は軽く自分の腹をぽんぽんと叩いた。

 腹って……!? もしかして、皆を喰ってしまったの!?


「おっと、勘違いするな。殺してはいない。皆は生きて我の腹の中にいる。殺すのは王都に戻ってからだ」

「……?」

「獣の神器『ギガ』。それがこの能力だ」


 そう言いながら、ニコラウスは自分の右腕を変形させた。

 彼の右腕には黒い獣の頭が生えていた。獰猛な目つきをしており、鋭利な牙が口に生えている。


「あっ……!」


 それは先程見たものだった。

 バーハルヴァントが力を暴走させた時に、彼の右腕に全く同じものが生えていたのだ。


 先程の戦いでは獣の首が伸び、噛みつこうと僕達に襲い掛かってきたものだった。


「この叡智の力は呑み込んだものを異空間に収納することが出来るものだ。腹の中に別の空間を作り、呑み込んだものを自由に出し入れすることが出来る。中々に便利な能力である」

「……じゃあ、その能力で人質を全員しまい込んだってことですか?」

「うむ、その通りだ」


 ニコラウス兄様が軽く頷く。

 先程の謎が解けた。大人数の人質の移動をどうやって行い、どこに隠したのか、少し腑に落ちない点であったが、なるほど、異空間という事か。


 それならば確かに迅速に、かつ誰にも見つからずに人質を移動させることが出来る。


「しかし……獣で、『ギガ』か……」

「そうだ、その名前……7年前の王城で……」


 7年前、ロビンの村が焼け落ちた後、王都でも大きな事件が起きていた。

 巨大な赤い魔獣が都市に侵攻し、王城を半壊させてしまったのだ。


 その後、赤い魔獣は唐突に姿を消した。

 世間には王国の勇敢な兵士たちが撃退し、殺害したと説明しているが、それは真っ赤な嘘である。

 赤い魔獣の正体は謎に包まれたままだった。


 ……その魔獣は『ギガ』と呼ばれている。


「まさか……あの『ギガ』というのは、ニコラウス様の事だったのですか……?」

「いや、我ではない」


 フィフィーの質問に、ニコラウスは小さく首を振る。


「確かに猛る魔獣『ギガ』は『叡智』の能力の一部だ。だが、あの魔獣の正体は我にも掴めていない……」

「…………」

「困った事にな」


 思い返すと、7年前の魔獣は20mを越える程の大きさだった。

 今のニコラウス兄様は右手に獣の頭が付いている程度の事だ。


 それに7年前のギガの色は赤色であり、彼の手についている獣の頭は黒色だ。

 色々と異なる点がある。


「……随分、ぺらぺらと喋る様だな」

「ははは、奇妙か? セレドニよ。お前の話はよく聞いている。仲間内でも評価が高い奴であった」

「…………」


 ヴェールさんが闘気を漲らせながらニコラウス兄様に向かって話し掛ける。

 普通だったらそれだけで睨まれた相手は金縛りにあった様に痺れて動かなくなるだろう。


「あぁ。お前を失うのは惜しいな。セレドニよ、戻って来ないか? 我に仕えるのだ」

「ぬかせ……」

「ははは! 言ってみただけだ!」


 ただ兄様は余裕を崩さず、からかうように笑っていた。

 領域外のプレッシャーさえ通用しない。


「今日の我の口が軽いのは、気分が良いからだ。お前たちやバーハルヴァントには感謝の念がある」

「……感謝?」

「さっきから言っているではないか。我はただ感謝しているのだ」


 兄様は本当に愉快そうに、ただにやにやと笑っている。

 会話の中に冗談を含める程の余裕がある。言っていることが本当に真実なのかは置いておいて、本当に機嫌が良さそうだ。


「長年の探し物が見つかったのだ。お前達とバーハルヴァントのおかげでな。感謝しかない」

「……?」


 先程からニコラウスは探し物という単語を使っている。

 しかし、私達には思い当たる節が無い。皆の顔を見ても、皆首を傾げている。


「……その探し物とは?」

「ははは、そうだな。そろそろ本題へと話を向けるか。我としてはもっとここでお喋りを楽しんでもいいのだが……それは次の機会にとっておくとしよう」

「…………」

「『叡智』の力には本流と分流がある……」


 ニコラウスはゆっくりと語りだす。

 『叡智』の力についての話?


 ここからが彼が今この場で語ろうとしていた本題なのだと、なんとなくそう感じた。


「『叡智』の力を取り込む事となってしまったラフェルミーナ、彼女の子孫は彼女の力を受け継ぎ、やがて子が繁栄していくにつれて『叡智』の力も各地へと広がっていく事になる」

「…………」

「しかし、『叡智』の力には核のようなものが存在した。それは1人にしか受け継がれず、その他のラフェルミーナの子孫たちは『叡智』の力の枝葉しか受け継がれなかった」


 その話は少し知っている。

 お父様から聞いた話や『ジャセスの百足』の団長から聞いた話に、その断片がある。


 神水の簒奪者ラフェルミーナ。

 王家が水神様に与えられた『神水』を奪い、一人で全部を飲み干した女性。その『神水』の力は子に遺伝して、広がっていく。


『叡智』の力とは、そのラフェルミーナという女性の血を継ぐ子孫たちの事だ。


 そして『叡智』の力を受け継ぐ者の中には特別な存在がいる。


「その核を受け継ぐ者、『叡智』の力の本流に位置する者こそが……」

「……『叡智の王』。……ロビン」

「……ほぅ、よく知っているな?」


 ニコラウス兄様が私を見てにやりと笑う。


「我は7年前、『叡智の王』を見つけ出し、捕らえる事に成功した。そこから『叡智』の力を抜き出し、取り込もうとしたのだ」

「……捕らえていた」

「だが、中途半端に失敗した。邪魔が入り、『叡智の王』はある者に掻っ攫われてしまった」


 ……ある者?

 しかし、ニコラウス兄様はそこを語らず次の話へと進んでしまう。


「我は探した。『叡智の王』を再び捕捉し、儀式を再開させたいと考えていた」

「…………」

「しかし、全くと言っていい程消息が掴めなくなってしまった。『百足』が彼の事を地下深くに閉じ込めているのか、拠点と思われる場所を攻めても一切の手掛かりも見当たらない。その少年を探しに探して、我は7年も足踏みをすることになってしまった」

「……?」

「ロビンという少年を探して、探して、探して……くくくっ……ふふふっ……」


 自分の言葉の途中で、何故かニコラウス兄様はおかしくて仕方がないと言う様に自分の腹を抱えて、小さく途切れる様な笑い声を発し始めた。


 なんだ?

 何がおかしいと言うんだ?


「……なんと滑稽。この我がまるで道化だ。まさか、こんな下らなく、馬鹿馬鹿しく、阿呆らしい手で我の目を逃れていたとは」

「……下らない?」

「いや……そんな手に掛かる我もまた、まだまだ未熟だったと言うべきか……」


 ニコラウス兄様は何かを悟った様に小さく首を振る。

 私は兄様が何を言っているのか、よく理解できない。


「前提条件が違ったのだ」

「……?」

「我はロビンという少年(・・)を探した。焦げ茶色の髪をした少年をな。しかし、なんと下らない、それはただ男装した少女(・・・・・・)であったのだ」

「……え?」


 目をぱちくりさせる。


 ……ん?

 んん……?


 兄様は何をバカな事を言っているんだ?


「その黒い翼が何よりの証拠……」


 ニコラウス兄様は腕を上げ、人差し指をすっと伸ばす。


 その方向にいたのは……、


「S級冒険者フィフィー。……お前こそが『叡智の王』だ」

「……え?」


 今や黒い翼を背中に生やしているフィフィーだった。


「……えぇ?」


 フィフィーは首を傾げてきょとんとしている。

 兄様の言ったことが本当に何も分からないというような表情で、ただぼんやりとしている。


 ただ、背中の黒い翼だけが小さく揺れていた。


ここまで辿り着くのに長かった……!


予定では30万字ぐらいでここに辿り着く予定だったのに……!

誰だっ! こんなクソ雑魚予定を立てたのっ……!

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