142話 VSバーハルヴァント(4)
【エリー視点】
「傲慢が、私を殺す?」
「えぇ」
バーハルヴァントとナディアさんが向き合っている。
ナディアさんの神器の能力は振動であった。敵の防御をすり抜け、体の内側から敵を振るわせてダメージを与える。
しかしそれでは目の前のバーハルヴァントには決定力に欠ける。
そう思っていたのだが、ナディアさんは余裕の笑みを見せていた。
その傲慢が、叔父様を殺すのです。そう言ってまで、彼女は自分の叔父を挑発した。
「ぬかせ」
バーハルヴァントがそう短く呟き、また彼らの剣戟が始まる。
彼ら3人が槍を打ち合う。刃による死の空間が生み出される。その剣戟に呑み込まれたら肉片1つ残らず斬り裂かれてしまうだろう。
バーハルヴァントは先程より防御に意識を割く姿勢を見せていた。
いくらナディアさんの攻撃も大して効かないと言っても、なるべく意味のないダメージは喰らわないようにする様子だった。
相手は戦力差による余裕を見せず、堅実な戦いをしてくる。
こうされるのは正直厳しいのだと思う。
ヴェールさんも防御に意識を寄らせている。この戦いによって彼の体はもう既にボロボロで、動きも大分鈍ってしまっている。
だから攻撃を当てるのはナディアさんの役目であり、ヴェールさんはその援護をしているようだった。
「ぬわあああああぁぁぁぁぁぁ……!」
「のわああああぁぁぁぁぁっ……!」
蚊帳の外にいる様に見えるけれど、僕達だって必死である。
この3人の攻撃の余波を掻い潜りながら、出来る限りの援護をする。味方に強化魔法を掛け、敵に嫌がらせをする。
何とかフィフィーをバーハルヴァントに近づかせ、奴の鱗を封印して貰いたいのだが、その隙を全く作り出すことが出来ない。
近づいたら死あるのみである。
だから僕達は一生懸命援護の魔法を放つ。
地味だけど、必死である。
戦いの余波に巻き込まれただけで死ぬのだ。全力で必死である。
「ぐぅっ……!」
ナディアさんとヴェールさんの体が徐々に傷ついていく。
やはりどうしてもナディアさんがバーハルヴァントに与えるダメージよりも、ナディアさん自身が受けるダメージの方が多くなってしまう。
ヴェールさんなんか、いつ限界が来て倒れてしまってもおかしくない。
僕たちの状況はじり貧である。
戦いが進めば進むほど、負けへと近づいていた。
「……正直、甘いんですよね」
「ん……?」
そんな時、ぽつりとナディアさんが呟いた。
手も足も止めず、槍を打ち合いながら静かな声を発していく。
「私は12歳でS級になり、そしてその後『百足』に入る事になって、そこでこつこつこつこつ頑張ってきました」
「…………」
「竜の襲撃事件で完全に敗北して、そこからこつこつこつこつ、こつこつこつこつと努力を重ねてきました……」
ナディアさんの呟きは止まらない。
バーハルヴァントは彼女に対して気味の悪いものを見る目を向け、そして魔力を込めた槍の一撃を放った。
槍を上から振り下ろす強烈な一撃。
彼は今まで何度かこの攻撃をやっているが、あれは強力だ。
槍が床を叩いた時の衝撃で、周囲の瓦礫の全てが吹き飛ぶ。床に大きなクレーターが出来る。
たとえその槍を躱せたとしても、その衝撃が周囲に散り、敵の体を痛めつける。
「ぬっ!?」
「…………」
「ナディアっ……!?」
しかしその攻撃をナディアさんは紙一重で避けていた。
当然槍の衝撃に身を晒されて体を傷つけている。
だけど、ダメージはそれほどでもないように見える。
彼女は自分の体に強固な防御魔法を覆っている様だった。
槍の直撃だけは避け、体には防御魔法を敷き、バーハルヴァントの攻撃をギリギリで躱していた。
そしてその紙一重の回避を利用して、ナディアさんは一振りのカウンターをバーハルヴァントに入れていた。
「ぬぅっ……!?」
問題は、攻撃を入れたその箇所である。
彼は思わず眉間に皺を寄せる。
ナディアさんはカウンターに、槍を握る敵の指の爪と指の肉の間に槍を滑り込ませていた。
「ヴィヴラス!」
ナディアさんが自分の神器の名前を叫ぶ。
するとバーハルヴァントの指が大きくぶるりと震え、彼の爪は内側からびしりと割れた。
「ぐぅっ……!?」
彼は痛みに表情を歪めながら、大きく飛び退いて自分の指を擦る。
竜の爪はぱっくりと割れ、そこから血がぼたりぼたりと垂れ落ち始めた。
「……すごい」
僕は思わず呟いてしまう。
この乱戦の中で爪と指の間に槍の刃を入れる。とんでもない技術だ。
どんな攻撃も寄せ付けなかったバーハルヴァントの体に傷を負わせていた。
「……正直『百足』での訓練は地獄の日々でした。団長や副団長という領域外の武者に徹底的に扱かれ、それまでの自信を全部失って、血反吐を吐きながら訓練を続けました」
「…………」
「毎日毎日こつこつこつこつ、S級になって世界最強だとか言っているのが馬鹿なのかと思える程一生懸命こつこつこつこつ頑張って来たんですよ」
そう言いながら、ナディアさんはゆっくりと歩いてバーハルヴァントとの距離を詰める。
その姿には何故か、鬼気迫る程の迫力が溢れ出ていた。
「私は自分の努力によって、『領域外』に至ったんです。自分の才能と努力で『領域外』に至ることが出来たんです」
「ぜぁっ……!」
バーハルヴァントが近づいてくるナディアさんに突きの一撃を放つ。
音速を越える程の強烈な一撃だ。目にも止まらぬ速さとはこの事だ。
普通だったら自分の体が貫かれたことにすら気付かぬまま、その命を刈り取られてしまうのだろう。
それ程の一撃だった。
「ですが……」
「……っ!?」
しかしナディアさんは無事だった。
「えっ!?」
「なっ……!?」
「うそっ……!?」
僕達はそのナディアさんの様子に驚く。
彼女はバーハルヴァントの攻撃を躱し、悠々と立っている。その立っている場所がおかしかった。
ナディアさんはバーハルヴァントの槍の上に立っていた。
突き出された槍の刃の上に足を置き、余裕の態度を示している。
「バカな……」
バーハルヴァントが目を丸くして彼女の姿を見る。
突き出した武器の上に立たれる。それは自分の攻撃を完璧に見切られ、それに合わせて動かれたという事を意味している。
両者の戦闘技術に大きな差が無いと成しえない技だった。
確かにバーハルヴァントは強力な力を持っている。
その巨体は凄まじいパワーを秘め、その鱗はあらゆる攻撃を弾き返す。
しかし戦闘の技術だけ取ってみれば、彼はナディアさんに遠く及ばない事が今ここに示されてしまった。
ナディアさんが冷たい目でバーハルヴァントを見据える。
「やれ外法だ、やれ『叡智』の力だ。周囲にはそんなものに頼って『領域外』に至ったと自慢する者ばっか」
「……っ!」
「私から言わせれば、『才能』も『努力』も、まるで足りないんですよ! まるで甘いんですよっ……!」
そう言って、ナディアさんは敵の槍の上で自分の槍を振るった。
槍の先が突く場所はバーハルヴァントの顎の下の鱗。
竜に存在する共通する弱点。
竜の逆鱗。
竜の鱗の中には1枚だけ逆さに生える鱗が存在する。
それは竜の顎の下辺りに存在し、触れればたちまち竜の怒りを買ってしまうという、人が絶対に関わってはいけない竜の一部分。
そしてそれはそのまま竜の弱点となる。
その竜の弱点に向かって、ナディアさんは槍の刃を走らせた。
「なガっ……!?」
バーハルヴァントの体が大きく震える。
奴の表情が明らかに歪む。痛みなのか苦しみなのか、強い衝撃が直接喉元を揺らしていることが彼の様子から見て取れる。
明らかにノーダメージではない。
「震えろっ……!」
ナディアさんは逆鱗に槍を押し当てたまま、全力で神器を駆動させていく。
バーハルヴァントの喉元が目に見えて強く振動する。
竜の弱点の逆鱗が、ナディアさんの渾身の一撃によって強く激しく震えていく。
「ガハッ……!」
そしてバーハルヴァントは大きく吐血した。
それまでの量とは比較にならない程の大量の血が口から吐き出される。彼岸花が花弁を広げるかのように鮮烈な赤色が広がり、血飛沫が周囲にまき散らされる。
そしてバーハルヴァントは崩れる様に自分の膝を床に打ち付けた。
「ガブハッ……!」
片手を地面に置き、体が倒れないように支えている。頭は項垂れ、まだ口から血が大量に漏れている。
これまでにないダメージが見て取れる。
弱点の内側に、最大級の攻撃を直接撃ち込まれた。
こんな風に奴がダメージで大きく怯むのは初めての事だった。
「やぁっ……!」
この完璧な隙をフィフィーは見逃す訳が無い。
彼女は一瞬で間合いを詰め、封印の神杖でバーハルヴァントの体を3度叩く。
虹色の光が強く輝き、3枚の竜の鱗が封印された。
「やった……!」
「す、凄い……」
ナディアさんとフィフィーが容易くその場を離脱する。
バーハルヴァントはダメージに体を震わし、まだ上手く動けないようだった。口から血をぼたぼたと垂らし、表情からは驚愕と苦しみの感情が見て取れる。
彼がゆっくりと顔を上げる。
今まさに自分にダメージを負わせたナディアさんと目が合った。
「叔父様、貴方は『才能』でも『努力』でも私に大きく劣る」
「……っ!」
「貴方は私に敵わない」
ナディアさんは涼しげな顔でそう言い、バーハルヴァントは怒りで顔を真っ赤にする。悔し気に口を歪め、歯をぎゅっと噛み締めた。
目の前に本物の天才がいる。
人では至ることの出来ないと言われている領域に、人のまま足を踏み入れた青色の髪の天才だ。
外からの力に頼らず、人という存在を曲げることなく、最強を越えた領域に辿り着いてしまった女性だった。
「ぬううぅぅぅ……」
「…………」
「ぬうううううぅぅぅぅっ……!」
沸騰しそうな程顔を真っ赤にしながらバーハルヴァントはナディアさんの事を睨みつける。
目は血走り、額には汗が滲み出ている。
ナディアさんは冷たい目で目の前の竜人を見据えている。
叡智の力に頼り切ったなりをしている。最早人とは言えぬ体躯となり、人ではない力によって身を守っている。
「うぬうううううううぅぅぅぅぅっ……!」
バーハルヴァントは低い唸り声をあげる。
圧倒的な竜の力を持つ者が、混じりっ気ない人に恐れを抱いている。
純粋な努力と才能の差を見せつけられている。
戦況はまだバーハルヴァントの方が有利だろう。
しかし、武芸者としての敗北がそこにあった。
「うがあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
「……!」
バーハルヴァントが立ち上がり、怒りの咆哮を上げる。
この都市中に響き渡るかと思われる程の大きな怒声を上げ、声の圧力だけで屋敷全体がビリビリと震えていく。
「これは……!?」
バーハルヴァントはただ大声を上げているだけではない。
魔力が高まっている。
彼の中にある魔力が昂ぶり、強まっていく。
目は血走り、顔には屈辱の表情が張り付いている。
怒りで我を忘れかけているのか、呼吸は荒く、全身を震わせ、肩まで怒らせている。
たった今、目の前の女性に武芸者としての矜持を粉々に砕かれた1人の男性の姿がそこにあった。
しかしその怒りが彼を昂らせているのか、沸騰するかのように彼の体の内から魔力がボコボコと湧き出ている。
感情の昂ぶりによる無茶な強化、暴走。
今の奴からはそんな感じの印象を受ける。
「まだ強くなるのっ……!?」
正直勘弁して欲しい!
バーハルヴァントの魔力は黒い霧となって具現化し、彼の体に纏わりついている。
先程よりも強いプレッシャーが彼から発せられていく。
逆鱗は竜の弱点であり、竜の怒りの源だ。
どんなに温厚な竜であっても、そこに触れてしまった者は竜の怒りを買い、無残に八つ裂きにされてしまうという。
ナディアさんは竜の逆鱗に強烈な攻撃を入れた。
奴の怒りは頂点に達しようとしていた。
「ぐウ……ウググぐぐぐ……」
彼に纏わりついていた黒い魔力がうねうねと動き始める。
その黒い魔力は長細い縄のような形になり、ナイフのように先端を尖らせ、鞭のようにしなって動き始める。
今までに見たことの無い魔力の使い方だ。
「があああああぁぁぁぁぁっ……!」
バーハルヴァントが腕を振るうと、その魔力の鞭が風を切りながらナディアさんに襲い掛かる。
ナディアさんはバックステップを踏みながら、その黒い鞭の先端の刃を自身の槍をもって防御する。
「……っ!?」
防御は成功し、敵の刃はナディアさんの体に届かない。
しかし、どうしてだろう。
ナディアさんは口から吐血した。
「がっ……ふ……」
「ナディアッ!?」
ナディアさんは力強く槍を振るい、強引に黒い刃を弾き飛ばす。
そして崩れ落ちる様に地に膝を付き、体をふるふると震わしてしまった。
「これは……? 私の振動ではない……」
彼女は怪訝な顔をしながら自分に起きたことについて考える。
攻撃は確かに防御した。彼女の体には傷一つない。
それでも彼女は口から血を吐き、鼻からも血を垂らしていた。
ナディアさんは理解が出来ない。
しかし、僕には1つ心当たりがあった。
「まさか……メガーヌの『汚染』っ……!?」
先程この屋敷の中で戦った『アルバトロスの盗賊団』の1人、メガーヌ。
彼女の力は敵の体内の魔力をぐちゃぐちゃにかき回し、汚しきってしまう『汚染』というものだった。
体内の魔力をかき乱されると、体調が悪くなる。
体は重くなり、血が流れ出て、そして最後には死に至る。
この能力の恐ろしい所は、敵に近づいただけで、敵と武器を合わせただけで汚染が進んでしまうという所だ。
今ナディアさんに起こっている現象と全く一緒であった。
「なんでバーハルヴァントがメガーヌの能力を……!?」
「『叡智』の力って言うのは、そういうものなのっ……!?」
バーハルヴァントが他の団員の能力を使っている。
もしかして、他の能力も使えたりするのだろうか……?
「ウガアアアアアアアァァァァァァッ……!」
バーハルヴァントが怒りの雄たけびを上げる。
恐ろしいまでの迫力がそこにある。
戦いの最終局面が幕を開けた。
一応リックも自分の才能と努力だけで『領域外』に至りかけている凄い人だよ!(なんかいまいちぱっとしないけど……)




