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141話 VSバーハルヴァント(3)

【エリー視点】


 戦いは再開される。


「はぁっ!」

「ふんっ……!」


 ナディアさんとバーハルヴァントの2人が槍を打ち合っている。

 武器と武器がぶつかり合い、一瞬のうちに数百もの火花が飛び散る。


 ぱっと煌めく火花はまるで花弁を開く花のようで美しいのだけれど、その火花1つ1つに込められた死への気配を思うとぞっと背筋が凍る。


 ナディアさんはバーハルヴァントと真っ向から十分に打ち合えている。

 彼女は当たり前かの様に『領域外』の実力を持っていた。


「そこっ!」

「ちっ!」


 ナディアさんとバーハルヴァントが打ち合っている最中、ヴェールさんが横に回り込んで彼の横腹を突き押した。

 やはりバーハルヴァントにはダメージが無い。しかし、体の横から力が加わった為に一瞬彼の動きが鈍った。


「やっ!」


 すかさずナディアさんがバーハルヴァントに槍を突く。

 彼女の槍は速過ぎて槍の軌跡が残像となって残る。まるで槍が数十本に増えたかのように見える程だった。


 バーハルヴァントの槍による防御を越え、いくつかの攻撃が彼の体を叩く。

 竜の鱗が強く打たれる音がいくつか響き、彼は少しだけ後ろによろめいた。


「…………」

「ちっ……」


 しかし、バーハルヴァントにダメージはない。

 さっきまでの戦いと同じように、彼の体の鱗はあらゆる攻撃を跳ね返してしまう。


 彼はフィフィーが空けた竜鱗の箇所をしっかりと守っている。

 ナディアさんが加わったからと言って、この防御を打ち崩さない限り僕たちに勝ちはない。


「……どうした? これでは先程までと何も変わらないぞ?」

「…………」

「はぁっ……!」


 バーハルヴァントが槍を振るい、槍の風圧が飛ぶ。

 彼にとっては軽く槍を振るった程度の攻撃なのだけれど、その攻撃は常人にとっては即死級の攻撃だ。


 しかしナディアさんとヴェールさんはそれを難なく躱す。彼らもまた超人であり、2人にとってその攻撃は脅威に至らない。


「ぎゃーっ……!」


 その攻撃が脅威に感じるのは、僕達だ。

 飛んでくるくそ速い余波を必死に躱す。くそ速過ぎて変な笑いすら出てくる。


 今一番命が危ういのは僕達だった。


「大丈夫ですか!? エリー様方々……!」

「だ、大丈夫です……! こっちは大丈夫ですから、ナディアさんはバーハルヴァントに集中してくださいっ……!」

「分かりました……!」


 本当はめちゃくちゃ助けて欲しかったけれど、ナディアさんやヴェールさんは目の前の強大な敵に手一杯だ。

 ここで助けて! なんてとてもじゃないが言えない。


 ……ほんとは本気で死ぬ程助けてほしいんだけどね!


「エリー……」

「何も、言うな……シータ……」


 背中のシータの目から涙がちょちょぎれていた。

 助けて欲しいけど、助けてなんて言えない。


 今、僕達4人はお互いの心をかつてない程分かり合っていた。


「ほら、フィフィー、突っ込みなよ。フィフィーの封印魔法がこの戦いの鍵なんだから」

「いやいやいやいやっ! ムリムリムリムリっ……! あんな中に潜っていったらミンチになって死んじゃうからっ……!」


 僕の半分冗談にフィフィーが首と手をぶんぶんと振る。


 バーハルヴァントの周りの嵐は先程よりも濃密になっている。

 ナディアさんが加わった為だ。こっちとしては仲間が増えた訳だけど、攻防の密度が高まった為ますます近づくことが出来ない。


 フィフィーの封印の神杖は彼女自身が近づき、その先端を対象に当てないと発動しない。

 ちょっとあの化け物達の近くには近寄れない。


「えぇいっ! 足手まといやってるばっかじゃいられないよ! こっちからも援護を……!」

「死ぬ気で頑張りまーす!」


 僕達は敵と味方の攻撃の余波を必死で躱しながら、援護用の魔術を放つ。


 ナディアさんとヴェールさんに強化と回復の魔術を掛ける。

 それと、先程少し効果のあった目元への爆発魔法も隙を見て仕掛けていく。


 微々たるものではあるけれど、少しでも2人を援護しようと頑張った。


 そんな風に僕達がなんやかんややっている間にも、ナディアさん、ヴェールさん、バーハルヴァントさんの3人は激しい攻防の中で槍を交えていた。


「……ナディア」

「ヴェール?」

「……トラム、使うか?」


 ヴェールさんがナディアさんに向かって槍を差し出す。

 元々神槍トラムはこの都市の領主ファイファール家が所有していたものだ。ナディアさんが持つ方が相応しいと考えたのかもしれない。


 ただ、ナディアさんは首を振った。


「いえ、もうその神器はヴェールの方が使いこなしているでしょう。私よりヴェールが使った方が良いです」

「……だが、強い方がより強力な武器を持つべきではないか?」


 ヴェールさんはそう言う。

 ナディアさんの持つ槍は外面が白色に塗られた素朴な槍だった。刃の部分は大きくなく、飾り気の少ない小さめの槍だった。


 ヴェールさんの持つトラムの格に及ぶものとは思えなかった。


「ふふ、確かに私のこの槍は神器の中では低級。神槍トラムに全く及ぶものではありません」

「…………」

「ですが、中々に使い勝手の良い、可愛いものなんですよ?」


 槍を構え直し、ナディアさんはそう言う。

 どうやら神器ではある様だけど、あまり強い力の籠った武具ではないのかな?


 しかし、そう言いながらも彼女は不敵な笑みを見せ、槍に強い魔力を込め始めた。


「なんにせよ、この黒竜の鱗は破れん」


 そう言って、バーハルヴァントは強気に攻勢に出た。

 確かに彼の言う通り、あの竜の鱗を正面から破れたのは今の所フィフィーの封印魔法だけだ。

 それも、ごく僅かな小さい面積だけである。


「はあぁっ……!」


 バーハルヴァントが力強く槍を薙ぐ。ナディアさんはそれを紙一重で避けるけれど、槍の圧力によって皮膚が削れ、腕に血が滲む。


「やっ……!」


 その怪我と引き換えに、彼女はバーハルヴァントに槍を刺す。

 しかしこれまで通り、竜の鱗には傷一つ付けることが出来ない。怪我をしてでも行った攻撃は、残念ながら彼になんのダメージも与えられない。


「…………」


 ……ん?

 いや、あれ……? バーハルヴァントの動きが鈍った?


「……ふんっ!」


 すぐにバーハルヴァントは槍を大きく振り回し、ナディアさんの体を吹き飛ばす。

 槍で防御はしているけれど彼女は姿勢を崩し、大きく仰け反ってしまう。すぐさまバーハルヴァントは距離を詰め、追撃の槍の一突きを繰り出す。


「うらっ!」

「くっ……!?」


 その突進攻撃に横槍を入れたのはヴェールさんだ。

 敵の攻撃の側面に体当たりをするように体を入れ込み、敵の攻撃の軌道をずらす。


 バーハルヴァントの攻撃は間一髪ナディアさんから外れた。


「はっ!」


 その隙を突き、またナディアさんは槍での攻撃を放つ。

 バーハルヴァントに一切の傷はつけられない。こちらの攻撃は竜の鱗に阻まれるだけである。


 ……しかし、なぜか彼の体がぶるりと震えた。


「おぎゃああああぁぁぁぁぁっ……!」


 叫び声を上げたのは僕である。

 僕達も相変わらず、彼らの攻撃の余波で死にそうになっている。彼らの攻撃でいちいち発生する暴風から逃れる為に必死である。


 ……なんでメインで戦ってる人達よりも僕たちの方が必死なんだよ!


「はぁっ……!」


 三度、ナディアさんが攻撃を仕掛ける。

 魔力を込めた槍の切っ先でバーハルヴァントの鱗を突く。


 相も変わらず彼には傷一つ付けられない。

 付けられない、のだけれど……、


「ぐっ……」


 小さな呻き声を上げて、バーハルヴァントはナディアさんから距離を離す為に大きく後ろに飛び退いた。

 その際、彼の足がぐらつくのが見て取れた。


「あれ……?」


 そして、僕たちは見た。


「…………」


 彼の口から一筋の血が垂れている事を。


「血だっ!?」

「バーハルヴァントが血を吐いた……!?」


 それはたった一筋の血であった。彼が親指の腹で拭い取れてしまう程ほんの少しの量の血であった。


 しかし、今まであらゆる攻撃を跳ね返してきたバーハルヴァントが、どういう訳かダメージを受けていた。


「……なるほど、振動か」

「さすが叔父様、ご名答です」


 距離を離した2人がそんな会話を口にする。


「私の神器『ヴィヴラス』は振動。槍で刺した対象を体の内から震わすことが出来ます。盾で防御しようが、そこから振動が伝わって、敵を震わすことが出来る神器です」

「振動……」


 ナディアさんの攻撃は竜の鱗を一切傷つけることが出来なかった。

 しかし、なるほど、その槍から振動が伝わって、バーハルヴァントの体を内側から傷つけていたのか。


 強制的に防御を突破する攻撃。

 流石はナディアさんだ。


「なるほど……確かに低級神器だ」

「むぅ。そういうこと言わないで下さい、叔父様。これ結構気に入っているんですから」


 しかしバーハルヴァントは皮肉めいた笑みを浮かべ、彼女は不満げに口を尖らせた。

 確かに、言われてみると神器としては若干効果が地味かな?


「しかし、叔父様の鱗は振動さえも減衰させてしまうようですね。普通だったら皆、体の内側からもの凄く震えて、ばったり死んでしまうはずなのに……」


 こえーよ。


「それで? どうする? 確かに振動は体の内側に効くようだが、それでもせいぜい口から血を垂らすことぐらいしか出来ん。命には響かんぞ?」

「あら、叔父様。それは傲慢というものですよ?」


 確かにバーハルヴァントの言う通りであり、このままだとこちらは命がけの攻撃を何千、何万と繰り重ねないといけない。

 いつかどこかで無理が出る。こちらにとって大きく不利なのは変わらない。


 しかし、ナディアさんは余裕を示した。


「その傲慢が、叔父様を殺すのです」


 ナディアさんはにっと笑うのであった。


王女様が「くそ速い」とか言っちゃいけませんっ!

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