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13話 天罰を恐れぬ馬鹿共

【クラッグ視点】


「なんじゃあ? こりゃ?」


 騒ぎが起こっている広場にやって来た。人だかりが出来てざわつく広場の中、冒険者団体として人の波を押し分け、騒ぎの中心へと足を運ぶ。


『お前たちには天罰を与えなければならない』


 騒ぎの中心には神の天啓の文字がありありと大きく描かれていたのだ。

 『神様の悪戯』から戻ってきた意識不明の都市の人間と共に。


 事の発端は今朝の報告である。

 目を覚ましホテルの食堂に足を運ぶと、その報告で食堂は騒がしくなっていた。

 『神様の啓示』とやらがある公園の広場に出ているのだという。もうリックとフィフィーが現場に足を運んでいる。俺たちもすぐに行こう、朝食は抜きだ。と、そんな話が飛び交っていた。

 俺も朝食を食べたら現場に行こうと思った。急かしてくるエリーは無視した。


 さて、『神様の啓示』とやらの現場に来てみると、その広場は野次馬でごった返していた。冒険者だけでなく神殿騎士の奴らも出てきており、野次馬が現場に近づき過ぎないよう整理をしている。

 俺たちは野次馬に道を開けて貰い、冒険者たちに贈られた『天啓』とやらを見た。


 広場の壁には大きく赤い文字で『天啓』が書かれている。

 『「聖域」を探るな』『我らに干渉するな』『我ら神の土地から出ていけ』『我らの行いを訝しがるな』『お前たちには天罰を与えなければならない』『天罰を下してやるぞ』『これ以上この地を乱すというのなら、天罰を下さなくてはならない』などなどが書かれている。


 そしてそこには『神様の悪戯』の犠牲者だろうか、意識混濁、魔力枯渇状態の子がその壁にもたれ掛かっていたらしい。その子はもう病院の方に行っており、そういう情報を聞いた。


「よぉ、リック。お疲れ」

「あ、クラッグ。それにエリー君。お疲れ様」

「……リックさん、お疲れ様です」


 エリーの奴、フィフィーのパートナーだからかリックに対し少し緊張している。知っていなければ気付かないぐらいの小さな緊張ではあるのだが。


「これは、『神様の悪戯』なのか?」

「その可能性が高いね。今日の早朝、犬の散歩している人がこの壁に書かれていた文字と意識混濁状態の子を発見、病院と神殿騎士に報告して今に至ってるって訳。意識混濁の子は3日前に行方不明になっていた貴族の子だと判明。今は病院で手当てを受けているけど、命に別状はないみたいだよ?」

「ほっ……。良かった……」


 エリーは胸に手を当てた。


「さてさて、神様からのメッセージかぁ……。天罰が下るとか恐ろしいなぁ……」

「何をバカなことを。神をも恐れぬクラッグが『天啓』と『天罰』如き恐れる筈ないでしょう?」

「おいおい。俺は結構信心深いんだぜ?」

「はいはい」


 適当に流される。


「で? どう思うよ、このメッセージについて。なぁ? リック?」

「別にどうとも思わないさ」


 リックは少しだけ口角を上げ冷ややかに笑っていた。


「このぐらいの脅しにビビるような奴はA級以上の冒険者なんてやってられないよ」

「さすが」

「言わせて貰うなら、調査開始からたった4日でこんなアクションを掛けてくるなんて、こいつらは小心者だね」

「ぷ。違いない」


 冒険者の仲間たちもたくさん集まっているため、この場で緊急ミーティングが開かれる。


「さて、こういうことが起こったが、こんなことでいちいち依頼を取り下げたりはしない。以上じゃ」


 ドワーフのボーボスが端的に明確な言葉を口にした。そのあまりに短く分かり易い方針に、冒険者のバカ野郎たちは皆笑い、吹き出していた。


「じゃが、この一件で聞き込みはやり辛くなるじゃろう。市民にとってはよそ者の冒険者の質問よりも長年親しんだ伝説の方が大事じゃからじゃ。今後は効率が落ちるが、別に急ぐ調査でもない。皆、地道にやれ」

「了解」

「あ、あの……」


 会話の途中でおずおずと声を上げ、手を恐る恐る挙げたのは執事のファミリアだった。少し意見を上げるのを申し訳なさそうにしている。


「さ、先程……、ポスティス教会の方から打診がありまして……。神の怒りに触れるのは危険極まりなく、我らの意に反している。撤退をお願いします……と……」

「……なんじゃと?」

「ポスティス教会から……?」


 ボーボスとリックがその言葉に反応した。ボーボスは顎の髭を撫でながら少し考え込み、そして口を開いた。


「……強気で行くかの。我々は『聖域』の調査ではなく、あくまで未知の魔物『オブスマン』の調査を行っていると教会には伝えよう。実際、この2つの繋がりはまだ何にも分かっちょらんのじゃ」

「だ、大丈夫でしょうか……?」

「教会の方から抗議が来たら、これはイリスティナ王女殿下の命で動いていると言ってやろう。すまんがファミリア殿、イリスティナ様に姫様の名を強めに使わせてもらう許可を取っといてくれんかのぉ?」

「あ、はい、大丈夫です」

「お前にはなんも言ってねーよ、エリー」

「な、なんでもないよ」


 そんな感じで今後の方針はほとんど今と変わらないことが明確になった。


「さて、ミーティングは以上じゃ。他に意見、質問がある者はおるかの?」

「あ、はい。僕、疑問に思ったんだけど……」


 隣にいるエリーが手を挙げていた。


「なんで今回『神様の悪戯』の被害は冒険者じゃなくて街の人になったんだろう?」

「ん? ……む、そう言えばそうじゃの……」

「これは冒険者に当てられた警告のメッセージなんだよね? でも『神様の悪戯』の被害は数日前に行方不明になったこの都市の人だった。冒険者を見せしめに被害に合わせた方が効果的なのは明らかなのに……」

「……A級冒険者を潰せることは初日のバリーとゲオルグで証明済み。……なのに神様は冒険者を狙わなかった。なるほど、エリー君の言う通りこれは理屈に合わない」


 皆が確かにと頷く。俺、気付かなかったわ。自分の発言が予想以上に皆の納得を得られたことに驚いているのか、エリーは少し頬を赤くして照れくさそうにしていた。


「なるほど、なるほど……。今すぐ答えが出る問題ではなさそうじゃが、これは手掛かりじゃ。各々、頭の中に留めておくように」


 そうして今度こそ解散の形となった。

 散り散りになる中、D級冒険者のエリーはA級の方々から「やるじゃん」と声を掛けられ、背中や帽子を被った頭を叩かれ、もみくちゃにされていた。エリーは嬉しそうに、そして困ったように笑っていた。


 そして1人、エリーの尻をパンと叩く奴がいた。


「さすが、エリーさん」


 俺じゃない。フィフィーだ。

 そう一言残し、フィフィーは爽やかな笑顔を浮かべその場を去っていった。エリーは憧れのS級冒険者に褒められ身が躍るような気分になる反面、今疑惑の念が漂っているフィフィーからの言葉に複雑そうにしていた。複雑そうに笑っていた。


 フィフィーの笑顔には一切の曇りは無かった。

 この一連の騒ぎの間、ずっとフィフィーを監視していたが、彼女は一切おかしな様子は示さなかった。




* * * * *


【エリー視点】


「ふぅ……お疲れ様ー……」


 今日も1日の調査を終え、僕はベットに寝転がる。今日は何かあったと言えばあったし、無かったと言えばなかった。『天啓』の騒ぎは冒険者たちにほとんど影響をもたらさず、今日も粛々と調査を進めていくのだった。


 2日目の騒ぎの方が僕にとっては大問題だった。

 フィフィーさんが神殿騎士と密会していて、そして『生きては帰さない』発言をしたフィフィーさんに見つかりそうになる。……あれは寿命が5年は縮んだ。ホラーだった。ほんと死んだかと思った。


 一体フィフィーさんは何を企んでいるのだろうか。

 「アレが手に入るのは限られている」「アレを買うのはあなた」フィフィーさんはそう言っていた。フィフィーさんはこの神殿都市で何かを手に入れようとしている。しかし、S級の冒険者が手に入れようとしている代物はなんだろう?


 神殿都市の特徴として、ここにはたくさんの骨董品が眠っている。歴史が長い街だけあって、歴史的な価値を含んだ代物が多い。

 だからこの街には『神器』である骨董品が多い。奇跡的な魔術が宿った魔法道具が『神器』であり、この長い時代を経ている街では『神器』が発生しやすく『神器』が集まりやすい。

 『神器』が見つかるのはごく稀であるが、この街で適当に買った骨董品が『神器』であったという例はいくつかある。


 S級冒険者ほどの人間が求めるもの、そしてこの街の特性、そして『アルバトロスの盗賊団』の伝説で盗賊団が集め攫っていった多くの神器。

 断定は出来ない。でも、可能性はある。S級の冒険者が神器に宿る大魔術を用い、世界的な大異変を起こそうとしている可能性もある。


 S級というのは、それだけのことが出来る可能性を孕んでいるのだ。


「…………」


 まるでベットの中に体が沈みこんでしまうような錯覚が起きる程、体が重い。いや、心が重い。この任務、展開次第ではS級冒険者と戦いになってしまうかもしれない。S級冒険者が引き起こす大異変にこの神殿都市全体が巻き込まれてしまう可能性があるのだ。


 それは最早、戦争と言っても過言ではない。

 S級冒険者とはそういう存在なのだ。


「……ん?」


 体を起こし、なんとなく窓の外を見ると、僕はそれに気づいてしまった。

 気付けたのは全くの偶然。それは冒険者のチーム全体としては僥倖であり、僕個人としては悪夢だったかもしれない。


 それはフィフィーさんが路地裏で会っていた神殿騎士の女性だった。

 ワインレッドの髪が特徴的な女性が夜の街を1人で駆け、このホテルの横を通り過ぎようとしていた。


「あ……!」


 僕の視線は窓の外にくぎ付けになる。

 神殿騎士の女性は小走りで、しかしかなり速いスピードで街の路地を横切っていた。まったく全力ではない力の抜けた小走りなのだが、神殿騎士として鍛えられた実力か、その小走りはとてつもないスピードが出ている。


 追うべき。

 僕の中でその考えが頭の中に浮かぶ。

 しかし、僕1人ではヘマをしてしまうかもしれない。失敗してしまうかもしれない。でも、クラッグとかの仲間を呼ぶ時間はない。彼女は今にも路地を曲がり、その姿を消そうとしている。仲間を呼んでいる間に彼女を完全に見失ってしまう。


 どうする? どうすればいい? 考える時間すら勿体ない。

 失敗するかもしれないからここは追わない? それでいいのか? 本当に?


『ぼ、僕は他にどうしたらいい……?』


 一瞬で記憶がフラッシュバックする。


『そりゃお前、自分が良いと思った通りに、自由に』


 2日前のクラッグの言葉が頭に浮かんだと同時に、僕は窓から身を飛び出していた。


 そうだ。自分の行動に責任が取れなくて何が冒険者だ。いつまで誰かに守って貰うルーキーの立場に甘えているのか。いつまで仲間がいなければ何も出来ないへっぽこでいるつもりなのか。


 ここで誰かが追わなければ大惨事に繋がる可能性があるならば……、

 僕が追う。

 僕がやる。


 僕はホテルの2階から飛び出し、音なく着地し、一端の冒険者として夜の街を駆けだした。

 S級の影を追って、夜の街を駆けだした。


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