137話 巻き込まれ事故
【エリー視点】
「ぎゃーっ!」
「ぎゃーっ!?」
「うわー……」
「なんぞこれーっ……!?」
女子4人で女子らしからぬ悲鳴を上げる。可愛らしくもなんともない、切羽詰まった悲鳴であった。
それもその筈、隠密の仕事をしていたと思ったら急に上の階の天井が抜け、黒い鱗を纏った竜みたいな奴と、危険度マックスのセレドニが降ってきたのだ。
あまりに急な事で頭の中が一瞬パニックになる。
冷静に状況をよく見る。
今、天井を突き破って上の階から化け物2体が降ってきた。1人は神器トラムを持った『領域外』のセレドニだ。
そしてもう一方は全く見覚えがない。4m程の大きさをし、竜の黒い鱗を身に纏っている。顔も体も竜の様な姿をしているが、2本足で立ち、2本の腕で巨大な槍を振るっている。
竜人、といったような単語が頭の中に浮かんだ。
どう見たって外の竜と関係のある人物だ。こいつが竜を操り先導したと言われたら納得できる。
敵であるセレドニと敵だろう謎の竜人が戦っている。
何だこの状況。
「撤退! 皆、撤退!」
「逃すか」
シータが退くよう皆に促すけれど、謎の竜人が大きく槍を振るった。
「危ないっ! シータっ……!」
「わわっ……!?」
僕はシータを抱えて飛び退く。
竜人の槍の風圧がさっきまでシータがいた場所を抉り、その場所を大きく破壊していく。シータが逃げ出そうとしていた扉やその周辺の壁、天井は崩壊し、ガラガラと瓦礫が積み上がる。
何気ない竜人の攻撃だったけれど、今連戦に次ぐ連戦で、冴えに冴え渡っている自分の勘が無ければシータは肉片すら残さず死んでいただろう。
「あ、ありがとう……エリー……」
「今あいつらに背は向けられないよっ! 気を付けてっ……!」
セレドニと竜人は僕たちの事など歯牙にも掛けていないようだ。2人はお互い2人だけを見て、槍を振るい殺し合っている。
パワー、スピード、テクニック、どれを取っても桁外れで、その戦いに突き入る隙なんかない。
というより、彼らの攻撃の余波に巻き込まれたら、それだけで死ぬ。
「わわっ……!」
「ぎゃーっ……!」
悲鳴と雄たけびを上げながら、敵らの攻防の余波をなんとか防ぎ、躱す。
敵の攻撃を捌くのは僕とフィフィーの仕事だった。シータは僕に、ディーズはフィフィーにしがみ付いて、何とか命を保っている。
仕方がない。彼女たちの実力はA級で、目の前の敵の攻撃は躱しきれない。
その代わり、魔術を使ってサポートをして貰っている。
というより、実力が足りないって意味では僕とフィフィーも同じであった。
目の前の2人の戦いをどうこう出来るレベルではない。
「どうするっ!? ねぇ、どうするっ……!?」
「どうするって言っても……!」
目の前の『領域外』同士の戦いに巻き込まれてミンチにならないよう頑張る事しか出来ない。いきなり目の前に大型の嵐が発生したようなものである。
どうすればいいんだ、こんなのっ……!?
そもそも状況が理解できない。
どっちも敵なのか、それともどっちかが味方なのか、それすらも分からない。
「逃げる余裕すらなさそうだよっ……!」
「分かってる……!」
扉があった場所は先程の竜人の攻撃によって瓦礫で防がれてしまっている。
もちろん攻撃の一発で瓦礫なんて吹き飛ばせるだろうけど、その一発の攻撃する余裕すら今は無い。
敵の竜人は僕たちを逃がす気は無いようだ。
「俺の邪魔をするな」
「……!」
セレドニが宙を舞いながら、僕たちに短く声を掛けてくる。
あくまでセレドニの狙いはこの竜人ということだろうか? 直接僕たちと敵対する意思はないという事だろうか?
でもお前の攻撃の余波でも僕たちは死に掛かってるんだけどな!
「はっ……!」
セレドニは神器トラムの力を惜しみなく使いながら竜人に攻撃を仕掛けている。
神器トラムは9つの魔力の刃を作り出し、それを自由自在に操ることが出来る。魔力の刃のスピードも威力も尋常ではなく、敵は10人の達人と同時に戦わなければならないような状況に追い込まれるのだ。
……と、前にクラッグに聞いた。
神器トラムの10の刃が竜人に襲い掛かる。
「無駄だ」
「……ちっ」
しかし、それらの攻撃は全て竜人の黒い鱗に阻まれてしまう。
神器の刃が敵を刺し射貫こうとするけれど、竜の鱗はその攻撃を弾いてしまう。逆にセレドニは竜人の槍の攻撃を受け、少しずつ傷ついていく。
攻撃が通らないとなれば、セレドニに勝ち目は無いように見えた。
一瞬の間が空き、2人の間に距離が空いた。
「どうした、その程度じゃ復讐など夢のまた夢だな」
「……ふん、すぐにその口塞いでやる、バーハルヴァント」
「ぬぬ……?」
2人の会話に、僕達4人の眉がピクリと動く。
じゃあ、この竜人がバーハルヴァントなのだろうか? 謁見室から落ちてきたこともあり、薄々そうなんじゃないかとは思っていたが、まさか本当にこの怪物があの領主の弟なのか……?
変わり過ぎっしょ。
「さぁ来い、ヴェール。この7年間のお前の足掻き、見せてみろ」
「……ふん」
「な゛にっ!?」
今度は重大な情報が飛んでくる。バーハルヴァントがセレドニの事をヴェールって呼んだ!
ヴェールって言ったら、この領主の娘のナディア様の専属の執事だった人である。その人は長年ナディア様に仕えていた優秀な人であるとアリア様に聞いていたが……。
「ヴェールさんが、セレドニ?」
「ちょっと、どういう事っ……!?」
僕たちの疑問の声を他所に、2人はまた戦闘を再開させてしまう。またこの部屋に暴風が吹き荒れる。
セレドニの正体が実はヴェールさんで、彼はナディア様に仕えていた。そしてこの状況から、バーハルヴァントがナディア様の死に関わっているのは大体推測できる。
そうなると、今彼が戦っているのはナディア様の復讐の為……?
セレドニがどうしてファイファール家の家宝である神器トラムを持っているのか、彼がヴェールさんだというのならいくらでも理屈が立つ気がする。
というよりこの人たち、重要な情報をぽろぽろ漏らし過ぎである。いや、僕たちの事を歯牙にもかけていないって事なのだろうけど。
「バーハルヴァントの敵なのなら! セレドニに味方する!? エリー!?」
「えぇと……」
「…………」
どうなのだろうか? 本当にセレドニをヴェールさんだと確定させていいものだろうか?
バーハルヴァントが敵であるのは間違いないけど、だからと言ってセレドニが本当に味方だとは……、
「ふんっ!」
「…………」
「ぎゃー!」
その時、バーハルヴァントの攻撃の余波がこっちに飛んできた。
低く汚い叫び声を上げながら回避行動を取る。
ゆっくり考えてる暇なんかねぇっ……!
「食い合わせよう!」
「エリー!?」
僕は叫ぶ。
「2人を食い合わせて消耗させよう! 2人の戦いに決着が付いたら、次は僕達の番だよ!?」
「……確かにっ!」
フィフィーの返事が聞こえる。背中に負ぶっているシータが頷き、フィフィーの背に背負われているディーズも頷いていた。
敵の2人のどちらが勝ったとしても、僕達の戦力では残った敵を打倒することは出来ない。残った敵に殺されることになるだろう。
理想的なのは戦いが終わった後、勝った方も動けない程消耗している事だ。
っていうか、それ以外に僕たちに生き残る道はない。
「……バーハルヴァントにちょっかいを掛ける! 皆、手伝って!」
「おう!」
劣勢なのはセレドニの方だ。ならば、援護する方もセレドニだ。
そんな方針を立てると、セレドニが吹っ飛ばされ、僕たちの近くに着地した。彼が小さく口から血を吐く。
「…………」
「…………」
そんな彼と目が合う。ほんの少しの間、数瞬の事だった。
今の作戦案は当然敵の2人にも聞こえていた。どういう反応が来るだろうか? この戦いに横槍を入れられることに不満を持つだろうか?
ただ、セレドニの目は必死であった。
「……勝手にしろ。俺の邪魔はするな」
そう小さな声で呟き、彼はまたバーハルヴァントの方に顔を向ける。
僕らの事なんてどうでもいいかの様に、彼はまた槍を構え直した。
「俺は……奴の首が取れるのなら、何でもいい……」
そしてまた、彼はバーハルヴァントに挑んでいく。
「トラムッ……!」
「竜槍ッ!」
「……っ!」
ヴェールの神器の一撃と、バーハルヴァントの魔力のこもった一撃が衝突し合い、空間がビリビリと震えていく。
「くそっ……!」
「エリー……!」
その攻撃の余波が飛び散り、この部屋の半分ほどを呑み込み、僕の事も巻き込もうとしてくる。僕にしがみ付いたシータが顔を青ざめながら僕の名前を叫ぶ。
その余波はそのままこの部屋の壁を突き破り、屋敷の他の部分を破壊してく。壁を破壊し、天井を破壊し、ガラガラと建物は崩れてその場を瓦礫の山へと変える。
この攻撃だけで屋敷の4分の1程が破壊されてしまった。
この部屋の壁が壊れてある意味脱出し易くはなったのだが、同時に瓦礫の山が増えて移動し辛くなってしまった。
一瞬たりとも背中を見せられないこの状況下で、足元を不自由にする瓦礫の山は僕たちにとって面白くないものである。
「エ、エリー……!? 死んでないっ……!?」
衝撃波に呑み込まれて僕の姿が見えなくなった為か、フィフィーの心配そうな声が聞こえてくる。
ヴェールは一瞬周囲の様子を探るような気配を発したが、バーハルヴァントは一切の緩みなくヴェールの方に意識を集中させている。
僕の様な羽虫が消えようが生き残ろうが、どうでもいいという事なのだろう。
僕は残り少なくなったこの部屋の天井に張り付いていた。一緒にいるシータの援護隠密魔法により、姿を消して気配も消している。
魔法防壁を張りながら先程の攻撃の余波を上の方向に逃れ、天井につま先を突き刺し、天井に制止している。
皆の頭上、普通人の死角となる位置に陣取った。
双剣に雷の魔法を纏わせる。バチバチと電撃の音が迸るも、シータの隠密魔法によりその音も遮断される。
僕は天井に固定させたつま先を抜き、両足で天井を蹴った。
狙うはバーハルヴァントの側頭部だ。
「……っ!」
「ライトニング・スラッシュ……!」
雷の魔法を纏わせ、刀身が元の剣の4倍ほどに膨らんだ双剣によってバーハルヴァントに斬りかかる。
流石と言うべきなのか、シータの高度な隠密魔法が掛かっているにも関わらず、攻撃の一瞬前にバーハルヴァントは僕の気配に気が付く。
そして神速とも言える速度と華麗な身のこなしによって、セレドニに攻撃を振るった直後の槍の柄を振り回し、僕の突撃を迎撃してくる。
「……っ!」
バーハルヴァントはこちらに顔を向けていないにも関わらず、ドンピシャのタイミングで僕に槍の柄をぶつけようとしてくる。
なんちゅう反応速度だ。僕が天井を蹴ってから、ここまで0.1秒もかかっていないというのに。
「にゃろっ……!」
僕もまた雷の双剣をその槍の柄にぶつけ、敵の迎撃に対応する。これぐらいで怯んでいるわけにはいかない。こいつらの理不尽さは先程からの連戦で身をもって知っている。
僕とバーハルヴァントの武器がぶつかり、弾ける電撃によって一瞬その場に強い閃光が迸る。白い光が僕たちを包み込み、武器を握る両の腕に尋常じゃない程の衝撃が伝わってくる。
「……うぎゃっ!」
「うわぁっ……!」
僕たちの武器が交錯したのは一瞬だった。
すぐにパワー負けをして、僕の体はシータと一緒に吹き飛ばされる。まるで小石の様にびゅんと僕の体は宙を舞い、近場の瓦礫の山に激突し、埋もれる。
僕の渾身の一撃は敵がその場しのぎで振るった迎撃に力負けした。瓦礫の山に埋まり、全身に痛みを覚えながら、くそっと内心で毒づく。
しかし、その一瞬は味方にとって何よりの攻撃のチャンスだったらしい。
「メガフレアッ!」
「トラム・纏……!」
フィフィーとヴェールの声が聞こえてくる。急いで僕は瓦礫の山から頭を出す。
バーハルヴァントは槍の柄を僕に振るった事により、ほんの一瞬態勢を崩したようだ。
フィフィーは自分の杖から巨大な黒い炎の塊を繰り出し、ヴェールはトラムの9つの魔力の刃を1つに纏め、巨大な槍を作り出す。そしてそれをバーハルヴァント向け、突き出した。
黒炎が竜にぶつかり、轟音を立てながら破裂する。巨大な槍が黒い鱗を貫き砕かんと突進する。
2人の攻撃は見事に敵の隙を付き、バーハルヴァントに攻撃がヒットした。
「…………」
「…………」
2人の攻撃の衝撃波が周囲に舞い、僕の肌がびりびりと震える。黒炎の煙が巻き起こり、その場を黒く染め上げる。
濃度の高い魔力の残滓がその場に残り、それを感じ取るだけでも胸の奥がぞっとする。
2人は信じられないくらいの威力の攻撃を敵にぶつけた。人の常識では考えられない程の魔力の濃度であり、もしその攻撃を僕が喰らったらその死体は塵も残らないだろう。
圧倒的な死を感じさせるような攻撃であり、それは悪魔の如き無慈悲さを体現するようなものであった。
しかし……、
「…………」
「……くそ」
黒い炎の煙が晴れる。
その場には傷一つない竜のバーハルヴァントが立っていた。
「……全く、こいつらはほんと、あり得ないね」
フィフィーが自分にしがみ付くディーズの体を抱き返し、額から一筋の汗を垂らす。
バーハルヴァントの黒い竜の鱗には傷一つ無い。焼けもせず、砕けもせず、圧倒的な頑強さを周囲に見せつけ、堂々と立っていた。
「どうした、その程度か?」
奴が不敵に僕たちを見下す。
僕たちはごくりと唾を呑み込む。
圧倒的な障害が目の前に立ち塞がっていた。
すみません、一つご報告させて頂きます。
ここ数ヶ月不定期で更新させて貰っていましたが、ここから先はちゃんと日を置かず定期的に更新したい為、少し更新をお休みさせて下さい。
もう2章も終盤の為、この先は短いスパンで更新したいと考えました。
すみません、すみません……。
……て、転生者の私~、の書籍がどうしても完全書下ろしになるので、量が大変と言いますか……。
ま、毎日裏ではしっかり書いております!
ご容赦くださいっ……!
2章を全部書き終えたら戻って参ります。
そんなに長く期間を置かないよう頑張りますので、どうか応援よろしくお願いしますm(_ _)m




