133話 セレドニの過去話
華美な装飾が施されたシャンデリアが部屋の内部を暖かな色で照らす。
部屋の中には細かな文様が刻まれた調度品が並んでおり、厚い木材を利用し重厚な雰囲気を生み出しているテーブル、深い色で丁寧に染められたカーテン、よく手入れのされた年季を感じさせるアンティークの壺などが、この部屋全体に洗練された美しさを生み出していた。
この部屋はファイファール家の屋敷の中の客間である。
その部屋の椅子に腰かけ、一流の職人が手掛けたティーカップの美しさとは裏腹に、荒々しくコーヒーを飲む3人の男性がいた。
「ははは、どうやら外が騒がしくなってきているようだな」
「おおよそ『百足』か『騎士団』だろう。そのぐらいでなければ張り合いが無い」
「…………」
この3人は先程婚約式の途中で国に反旗を翻した『アルバトロスの盗賊団』の3人、立心刻栄流師範グロッカス、貴族騎士団団長ベイゼル、そして神器トラムを所有するセレドニであった。
「やはりこの光景は良いものだ。7年前の竜の襲撃事件を思い出す」
「うむ、やはり祭りは派手でなければならぬ」
「……気持ちは分かる」
今、英雄都市の内部には数百もの竜が押し寄せ、街を焼き、人を蹂躙しようとしている。『ジャセスの百足』と『バルタニアンの騎士』が竜の相手をして被害を食い止めているが、それでも彼らの戦闘は都市全体を揺らし、街は少しずつ破壊されていった。
その轟音を聞きながら、グロッカスは顎の黒い髭を擦り、にやにやと笑っていた。そんな彼に対し、セレドニは質問をする。
「……お前たちは、7年前の竜の襲撃事件も、黒幕がバーハルヴァント様だと知っていたらしいな?」
「あぁ、もちろんだ、セレドニよ」
彼の質問にグロッカスが答える。
「俺たちは実行犯の側であった。バーハルヴァント様からの依頼を受け、2匹のネズミを狩っていたのだ」
「ネズミ……。聞いている。ナディスとメリュー、とかいう奴だったか……」
「あぁ、その通りだ」
7年前の竜の襲撃事件の本命はナディスとメリューの命であった。
ナディスは『アルバトロスの盗賊団』を嗅ぎまわっていた為、メリューはその体に『叡智』の力を宿していた為にバーハルヴァントに目を付けられてしまった。
「……ナディスは死亡、メリューは行方不明になった。……お前たちの仕事は、成功したという訳だな」
「いや、そうではないんだ、セレドニよ」
「……どういうことだ?」
ベイゼルの否定の言葉に、浅黒い肌をしたセレドニは眉を顰める。
「我々は2人でメリューを追い詰めた。奴の家は粗末な住宅街の小さな部屋でな、火がごうごうと都市を包む中、俺はメリューと戦って奴を捕らえた。ナディスは竜の襲撃によって真っ黒焦げで見つかった」
「……なら成功じゃないのか?」
「……だが、我々は後にバーハルヴァント様よりお叱りを受けた」
当時の事を思い出したのか、ベイゼルは眉に皺を寄せ、天井を仰ぎ見た。
「お前たちが捕らえたメリューは、変装したナディスだったのだ、と」
「…………」
「結果的に捕らえるべきメリューには逃げられ、殺害するべきナディスは捕らえたという形に終わった。都市の中で見つかったナディスの焼死体は、偽装されたものだったのだろう」
グロッカスは言う。
「だからこそ、今日この日は我々の汚名返上の日なのだ。仕事をこなし、7年前のミスを帳消しにして見せよう」
「……それで? その捕らえたナディスはどうなったんだ?」
「バーハルヴァント様に引き渡した後、彼はこの団の団長に渡したと言っていた。元々殺害予定だったんだ。どうあっても生き残れまい」
「……なるほど」
上質なコーヒーの香りが部屋の中に広がっていき、3人の鼻をくすぐっていく。
「お前の方はどうだったんだ、セレドニ? 聞くに、お前もこの都市の住人だったんだろ?」
「俺は……この都市のしがない泥棒だった……」
セレドニは問われ、ぽつりぽつりと喋り出す。
「スラムに住んでたからな……。生きていくためには盗み、殺し、なんでもやっていた……。まぁ、よくある底辺のガキだ」
「それほどまでのスラムというと……、西のナザイ地区辺りか?」
「あぁ……。糞の匂いがいつまでも残り、夏は蠅が大量に発生する、あの地区だ……」
グロッカスもベイゼルもこの都市で上流階級に位置する生活を送っている。スラムの地域とは縁のない日々を暮らしていた。
「7年前のあの日……俺は火事場泥棒をした……。混乱に乗じて、ファイファールの屋敷の中に潜入した。するりするりと奥まで入っていき……そして、そこで見つけた……」
「ファイファール家が所有していた神器トラムだな?」
「あぁ……」
セレドニが持っている神器トラムはファイファール家が所有していたものである。それを、7年前の混乱に乗じて盗んだとセレドニは言った。
「そしてそのまま都市を出た。神器は売らなかった。神器を使った方がより多く稼げたし、他に盗んだ財宝で十分の貯蓄があった。何より所有がはっきりしている神器を売れば、必ず足が付くと思った……」
「ガキが神器を売ろうとしていたら、当然警戒されるだろうからな」
「そうやって神器を持って転々としていたら……バーハルヴァントの部下の『アルバトロスの盗賊団』に捕まった……」
セレドニはコーヒーを一口飲みこんだ。
「……命乞いをした。神器は渡しますから、命だけは助けて下さい。俺をこき使ってください。貴方たちの為に何でも致します……と」
「その時に神器トラムは没収されたと聞いていたが……?」
「あぁ、没収された……。没収されたが、その後いくつもの任務を経て、神器トラムの使い手として任命を受けた……。俺は神器を盗んで手に取った時に、神器に体内の魔力を変質させられたらしい……。俺は神器トラムに適した体となっていた……」
「当時お前は話題になっていたぞ? ただの汚いガキがかなりの実力を持っていた、と。出世するんじゃないか、こいつは? って言われていた」
「……実力がなきゃ、領主の屋敷に泥棒を働こうなんて思わないさ」
セレドニはそう、ゆっくりと喋っていた。
「……それから先は、まぁ、2人も知っている通りだ」
「なるほど、そうだったのか」
「中々に興味深い話だったぞ」
「いや……俺の方こそ、貴重な話を聞けた……」
グロッカスとベイゼルは背もたれに体重を預けながらコーヒーを啜った。休憩の間の退屈しのぎとしては丁度良い話であった。
そしてセレドニは俯き、2人に聞こえないほど小さな声で呟いた。
「貴重な話……だった……」
その辺りで、窓の外から1発の大きな爆発が上がるのが見えた。屋敷からはやや距離のある爆発であったが、轟音が屋敷を叩き3人は思わず首を回して窓の外を見た。
窓の外では大量の煙がもやもやと上がり、爆発の余韻を示していた。
「……では、そろそろ休憩も終わりとするか」
「あぁ、もうじきルドルフやアルヴァント達も帰ってくるだろうしな」
そう言ってグロッカスとベイゼルは椅子から立ち上がった。先程の爆発は別に何かしらの合図という訳ではなかったのだが、1発の轟音は3人に意識を切り替えさせ、丁度休憩終了のきっかけとなったのだった。
ルドルフは2人から一拍遅れて席を立つ。
「取り敢えず、警備として屋敷内の探索をするか。もしかしたら『百足』か『騎士団』のネズミが侵入してくるかもしれん」
「あぁ、ルドルフ達が帰ってきたら『百足』達を攻撃する役を作らなければならないしな。警護と攻撃の役割を分けるんだ」
そう言いながらグロッカスとベイゼルはこの部屋の外に出ようとする。一拍遅れて席を立ったセレドニはその2人の背中を追うように歩く。
グロッカスはこの部屋の扉に手を掛け、それを開いた。気楽な足取りで廊下へと出て、ベイゼルもまた彼の後に続き、この部屋から出ようとした。
「いや、その必要はない」
「ん?」
そんな時に、背後から声がした。
セレドニの声だった。
「どういう……」
どういうことだ? と聞こうとしながらグロッカスは振り返ろうとした。
そして見た。
振り返った先には神器トラムを構え、槍を振りかぶるセレドニの姿があった。
「セレッ……!? お前っ……!?」
「トラムッ!」
グロッカスとベイゼルが状況を正しく把握しきる前に、セレドニは神器による必殺の一撃を繰り出した。
神器トラムの槍から9本の魔力の刃が飛び出していく。グロッカスとベイゼルの2人は完全に不意を打たれ、防御する暇もなく、9本の魔力の刃と1本の槍に貫かれる。
セレドニは裏切りの攻撃を放っていた。
「がふっ……?」
ベイゼルは吐血をする。10本の刃に貫かれ、心臓を破壊された。
しかしまだ死なず、驚きのこもった目で目の前のセレドニを見ていた。
セレドニから見て、ベイゼルの後方にいたグロッカスは9本の刃に頭、首、心臓、内臓と急所という急所を貫かれ即死した。
彼は『叡智』の力によって体を超硬化する能力を持っていたのだが、それを発動する暇もなくセレドニの凶刃に掛かった。
「お前……何故……?」
「…………」
口から血を流すベイゼルの疑問の声にセレドニは小さく口を開いた。
「それは……お前たちがナディアの仇だからだ……」
「な……?」
そうとだけ言い、セレドニはベイゼルの体から槍を引き抜く。乱暴に引き抜かれた槍の衝動によりベイゼルの体がよろける。
そのまま槍を回し、流れるような動作でセレドニは槍の柄をベイゼルの体にぶつける。それにより、ベイゼルの体は地面に倒れ伏せる。
「はっ!」
「……っ!」
そして、セレドニは倒れたベイゼルの頭を渾身の力を持って踏み潰した。
ベイゼルの頭は粉々に砕け、屋敷の廊下の床がバキバキと罅割れる。
ベイゼルもまた死亡した。
「…………」
セレドニは油断なく周囲を見渡す。
グロッカスとベイゼルの2人が確実に死亡していることを確認する。
「……ふぅ」
ほんの数瞬の襲撃は終了し、セレドニは小さなため息をつく。奇襲は成功し、『領域外』の2人は命を散らした。
どくんどくんとセレドニの心臓が小さく跳ねている。彼の緊張は少し緩み、ほんの少量の一筋の汗が額を伝った。
「まずは2人……」
感慨とも緊張とも言えぬ胸の小さな高ぶりがセレドニに宿る。しかし、それをコントロールしようと深く長い息を繰り返し、セレドニは自分を平常の状態に戻そうとしていた。
「次はあいつ……バーハルヴァントだ……」
そしてセレドニはゆっくり歩きだす。
休憩は終了だ。
次の敵の元へ。
7年間心待ちにしていた復讐の機会へ。
「ナディアの……仇だ……」
セレドニの黒い目が爛々と光っていた。




