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131話 2人の団長

 竜が荒れ狂う。

 英雄都市トライオンは今、絶対的な危機に晒されていた。


「きゃあああああぁぁぁぁぁっ……!」

「逃げろっ! 逃げろぉっ……!」


 この都市は今、竜の大群に襲われていた。武の達人と言われるA級の戦士複数人と互角の竜という存在が、数百匹とこの1つの都市に押し寄せてきている。


 首謀者はこの都市の領主の屋敷に立てこもっているバーハルヴァントという人物だ。

 先程革命の宣言を行い、竜の大群をこの都市に呼び寄せた。『アルバトロスの盗賊団』という組織の名前を名乗っていた。


 竜の大群は都市の建物を壊し、口から大きな炎や雷を吐いていく。

 この都市は英雄都市であり、たくさんの武芸者がこの地で技を磨いている。故にその鍛え上げた武力を竜にぶつける武人も多々いるが、竜の圧力を止めるには至らない。

 この都市の主な主戦力は、先程領主の屋敷で行われた結婚式の会場で倒れ伏せてしまったからだ。


 人々は抵抗することが出来ず、竜に踏みにじられていく。

 このままでは7年前の竜の襲撃事件よりも大きな被害で出てしまうであろうことは明らかだった。


「う、うわあああああああぁぁぁぁぁっ……!」


 都市を逃げ回っていた1人の少年が1匹の竜に追いつかれてしまった。

 竜はその少年を食べようと口を大きく開く。少年は一生懸命走るが、竜の首が伸びる速度の方が圧倒的に速かった。


 少年はぎゅっと目をつぶる。

 また1つ、この都市に死が訪れようとしていた。


 ――その時だった。


「ふん!」

「……え?」


 1人の男が少年と竜の間に割って入った。

 突然現れた男は手に持っていた剣を振るう。その剣は大きく開かれた竜の口を更に大きく裂き、そのまま頭部を切断した。


 竜の頭は宙を舞い、そこから大量の血が吹き出す。そしてそのまま竜の巨体は横にばたんと倒れた。


「大丈夫か? 少年?」

「え……? あ……」


 その男は尻餅をついた少年に声を掛け、その手を握り引っ張り起こす。

 男の顔には複数の皺が刻まれており、50代ほどの初老の男性だった。常人よりも手足が長く、2メートル以上の身長があり、三白眼の鋭い目がぎょろりと油断なく周囲を見渡している。


 そして体を起こした少年の背をバンバンと叩いた。男にとっては軽い平手だったが、少年は痛みで目に涙が滲んだ。


「少年、その突き当りを右に曲がり、まっすぐ走るんだ。そちらの方は安全だ」

「え……? お、おじさん……?」

「ほら、早く行け。走れ」

「う、うん……!」


 また男は少年の背を軽く叩き、それに促されるようにして少年は前へと走った。


 その直後、濃い色のフードコートを被り、複雑な文様が描かれた仮面を付けた人がその男の傍に駆け寄って来た。

 『ジャセスの百足』の構成員だった。


「団長、予定通りの場所に人員の配置が終了しました」

「うむ、ではそのまま竜とオブスマンを完全に排除せよ」

「はっ!」


 男は『ジャセスの百足』の団長、ローエンブランドンだった。

 手には先程竜を斬り裂いた細身の剣が握られている。すぐに折れてしまいそうな程細く頼りなさそうに見える剣であったが、その鋭さは右に並ぶものが無かった。


 『百足』の団体がこの英雄都市にやってきていた。

 『百足』は世の影に隠れ潜む団体であり、達人と呼ばれるA級や怪物と呼ばれるS級の人材を多く所有している。


 その多大な戦力が『アルバトロスの盗賊団』の竜を完全に排除しに掛かっていた。


 そしてその時、そのローエンブランドンに声を掛ける男が現れた。


「よぅ、もしかしてあんたが噂に名高い『ジャセスの百足』の団長さんかい?」

「む?」

「……なんだ、貴様」


 人通りの少ないこの路地に3人の男が現れ、ローエンブランドンに話しかけた。

 3人の男は仰々しい程大きな鎧を身に纏っている。フルフェイスの兜も被っており、顔が見えない。


 前に1人の男が立ち、後ろに2人の男が控えている。その前に立っている男がローエンブランドンに話しかけていた。


「こんな場所で『百足』の団長と鉢合わせるなんてねぇ。お前もなんか嫌な予感でもしたっていうのか?」

「貴様、どこの誰だか知らないが馴れ馴れしいぞ! 控えろ!」


 『百足』の団員がローエンブランドンを守る様に前に立ち、武器を構える。団長の存在を言い当てられたことに驚きを隠せず、額に汗が滲んでいる。


 しかし、当のローエンブランドンは一切の動揺も見られず、手で前にいた百足の組員を制した。


「そういうお前こそ、『バルタニアンの騎士』の団長なのではないか?」

「……っ!?」

「ははっ、流石に分かっちまうかねぇ」


 前に立つ男が兜を外した。

 オレンジ色の短い髪で、顔には大きな刀傷がある。精悍な顔つきをした40代程の男性だった。


 『バルタニアンの騎士』とは『ジャセスの百足』と同様に、世界の裏側に隠れ潜み『叡智』の力を追う影の組織だった。

 この国の王が持つ影の最高戦力であるが、それを知っている者はほとんど誰もいない。


「俺は『バルタニアンの騎士』団長、ガドリウスだ。よろしく頼むぜ?」

「……我は『ジャセスの百足』団長、ローエンブランドンだ」

「んで? こんな所に都合よく兵を配置しているなんて、お前らなんか事前に情報でも掴んでたの?」

「……いや、ただの勘だ」

「ははっ、うちと同じようなもんか。おかげ様で後手後手だ」


『バルタニアンの騎士』団長ガドリウスはからからと笑ったが、『ジャセスの百足』団長ローエンブランドンの表情はぴくりとも動かない。


 彼らの後ろに控えている人たちはこの状況に内心冷や冷やとしていた。今、影の勢力のトップ2人が鉢合わせている。しかも2人とも『領域外』であることはその場の空気感だけで理解できていた。


 この場で大戦争が勃発する可能性だってあった。

 しかし、当のトップ2人は淡々と話を進めていく。


「お前達『バルタニアンの騎士』はこの国が抱える戦力という説があるが……それは本当なのか?」

「さーてね? どうでしょう? 俺は知らねぇなあ?」

「…………」

「……と言いたいところだが、それが大問題でな。まさか王様が『アルバトロスの盗賊団』に拉致されるなんて夢にも思ってなかった。王の周りにはいつも最高級の護衛4人がいただけに、この事態には驚きだ。これは大失敗だ」

「……『アルバトロスの盗賊団』がここまで大きく動いたことは1度だってなかった」

「なんかあるねぇ。これ、革命が本命じゃねぇぞ?」


 ガドリウスは疲れたように溜息をついた。


 その様に2人が会話している途中で、翼を大きく羽ばたかせる音が聞こえてくる。

 8匹の竜が高速でこちらに近づいてきていた。


「……っ!」

「竜だっ!」

「数が多いぞ! 気を付けろっ……!」


 8匹もの竜が彼らを囲う様にして地に着地する。ドシンという大きな音と共に迫力をまき散らし、いとも容易く建物を踏み壊していく。


 控えの者達は警戒の声を発し、武器を構え緊張する。

 しかし、団長2人は竜の集団に目をくれることも無く、悠々と会話を続けていた。


「嫌な予感がして、この周辺に兵を集めておいて良かった。やっぱ勘はバカにできねえ。後手後手だが、なんとか勝負は出来る」

「手伝うか?」

「はんっ! バカ言っちゃいけねえ! 敵の敵は味方、って振りして上手く俺たちの戦力も減らすつもりだろう? 信頼できないのはお互い様だ」

「ふっ……」


 2人はお互いに視線を外さない。竜がすぐ近くで咆哮を上げるが、一切気に掛ける様子も無い。


「団長! 竜が来てます!」

「団長!」

「団長っ!」


 控えの者達が団長に警戒を促す。8匹の竜は油断できる存在ではなく、彼らは焦りを滲ませていた。

 それでも2人は淡々とお喋りを続ける。


「……だけど、都市の皆様方にはなんの罪もねぇ」

「同感だ」

「そんぐらいは、お互いの邪魔をしないように、しましょうかねぇ……!」


 そう言って、2人の団長はやっと動きを見せる。

 目にも止まらぬ速さで武器を振るう。控えの者達には2人の体が少しだけぶれたようにしか見えなかった。


「グギャッ……!?」


 その瞬間、8匹の竜が細切れになり、絶命した。硬い鱗がまるで柔らかいパンの様に裂け、体がいくつにも分断され、血を流し崩れ落ちる。

 断末魔を上げようとしたけれど、上げきれなかった竜の悲しい小さな声がその場を揺らし、そしてその場の竜は一瞬で全滅した。


 控えの者達はぽかんとした。

 そして団長2人は笑った。ローエンブランドンは小さく、ガドリウスは大きく口元を歪ませた。


「さぁっ……! 祭りの始まりだ!」


 影の勢力がうねりを上げる。

『ジャセスの百足』と『バルタニアンの騎士』がこの都市で戦いの狼煙を上げた。


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