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128話 氷の鎧の怪物

【イリス視点】


 氷の鎧を身に纏い、体当たりをしてルドルフの体を押し込む。


 広範囲攻撃を得意とする敵との距離を潰し、その利点を奪い去ることには成功した。ルドルフの武器は槍で、この0距離ならば普通槍の持ち味は活かしきれない。


 ただ、あくまで敵の長所を潰しただけだ。

 ルドルフと僕の間にある絶対的な実力差が埋まったわけではない。


「うらあああああぁぁぁぁぁっ……!」

「ふんっ」


 氷の鎧を着た体をぶつけて彼の体を数メートル押し込むと、ルドルフが僕の体を押し返してくる。

 僕の突進はぴたりと止まる。


 すぐに押し込むことを止め、打撃による攻撃に移る。


「うらうらうらうらああああぁぁぁぁっ……!」

「……!」


 手の部分にある氷の鎧を変形させ、小さな刃を作る。そして、そのナイフ付きの拳を振るい、ルドルフに向かって何度も何度もパンチをする。

 武器を大きく振るうよりも威力は少ないだろうけど、この攻撃は回転力がある。距離を潰した今ならば、小さく素早い連打が大きな効果を発揮する。


 ルドルフは槍の柄の部分を使って僕の攻撃を器用に防いでくる。

 こちらの攻撃は届いていないが、僕の連打は相手の槍を封じてもいた。


 ……と思っていたら、相手を殴る僕の手に強い衝撃が走り、拳部分の鎧が砕けた。


「がぁっ……!」


 ルドルフが槍の柄の部分に衝撃波を発生させたのだ。その部分を殴り、衝撃が僕の手に走った。

 右手がビリビリと痺れる。小さな衝撃波だったようで、手そのものが弾け飛ぶようなことはなかったが、それでも氷の鎧は砕けてしまった。


「ふんっ!」

「あがっ……!」


 僕の一瞬の隙を突いて、ルドルフが槍を回す。防御に使っていた槍の柄の部分で僕の頭を殴り、頭部の氷の鎧が砕けてしまう。

 ぐわんぐわんと頭が揺れる。

 たたらを踏み、頭から血がたらりと垂れる。死んでは無いようだけれど、一瞬視界がぐらりと揺れた。


 その隙でルドルフが2歩下がってしまう。

 決死の思いで詰めた2歩がいとも容易く開いてしまう。


「終わりだ」

「……っ!」


 そして、槍の絶好の間合いとなる。

 ルドルフの渾身の槍の一閃が恐ろしいスピードで放たれる。瞬きする間も無い程の一瞬の後、僕の氷の鎧は胸部からまるで薄い紙きれの様に貫かれた。


「エリーっ……!」


 フィフィーの悲鳴が聞こえる。

 ルドルフの槍は氷の鎧の中心を打ち貫き、そこに大きな穴が空いていた。


 だけど僕はそこにはいなかった。


「あっぶなっ……!」

「ぬ……!?」


 ルドルフが顔を上げる。

 僕は彼の槍が走る一瞬前、氷の鎧から脱出していた。


 先程、槍の柄で攻撃をされた際、鎧の頭部が粉砕していた。その隙間を利用して、するりと鎧から脱出して上部に逃れた。


 ルドルフの上を取る。彼の槍はまだ氷の鎧に突き刺さったままだ。


「喰らえっ……!」


 宙を舞いながら氷で作った剣を振るい、ルドルフの頭を切りつけようとする。

 完全に不意を突いた一撃。敵の槍はまだ伸びきっており、攻撃のタイミングは完璧だった。


 これなら必ず攻撃が通る。このタイミングなら敵の急所に攻撃を入れ込むことが出来る。

 氷の剣を振りながら、胸がドクンと高まった。


「ぐぅっ……!」

「なぁっ……!?」


 しかし、僕の氷の剣はルドルフの素手によって防がれ、砕かれる。

 彼の拳の方が氷の剣よりも堅かった。

 そんなことあるかよっ……!


 氷の剣の一撃は彼の拳を傷つけ、そこから一筋の血が垂れるが、ただそれだけだった。敵の機能を傷つけたとは言い難い。

 そのまま僕の体はルドルフの頭上を飛び越え、氷の地面を滑りながら着地した。


「なんだよ! ずっる! 今の絶対攻撃入ってたでしょ! お前死んでたでしょっ……!」

「……自分の非力を恨むんだね」


 地力が同じだったら、絶対今の攻撃は敵の手を切り裂き、そのまま頭部を切り刻んでいたはずだ。勝利は僕のものだった。

 でも、敵の手の甲が尋常なく硬いという理由だけで、僕の攻撃は不発に終わった。


 ルドルフが氷の鎧から槍を抜き、態勢を整えて僕に向けて槍を構える。


「…………」

「……!」


 威圧感が膨らむ。やばい。完全に敵視された。

 先程よりも濃い集中と、より深い殺気が僕の方に向けられる。


 今打ち合いになったら、今度は駆け引きも無く一瞬のうちに殺される。しかも今僕の手には武器がない。


「……くっ!」


 ルドルフが僕に向けて一歩踏み出そうとする。

 その瞬間だった。


「アルマスベルっ!」

「むっ……!」


 氷の閃光がルドルフの背中に向けて放たれ、彼はすんでのところで振り返り、槍を振ってその閃光を弾いた。


「リックさん……!」

「リック……」


 ルドルフが振り返った先にはリックさんとフィフィーが立っていた。

 フィフィーの回復魔法の施術が終わったのだ。


 貫かれた腹の傷は塞がっていない。いくら回復魔法を使ったからと言ってすぐに塞がる傷なんかじゃない。

 未だ腹の傷は痛々しく残り、応急処置にもならない氷によって塞がられているが、先程までの青白い顔色が大分ましになっている。


 フィフィーの魔法によって生命力が回復したのだ。

 普通ならそれでも意識を保ってられるような傷ではないけれど、リックさんは尋常じゃない生命力によって剣を持ち、目をぎらつかせていた。


「エリー君、素晴らしいヒントをありがとう」

「はい?」


 ルドルフ越しに、リックさんに声を掛けられる。


「常に全身に防御を敷いておく。……良いアイディアだ」


 そう言って、リックさんの体から氷が湧き出してくる。神器アルマスベルの力によって氷を作り出し、それを体に纏い始めた。


 僕が先程やっていた氷の鎧。

 リックさんはそれを自分の神器により、より高い完成度をもって再現していた。


 2m半ほどある氷の巨人が生まれる。

 僕の様に人の氷を利用した鎧ではなく、新たに作り出された氷による汚れ1つ無い鎧がリックさんを覆っている。

 全身が氷に覆われた氷の化け物。人間とは思えないほどの凄まじい迫力をもってルドルフの前に立っている。


「フィフィー、今まで以上に下がっておいて。もう氷の壁は作らない」

「うん、分かった。巻き込まれないよう注意する」


 そう言ってフィフィーはふっと煙の様に姿を眩ました。自分に隠密魔法を掛けたのだろう。

 ルドルフとリックさんが相対する。


「……越えるぞ、『領域外』」

「やってみな」


 そしてまた化け物同士の戦いの火蓋が切って落とされる。

 剣と槍が何度も何度もぶつかり合い、激しい音を鳴らし合う。


 氷の怪物が唸り声をあげながらルドルフに襲い掛かる。

 ルドルフが周囲一帯に衝撃波を撒くけれど、氷の鎧がそれを常に防御している。


 氷の鎧は絶対的な防御ではない。ルドルフが衝撃波を撒く度にその鎧にヒビが入り、あちこちが砕けていく。

 しかし僕の鎧との最大の違いは、その鎧が瞬時に回復することだ。リックさんは神器の力によってすぐに氷を捻りだし、壊れかかった部分の氷を補填する。


 リックさんの剣とルドルフの槍が何度も火花を散らした。


 フィフィーはかなり遠くに身を隠しつつも、魔術によって横やりを入れてリックさんの援護をしていた。空中にいきなり炎の球が現れ、それがルドルフに向かって熱線を吐いていく。


 僕は氷の鎧を纏いながら中距離を保って、氷の双剣を投げ続ける。

 広範囲の衝撃波が撒かれたら、僕は素直に逃げる。先程までの状況とは違い、一度氷の鎧が剥がされても、距離さえとってしまえば鎧を張り直す余裕は十分にある。

 ルドルフはリックさんの相手をしている為、僕に追撃を入れる余裕なんてない。


 そうしてまた態勢を整え、僕は氷の双剣を投げる。


「むぅ……」


 ルドルフが小さく唸った。

 リックさんの剣がルドルフの肩に小さな傷を入れた。ぽたりぽたりと赤い血が垂れる。


 リックさんはかなり善戦をしていた。

 広範囲の衝撃波を氷の鎧によって防御し、全力で剣を振っている。それまで衝撃波を相殺する為に作っていた巨大な氷の壁や広範囲の冷気攻撃を止め、剣に魔力を集中させ、1点の攻撃力を高めていた。


 リックさんは槍の直撃は喰らわないよう注意している様だった。

 氷の鎧では直接の槍の刺突を防ぐだけの防御力が無いのだろう。しかし、体を掠るような槍のダメージや広範囲の衝撃波は彼の鎧が十分に防いでいた。


 その攻撃によってリックさんの鎧はひび割れ壊れるが、すぐに氷の修復が行われる。リックさんは敵の攻撃を捌き切っていた。


 ルドルフが小さく飛び下がり、リックさんと間合いを取った。


「……やるね」

「ぜぇっ……! ぜぇっ……!」


 ルドルフは小さく笑みを浮かべ、リックさんは荒い呼吸を繰り返していた。

 リックさんの氷の鎧によって状況は好転したように見えるが、彼の腹の穴は治ったわけではない。

 普通だったら死んでいてもおかしくない傷で、なおこんな激しい戦いに身を投じているのだ。


「その氷の鎧、真っ向から打ち砕く必要がある様だ」

「…………」

「構えろ、君は次で死ぬ」


 そう言って、ルドルフは槍に魔力を集中させる。

 具現化する程の膨大な魔力を伴い、彼の衝撃波が槍に纏わりつき始める。その可視化された衝撃波が槍の周囲をぐるぐると回っており、おそらくその回転力で氷の鎧を掘削しながら貫き壊すつもりなのだろう。


 それまでの広範囲攻撃を止め、彼も一点突破の攻撃へと移行する。

 あんな衝撃波を纏った槍の攻撃なんて防御しようも無い。


「…………」


 リックさんも剣を構える。彼も全身の魔力を高め、剣に力を集中させる。

 彼のアルマスベルを薄い氷が纏う。その氷は超高濃度の魔力がこもったものであり、最早普通の氷とは別次元の存在と化していた。


 超高威力の衝撃波と、超高濃度の氷が相対する。

 一瞬の沈黙がその場を過ぎり、緊張感が膨れ上がる。


 両者が対峙したのはほんの数秒だった。

 どこかの氷の塊がひび割れ、ぴしりと音を鳴らした。それが合図だった。


 2人が飛ぶように前に身を躍らせる。

 そしてお互いの武器を前に突き出し、その切っ先が触れ合った。


 もう決着がつく。

 そんな予感をひしひしと感じた。


次話『129話 フランブベル』は4日後 5/1 19時投稿予定です。

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