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12話 這い寄るS級

【エリー視点】


「クラッグ! 聞いてくれっ!」

「おう、どうしたエリー?酒場にでも行くか?」


 ベットの上に寝転がりながらそんな気の抜けた返事をしてくる相棒の部屋を僕は尋ねた。

 日が暮れて今日の仕事が終了した後、相談したいことがあって僕はクラッグと2人きりになれるタイミングを見計らっていた。そして、夜の男の部屋に突撃するという行動を起こした。

 そんなことはどうでもいい。僕には大切な用があったのだ。


 僕はフィフィーさんについて見聞きしたことを全部クラッグに話した。

 昨夜、彼女が1人でホテルを抜け出していたこと。路地裏で神殿騎士の女性と話していたこと。おかしいと思ったことを全部話した。


「…………」


 クラッグは僕の話を聞き、顎に手を当てて考え事をしていた。


「……このことはリックには話したか?」

「いや、まだ話したのはクラッグだけ」

「正解だ。リックもこの事を知ってて、その上でだんまりを決め込んでる可能性もある。リックの方も警戒しとけ、エリー」

「げ……」


 冷汗が垂れる。

 それもそうだ。フィフィーさんとリックさんは長い間コンビを組んでいるんだ。神殿騎士の女性とも面識があるかもしれない。


「俺はリックとフィフィーとの繋がりの薄い冒険者複数人にこの話をして警戒を促す。エリーはファミリアにこの話をしておいてくれ。そうすれば雇用主であるイリスティナにも話が行く」

「あ、う、うん……」


 ファミリアへの連絡は必要だけど、イリスティナへの報告は要らないんじゃないかなー……。


「とりあえず俺なりにも色々と探ってみる。もし戦闘に発展しちまったら、他のA級冒険者じゃ分がわりぃ」

「ぼ、僕は他にどうしたらいい……?」


 そう言ったら、クラッグがにかっと笑った。


「そりゃお前、自分が良いと思った通りに、自由に」

「……なるほど、冒険者らしい」


 つまりは自己責任ってことだ。

 上等。




* * * * *


「あ、おはようございます、エリー様、クラッグ様」

「おはよう、ファミリア」

「おはよー……。ふぁぁぁぁぁ…………」


 ファミリアからの挨拶に、クラッグは大きな欠伸と共に返事をした。

 朝、僕たちは階下に降りて食堂の席に着く。ここのホテルは朝食、昼食、夕食の3食がしっかりと出る。全部経費はイリスティナに付くのだが、夕飯とか皆酒場に行ってしまう。


「あ、あのう、エリー様……? 髪が乱れておりますよ……? お直しされた方がよろしいのでは……?」

「ん?あぁ、この位へいきへいき。寝起きの冒険者なんてこんなもんさ」

「で、ですが……」


 ファミリアは僕に対しとても困ったような表情を向けていた。気持ちは分かるけど、お姫様みたいなクオリティを求められたら僕としても困る。


(むし)ろエリーはもうちょっと大雑把でいいぐらいだな。ほら見てみろよ、他の女性冒険者なんて寝癖も直してねーぞ?」

「そーですねー、寝間着すら着替えていないクラッグ君?」

「飯食ったら着替えるからいいんだよ」

「あは、あははは……」


 ファミリアは困ったように笑うしかなかった。そう、冒険者なんてこんなもん。


「あ、そうだ、ファミリア……」


 クラッグが小声でファミリアに顔を近づけるよう促す。


「……例の件聞いたか?」

「あ、はい、伺いました」


 顔を近づけ小声で会話をする。例の件とは勿論フィフィーさんの事だ。昨日、夜の間にファミリアを部屋に呼び、事情を説明しておいた。


「イリスティナには連絡をしたか?」

「……はい、しました」

「よし」


 今、一瞬詰まったな? 連絡自体は全く問題ないけれど。あるはずないのだけど。


「じゃあ飯にすっか。俺はそうだなぁ……、骨付きステーキで」

「うわぁ、朝からガッツリ食べるねぇ。僕はサンドイッチで」

「ここの飯、うめーんだよ」


 そりゃそうだ。お姫様が自信をもって手配したホテルだもん。


「かしこまりました。今、用意致します」

「ん?」

「え? ファミリアが用意するの?」


 なんでファミリアが返事するの? それってホテルの人の仕事じゃないの?


「はい、実は私、今回割り振られた仕事が少ないので、ホテルの手伝いを兼ねて冒険者の皆さんのお世話をしようと思っております」

「へー……、流石ファミリア」


 執事の鏡である。


「…………お前、イリスティナなんかじゃなくて、もっと優秀な主に仕えた方がいいかもしれないぞ?」

「イ、イリスティナ様は優秀ですよ? クラッグ様?」

「ま、確かにお前はイリスティナを甘やかして肥え太らせる仕事があるからな」


 この焦げ茶は相変わらずぶれねーなー。

 しばらく待つとファミリアが朝食を持ってきてくれた。流石はファミリア。慣れない台所でも彼の作る料理は美味しいのである。


「うめーな、ファミリア。お前、いいお嫁さんになれるぞ?」

「私は男です!」

「あ、ファミリア、コーヒーお代わりお願い」

「はい、かしこまりました、エリー様」

「あ、俺も」

「はい、かしこまりました、クラッグ様」

「ついでにサンドイッチ一切れお代わり持ってきて」

「はい、かしこまりました、エリー様」


 その時、背後から声がした。


「ふぅん……、結構馴れ馴れしいんだ……」


 心臓が跳ねた。

 リラックスしている朝食の中、今一番緊張する相手から急に声を掛けられたのだ。冷汗を垂らさないよう必死になりながら、ゆっくりと背後を振り返る。


 そこには(くだん)のフィフィーさんが立っていた。


「おはよう、エリーさん、クラッグさん」

「お、おはよう……。フィフィーさん……」

「よ、フィフィー。よく眠れたか?」

「うん、ここのホテルは質がとてもいいから……」


 動揺する姿を極力見せないよう努力する。心臓が早鐘を打っている様子を悟られないようゆっくりと返事をする。流石いつも不遜な相棒、こいつは動揺する気配が全くない。


「フィフィー様。おはようございます」

「お早うございます、ファミリア様。……ところで、エリーさん」

「はい?」


 何故かフィフィーさんの目が据わっていた。


「……あまり、ファミリア様を気安く顎で使っちゃいけないんじゃないかな? この人はイリスティナ姫の執事であり、貴族の名門ブルース家の人なんだから」

「あ……」

「本当ならわたしたちが彼に傅く筈の身分なんだから」


 そうだった。ファミリアは有名貴族。僕のような冒険者がため口なんか聞いちゃいけない人だったんだ。失念していた。


「も、申し訳ありません、ファミリア様。これまでの失礼な態度をお許しください」

「いえいえいえいえいえいえっ! お、おおお、お止め下さい! エ、エエ、エリー様っ! 貴方に頭を下げられる覚えは私にありませんっ……!」


 ファミリア様、動揺し過ぎである。もうちょい自然にしようぜ?


「俺は別にいいよな? フィフィー? ファミリア?」

「お前はもっと常日頃から傅け、焦げ茶」

「ま、まぁ……、クラッグさんは今更って感じあるからねぇ……」

「あそこまでイリスティナ様に無礼を働ける人が私に丁寧な態度を取ったら、私は自分の正気を疑います」

「散々な評価だな、俺」


 それについては、まぁ……、自業自得なんじゃないかなぁ……?


 しかし、なんだろう……、このやり辛さは……。フィフィーさんの言っていることは全く間違っていない。でも、どうしてだろう。何か僅かに痛々しい敵意のようなものを感じる。

 注意されている。注目されている。何かを警戒されている。


 なんだ……? なんだ、これ……? つい数日前まではそんなこと全然無かったのに……、彼女の据わった目が、なんだか怖い……。

 駄目だ。動揺してしまう。心臓がドクンドクンと脈打つのを聞かれてしまう。


「ぼ、僕……お手洗い……!」


 思わず席を立ってしまった。


「いってらっしゃーい。あと、女の子がそんな事を大きめの声で言うんじゃありません」

「うっさい! 焦げ茶!」


 僕と同じ情報を持っておいて、なんでお前はそんなに気楽なんだよ。


「フィフィーさんは何をご注文ですか?」

「え? あ、じゃあ……、ベーコンエッグとパンで。すみません、ファミリア様にやらせてしまって」

「いえいえ、これが私のお仕事ですから」


 そんな声を尻目に僕はこの部屋を出た。そしてこの部屋の扉にもたれかかり、思わず1つため息をついてしまう。

 ふぅ……緊張した……。やっぱりフィフィーさんの様子はどこかおかしいような気がする。何か、こう、張りつめている感じがする。


「ねぇ、クラッグさん……」

「ん? なんだ? フィフィー?」


 部屋の扉にもたれ掛かっていると、2人の会話が聞こえてきた。姿は見えずとも、声が聞こえる位置だった。


「エリーさんってどこの出身なんですか?」

「ん?」


 ん? フィフィーさんが僕の事を聞いている?


「いや、わたし、エリーさんと何度も一緒に食事しているのに、彼女の事全然知らないなぁ、って……」

「ボルーボの村って言ってたぞ?」


 うん、確かにクラッグにはそう言った。


「家族構成は? 冒険者になるまでの経歴とか、家柄とかは?」

「俺がそんな細かいことを聞いてると思うか?」

「……いや、そこは聞いとこうよ、パートナーとして……」


 そう、この男は全然そういう事聞いてこないのだ。……実は全く興味を持たれていないんじゃないだろうか、僕……。


「そんなこと、直接エリーに聞けばいいだろ。話が弾むぞ?」

「…………」


 そう、そこだ。なんでフィフィーさんはクラッグに僕の事を聞いているのか?


「……ここだけの話」

「ん?」


 フィフィーさんの声が小さくなる。内緒話のように顔を近づけ会話しているのだろうか? 僕も『聞き耳』のマジックアイテムを用いて、2人の会話を捉える。


「エリーさんって、おかしいよね……? そうは思わない? クラッグさん?」

「んん?」


 え?


「まずこの街に来た初日、彼女は『オブスマンの死体は何度も見ても慣れない』ということを言っていた。そんな筈ないのに。情報規制がかかった状態であの死体を見れるのは、神殿騎士や神官の方か、あるいは閲覧を申請できる王侯貴族のみ」

「それについては『あれは何度見ても慣れないだろうな』って意味だって言ってなかったか?」

「まだある。王城のパーティーから一夜明けて、クラッグさんがエリーさんに泣きついた時、クラッグさんの言った『女狐』をすぐにイリスティナ様の事だと断定した。

 これはおかしい。あの場には多数の女性の貴族がいたから『女狐』が誰を指すのか分かる筈がなかった。それなのに、まるでクラッグさんとイリスティナ様のやり取りを見ていたかのように、『女狐』をイリスティナ様だと判断した」

「まぐれ当たりじゃねーの?」


 …………。


「そもそもさっきのもおかしい。彼女は冒険者にしてはかなり礼儀作法に詳しい筈なのにファミリア様への対応はかなり馴れ馴れしいものだった。

 まるで歯車が掛け違ったかのように杜撰(ずさん)な認識だった」

「……それは。もしかして、俺の影響か……?」

「……そうだとしたら、早くエリーさんを隔離してあげないといけないと思うけど」


 これは……僕は、疑われているのか……?

 僕の行動のボロが、フィフィーさんにある結論を結びだそうとしている……? 危険な存在だと思われるフィフィーさんに僕の抱えているものがバレる?


「……フィフィー、さっきから何が言いたいのかわからん。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」

「……分かった。エリーさんの『秘密の仕事』って、なに?」

「…………」


 クラッグは少し閉口した。


「……知らん」

「調べたりしなかったの? 自分の相棒だからって何もかも信じるような人じゃないでしょ、クラッグさんは。少しエリーさんに甘すぎるんじゃない?」

「……確かに、そうかもなぁ」


 ……リックさんも言ってたけど、クラッグって僕に甘いの? そんな感じしないんだけど、あのスケベ焦げ茶。


「……そもそも知っていてもわたしに言うようなことじゃないかもしれないしね。分かった、ありがとうクラッグさん。後は自分なりに調べてみるよ」

「フィフィー。確かに俺はエリーに甘いところがあるが、俺はフィフィーにだって甘いつもりだぞ? ほら、飴をやるからエリーと2人で食べるといい」

「……ありがとう」


 そうして僕を探る2人の会話は終了した。


 しかし、これは……どういうことだ……?

 なんでフィフィーさんが僕の事を探っている? 今、かなり怪しい雰囲気を纏っているフィフィーさんが僕の『秘密』を探っている。僕の存在に疑問を持っている。


 このタイミング……。やっぱり僕の事を『敵』だと考えているからフィフィーさんは僕に注意を払っている。

 つまり、僕が彼女を疑っていることが彼女にバレている……?

 まさか。いや、でも……。


 こわい。

 僕は今、冒険者の最高峰であるS級ランクに目を付けられている。戦闘能力、情報収集能力、危機管理能力、あらゆる能力が長け、不可能と思われるような事件を解決し、いくつもの修羅場を掻い潜ってきた偉大な武人。それがS級。

 睨まれたら骨も残らない。それがS級。


 こわい。

 震えそうになる体を何とか押さえつける。

 僕は……、D級の僕は……。


 ……S級のフィフィーさんと戦わなければならないのかもしれない。


「ところでエリーさん、遅いね」

「そうだな。う〇こか?」


 はっと気付く。そうだ、まずい。いつまでもここにいられない。

 失礼、お待たせ、と言いながら僕は何とか何食わぬ顔を装い、席に戻った。

 ファミリアの作ったサンドイッチはいつもより美味しく感じられなかった。




 その次の日。

 また事件は起こった。

 神様からの『天啓』が(もたら)されたのである。


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