127話 エリーの挑戦
【イリス視点】
「リック……!」
「リックさんっ……!」
リックさんの腹が貫かれた。
ルドルフが『衝撃波』を固体化し、それが細く長く伸び、長い槍の様になっていた。上空から巨大な氷の槍を突き刺そうとしていたリックさんを氷の槍ごと『衝撃波』の槍が貫いていた。
「ぐふっ……!」
リックさんが口から吐血する。左の方の脇腹を『衝撃波』の槍が抉っており、大きな穴が開いている。リックさんは細く長く伸びた槍に突き刺され、上空で静止していた。
「残念だったね……」
「…………」
ルドルフは顔を上げ、リックさんの方に語り掛ける。
「リック、君、フランブベルはどうしたんだい?」
「…………」
「……え?」
ルドルフにそう問われ、リックさんの眉がピクリと動く。
「君が今持っている剣、アルマスベルは氷の剣。そしてそれと対になる炎の剣が存在する。それが、フランブベル……」
「…………」
「アルマスベルとフランブベルは二対一式の神器。2本揃ってこそ真価を発揮する。まさか、知らない訳ではないでしょう……?」
「…………」
リックさんの神器が不完全なもの?
隣のフィフィーをちらと見ると、彼女が小さな声で説明してくれる。
「……フランブベルは現在行方不明。少し前まで使い手がいたらしいけど、今はどこにあるのか分からないって聞いてる」
「そう……」
リックさんが作った巨大な氷の槍の残骸がどんどんとひび割れ崩壊していく。まるでその様子はリックさんの生命力が失われていくことを象徴しているかのようだった。
「見たところ、君はアルマスベル1本を操るのに精一杯の様だ。君の実力では仮にフランブベルが手元にあったとしても、2本同時には使いこなせないだろう」
「……ぐふっ」
「そんなんで『領域外』に至りたいなど、甘い考えだね。神器の真価を発揮出来ない者に、俺は敗れる気はない」
リックさんの腹から血がぼたぼたと垂れている。
受けた傷は大きい。脇腹がくり貫かれ、腹に穴が開いているのがしっかりと見て取れる。
もうリックさんは戦闘不能だ。いや、それ以上に命を保てるかどうかすら……。
そう思っていた最中、リックさんの腕がピクリと動いた。
「む……」
一番最初に反応したのはルドルフだった。
リックさんが腕を振るい、剣を薙ぐ。頭上から強い冷気が降り注ぎ、ルドルフの周囲一帯全てを氷の海に沈める。
「らあああああぁぁぁぁっ……!」
「ふん……!」
血を吐きながらリックさんは叫ぶ。ルドルフは『衝撃波』の固形化を解いたのか、空に伸びていた長細い槍が消え去り、冷気を弾き飛ばす為槍を振るった。
リックさんを刺していた『衝撃波』の槍が消え去り、彼は宙に取り残される。
その体は力なく落下するけれど、地面にぶつかる寸前に態勢を整え、2本の足で着地をする。
「だはああああぁぁぁぁっ……!」
血を吐きながら息を漏らし、それでも彼は全身に力を入れていた。鬼気迫る表情で敵のルドルフを睨みつけている。
彼の腹の穴は塞がっていた。
彼は自分の作りだした氷で腹の穴を埋め、傷を塞いでいた。
「そんな無茶なっ……!?」
悲鳴を上げたい気持ちに駆られる。
空いた腹の穴に氷を詰め込んでいる。応急処置にもなっていない。
ただ血が止まっているというだけで、腹に穴が空いているという事実は一変たりとも変化していない。
普通ならそれだけで致命傷になりえる傷である。
しかしリックさんは息を整え、目を血走らせ、武器を構えて戦闘態勢を整えた。
「うん、素晴らしい」
そんな異常とも思える処置をしたリックさんを前にして、ルドルフは小さく頷いた。
「『領域外』と呼ばれる存在の恐ろしさは、その不死身さだ。頭を潰しても安心するな、と言われるのが『領域外』というものだ」
「…………」
「戦闘は続行できるのか?」
「余裕だ」
リックさんの小さな声を聴き、ルドルフはにっと笑う。
「いい根性だ」
「…………」
それだけの言葉を交わし、リックさんたちは本当にまた刃を交わし始めた。
正直言って異常。ぞっとするものを感じた。
「エリー!」
「な、なに? フィフィー……?」
「わたしをリックの元に連れてって! 気休め程度だけど、回復魔法をかけたいっ……!」
隣から投げかけられる必死な言葉に、僕はぎょっとする。
「……それはつまり、僕があのルドルフと正面からやり合って、フィフィーがリックさんの元に駆け寄れる隙を作り、そして回復魔法を掛けている間奴を止めておく、ってことだよね?」
「…………」
フィフィーが小さく頷く。
回復魔法は使用に時間がかかる。そして、使用している間は術者も術を掛けられている人間も動きを止めている必要がある。
つまりその間、あの衝撃波お化けを僕が止めないといけないのだ。
……S級なりたての、僕が。
「……ダメそう?」
「……そんな風に上目遣いで頼まれたらムリって言えないよ」
フィフィーは懇願するような目を僕に向けてくる。
そりゃ、長年連れ添ってきた大事なパートナーが瀕死の重傷を抱えたまま、今なお戦っているのだ。
それが無理なお願いでも、彼を癒してあげたいのだろう。
「あーっ! くそっ! 女は度胸っ……!」
僕は自分の頬をバンバンと叩く。
気合を入れる。全身に力を入れる。
「いくよっ! フィフィー! ついてきてっ!」
「……! ありがとう! エリー……!」
先程の氷の槍の避難の為に建物の天井に上がっていたが、そこから飛び降り今の嵐の中心地へと走り出す。
2人の間には衝撃波と氷が渦巻いている。正直そこは死の世界だ。
それでもそこに飛び込んでいく。
まず一発。
ルドルフに一発攻撃を入れないことには隙が生まれない。奴の気を引き、フィフィーがリックさんの元に駆け寄れるようしないといけないのだ。
ルドルフの側面から駆け寄る。そこは衝撃波と氷が渦巻いていた。
奴の注意がほんの僅かにこちらの方に向くのを感じ取る。でも彼の集中は目の前のリックさんに向いていて、僕たちなんて戦場の中に紛れ込んだ小蠅程度にしか思っていない感じだった。
「どりゃああああぁぁぁぁっ……!」
だから、投げた。
手に持っていた長剣を思いっきり投げ、ルドルフにぶつけようとする。
「……っ!?」
ほんの一瞬ルドルフが目を丸くするのが見えた。
僕が投げたのは今唯一手に持っていた武器である。これを投げれば僕は丸腰だ。
そんな武器を手放すことで、僅かな不意を打つことが出来た。
飛んでくる長剣をルドルフが難なく弾く。ほんの僅か驚かせることが出来たが、それでも隙と言える程の緩みではなかった。ルドルフは非常にスムーズな動きで僕の剣を遠くに弾き飛ばした。
走りながら地面に張っている氷に手を触れる。ここ辺り、至る所にリックさんの攻撃の余韻がしっかりと残っている。
僕はその氷に手を触れ、氷の形を変え、2本の剣を作り出した。
氷の塊の中からにゅっと抜き取る様に、氷の双剣を手にした。
そこでやっとルドルフが僕に注意を割く。僕はルドルフの方に、フィフィーはリックさんの方に向かって走る。
ルドルフは広範囲を殲滅する業に秀でた戦士だ。一対多数を得意とする戦術を持っていて、彼の前には数は頼みにならないだろう。
だから狙うのは超接近戦。広範囲にまかれる衝撃波と、槍という長物の利点を殺しきれるところまで近づき、ぴっとりと体をくっつけるように戦える状況を作り出す。
死地に飛び込む。それが一歩目の目標だ。
「だりゃああああぁぁぁぁっ……!」
手に持っている剣をまた投げる。氷の双剣が弧を描き、2方向からルドルフに襲い掛かる。
ルドルフは槍をくるりと回し、飛んでくる氷の双剣を弾く。双剣は砕け、氷の破片となってぱらぱらと地に落ちる。
その間にまた僕は氷の双剣を作り出して、投げる。1本は先程とは違う軌道で弧を描きながら、1本は直線的な軌道でルドルフに向かう。
双剣の扱いなら任せて欲しい。
時間差を持ちながら2本の剣がルドルフに襲い掛かる。
それも彼は2度槍を振って難なく弾く。僕はまた氷の塊から双剣を作り出し、前へと走る。
そして、僕の体がルドルフの槍の間合いに入った。
その時にフィフィーもリックさんの元に辿り着き、彼を抱えその場を離脱するのが見えた。
僕とルドルフの視線が交錯する。
死の気配が匂う。この一瞬がまるで永遠のようにも感じられる。僕は身を屈めながらただ前へと走る。
目指すはまだ先。ルドルフの懐だ。
「ふんっ」
ルドルフが最短最速の軌道をもって、僕に槍を振るう。僕は氷の剣を振るう。
2つの武器が噛み合い、氷の剣は容易く砕け散る。しかし僕は氷の剣が砕ける際、小さな破裂を起こすよう魔術を起動させる。
氷の剣が砕ける破裂がルドルフの槍を小さく弾く。砕けた氷の破片がルドルフに向かって飛び散る。
「むぅ」
ルドルフに全くダメージはなかったが、それでも彼は飛んでくる氷の破片を少し嫌がった。
彼はほんの少し弾かれた槍をすぐに引き、即座に2撃目を入れ込んでくる。
僕はもう一方の剣を振り、今来た槍を迎撃する。
また氷の剣が砕け、小さく破裂する。また槍を小さく弾き、氷の破片がルドルフに飛ぶ。
しかし、彼は一手目の様な僅かな怯みさえ見せなくなった。
あと2歩。あと2歩で目標の距離を詰められるというのに、手に武器が無くなる。
あと2歩に無限の距離を感じた。
「終わりだ」
ここが急所と見たのか、ルドルフの槍に魔力がこもっていく。
強い衝撃波が飛んでくる。先程の様な氷の剣の小さな破裂では相殺出来ない程の衝撃波が襲い掛かってくるだろう。
それに、もう僕の手に武器はない。
「死んでくれ」
「うらあああああぁぁぁぁぁっ……!」
ルドルフの槍が僕の胸元に飛び込んで来ようとする。
僕は雄たけびを上げながら足で魔術を使い、地面にびっしり張り付いた氷を大量に引き上げた。
槍が衝撃波を纏って襲い来る。僕はただ地面の氷を迫り上げながら、もう一歩前に出る。
衝撃波が周囲一帯を呑み込み、僕の周りが死の世界に早変わりする。
命あるもの全てを弾き飛ばそうとする敵意が勢い良く広がった。
「エリーっ……!」
遠くでフィフィーの叫び声が聞こえた。
「…………」
「…………」
衝撃波が止む。世界に平穏が戻ってくる。
「なっ……」
目を見開いたルドルフが見えた。
僕はルドルフと目を合わせる。
「氷の……鎧……?」
ルドルフがそう呟く。
僕はリックさんの氷を体全体に纏わせていた。分厚い氷の鎧で全身を守り、ルドルフの衝撃波を何とか耐え凌いだ。
要するに自分1人を守り切ればいいのだ。
それならば巨大な防御魔法も、広範囲の衝撃波を相殺する攻撃魔法も要らない。
自分1人に氷を纏わせて、ただ自分一ヶ所を守り切ればいい。
僕はリックさんの氷を利用して、分厚い氷の鎧を着こんでいた。
ルドルフの槍の直撃は体を捻って躱し、その衝撃波は氷の鎧で防いでいた。ただ、その一回の衝撃波を防ぐためにもう既に氷の鎧はボロボロになって、至る所が崩れ落ちている。
今現在も鎧はひび割れ、ボロボロと崩れている。
リックさんの氷を利用したからできたことだ。
僕自身が生み出す魔法の氷であったら、衝撃波に耐えきれず氷の鎧ごと吹き飛ばされてしまっていただろう。
……っていうか、痛い!
なんとか槍の直撃を躱すことが出来たが、完全に躱しきれたわけではなく、僕の肋骨を少し抉っていた。
槍の直撃を受けた部分の氷の鎧は完全に砕かれており、肋骨近くの肉は抉れ血がどろりと垂れていく。
痛い。痛くて泣きそうだ。
でも軽傷。このぐらい軽傷と思わないと目の前の化け物とは張り合ってられない。
「うぅ……うらあああああぁぁぁぁっ……!」
もう一度雄たけびを上げる。
足元の氷を再度引き上げ、氷の鎧を修復する。それと同時に、爆発するかのようにもう一歩踏み出した。
「……っ!」
「らあぁっ……!」
完全に距離が埋まる。無限の距離に思えた2歩が埋まる。
氷の鎧を着こんで一回り大きくなった僕の体を、思いっきりルドルフの体にぶつける。不格好な体当たりで『領域外』との距離を0にした。
これでやっと最低限の目標を達成する。
しかし、これで最低限だ。
ここからが戦いだ。
次話『128話 氷の鎧の怪物』は4日後 4/27 19時投稿予定です。
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著者の別作品『転生者の私に挑んでくる無謀で有望な少女の話』の2巻が4/28に発売されることが決定致しました。
これも皆さんの応援のおかげです。本当にありがとうございます。
それともう一点、少し執筆の仕事が入ってしまった為、こちらの更新を少しお休みさせて頂きます。
5/5の更新でまた3ヶ月ほどお休みさせて頂くこととなると思います。申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。
頑張ってなるべく早く戻ってきます!
良かったら『転生者の私に挑んでくる無謀で有望な少女の話』の2巻も買ってね!




