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124話 革命宣言

【イリス視点】


「わあああああぁぁぁぁぁぁっ……!?」

「きゃああああああぁぁぁぁぁぁっ……!?」

「死ぬでござるうううううぅぅぅぅぅっ……!?」


 私達は空を飛んでいた。

 それは自由な旅ではなく、クラッグの投擲と言う全く他人任せの空であり、一方向にしか飛ぶことの出来ない不自由な旅であった。


 私、フィフィー、コン、アリア様はお互いにがっしりしがみ付きながらこの理不尽な飛行に対し歯を食いしばって耐え忍んでいた。


 屋敷の中でクラッグが私たちを放り投げ、私達は屋敷の外へと脱出することが出来た。

 しかし飛び過ぎである。もうそろそろ1kmに達しそうな勢いだ。屋敷は遥か遠く、この都市の端の方まで飛びそうであった。


「落ちるうううううぅぅぅぅっ……!」

「きゃあああああぁぁぁぁっ……!」

「イリスっ……! わたし達で着地するよ! 足に魔力を集中させてっ……!」

「分かりました! フィフィー……!」


 高度は落ち、もうそろそろ地面に激突してしまいそうであった。かなり高さも速さもあった為、アリア様やコンでは着地時に大きなダメージを受けてしまうかもしれない。

 防御力のある私とフィフィーが着地するしかなかった。


 空中で姿勢を整え、私とフィフィーは両足を下にする。フィフィーの言う通り足に魔力を集中させ、防御力を高める。

 ガッ、というとても大きな音を立てながら私たちは4本の足で地面に着地する。足が地面を深く抉りながらそのまま地面を滑り続け、ブレーキを掛ける。


 長い距離地面を抉り続け、やっと私たちの体は止まった。


「ふぅ……」

「はぁっ、はぁっ……、私達、生きてますか……?」

「あ゛ー地面が恋しいでござる! もう地面とは離れて暮らさないでござるっ!」


 無事着地に成功する。アリア様とコンが泣きべそを掻いていた。


「随分遠くまで来たものだよね……。アリア様、ここが何処だか分かります?」

「え……? あ、はい……。ここはこの都市の修復区画です。7年前の竜の襲撃事件の後、まだ復興が進んでいない区画です。位置的には、都市の南の端の方ですね」

「了解です」


 そうしてフィフィーは顎に手を当てて考え事をしだした。この後どう動いたらいいのか、その方針を考えているのだろう。


「あの……、屋敷は一体……どうなってしまうのでしょうか……」


 不安げに眉を揺らしながらアリア様が私に語り掛けてきた。少し俯きながら、おずおずと、肩を縮こませて体を震わせている。


「……残念ですが、屋敷も貴族の方々も、私達の家族も全員支配されました。簡単に取り返せると思わない方が良いでしょう」

「うぅ……」

「ですが、敵がわざわざ大勢を拘束したということはまだ皆様は殺されない、と見ても良いと思われます。多分貴女の家族も無事ですよ」

「……はい」


 アリア様はこくんと小さく頷いた。

 この小さな体をなるべくなら元気付けてあげたいのだが、下手な嘘をつくのも良いとは思えない。アリア様は賢い方だ。


「……リチャード様」

「…………」


 アリア様がそう小さく呟く。

 リチャードは自分が逃げられる機会を手放し、アリア様を逃がすために時間を稼いだ。それはたった1秒、小さなものではあったけれど、結果には大きな影響を与えたんだと思う。


「全く……、いの一番に逃げなきゃいけない子が人を庇って逃げ遅れるなんて……」

「…………」

「でも、なんででしょう……。全く叱る気になれないし、寧ろ褒めてあげたいぐらいですね……」


 敵はこの襲撃を革命だと言った。王であるお父様が捕まった時点で私たちの大敗北には違いないのだが、それでも直系の男子が逃げられたとあれば状況も大きく違っているはずだった。


 しかし、それでも……、私はリチャードの勇気を褒めたかった。


「私……リチャード様を助けたいですっ……!」

「アリア様、しかし……」

「ん……? ちょっと待って? ……ちょっと待って、みんなっ!」


 アリア様とそう会話していると、フィフィーがびくっと体を震わせて、そして大きな声を出し始めた。


「……フィフィー? どうしました?」

「……嘘でしょ!? あの距離を、もうっ……!? 信じられないっ……!」

「……?」


 フィフィーの声には鬼気迫るものがあった。


「屋敷からの追手が、もう来るっ……!」

「嘘っ……!?」

「えぇっ……!?」


 私達は1kmほどの距離を凄まじい速さで飛んだはずだ。それなのにもう追いつかれようとしているなんて、ちょっと私たちの常識では考えらない事だった。


「アリア様! コン! 指示を出す! すぐに動いて!」

「えっ……? フィフィー殿……?」

「すぐに物陰に隠れてこの場を離脱! そしてこの都市から抜け出して、トルドコ街道を登った先のギルヴィアの宿場町に移動! その『アウラ亭』って宿の女将に私、イリス、リック、クラッグさんの名を出して『ジャセスの百足』に救援を求めてっ!」

「えっ? えっ……!? どういうことですか? フィフィー様……?」

「早くっ!」

「は、はいぃっ……!」


 フィフィーの指示に戸惑いを隠せていない2人ではあったが、フィフィーの有無を言わせない迫力のある大声に2人はただこくこくと頷いた。

 フィフィーは『ジャセスの百足』に援軍を求めるつもりなのだ。確かにそれが一番現実的で正しい対応だ。


「イリスも2人に一緒に付いていって」

「何を仰います、フィフィー。『領域外』相手に1人じゃ碌に時間も稼げないでしょう?」

「…………」


 フィフィーは私の事を見る。


「……王族が逃げないでどうするのさ?」

「王位継承権のある男子ならともかく、ただの第4王女が1人助かってもどうしようもないですよ。それよりか、ここでしっかり時間を稼いで、確実に『百足』に助けを求めないと」


 そう言いながら私は変身魔法を行使する。

 髪は短くなり、お腹に小さな剣の傷跡を浮かび上がらせる。今日は服ごと変身をし、着衣も一変させる。


 魔力で帽子を編み、今着ていたドレスが長いコートに変わる。短パンに短いシャツの露出の高い格好になり、動きやすい格好に変化させる。

 服まで変身させると無駄に魔力を消費してしまうので、いつもはやらないことだけれど。


 残念なのは、流石に武器までは作り出せないことだ。

 いつもの双剣は手元に無く、屋敷から持ってきた長剣でなんとかするしかない。


 こうして私は冒険者エリーに早変わりした。


「えっ……?」

「えぇっ……!?」

「エリー様……!?」


 アリア様とコンの2人が目を丸くしながら私の事を見て、驚きの声を上げる。


「ど、どど、どういうことでござるか……!? なんでイリスティナ様が、エリー殿に変身を……!?」

「説明は後っ! 2人は早く行動を開始しなさいっ!」

「はっ、はいぃっ……!」


 僕にも怒声をぶつけられ、2人はそそくさと移動を開始する。まだ修復の済んでいない壊れかけの建物の合間を縫って、この場から姿を消す。

 コンは隠密行動にも優れている為、すぐに2人の気配は感じられなくなった。


「……はい、これでイリス王女はコンやアリア様と共に行方不明。敵さんは混乱するってことで」

「あはは、ちゃんと時間稼いだらエリーも逃げるんだよ?」

「その隙があったらね」


 べっと舌を出し、2人でくすくすと笑いあった。


 そして、ついに敵が私たちの目の前にやってくる。

 超高速で近づいてきた為か、彼も地面に足を擦りつけ地面を抉りながらブレーキを掛ける。土埃が舞い、周辺が煙たくなる。


「……君たち、2人か?」

「…………」


 その男は僕達から少し距離を取りつつ、制止して僕たちと向かい合った。


 やってきたのは『衝撃波』使いのルドルフだった。よりにもよってあの中で厄介そうな人が来たと、内心毒づく。


「……イリスティナ王女殿下、アリア様、ニンジャの弟子が逃げたのか……。面倒な人たちに逃げられたもんだ」

「残念でした」


 私はここにいるけどね。


「……ところで、エリーさんが何故ここに?」

「優秀でしょ? 僕」

「ははは、確かに、ピンチの時に駆けつけてくれる護衛ほど頼もしい者はいないね」


 ルドルフの口調が少し砕けたものとなっている。王女や目上の人を相手にしていない為だろう。これが彼の素の口調なのだ。

 うむ、敵ながら爽やかな感じに溢れている。


「だけど、それでも俺を止めれるとは思わないことだね。早々に2人を潰し、イリスティナ様達を捕まえよう」

「…………」

「…………」


 ルドルフが槍を構え、僕たちも武器を構える。

 緊張感が徐々に高まっていく。すぐにも戦いが始まりそうな気配が張り詰めていく。


「……と、その前に……演説の時間かな?」

「え……?」


 ふと、ルドルフが急にそんな事を言い、彼が体の力を抜いた。

 私の方に向いていた槍の切っ先が小さく下がり、ルドルフが小さく息を吐く。張り詰めていた緊張感が緩和し、敵意が少し紛れる。


 僕とフィフィーは少し目を丸くした。


「……演説?」

「あぁ、バーハルヴァント様が今回の革命への声明を起こすんだよ。聞いててごらん」

「…………」


 ルドルフがそう言うと、ファイファール家の屋敷の方向から強い魔力が放たれるのを感じた。

 目には見えない魔力の波動が広がり、この都市の外側へと四方八方広がっていく。

 魔力を介した何かが、この国に広く広く走ってゆく。


『……初めまして、この国に住む全ての人よ。私は「アルバトロスの盗賊団」の幹部、バーハルヴァントという者だ』


 声が響きだした。


「……これは、拡声魔法?」


 フィフィーが呟く。

 拡声魔法。それは人の声を広く伝播させるための魔法だった。王族や貴族が民衆に向けてスピーチをする時などに使うよくある魔法だ。

 この都市全体にバーハルヴァントの声が響いているのだろう。


 しかし、普通の拡声魔法とは規模が違うように感じた。

 先程の魔力の波動の広がり具合から察するに、この都市だけでなく外の他の場所にも彼の声が響いているのではないか?


『このスピーチは拡声魔法によりこの国の主要な都市全てで流れている。最早、この国に逃げ場はない』

「…………」

『たった今、英雄都市トライオン内にて我ら「アルバトロスの盗賊団」がベオゲルグ王を捕らえることに成功した。更に、オーガス王家の全員を捕縛することにも成功している。王家の人間は我々の手に落ちた』


 おいっ! 何しれっと嘘ついているんだ!? 私は捕まってないぞ!


『ここに革命を宣言する』


 バーハルヴァントの凛とした声が響き渡った。

 ごくりと息を呑む。たった十数分で全てがひっくり返ってしまった。瞬きをする間にこの国は悪の手によって落ちてしまった。


『まず我々の要求を1つ……』


 バーハルヴァントの演説は続く。


『王都オーガリアを明け渡せ。そこで我らの主の戴冠を行う。王城が我らの拠点となり、以後この国を導いていく』

「……言いたい放題だね」


 僕の声は届かない。


『抵抗しても構わない。ただ、無駄な犠牲が増えるだけだ。現住人の王都からの逃亡も認めない。すでに王都は我々の兵によって囲まれている』

「……?」


 バーハルヴァントの主張に少し首を傾げる。

 王都の人達が逃げるのも駄目だというのか? それは何故だ?

 誰も人がいなくなった王都を支配しても意味がないと考えているのだろうか? でも、王都の住人の数と王の変更は何も関係が無いように思える。


『我々が王族を捕らえたという証拠を聞かせよう。これよりオーガス王家第一王子ニコラウスの言葉を聴いて貰う』

「……え?」


 すると拡声魔法に少しのノイズが混じり、伝わってくる声色が変化する。

 魔法のせいで少しくぐもった声色になっているが、よく聞き慣れたニコラウス兄様の声が響きだす。


『お、お前らーっ……! へ、変な抵抗をするんじゃないぞっ……!? ぼ、僕は本当に捕まっているんだっ! 僕の身の安全を最優先に考えて行動をしろぉっ……! いいなっ……!?』

「…………」

「…………」


 非常に切羽詰まった金切り声が聞こえてくる。

 ニコラウス兄様はこの国の第一王子で、この国の正当な王位継承権を持っている。しかし言動も思想も幼く、残念ながら身内から見てもバカ王子であった。

 第六王子であるリチャードを次代の王に、と推す声が多くなるのも理解できることだった。


『い、いいかっ……!? こいつらの言うことを素直に聞くんだっ! お、王都なんかくれてやるんだっ! 王都なんかよりも僕の命の方が何百倍も大事なんだっ……! わ、分かったな!? 国民共っ……!』

「…………」

『あっ……! でも、僕が王様になれる道筋は絶やすんじゃないぞっ……!? 僕の命を守れっ! でも、僕が将来王様になれるよう行動しろっ……! ぼ、僕は王様になりたいんだっ……! あっ……』


 そこで兄様の声がぷつりと途絶えた。

 交代と言わんばかりに再度バーハルヴァントの声が響きだす。


『……と言う訳で、今のが第一王子ニコラウスの言葉だ。良識のある国民の皆には慎重かつ懸命な判断と行動を期待する』

「…………」


 ニコラウス兄様はバーハルヴァントに退席を願われたのだろう。明らかに喋っている途中で話を中断させられていた。

 妹として頭を抱えたくなる。


「……あれがこの国の次の王だと考えると身震いが起こるね」

「……はは」


 目の前のルドルフがため息をつきながらそう言う。フィフィーは僕に遠慮してか、歪みそうになる表情を何とか堪えて口元をひくつかせている。

 私は申し訳ない気持ちになる。


『そして……英雄都市トライオンに住む人間たちには1つ、我々からプレゼントがある』

「……ん?」

「プレゼント……?」


 バーハルヴァントがそう言い、僕たちは眉を顰める。

 プレゼント? なんだろう……?

 良い意味でのプレゼントではないことは想像できるけど……。


『都市の東門の空を見るといい』


 バーハルヴァントの声に僕たちは首を曲げ、青い空を見上げる。

 そこには小さな影がぽつりぽつりと見え始めていた。


「……あれは?」


 意識を集中させるとその小さな影から翼の羽ばたく音が聞こえてくる。鍛え上げられた視力をもってしてやっと影が見えてくる程度であり、その小さな影の集まりはこの都市からまだまだ遠い場所にいることが分かる。


「……まさか」

「ん……?」


 フィフィーはぎょっと目を見開きながら、そう小さく呟いた。

 彼女にはあれが何なのか察しがついたのだろうか?


『君たちには7年前に贈ったプレゼントを再び与えよう』

「7年前……?」


 バーハルヴァントの声に、僕は考える。

 この都市に7年前、何が起こったのか。それは思い返すまでも無い……。


「まさかっ……!?」


 1つの答えに気付き、僕もまた体がぎょっとするのを感じた。

 小さな影が少しずつ少しずつ大きくなってくる。遠方から、その巨体を羽ばたかせ、大群を引き連れてこの英雄都市へと向かってくる。


 7年前にこの都市で起こった事件……。


『竜の大群のプレゼントだ……』


 それは竜の襲撃事件に他ならない。


 東の空には大量の小さな影が浮かんでおり、それはおそらく数百という大量の数を伴っている。

 あの1体1体が全て竜なのだろうか……?


 バーハルヴァントの最悪のプレゼントが徐々に徐々にこの都市に近づいていた。


次話『125話 復讐の時来たれり』は4日後 4/16 19時投稿予定です。

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