123話 王子の根性
【イリス視点】
「コン……!? あなた今まで一体どこに……!?」
「静かにしてくださいでござる。イリスティナ様……!」
それは丁度クラッグがルドルフの衝撃波で吹き飛ばされた時の事だった。
私とフィフィーが何とかこの状況を打破出来ないかと考えを巡らしていると、何者かが私たちの手をぐいと引っ張った。
それは私たちの友達であるコンであった。
ニンジャのアルムスさんの弟子で、僕やフィフィーと一緒に必殺技を考えたり、クラッグの部屋に一緒に押し入ったりした仲である。
そんなコンが何処からか突如として現れ、私達の手を掴んだのだ。
「拙者の手を離さないで下さいでござる。手を離さなければお二人にも隠密魔法が掛かるでござる。敵の意識がクラッグ殿に向いている今がチャンスでござる!」
「わ、分かった! 『影縫い』で、師匠のアルムスさんの影の中にいたんだね! コン……!」
「……っ!」
フィフィーがそう言う。
『影縫い』、それは先程アルムスさんが使っていた闇魔法だった。
人の影の中に身を隠す隠密行動に優れた魔法であり、アルムスさんはそれを使ってメガーヌに不意打ちの一撃を入れていた。
しかし、その時既にアルムスさんの影の中に『影縫い』でコンが潜んでいたとしたら?
いや、それ以前に戦いが始まる前からコンが身を隠していたとしたら?
……良く準備された周到な隠密行動。
8人の敵の目を誤魔化しうるものであった。
「壁を砕いて逃げるでござるよ! 2人共!」
「コン! お父様を……! 王様を助けられないっ……!?」
「……厳しいっす! セレドニが王族の傍から動いてないっ!」
先程槍の男セレドニと『武闘部会』のルドルフが私の家族を拘束していた。ルドルフはクラッグを攻撃する為に王族の傍を離れたが、セレドニは動いていなかった。
「じゃあリチャードとアリア様っ……! 直系の男子を保護できれば革命の結果も違ってくる……!」
「了解っす!」
コンが私たちの手を引っ張り速度を上げる。
リチャードとアリア様は壇上にいる。まだ敵の手によって捕まっていない。敵が捕まえに来るその前にクラッグが現れて敵の警戒を攫っていた。
「……待て、イリスティナ王女はどこいった?」
「……え?」
そんな時、バーハルヴァントの声が聞こえてくる。
「……バレた!」
「早く早く!」
3人で壇上に登る。コンの手を繋ぎながらの行動の為、どうしても1人で行動するよりスピードが遅れてしまう。
「……『探知』」
魔法剣士のアルヴァントが探知魔法を使ってくる。流石にそこまでされては隠密の魔法も意味を成さなくなってしまう。
「……いたぞっ! 壇上だっ!」
「ちっ! あいつら逃げる気か!」
完全に姿が見つかる。ルドルフがこちらに向かって凄まじい勢いで駆けてくる。
もう一刻の猶予も無い。
「リチャード! アリア様! 手をっ!」
「駄目でござる! イリスティナ様! もうっ、人を助ける時間すらないっ……!」
「えっ!? えっ……!?」
フィフィーが会場の壁を蹴り砕く。リチャードとアリア様は何が起こっているのか分からず一瞬の逡巡を見せてしまう。
その一瞬でさえ今は命取りだ。
後ろからルドルフが迫ってくる。背中越しにもその迫力が伝わってくる。
「リチャードアリア! 早くっ!」
「きゃっ……!」
「えっ……?」
その時、アリア様が私の胸の中に飛び込んできた。それは、自発的に飛び込んできたというよりも、誰かに背中を押されたかのような動きだった。
そして、彼女の背中を押せる人物なんて今は1人しかいなかった。
「イリス姉様っ! 行って下さいっ! 俺が! 時間を稼ぎます……!」
「リチャードっ……!?」
追ってくるセレドニと私たちの間に立ったのは愚弟であるリチャードだった。そして今アリア様の背を押し、私に彼女を預けたのも彼だった。
腰の剣を抜き、震えながら剣をセレドニに向けている。今にも失神してしまいそうな程、体ががくがくと震えている。
「無謀ですっ……!」
「行って下さいっ! 姉様っ! 時間がないっ!」
「……っ!」
「リチャード様っ……!」
確かに問答している時間すらない。考えている時間も無い。胸の中にいるアリア様を抱え、私はフィフィーが開けた壁の穴に向かって走り出した。
リチャードに背を向けるその瞬間、私は見た。
リチャードの援護をする人物が彼の隣に立った。私がリチャードを監視する為に付けた冒険者ドルマンだった。
最近リチャードの剣の稽古を行っている相手でもあった。
そんな彼が、リチャードを支えるようにして彼の隣に立っていた。
私は後ろを振り向かず走る。
しかし、背中越しに2人の微かな会話が聞こえてきた。
「ハハッ! 勇敢になったな、王子よっ!」
「前に……クラッグが……大切な女を守りたいって思えたなら、それだけで男は上出来だって……言ってたから……」
「ハハハッ! 良い良い! 今のお前は最高だ!」
笑い声が聞こえてくる。セレドニが迫ってくる。
「さぁ、1秒、時間を稼ごう」
「……あぁ!」
そうして2人の声は聞こえなくなった。
「イリス! 早くっ……!」
「うん……!」
後ろは振り返らない。ただフィフィーの声に従って、私達は会場を飛び出した。
会場の外は屋敷内の廊下だった。砕いた壁から会場を出てすぐに右に曲がり、その廊下の突き当りの窓ガラスをフィフィーが爆発魔法にて砕いていた。
「ここから脱出するよっ!」
「はいっ!」
廊下の突き当りの壁に大きな穴が開く。今は私とアリア様、フィフィー、コンの4人で固まって走っている。全速力で廊下を駆ける。
「逃さないぞっ……!」
「ルドルフっ……!」
会場の壁の穴からルドルフが姿を現した。槍を構えて私たちを睨んでいる。
足を止めるわけにはいかない。リチャードとドルマンさんが稼いでくれた1秒を無駄にする訳にはいかない。
まずは廊下の突き当りの穴を越え、屋敷の外に出るのが目標だ。
「……殺さなければ、ボロ雑巾にしても、問題ないんだよな?」
「げっ……!?」
「『衝撃波』、来ますっ……!」
ルドルフの槍に衝撃波が纏い始める。
ルドルフ自体の足は止まっている。恐らくあの衝撃波を魔術の様に飛ばして、私達に攻撃を加えるつもりなのだ。
廊下は真っ直ぐ一直線に伸びている。背中から攻撃を喰らってしまったらひとたまりもない。
敵の衝撃波が届く前に屋敷の穴から抜け出せるか、それとも敵の衝撃波に敗れ去ってしまうか。
早く早く速くっ! 走れ走れっ……!
「行くぞっ……!」
「くっ……!」
「イ、イリスティナ様……!」
ルドルフが今まさに槍を振るおうとしていた。私は走りながら歯を食いしばり、せめて実力の劣っているアリア様とコンをぎゅっと抱き寄せた。
私なら耐えられるかもしれないけど、2人は死んでしまうかもしれない……!
攻撃が、来るっ……!
「どっせええええぇぇぇぇいっ……!」
「……え?」
「くっ……!?」
そんな時に横やりが入った。
会場の穴からもう1人男が出てきて、そいつはルドルフに攻撃を加えていた。
クラッグだった。
「どこまでも……邪魔をっ……!」
「うぜぇのはお互い様だっ!」
今まさに攻撃をしようとしていたルドルフは即座に防御態勢に入り、クラッグの蹴りを防御する。
「フィフィー! イリスティナ! 固まれ!」
「えっ……!?」
「は、はいっ……!」
クラッグが私たちにそう声を掛けてくる。彼はルドルフとの戦闘を早々に打ち切り、私達の元に走り寄って来た。
「誰も……逃がさん……!」
そしてまたルドルフが攻撃態勢に入る。また、彼の槍に衝撃波が纏う。一瞬後には衝撃波が飛んできそうな勢いだった。
凄まじい素早さを見せ、クラッグが私たちに追いついた。
「お互い良く掴み合ってろ! フィフィー! 防御魔法を敷け! お前の体を壁にぶつける!」
「えっ?」
「えっ……!?」
「投げるぞっ!」
「えぇっ……!?」
クラッグがフィフィーの襟首を掴む。私たちはお互いの体にぎゅっとしがみ付き、1つの団子となる。
フィフィーの足が床から離れる。それとほぼ同時に私たちの足も浮く。
クラッグはまるでボールを投擲するかのような態勢で腕を振るおうとしていた。
「ちょっ、ちょっと待って!? クラッグ!?」
「うるせぇっ!」
とてつもなく嫌な予感がした。
「『槍破』っ!」
「……っ!」
「飛ばすぞっ!」
「うわあああああぁぁぁぁぁっ……!?」
ルドルフがその槍から衝撃波を発し、一直線の廊下の全てを呑み込んだと同時に、クラッグが私たちをボールのように放り投げた。
フィフィーの体が壁にぶつけられ、屋敷を壊しながら投擲された。フィフィーは「いだぁっ!」と女子らしからぬ低い声を上げていたが、クラッグの警告通り防御魔法を敷いていたため、あまりダメージは無いようだった。
その廊下とは直角方向、私達の体がいくつもの屋敷の壁や天井を突き破り、遠く遠く、どこまで飛ぶんだと言う程に私たちの体は空を切った。
「わああああぁぁぁぁぁぁっ……!?」
「きゃあああああぁぁぁぁぁっ……!?」
「なんですぞおおおおぉぉぉぉっ……!? これえええええぇぇぇぇっ……!?」
クラッグの剛腕によって私たちは空を飛ぶ。大砲の弾の様にどこまでもどこまでも遠くへ、狭い屋敷の壁を砕いて空高く飛び上がっていった。
私達はお互いの体を離さないように必死にしがみ付きながら、全身で空の風を切っていく感覚を浴びていた。
投げられた瞬間、私は見た。
クラッグがルドルフの衝撃波に呑み込まれ、飛ばされていくのを。
「クラッグーーー!」
私の声は彼に届かない。
こうして私、フィフィー、コン、アリア様の4人は敵の魔窟からの脱出を果たしたのだった。
* * * * *
【クラッグ視点】
「…………」
大きく仰向けになって地面に横たわる。
たった今俺はルドルフの衝撃波によって吹き飛ばされ、屋敷の外の地面に転がされているところだった。
「おぉ、いちち……」
衝撃波をもろに喰らった体を擦りながら、体を起こす。
500mくらい飛ばされただろうか、先程までいた屋敷ははるか遠くにあり、他の建物に阻まれて目では見えない。
俺はルドルフの衝撃波によって、さっきの廊下の直線方向に吹き飛ばされた。一方、イリスティナ達は俺が廊下とは直角方向に投げ飛ばした。
あいつら逃げ切れただろうか……?
「む……」
悠長に状況を確認していると、殺意を持った3人の人間が俺に近づいてくるのを察知する。
屋敷の方から来ている。吹き飛ばされた俺を確実に仕留める為の刺客、ってところだろう。
剣を手に持ち、警戒する。逃げる意味も無い。待ち受ける。
じっと待つこと十数秒、刺客の3人の姿が露わになった。
「ギャハハ! 生きてんじゃん! 気持ち悪っ!」
「ふぇっふぇっふぇ、本当にしぶとい男だべ」
「……だが、悪運もここまでだ。ここで確実に仕留めよう」
俺の前に現れたのは『汚染』のメガーヌ、『再生』のオリンドル、『予知』のアルヴァントだった。
3人の『領域外』に囲まれる形となる。
「……俺を殺すつもりか?」
「喜べクラッグとやら、俺たちの間でお前は最も警戒するべき男という評価を得た」
「ふぇっふぇっふぇ、本当は2人でも十分なんじゃが、念には念を入れて3人でやって来たんだべ」
「そういうことだ。万に一つもお前に勝ち目はない」
そう言って3人は俺に武器を向ける。アルヴァントは剣、オリンドルは槍、メガーヌは手斧を構え、俺に殺気をぶつけてくる。
「さっきのがオレらの本気だと思わないことねっ……!」
そう言って、メガーヌは体の内側から何か黒い瘴気を発生させた。
「オレとやり合う奴は大抵、オレの『汚染』から逃れようと遠距離からちまちま攻撃を仕掛けようとして来やがる! おめでたいこった! オレに遠距離攻撃の手段がねぇと思っているの!」
「…………」
黒い瘴気はグネグネと揺れ、そしていくつもの手の形となる。
恐らくあれは『汚染』の能力を具現化させ、奴の意のままに動かすことの出来るようになった魔法なのだろう。
あの黒い手は遠距離に飛ばせるし、あの黒い手に掴まれれば急速に汚染が進むのだと考えて良さそうだ。
「ふぇっふぇっふぇ……」
次に、オリンドルが小刀を取り出して自分の指をいくつにも分けて切り落とした。5本の指が20もの肉片に分かれ、地に落ちる。
「儂の能力は『再生』……。こんなことも出来るんだべ」
「…………」
切り落とされた指の細切れが大きく膨らんで1つ1つが人の腰辺りまでの大きさとなる。醜いかな、その肉片には手足が生え、牙が生え爪が生え、気持ちの悪い化け物が20匹誕生した。
そしてオリンドルの手は再生を果たし、切り落とした部分からにゅっと指が生えた。
「これで23対1だべ。言っておくけど、この子達1匹1匹全員『再生』付きだべ。斬ろうが燃やそうが死ぬことはないべ」
「…………」
「お望みならば、まだまだこの子達を増やそうかの……?」
そう言ってオリンドルはにやりと笑った。
「そして、俺の『予知』は望む未来を選択することが出来る……」
「…………」
今度はアルヴァントが喋り出した。
「俺の『予知』は数秒先を見るだけではない。いくつか分岐する未来を見て、自分がどう行動すれば望む未来に辿り着けるのか、その選択肢を見ることが出来る」
「…………」
「はっきり言おう。クラッグ、お前は良くやったが……お前はもう既に負けている」
アルヴァントがそう言うと、メガーヌとオリンドルがにやりと口元を歪ませる。
「どうだ? 降伏するも良し、俺たちに切り刻まれるのも良し。俺たちはどちらでも構わない」
「…………」
これが最後の通告と言わんばかりにアルヴァントが俺に語り掛けてくる。
「ふぅー……」
「…………」
大きく息を吐いて首を回し、首の骨をゴキゴキと鳴らす。ついでに指に力を入れ指の骨も鳴らす。
そして剣を構え戦闘の姿勢を取る。
「……御託はいいからさっさと来い」
「……馬鹿が」
そうして3人が同時に俺に襲い掛かってきた。
屋敷から何百メートルと離れた簡素な街の一角で、3対1の死合いが幕を開けた。
次話『124話 革命宣言』は4日後 4/12 19時投稿予定です。




