122話 クラッグ VS 8人の領域外
【イリス視点】
「え……!? あっ!? ク、クラッグ……!? ……様!?」
会場の壁を突き破っていきなりクラッグが現れたっ!
壁の破片がばらばらと落ち、部屋の床を汚していく。急な乱入者の出現に敵の『領域外』達がクラッグに視線を集める。
私にとどめを刺そうとしていたメガーヌの顔が苦々しく歪む。
何もかもが突然で、敵も味方も戸惑いを隠せずにいた。
し、しかもどさくさに紛れて、お、お姫様だっこなんてされてるし……!
「ク、クラッグ……! 様っ……! 下ろしてくださいっ……! どこ触ってるのですか……!?」
「わー! うるせぇ、うるせぇっ! 俺だって王族なんて助けたくなかったよ! 通り道にお前がいたんだからしょうがねえだろっ……!」
クラッグの腕の中でわーぎゃー言い合う。彼の頬を手のひらで押して抵抗を示す。
クラッグは私の体に腕を回してお姫様抱っこをしており……その手が少し胸に触れていた!
「へんたーい! セクハラーっ! クラッグのアホーっ……!」
「バカ! てめぇっ! 暴れんな、このアホ王女……!」
あわわわわわっ……!
クラッグと体が密着している……!
熱いっ……! 頬が熱いし、体も熱いっ……! なんかちょっとクラッグの頬も赤くなってるしっ……!
あばばばばばっ……!
混乱していると、フィフィーが私たちに近づいてきた。
「えぇいっ……! 君たち、こんな非常時にイチャイチャしてるんじゃないっ……!」
「「イチャイチャなんてしてないっ……!」」
2人合わせてそう言った。
そうこうしていると、敵のバーハルヴァントが口を開いた。
「……メガーヌ、王族は生け捕りだと言っただろう。イリスティナ王女を殺そうとするんじゃない」
「……ちっ、悪かったよ」
バーハルヴァントの叱りを受けたメガーヌは苛立ちながら眉を顰め、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「クラッグ、様……! メガーヌ……あの眼帯の女性は『汚染』という魔術を使っているみたいです! 近づくだけで相手の体の魔力の流れを乱しますっ……!」
「体の中の魔力、ねぇ……」
「気を付けて下さ……げほっ! げほっ……!」
説明の途中で私は血を吐いてしまう。一瞬忘れかけたが、私の体の中はボロボロだった。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「……というより、早く下ろしてください……」
「はいはい、分かったけど……、その前に、おい、大きく息を吸い込んで胸と腹に力を入れな」
「えっ……? は、はい……?」
なんだろう? 言われた通りに息を吸い、力を入れる。
「よっと」
「がはっ……!?」
その時、クラッグが私の背中をどんと叩いた。背中を叩かれたというのに全身に衝撃が走り、体がびくんと跳ねる。吸い込んでいた息が肺からぶしゅうと漏れる。
「げほっ……! げほっ……!? い、いきなり何をするんですかっ、クラッグ様!?」
「うっせ、うっせぇ。お前の体の中の魔力を外側から軽く整理した。大分マシになる筈だ」
「えっ……?」
そう言いながらクラッグは私の体を床に下ろした。
「…………」
床に立ちながら自分の体の内側に意識を向ける。確かに今の今まで感じていた気持ち悪さとか倦怠感が薄れている。
……というより、ちゃんと両足で床に立てている。先程まで体に力が入らず立つことすら出来ていなかったのに。
「どうだ? 調子は?」
「…………」
「無事ならいい」
「……あ、あのっ!」
さっさと敵の方に向き直ろうとするクラッグに呼びかけ、彼が振り向く。
少し、照れ臭さを感じてしまった。
「あ、ありがとうございました……」
「……けっ、王族なんて助けるもんじゃねぇな」
悪態を付きつつも、クラッグは少し頬を赤くして頭をぼりぼり掻いた。
……なんだ、これ。……照れる。
「なっ、なるほど! イリス、ちょっといい!?」
「はい? なんですか、フィフィー?」
フィフィーが私の体を支えるように立ち、そして私の背中に手のひらをぴとっと付けた。
彼女の手のひらからじんわりと温かい魔力が流れ込んでくるのを感じる。
「見様見真似だけど……、どう? 楽になってくる感じする?」
「あっ、いいですね、これ。気持ちいいです……」
クラッグが外から体の魔力を整理する技を見て、フィフィーがそれを真似する。私の体調が少しずつ治っていくのを感じる。
今の一瞬のやり取りを見て技を真似ることが出来るなんて、やはりフィフィーは天才だ。
「……気持ち良過ぎて眠くなってきそうです」
「はいはい、もうちょっと働いてねー、イリス」
「別に寝ててくれて構わねぇぞ。王女殿下の助けなんて期待しねぇさ」
「あなたは私に悪態しか付けないんですか!?」
3人であーだこーだ言い合う。どうもやはり私の姿の時はクラッグが辛辣になる様だった。
「楽しく会話中の所悪いけどねぇ……」
そんな話をしていると、敵の武闘部会会長オリンドルが私たちに近づきながらゆっくりと喋りかけてきた。
「お前さん達、絶体絶命だべ?」
オリンドルだけではない。メガーヌとS級魔術ギルドの魔法剣士アルヴァントもゆっくりと近づいてきて、私達にプレッシャーをかけてくる。
「…………」
息を呑む。クラッグが来たからと言って戦況は大きく好転なんかしない。
この会場には未だ8人の『領域外』が存在しているのだった。
* * * * *
【クラッグ視点】
「…………」
周囲を見渡す。
仲間だったであろう貴族の護衛達はほぼ全て倒れ伏せ全滅している。敵は8人立っており、恐らく1人も敵を倒せていないことは容易に想像がつく。
守るべき対象の貴族たちは全て拘束魔法が掛けられており、王族が固まっている一角には槍の男セレドニと武闘部会で会った若いS級の使い手ルドルフが控えており、逃げ出す隙など一切存在しなかった。
壇上にいるリチャードとアリアはまだ捕まっていないようであるが、2人は下手に動くことなど出来ず、身を強張らせている。
まぁ、王族貴族なんてどうなっても知ったこっちゃねえけど。
「……全く面倒な状況になってんな」
「ごめん、クラッグさん。わたし達の実力不足で……」
「いやいい、フィフィー。こんなんどうしようもねぇさ」
自由に動ける味方はフィフィーとイリスティナだけだ。こんな状況にまで追い込まれてしまったことに2人は申し訳なさそうに顔を俯かせるが、どうしようもないことはどうしようもない。
2人、どころかこの場で倒れ伏せている全員に責任はない。
「今更1人増援が増えたところでもうどうしようもないべ」
「ふっ、降伏するも良し、俺たちに切り刻まれるのも良し。俺たちはどちらでも構わない」
「…………」
今目の前にいるのは武闘部会にいた会長オリンドルと……、あー、あと名前も顔も知らねぇ。背の高いイケメンと眼帯付けた怖そうな女だ。
「クラッグ様、S級魔術ギルドの魔法剣士アルヴァントと公爵家護衛メガーヌです」
「……おうよ」
後ろからイリスティナが俺に耳打ちしてくる。こいつなんだよ、俺が困惑してる様子に気付いたのかよ。
「10秒やるべ。その間に武器を捨てて床に頭を付ければ命だけは助けてやるべ」
オリンドルが1歩前に出て俺たちに条件を示唆する。奴が片手をあげて5本の指を立てた。
「10……」
オリンドルが親指を折る。カウントが始める。
「9……」
イリスティナが息を呑んだ。剣を持つ手に力が入る。
「8……」
フィフィーは顔を引きつらせながら俺とイリスティナを交互に見る。もうどうしようもない、降伏するしか今を生き延びる手段はない、と考えていそうだった。
確かにそれが普通正しい考えだ。現実的な手段だった。
「7……、ヒャッハー! 面倒だべ! 男は先に殺しておくべ!」
「ちょっ……!?」
思考を整えている最中、オリンドルがカウントを止め、両手で槍を握りいきなり襲い掛かってきた。
敵を含めたこの場の皆の顔が驚きに歪む。
「クラッグ……!」
後ろからイリスティナの心配そうな声が聞こえた。
前方から猛烈なスピードでオリンドルが迫ってくる。速度は人知を超えている。不意打ちのようなタイミングで、俺と奴との距離は一瞬で埋まる。
敵の動きに合わせて俺は剣を振るった。
「……え?」
「なっ……!?」
肉を断つ生々しい音が会場に響く。
オリンドルの体は袈裟に斬られ、1つだった体が2つに分かれる。奴は自分の突進の勢いで、そのまま俺の後方へと吹き飛んでいく。2つに斬られた体は制御を失って後方の壁に激突した。
皆が大きく目を見開いた。
一瞬何が起こったのか理解できないという顔をし、そしてすぐ信じられないという表情になった。
俺は一振りでオリンドルの体を両断した。
「まず1人」
1/8の処理に成功する。まだまだ終わりは遠い。
「てめえぇぇっ……!? 何もんだああぁぁぁっ……!」
眼帯の女、メガーヌとかいう奴が叫び声と共に俺に襲い掛かってくる。『汚染』持ちだとか、イリスティナは言っていた。
武器を合わせる訳にはいかない。メガーヌの振る2本の手斧を何度も回避する。
「ちっ! ちょこまかとっ……!」
メガーヌは大振りを抑えつつ手数と速度を重視して武器を振るう。その動きをよく見て回避に専念する。
攻撃を回避する俺に対して女は苛々としながら顔を歪ませるが、剣で防御出来ないこともあり俺の方にもストレスが溜まる。
2人でじっと我慢をする。
しかし、結局先に隙を見せたのは敵の方だった。
「ふんっ!」
「なっ……!?」
一瞬防御が甘くなった敵の足を蹴り、メガーヌは少し体勢を崩す。敵は倒れないよう踏ん張ろうとしていたが、その隙を突いてメガーヌの顎に上段蹴りを入れ込んだ。
「ぶっ……!」
メガーヌは唾を吐きながら吹き飛ぶ。頭、背中、手足を何度も床にぶつけながらごろごろと転がった。
「終わりだ」
そんな奴にとどめを刺そうと、転がるメガーヌを追いかける。
その時だった。
「クラッグ様! 後ろ危ないっ……!」
「……っ!?」
不意にイリスティナの叫び声が聞こえた。
その声に反応しながら、俺は後ろを振り向きつつ大きく横に飛び退いた。
「ヒャアッ……!」
「……っ!? なんだと……?」
今の今まで俺の居た場所に大きな槍が飛び込んでくる。ギリギリ反応することが出来たが、躱しきれず俺の腕が少し抉られる。
俺の背後から襲い掛かってきたのは、先程殺したはずのオリンドルだった。
「オリンドル……!? なんでっ……!?」
フィフィーが驚きの声を上げる。
それもその筈、たった今その体の袈裟を両断し、体を2つに分断させて殺したオリンドルが俺に攻撃を仕掛けてきたのだ。
俺の斬った2つの体がくっついて再生を果たしている。
斬った断面を荒く接着剤で繋げたような、まるで子供の図画工作の様に雑な修復の仕方ではあったが、オリンドルは五体満足の姿に戻ろうとしている。
その傷口から赤い血が漏れ、その血がもぞもぞと動いて両断された2つの体を繋げようとしていた。
「ふぇっふぇっふぇっふぇ……! 儂の『叡智』の能力は『再生』。体が100分割されようと死ぬことはないんだべ!」
「ちっ……!」
飛び退いた俺に追い縋る様にオリンドルが距離を詰めてくる。
剣を振り、奴の首を飛ばす。しかし、まるで何事もなかったかのようにオリンドルの体が俺に向かって槍を振るってくる。
「くそっ……! ゾンビがっ……!」
「ふぇっふぇっふぇっふぇ……!」
胴体を蹴り飛ばして部屋の端へと飛ばす。斬り飛ばしてその場に転がった生首が愉快そうに笑い、そして1人でに跳ね、ぴょんぴょんと胴体の方に向かって移動していた。
「俺たち『アルバトロスの盗賊団』、ここにいる全員『叡智』の能力を解放させている」
「……っ!」
そう言いながら次に襲い掛かってきたのはS級魔法剣士のアルヴァントとかいう奴だ。剣が炎を纏いながら、風で作られた刃と共に俺に攻撃を仕掛けてくる。
「にゃろっ……!」
四方八方を飛び回る風の刃をいなしながら炎の剣を受けるのは骨の要る作業だった。更に追加と言わんばかりに氷の棘が床から現れて防御の隙間を縫ってこようとする。
「俺たち全てが『叡智の分流』の力を持った人間。我らの団長が俺たちの血の奥にある能力を解放したのだ」
「…………」
「まぁ、俺は団長に会ったことも無いがな……」
魔術と剣を使った多段的な攻撃はとても躱し辛かった。風の刃、炎の剣、氷の棘、雷の弾が息を付く間すら奪い取る様に次から次へと襲い掛かってくる。
少しずつ体に傷が付いていく。浅い傷がいくつも体に刻まれ、血が滴っていく。
少しの隙を突いて繰り出したこちらの攻撃も難なく避けられてしまう。
しかし……、少しおかしい。想定以上に躱し辛い。
「『叡智』の力を解放したことで特殊な能力を得たと同時に、身体機能も人の限界を超えたものとなった。正しく人の『領域外』の存在となったのだ」
「はっ! そんな風に力を手に入れたんじゃ、技術が身につかねえだろ!」
「技術の差など、能力が補って、なお余りある」
そう言ってアルヴァントは炎の剣を大振りした。剣を纏う炎が大きく広がりオレの周囲全体を焼こうとしていたので、俺は斜め後ろに大きく飛び退いた。
「……っ!?」
しかし、そこに罠が仕掛けられていた。
おそらく幻術か何かで偽装していたのだろう。俺の飛び退いた先に待ち受けるかのように、不可視の風の刃が設置してあったのだ。
無様にも敵の罠に飛び込んでしまった俺の体に風の刃が食い込む。脇腹に刃が刺さり、血がぼたぼたと垂れ出す。
「…………」
考える。先程からこうだった。
物量以上に敵の攻撃が躱し辛いと感じていた。まるで、俺の避けた先に攻撃が仕掛けられているかのような感覚を覚える。
俺の攻撃も、あらかじめそう来ることが分かっているかのようにあっさりと躱されてしまう。
俺の思考が読まれている……? いや、それ以上の……、
「『予知』、か……」
「……っ!」
俺の呟きに、アルヴァントの眉がぴくりと動いた。
「……ご名答。まさかここまで早く見破られるとは思わなかった」
「…………」
「俺の『叡智』の能力は『未来予知』。少し先の未来を覗くことが出来る」
つまり未来を予知して俺の避けた先に攻撃を置いている訳か。寧ろよく躱せているよ、俺。
「そして俺が……」
「ちっ……! 次から次へとっ……!」
アルヴァントの背を飛び越えて、上空から槍を携え襲い掛かってくる1人の男がいた。
『武闘部会』の若いS級、ルドルフ。俺が以前模擬戦をした男だ。
「『衝撃波』っ……!」
「がっ……!?」
ルドルフは俺に向かって上から槍を突き立ててきた。俺はそれを紙一重で躱し、槍は床に突き刺さった……筈だったのに、強い衝撃が俺の体全体に襲い掛かってきた。
槍を完全に躱し切った筈なのに体にダメージを負う。
今、奴は自分の能力を『衝撃波』と言った。恐らく、槍の周囲に広く衝撃波が発生したのだ。敵の槍を紙一重で躱したが、衝撃波はもろに浴びてしまった。
実際、敵が突き刺した床が広く抉れている。奴の能力は広範囲の衝撃波を発生させられることだ。
「があっ……!」
そこまで理解して、俺の体は吹き飛ばされた。勢いよく体が壁に激突し、全身がじんじんと痺れる。
「てめぇら……、寄ってたかって来やがって……。流石にイラっと来るな、こりゃ」
「おぉ……、死んでないべ、あの若者」
「ルドルフの衝撃波を喰らって死んでないとは、化け物だな……」
「…………」
立ち上がって剣を構える。
「これは、油断するべき相手ではないな」
「お前には可哀想だが……8人全員で嬲り殺させて貰おう」
「それをせめてもの礼儀として受け取ってくれ」
「…………」
先程よりも敵の警戒心が上がる。俺をすぐに殺せる敵、という認識から油断せず仕留めるべき敵、という認識に変わったようだ。
8人の注目が一心に集まる。
「…………」
今見た中で一番厄介なのがルドルフの『衝撃波』だ。
単純な力ではあるが、それ故に威力が高い。衝撃波を発破させながら広範囲に攻撃を撒かれたら躱し辛いし、何より周りの人間を庇いきれない。
例えば『再生』のオリンドルが俺にしがみ付いて、そして『衝撃波』を撒かれたら目も当てられない。
「…………」
やるしかないか。俺の神器。
……たくさんの目があり過ぎて、嫌になるけど。
「……待て」
そんな考え事をしていたら、バーハルヴァントが短い声を発した。敵が一瞬俺から気を逸らし、バーハルヴァントに意識を向ける。
くそっ、と内心毒づいた。
「どうしました? バーハルヴァント様?」
「イリスティナ王女はどこいった……?」
「……え?」
「なに……?」
敵たちがきょろきょろと首を振り、イリスティナの姿を探す。
「ちっ……!」
バレた、と思わず舌打ちをする。
イリスティナとフィフィーはこの場から忽然と姿を消していた。
イリス視点じゃないのめっちゃ久しぶり。
次話『123話 王子の根性』は4日後 4/8 19時投稿予定です。




