121話 乱入者
【イリス視点】
会場内には絶望が漂っていた。
『領域外』のメガーヌを相手に、レイガスさんの決死の一撃も、アルムスさんの必死の策も通じることはなかった。
理不尽なほどの力の差はレイガスさんとアルムスさんに敗北を与え、その体は床に横たわり、体から血を流す結果に終わってしまった。
「格が違うのよ、バーカ」
吐き捨てるように言った彼女のその言葉に怒りが渦巻く。
2人はやられてしまった。私は剣を構え、彼女を睨みつける。レイガスさんがやられれば次は私だろうし、そうでなくても目の前のメガーヌに怒りを抱き始めていた。
「ギャハハ、やる気なのはいいけどねぇ、お姫様。もうこの場全体の勝敗は決まったみたいよ?」
「…………」
ちらと目だけを動かして周囲を見渡す。
8人の『領域外』がこの会場内を暴れ、ほぼ全ての護衛はやられてしまっていた。壁の端に逃げていた貴族の方たちはいとも容易く捕まり、全員拘束魔法に掛けられていた。
「ぐわあああああぁぁぁぁっ……!」
大きな悲鳴が鳴り響く。
今まさにやられてしまったのはこの都市を拠点にして世界中に名を馳せていたS級冒険者のブレイブ様だった。
敵に回ったS級魔術ギルドの魔法剣士アルヴァント様に斬られ、床に倒れ伏せてしまった。
これで残ったS級は私とフィフィーだけになってしまった。
「ひいいいぃぃぃっ……! やめろおおぉぉっ! 来るなぁっ! 来ないでくれええぇぇぇっ……!」
「くっ……!」
背後からニコラウス兄様の悲鳴が聞こえてきた。
セレドニとルドルフが私の家族を捕縛しようと近づいているのが見えた。
私たちは王族に向かってくるメガーヌを迎え撃っていたが、手が空いたのだろうか、セレドニとルドルフの2人は私とフィフィーを回り込んで悠々と王族に近づいていた。
壇上にいる今日の主役のリチャードとアリア様はまだ捕まっていないが、もう捕まるのも時間の問題だった。
それでも私たちにどうすることも出来ない。目の前のメガーヌから意識を逸らすわけにはいかなかった。
護衛達はほぼ全滅。貴族、王族は捕まった。
私とフィフィーも逃げ切れる算段なんてない。
敗北は必至だった。いや、もう既に敗北していた。
「じゃ、もうあんたらで最後だから。せいぜい醜く足掻いてよ、ねっ!」
そう言って、メガーヌが私に襲い掛かってくる。
残党処理を思わせるような空気が流れてくる。私は身構え、走り寄ってくるメガーヌを迎え撃つ準備をする。
「アイスニードル・レイン!」
フィフィーが魔術を放つ。
メガーヌの頭上の天井が氷に覆いつくされて、そこから氷の棘が降り注いでくる。無数の氷の棘が雨のようにざんざんと降り、頭の上から彼女に襲い掛かる。
「ふんっ! こんなものっ……!」
メガーヌは両手の武器を頭上で振り回し、氷の雨を防ぎつつ前進を続ける。雨の様な無数の刺突を防ぎきる彼女はやはり常識外の存在なのだと思い知らされる。
氷の雨はちょうど私に当たらないよう放たれている。私は全神経をもってメガーヌに意識を剥ける。
彼女は腕を上げ、武器を上方に構え、氷の雨を防いでいる。
「やぁっ……!」
近づいてくるメガーヌに私は下から攻撃を仕掛けた。低い位置から剣を振り上げた。
「舐めんなっ!」
メガーヌは左腕を下げ、手斧で私の剣を受ける。氷の雨を片手だけで防ぐこととなり、氷の棘が彼女に襲い掛かるが、それは深い傷にはなり得なかった。
氷の雨が彼女の肌を赤く傷つけていくが、彼女を打倒するには至らない。
「ぐっ……!」
どくんと私の心臓がひどく痛むのを感じる。
メガーヌは『汚染』の能力を持っているという。こうやって武器を合わせるだけで私の体の魔力がぐちゃぐちゃに掻き回され、私を内側から傷つけていくのだ。
理不尽な能力だ。体内を捻じ曲げられ、口の中から血の味がする。
「うぅぅ……、うらああああぁぁぁぁぁっ……!」
しかしそれでも私は叫び、剣を振る。
そうしなければ万に一つも私に勝ち目はないからだ。
何度も何度も剣を合わせる。なるべくなら敵の攻撃を回避したいが、『領域外』の身体能力を持った攻撃を上手くいなし続ける実力は私にはない。
全力をもって剣を振り、全力をもって防御する事しか出来なかった。
「えぇいっ……!」
私が後ろに飛び退くと、敵も距離を詰めてくる。
そんな私たちの動きに合わせてフィフィーは氷の雨を降らせる範囲を調整してくれる。私には当たらず、メガーヌにだけ当たるように氷の雨を降らす天井の氷がバキバキと形を変える。
しかし、頭上からの雨と私の剣をもってしても、メガーヌを打倒するには至らない。しかし、氷の雨でメガーヌの防御と意識を散らしてくれないと、私は瞬く間にやられてしまうだろう。
「ぐうううぅぅぅっ……!」
「…………」
「ぐうううううぅぅぅぅぅぅっ……!」
一撃一撃彼女と剣を合わせる度に体の内側が傷ついていくのがはっきりと分かる。
体の中の魔力の流れがもう完全におかしくなっている。どんどんと体に力が入らなくなっていく。手足が覚束なくなっていく。
眩暈と吐き気が酷くなっていっても、でも敵の猛攻が収まることはなかった。
「ギャハハ! どうっ!? どんどん死に近づいていく感じはどんな感じっ!?」
「うううぅぅぅぅっ……!」
私の口からは唸り声が漏れる。もう真っ当に叫び声をあげることすら出来ない。
「きゃあっ……!?」
「……っ!?」
そんな中、不意に背後のフィフィーから叫び声が聞こえた。
フィフィーが吹き飛ばされ、彼女の体が壁に激突した。
「フィ……ぃー……」
自分の口から掠れた声が漏れる。もう満足に彼女の名前を呼ぶことも出来ない。
「ふぇっふぇっふぇっ……! 時間を掛け過ぎだべ、メガーヌや。他の者達はもう仕事が終わってるべ」
「……クソじじい。横から手を出しやがって」
フィフィーを蹴り飛ばしたのは敵の1人である『武闘部会』会長オリンドルであった。
フィフィーの発動していた氷の雨の魔術が止む。
「くっ……!」
私は後ろに大きく飛び退いてメガーヌとの距離を取った。フィフィーの魔術の援護なしにはあまりに分が悪かった。
「って……、あれ……?」
しかし、そんな後ろに飛び退く程度の小さなジャンプを着地する力すら私には残っていなかった。
着地と同時に膝ががくんと折れ、尻餅をつく。すぐに体を起こそうとするけれど足に力は入らず、片手を床について倒れそうになる体を何とか支える事しか出来なかった。
体はもう限界だった。いや、限界を超えていたようだ。
口から大量の血を吐く。
「ぐっ……、げほっ……! げっほ……!」
「イリスっ……!」
背中を強く打ったフィフィーが私を心配する声を上げる。しかし、私に返事をする余裕などなかった。
立たなければいけない。
でもどう頑張っても足が立たない。力が入らない、というよりも、まるで自分の手足がすでに千切れているかのように感覚がない。
体の中が捻じれ捩じれ、捻じ切れそうな感覚を覚える。
視界がぐるぐると回り、天井と地面が曖昧になる。口からも鼻からも目からも血が垂れていくのを理解する。
ぼやける視界の先で、メガーヌが武器を構えるのが見えた。
それでも、私の足は立たなかった。
「じゃ、もう終わりってことで。ギャハハ」
耳鳴りのする世界の中で、メガーヌがそう口を開くのが聞こえた。
そうして彼女は前に走り出した。
私に向かって、武器を構えながら。
「イリスーーーっ……!」
フィフィーの叫び声が聞こえる。メガーヌが私に向かって走ってくる。
でも、私は指一本動かすことが出来なかった。
全身が捻じ曲がるような感覚を覚えながら、私はただぼんやりと目の前の光景を見つめた。
そんな中の事であった。
「えっ……?」
「んっ……?」
メガーヌの間合いに私が丁度入った瞬間だった。
この会場の壁が外側から破裂するかのように砕け散り、外から何者かが入り込んできた。壁は大きな音を立てて砕け、その破片と共にその人物が私たちに向かって突進してきた。
「はぁっ!?」
いきなり壁を砕いて何者かが侵入してきた。
その謎の横槍にメガーヌは目を見開き、不満そうな声を出した。
「なんだ、てめぇはっ……!」
メガーヌはそう大きな声を挙げながら、自分たちの元に駆け寄ってくる乱入者に手斧を振った。
侵入者はそんな無造作な一撃を躱し、腕を振り、彼女の体を上から叩きつけるかのような攻撃を繰り出した。
「ぎゃっ!?」
メガーヌは乱入者の腕に頭部を打たれ、床にべちんと叩きつけられた。
「わっ……!? きゃっ……!?」
そして乱入者は次に私の体を抱きかかえ、大きくその場から飛び退いた。飛び退いた先には壁に叩きつけられダメージを負ったフィフィーがいた。
私は抱きかかえられている。
下から、その人の顔を見上げた。
「クラッグ……?」
良く見慣れた顔。焦げ茶色の髪をした、いつものバカみたいな顔がそこにあった。
でもいつもより不機嫌そうで、眉間に皺がたっぷりと寄っている。
私の……僕のパートナーのクラッグがそこにいた。
「ちっ……、なんで俺が王族の人間なんて助けねぇといけねぇんだ……」
そう言って彼は苦々し気に舌打ちをする。
会場内の注目が私たちに一斉に集まる。乱入者に、新たな敵の出現に『アルバトロスの盗賊団』達の表情が引き締まる。
私はお姫様抱っこの様に抱きかかえられている。
なんか、こう……ちょっと頬が熱くなるのを感じた。
クラッグが突如として参戦してきた。
ちょっと文字数少ないので、次話『122話 クラッグ VS 8人の領域外』は3日後 4/4 19時に投稿します。




