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120話 VSメガーヌ

【イリス視点】


「レイガスさん!?」

「レイガスさんっ……!」


 お父様の直属の護衛であるレイガスさんが口から大量の血を吐く。剣を杖代わりにして、崩れ落ちそうになる体を何とか必死に支えている状態であり、彼の体は震え、顔は蒼白だった。


「ギャハハハ! もう死にかけ! もう死にかけっ!」


 目の前の敵のメガーヌが笑う。黒い眼帯で隠されていない方の目が大きく見開き、床に膝を付くレイガスさんを見下ろしていた。


 弟のリチャードの婚約式に突如現れた8人の『アルバトロスの盗賊団』。彼らは1人1人が『領域外』の力を持っているようで、貴族達の護衛をあざ笑う様に吹き飛ばしながら次々とこの会場内にいる貴族の方たちを捕らえていった。


「くっ……!」


 敵のメガーヌを睨み付ける。

 意味が分からない。今の今までこちらが優位に戦闘を進めていたはずだった。敵の攻撃を何とか防ぎ、そしてこっちの攻撃を敵に滑り込ませていった。


 敵の体は頑丈で、どれも致命打には至らなかったけれど、こちらも大きなダメージは受けなかった。

 毒の可能性はあるかもしれない。しかし、S級の実力者であるレイガスさんをこんな短時間でボロボロにできる毒など存在するのだろうか。


 先程、メガーヌは「これがオレの『叡智』の能力」と言った。

 彼女は恐ろしい毒を仕込んでいる?


「……あれ?」


 私の視界がぐらりと揺れる。

 一瞬平衡感覚が危うくなり、足に力を入れよろける体を何とか支える。


「……っ!?」


 体の内側から鈍い痛みが走る。

 ぎゅるぎゅると体内を捻じ曲げられていくような感覚。自分の体の正しい流れが損なわれていく様な感覚を覚え、じんじんとした鈍い痛みと刺すような痛みが同時に滲みだしてくる。


 少しの吐き気と眩暈を感じ、右手で口に手を当て、左手は痛みの激しいお腹を押さえた。


「イリスっ!?」


 私の変調を感じ取ったのか、後方からフィフィーの心配そうな叫び声が聞こえる。

 返事をしている余裕はなかった。その代わり、私は自分の体の内側に意識を集中させる。


「これは……体の魔力の流れが……ぐちゃぐちゃにされている……?」

「ギャハハハハ! 正解! 正解っ! やるねぇ、お姫様如きがっ!」


 メガーヌは楽しそうに両手を叩いてパチパチと荒い拍手をした。


「オレの能力は毒じゃない。オレの能力は『汚染』。オレは敵の体内の魔力をぐちゃぐちゃにかき回すことが出来る! それも、オレに近寄ってきたってだけで、能力は自動的に発動する!」

「なっ……!?」

「体の魔力の流れってのは生命活動にとっても大事な要因だ。これが狂うと体調の悪化、病気にも繋がってくる。オレは敵のその魔力の流れをぐちゃぐちゃに乱してやることが出来るんだよ」


 隣のレイガスさんの様子を見る。

 口からは今だ血が漏れ、鼻からも血を垂らし、顔面は蒼白だ。生命活動を支える魔力の流れすら乱されている事が容易に想像できた。


「オレに近寄ってきただけで『汚染』は進む。オレが敵に傷を加えれば更に汚染は進む。傷を付けられずとも、武器を打ち合うだけで武器を通し、敵に汚染を加えることが出来る」

「そんなっ……!」

「普通だったら武器を一回打ち合うだけで皆体中から血をまき散らして死んじまうんだが……、そこのおっちゃんは良く持った方だよ」


 メガーヌが舌を出して自分の手斧をぺろりと舐める。

 レイガスさんはメガーヌを抑える為、前に出て彼女の攻撃を数十回も受けていた。どうやら武器を打ち合うだけで敵の『汚染』は強く進んでしまうらしい。

 そして私も彼女の攻撃を6回ほど受け止めた。私の体の内側も彼女の能力に蝕まれていたのだ。


 額から汗が垂れる。

 武器を打ち合ってはいけない。いや、それ以上に近づいてもいけない。でも彼女の猛攻は後衛の魔術師だけでは捌ききれない。


 どうすれば。どうすれば……。


「おっ? 立つんだ? ギャハハ! 無駄な努力ご苦労さん」

「レイガスさんっ……!」

「…………」


 片膝を付いていたレイガスさんが立ち上がる。

 しかし、戦えるような状態ではないのは誰の目にも明らかだった。全身から脂汗が垂れ、体中が震えている。

 立っているだけで精一杯、いや、立っていられることさえ不思議なコンディションであることは疑いようもない。


 レイガスさんが今にも死にそうな息を吐く。


「じゃ、お望み通り殺してやるよ」

「……っ!」


 メガーヌが床を蹴り、レイガスさんに襲い掛かる。

 彼は冗談から襲い掛かる手斧を剣で受け止めた。


「がふっ……!」


 ただそれだけでレイガスさんが血を吐き出す。敵の攻撃は防御したが、武器を合わせてしまった為に魔力の汚染が更に進んでしまったのだ。


「おらおらおらぁっ! そう簡単にくたばんじゃねーぞぉっ!」

「ぐふっ!」


 2撃目、3撃目が襲い掛かる。レイガスさんは敵の攻撃を防御する度に口と鼻から血を垂らし、体を大きくよろけさせる。

 体の内側の魔力の淀みが激しすぎるせいか、攻撃を受けていない肌さえもが傷つき、割れ、血が吹き出し始める。ついに目からも血が溢れ出した。


「サンダーボルトっ……!」

「グラウンドラッシュっ!」


 私とフィフィーは魔術によって援護をする。

 私はメガーヌに向けて電撃の弾を大量に投げつける。フィフィーはこの部屋の床と天井に魔力を流し、そこから太い棘を生やした。

 電撃の弾と土魔術の棘がメガーヌに襲い掛かる。


「ギャハハ! ムダムダっ!」


 叫びながらメガーヌは両手の手斧を振り、私達の魔術を捌く。彼女には余裕がある。私たちが魔術を放っても隙を作り出すことが出来ない。


「フレイムウォールっ!」

「むっ……?」


 フィフィーが新たな魔術を放った。メガーヌがぱっと飛び退く。

 直後、レイガスさんとメガーヌの間に大きな炎の壁が発生した。炎による防御魔法だ。フィフィーはレイガスさんとメガーヌの間に距離を取らせたのだ。


「ふんっ! こんな壁っ……!」


 炎の壁の向こう側からメガーヌの声が聞こえてくる。

 彼女は手斧を振り、炎の壁を削り取っているようだ。炎の壁は揺らめき、敵の攻撃と共にそこに含まれた魔力の量が少なくなっていった。


「レイガスさんっ! 逃げてっ……!」

「レイガスさんっ……!」


 私とフィフィーは叫ぶ。

 しかし、無情にもレイガスさんに限界が訪れていた。両ひざを床に付き、顎を上げ荒い呼吸を繰り返している。

 立とうとする気配がない。もはや意識を保つだけで精一杯のようだった。


「ギャハハ!」


 そして炎の壁は破られた。

 炎の向こう側からメガーヌが姿を現し、手斧を振りかぶりながら突進してきた。


 一瞬の後にはその手斧がレイガスさんの体を引き裂くのだろう。

 しかし、最早彼は動くことすら出来なかった。


「レイガスさんっ!」

「はいっ! 終わりっ……!」


 私は叫び、メガーヌは嗜虐的な笑みを目の前の獲物に向けた。


 その時だった。


「……影から失礼する」

「……え?」

「は……?」


 レイガスさんの影がにゅっと動き出し、それは床を離れて人の形をとり始めた。


 突如の事で、私もフィフィーも、目の前のメガーヌも一瞬目を丸くする。レイガスさんの前方にあった彼の影が立体的な人の形を取り出し、メガーヌとレイガスさんの間に割って入ったのだ。


 つまり、レイガスさんの影の中から人が現れた。


「『影縫い』っ!」

「……っ!?」


 その人物はニンジャのアルムスさんだった。7年前に私の護衛をしてくれた方だ。

 隠密行動が得意な方で、その人はレイガスさんの影から姿を現し、短剣をもってメガーヌに不意打ちを仕掛けた。


 『影縫い』。確か、人の影に身を隠すことの出来る闇魔法だった筈だ。

 アルムスさんはそれを前々から発動させていたのだろう。この土壇場をもってメガーヌに不意打ちを仕掛けたのだ。


 ……そう言えば戦いが始まる前、彼は「気配を消し、敵の隙を伺う」と言っていた。彼の策が今まさに敵に牙を剥いていた。


「はぁっ!」

「くっ……!」


 アルムスさんの短剣がメガーヌの脇腹を刺す。彼女は手斧を振りかぶり、まさに攻撃を仕掛ける瞬間だった為、防御姿勢すら取ることが出来ずアルムスさんの攻撃を驚きをもって受けた。


 しかし、浅い。

 圧倒的な地力の差があった。アルムスさんの短剣は彼女の体に深くめり込むことはなく、メガーヌの体を浅く傷つける。

 彼女の体から血が垂れるが、致命傷とは程遠いものだった。


 しかし、メガーヌの手と足が止まるには十分な不意打ちであった。


「……!」


 その瞬間、死にかけのレイガスさんの気配が変化する。

 目がかっと見開かれ、最後の力を振り絞るかのように彼の体に強い魔力が渦巻く。今にも倒れ込みそうだった体に力が入り、床に膝を付いていた足が動き出した。


「ぬがあああああぁぁぁぁっ……!」

「……っ!?」


 雄たけびと共に、死力の剣が振るわれる。

 全ての力を振り絞った最後の1撃は最短最速の経路をもって、メガーヌの首へと向かう。


 メガーヌはアルムスさんの不意打ちにより、(ひる)みを見せている。重心が後ろに下がり、足が完全に止まっている。

 決まるならここ。ここで決まらないのなら、もう何をやっても無駄だった。


 ジャシュッ、という肉に刃が食い込む鈍い音がした。

 メガーヌの体から血が噴き出る。彼女の血がこの部屋の床を濡らす。


 レイガスさんの剣はメガーヌの体を傷つけた。


「……っ!」

「くそっ……!」


 しかしそれは、残念ながら致命打とは程遠いものだった。

 メガーヌは自分の腕で首を守り、レイガスさんの剣を腕で止めていた。


 彼女の腕の骨まで剣が食い込んでいるのが分かる。その傷口から血が大量に滴っている。

 しかし、その攻撃は彼女の命には届かないものだった。


「くそぉっ……!」


 私の口から思わず悪態の言葉が漏れた。

 相手の反応は明らかに遅れていた。レイガスさんの決死の一撃を武器で防御することが出来ず、咄嗟に自分の腕を挟み込んだだけだった。


 そんな出来損ないの防御だった。普通だったらその腕ごと敵の首を吹き飛ばすことが出来ていたはずだったのだ。


 しかし、レイガスさんの剣はメガーヌの腕の骨で止まっている。

 圧倒的なまでの地力の差を見せつけられる。彼女の中にあるという『叡智』の力がそうさせているのだろうか。


 魔力の差とか、体の硬さの差とか、明らかに人の域を超えた能力の差がそこにあった。


「がふっ……」


 レイガスさんが血を吐いた。まさしく今の一撃に全ての力を注ぎきってしまったのだった。


「……ふんっ」


 メガーヌが両手の手斧を同時に振った。

 2本の手斧はレイガスさんとニンジャのアルムスさんの袈裟を斬る。レイガスさんは為す術もなく、アルムスさんは刀で防御したけれど、その刀をへし折られ体を斬られてしまった。


 2人の体から血が飛び散る。


「レイガスさんっ……! アルムスさんっ……!」


 2人の体が崩れ落ちていく。膝から崩れ落ちて、どさりと床に横たわる。

 体から血が流れ出て、この部屋の床を濡らす。赤い血は広がって、2人の体は動かなくなる。


「ふん……」


 メガーヌが倒れ伏せた2人の体をつまらなそうに見下した。


「格が違うのよ、バーカ」


 まるで唾を吐くかのようにそう言い捨てた。

 またS級の護衛が敗れてしまった。偉人たちを馬鹿にするかのような彼女の態度に怒りを覚えるも、それでもどうしようもない形勢の差が胸に痛みを与える。


 もう私たちの仲間はほとんどいなくなってしまったのだった。


次話『121話 乱入者』は4日後 4/1 19時に投稿予定です。

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