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119話 VS『アルバトロスの盗賊団』

【イリス視点】


「なっ!? 革命っ……!?」

「バーハルヴァント……!? お前、何を言って……?」


 王族の婚約式の会場、今ここはある敵によって襲撃を受けていた。


 ファイファール家の領主であるマックスウェル様を弟のバーハルヴァントが床に押さえつけ、この会場内の全ての人間を敵に回している。

 そして、バーハルヴァントに付き従うかのように彼の周りを囲っている7人の戦士が私たちを睨んでいた。


 槍の男、セレドニ。

 『武闘部会』の若きS級、ルドルフ。

 立心刻栄流師範、グロッカス。

 『武闘部会』会長、オリンドル。

 公爵家護衛、メガーヌ。

 貴族騎士団団長、ベイゼル。

 S級魔術ギルドの魔法剣士、アルヴァント。


 彼らは宣言した。

 自分たちは『アルバトロスの盗賊団』で、今ここで革命を行うのだと。王族の皆が集っているこの場は確かに革命に絶好の場であった。

 その為厳重過ぎる警備網を引いていたのだが……、『領域外』の8人にとってそんな警備など意味のないものであったのかもしれない。


 『領域外』。

 世界最高峰と呼ばれるS級ですら寄せ付けない伝説上の存在。自己申告ではあるものの、そんな者が8人もいるなんて悪夢でしか他ならない。

 実際、もう既にお父様の直属の護衛S級の3名が敗れている。


「バーハルヴァントっ……!? 気でも触れたのか!? 何故王家に盾を付くっ……!」

「…………」


 弟に押さえつけられながら領主マックスウェル様が大声を出す。

 もう既にこちら側に大きな被害が出てしまっている。『武闘部会』の若きエース、ルドルフや立心刻栄流師範グロッカスが暴れだしたことを皮切りに、皆の輪に混ざっていた『武闘部会』会長オリンドルと公爵家護衛メガーヌが私たちの味方に牙を向いたのだ。


 混乱と圧倒的な実力差から為す術なく打ち倒され、何人もの味方が床に転がっている。

 たった数分で敗北の色は私たちの全てを黒く塗り潰そうとしていた。


「何故……? 何故か、と? 兄者?」

「…………」

「動き出そうとする大きな流れに気付くことすら出来ない。世界が変わろうとするその脈動を聞き取ることも出来ない……」


 バーハルヴァントは自ら組み敷く兄に言葉を掛けた。


「我らが団長は言った。今こそ『叡智』の花が咲き誇る時、と。大いなる力が呼び覚まされ、世界が生まれ直す時、と……」

「団長……」


 私の口から声が漏れる。

 団長。『アルバトロスの盗賊団』の団長。

 正体不明の『アルバトロスの盗賊団』の、その団長をバーハルヴァントは知っている。


「……その為には王家の血が必要だ。王家とここにいる貴族の全てを手中に収める。そして王都を手に入れる。それによって『叡智』の花は咲き誇る」

「……なんだと?」

「さぁ、革命だ……」


 そう言ってバーハルヴァントは腕を振るう。それが合図となり、敵の闘志が再び膨れ上がった。


「くっ……!」


 敵の7人がゆっくりと歩きだす。

 この会場に招待されていた貴族の方たちは部屋の中央の戦いに巻き込まれないよう、壁際に移動している。それぞれの貴族の方たちが一番近い壁際に移動している為、彼らはが壁に沿ってぐるっと円を作っている。


 つまり、守るべき対象一ヶ所に固まっておらず、分散していた。

 その貴族たちに迫るように、敵の7人はそれぞれ分かれてゆっくりと移動していた。

 ひぃぃっ、と貴族の方たちが震えて悲鳴を上げる。自分たちを捕まえようと迫りくる『領域外』にどうすることも出来なかった。


 とてもじゃないが守り切れない。

 私の方にも敵が迫ってきていたのだ。


「ギャハハ! なんで姫様が護衛側に回ってんの!? バカじゃないの!?」

「……っ」


 私の元に迫ってきたのは公爵家護衛メガーヌだ。黒く大きな眼帯を右目に付けた女性であり、左目はまるで猛獣のように鋭い目をしている。

 楽しそうに荒い笑い声をあげながら私に近づいてくる。


 敵の中心と王族が固まっている間に私が位置していた。だからメガーヌは私の家族を捕らえようと移動し、その間に私がいたという構図だ。


「…………」


 私は護衛の方から借りた剣を構える。

 退くことは出来ない。退けば家族が襲われる。そもそも、『領域外』8人相手に容易く逃げられるなんて思っていない。


「イリスティナ姫様」


 私の傍に寄り、剣を構えたのはお父様の直属の護衛の1人であるレイガスさんだ。お父様に長く仕える護衛の方は4人いたが、その内の3人のヴォーヤさん、クオスマネンさん、ポルステルさんは敵に倒され床に倒れている。

 S級の3人が数分と立たない内に打ち倒されてしまったのだ。


「姫様、お退き下さい。私が命に代えても守らせて頂きます」

「ふふ、大変心強いですが……、現実的な話をしましょう。今は1人でも多くの駒が必要でしょう?」

「…………」


 私は言う。


「私の実力はS(マイナス)級。是非とも使ってください」

「……現実的な本音を言わせて頂くと、それでも全然足りないのですがね」


 私たちは2人、額から汗をかく。

 そうなのだ。この状況、どう頑張ろうともどうすることが出来そうもない。退けど地獄、戦えど地獄。


 私がエリーであることはお父様にバレているので、私がS-級であることをレイガスさんは疑っていないようだったが、それでも戦力としては全然足りない。

 最早詰みに近い状況なのだ。


「わたしもイリスの護衛です! 3人で、まずは1人打ち倒しましょう!」

「フィフィー……」


 フィフィーがレイガスさんの後ろに控える。彼女は魔術専門の後衛。誰よりも心強いサポートだった。

 しかし、メガーヌは笑う。


「ギャハハっ! S級3人でオレに挑むの!? 身の程知らずねっ!」

「…………」


 私たちは武器を構える。

 もう既にあちこちで戦いは起こっており、貴族の護衛達は敵の領域外に蹂躙されている。為す術なく、たくさんの貴族が敵の手に捕まっている。


 しかし、まずは自分の事に集中するしかない。

 意識を深めていく。


「ギャハっ! いくわよっ!」


 メガーヌの声と共にこちらの戦いが幕を開ける。

 突進してくるメガーヌに対し、壁になるようにレイガスさんが迎え撃つ。メガーヌの武器は2本の小さな手斧だ。


 大型の斧に比べると破壊力は低くなるが、軽い分攻撃速度は増している。その2本の手斧を両手で振り回し、レイガスさんを打ち崩そうとする。


「ギャハハ! 死んじゃえ! 死んじゃえ……!」

「ぐっ……!」


 斧よりかは軽いが、剣より重い手ごたえにレイガスさんは押される。1発1発が重く、それが凄まじい速度と回転量で迫り、1撃ごとにレイガスさんの体勢は崩れていく。


「はい! じゃあ呆気なく、もう終わりっ!」

「…………」


 レイガスさんの体がよろけ、隙が出たところにメガーヌの手斧が振り下ろされようとしていた。基礎的な腕力の差が大きく、力押しでやられそうになっていた。


 しかし……、


「ふっ」

「……はっ?」


 メガーヌの手斧は何も斬らずに空を切る。全力の攻撃に全くの手ごたえがなく、その勢いで彼女の体勢がほんの少し崩れる。

 レイガスさんはメガーヌの攻撃を受け流したのだ。わざとよろける振りをして、敵の攻撃を誘導し、そこで自分の剣を回して敵の手斧を完璧に受け流した。


 自分の力を逸らされたメガーヌはたたらを踏むかのように前のめりになった。


「舐めるな、小娘」


 レイガスさんが小さく底冷えするような声を発した。

 何十年と鍛えた老獪な技術は、目の前の『領域外』を凌駕していた。


「はっ!」

「スラッシュウインド」

「ぐっ……!」


 一瞬生まれた隙は見逃さない。

 レイガスさんはそのまま剣を振り、私は中距離から鋭い風魔法を放つ。2つの攻撃はメガーヌの体を傷つけ、彼女の肌から血が垂れる。


 しかし、


「……浅いっ!」

「硬すぎるっ!」


 攻撃がもろに入ったというのに私たちの攻撃はメガーヌの体を浅く傷つけただけで終わった。生身が硬すぎる。彼女の纏う魔力が彼女の体をガチガチに固めていた。


 技術はレイガスさんに分があるかもしれない。しかし、敵の身体能力や魔力量はこちらを完全に凌駕していた。理不尽なまでの『領域外』の底力を垣間見た。


「うざいわ、あんたら」


 私たちの攻撃を喰らい、1歩引いたメガーヌが私たちをギロッと睨む。

 そして、その視線がすっと移動して、レイガスさんの方から私の方に注目が移り、


「……っ!」


 メガーヌの足が床を蹴り、一直線に私に襲い掛かってきた。

 彼女は狙いを変え、私を真っ先に倒そうとしたのだ。


「お姫様が出しゃばってきてんじゃないわよっ!」

「姫様っ!」


 超高速でメガーヌが私との距離を詰めてくる。時間にして一瞬。だけど、その一瞬で私は覚悟を決める。

 集中を高めていく。


「そらっ! 死んじゃえっ!」


 突進の勢いと共にメガーヌが私に手斧を振る。常人には絶対に捕えきれない超高速の攻撃。後ろに控えていた私との距離を詰めることに成功して、もう既にメガーヌの口元には勝利を確信した笑みがこびりついていた。


 私は小さく息を吐く。

 そして、彼女の手斧を正面から受けた。


「……は?」


 手斧を剣で受け止め、ギャンと甲高い音が鳴り響く。この一撃は重く、たったこれだけで全身が痺れそうになる。力に圧され、吹き飛びそうになる。

 しかし私は全身に力を入れ、『領域外』の攻撃を正面から受けた。


 それが意外だったのか、メガーヌは目を丸くして私の事を見る。

 敵は2回目の攻撃を振るう。私はそれをギリギリ間一髪で躱す。そして3撃目を剣をもって受けた。


 4,5,6と、敵の攻撃を凌いだ。


「てっめえええぇぇぇぇっ……! 姫の分際で、オレの攻撃を凌ぐかあああぁぁぁぁっ……!」

「はああぁぁっ……!」


 メガーヌには誤解があったようだ。私に戦う力が無いと。

 お姫様なのに戦いにしゃしゃり出て、後ろから魔術を放つだけの存在だと。距離を詰めれば簡単に殺しきれる相手だと思っていたのだろう。


 ……まぁ、確かに王家のお姫様がS-級だというのは、私でも何かの冗談に聞こえる。


 よって、メガーヌは油断をもってして私に挑んできたのだ。

 私は寧ろ近距離の方が得意なのだ。


「ふんっ……!」

「やっ!」


 私たちに追いついたレイガスさんが私と挟み込むようにしてメガーヌに剣を振るう。私もレイガスさんに合わせて剣を振り、挟撃の形をとる。


「ちいいぃぃぃっ……!」


 前後から攻撃を同時に仕掛けられ、メガーヌは身を縮めながら2本の手斧で私たちの攻撃を受ける。私とレイガスさんの剣で彼女を挟み込む。

 そして一瞬メガーヌの足が止まった。


「ビースト・エクスプロイア!」


 後方でフィフィーの杖が光る。

 すると、彼女の杖の先から手のひらサイズの黒い小さな獣がわらわらと出現した。10匹以上の黒い小さな獣は4本の足を素早く動かし、メガーヌに向かって走ってくる。


 フィフィーが魔法で作った獣型の弾であった。敵を追尾する機能があるらしい。


「なんだっ!? こいつらっ……!?」


 メガーヌは叫び、手のひらサイズの黒い獣たちは飛び上がってメガーヌの体に張り付いていく。

 私とレイガスさんは即座にその場を離脱した。


 そして、メガーヌの体に張り付いた黒い獣たちは爆発した。

 ボボボボンッ! と小さな爆発がメガーヌのゼロ距離で何度も引き起こる。獣たちが彼女の体に張り付いては自爆する。


 爆発自体は小さいのだが、そこには恐ろしいまでに圧縮されたフィフィーの魔力が込められている。見た目以上に恐ろしい威力がそこにはあった。


「……直撃ですな」

「えぇ……」


 私たちはごくりと息を呑む。これ以上無い程上手く攻撃が入った。

 爆発の煙が晴れていく。普通だったらこれだけで敵の体は吹き飛び、私達は間違いなく勝利を手にしている。


「…………」


 しかし、煙が晴れ、そこには当然のように2本の足で立つメガーヌの姿があった。


「…………」

「くそっ」

「……てめーら、殺す。……必ず、殺してやる」


 彼女の目は血走り、私達を睨む。凄まじいまでの殺気が私たちに降り注ぐ。

 額から汗がつぅと垂れる。これから先は油断無しのメガーヌが襲い掛かってくる。全力の殺気をもって牙を剥いてくる。

 私は体が緊張するのを感じた。


「気圧されないで、イリス」

「フィフィー……」


 後ろからフィフィーに声を掛けられる。


「見て、メガーヌの様子を。余裕そうに見えるけど、少し息が上がってる。爆発の影響を受けて、肌も少し焦げている」

「……うん」

「攻撃が効いてない訳じゃない。ダメージはちゃんと蓄積されている。冷静にいこう、冷静に。勝算は必ずある」

「うん!」


 フィフィーの言葉に私は頷いた。

 分は悪くない。この一連の攻防は間違いなく私たちの勝利であった。

 冷静に、一回一回敵の攻撃を処理していけば、目の前の彼女には勝つことが出来るかもしれない。


「基本的な方針は今のままで行こう。レイガスさん、そのまま前衛を頼みます。イリスは中距離から魔術と剣で援護を」

「…………」

「はいっ!」

「わたしは後ろから魔法でダメージを与えます。隙を作ってください。わたしがでかいのを叩き込みます」

「…………」


 フィフィーが指揮を執り、私達に指針を示す。後衛にいる分、戦いの全体が良く見えている。今この場では彼女がリーダーだ。


「レイガスさん、矢面に立って何とか敵の攻撃を凌いでください。一番危険に晒される役目ですが、どうかよろしくお願いします」

「…………」

「……レイガスさん?」


 レイガスさんに語り掛けるフィフィーは少し首を捻り、彼に呼びかける。

 レイガスさんからの返事がない。彼の様子がおかしい。フィフィーに語り掛けられているというのに全く反応がない。


 そして、


「ごぶっ……」

「えっ……?」


 唐突に、レイガスさんは口から大量の血を吐いた。


「えっ!?」

「レイガスさんっ……!?」


 口から血をまき散らし、彼の体が崩れ落ちる。片膝を付き、手に持った剣を杖代わりにして、倒れ込みそうになる体をなんとか支えていた。

 口から血を吐き、鼻から血を垂らし、彼の体はがくがくと震えていた。


「レイガスさんっ……!?」

「ど、どうしてっ……!?」

「ぜぇっ、ぜぇっ……! はぁっ、はぁっ……!」


 レイガスさんは荒い呼吸を繰り返す。

 どう見てもおかしかった。彼は今の攻防でほとんどダメージを受けていない。外傷はほとんどなく、どう考えても口から血を吐くほどのダメージを負ってはいなかった。


 毒……?

 そういう考えが頭に過ぎる。

 でも、毒だとしても普通じゃない。S級のレイガスさんをこんな短時間で打ち倒すほどの毒なんて存在しない筈。


 『領域外』であるメガーヌが独自に作り上げた毒?

 ほとんど傷を負っていないS級の体ですら昏倒させるような毒?


 目の前のメガーヌが楽しそうに叫びだした。


「ギャハハハハッ! 効いた! やっと効いてきたっ! バッカじゃないの!? 自分達が優位にいると思い込んでいたっ……!」


 メガーヌの目が大きく見開かれ、嗜虐的な笑みを零していた。


「これがオレの『叡智』の能力! 最初っからあんた達に勝ち目なんかなかったのよ!」

「…………」

「…………」


 メガーヌが勝ち誇る。

 『叡智』の力? メガーヌに『叡智』の力が備わっている……?


 圧倒的な窮地がまた私たちを苦しめる。ほんの僅かのか細い希望すら摘み取られるかのように、私達の味方が血を吐いた。

 心臓がバクンバクンと鳴っていた。


「さぁっ、続けましょ? 踊り狂って、死ぬといいわ」


 そう言って、『アルバトロスの盗賊団』は笑っていた。


次話『120話 VSメガーヌ』は4日後 3/28 19時投稿予定です。

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