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117話 対『領域外』包囲網

【イリス視点】


 会場の中に重い緊張が流れる。

 一瞬前までの華やかな雰囲気は消え去り、婚約式に招待されたゲストたちは今、大きな槍を持った乱入者を不安げに眺めていた。


 この会場の中央に悠々と位置取っているのはセレドニという名の男。

 神殿都市の地下に乱入し、私たちに牙を向いた男である。


 S級よりも高い実力を持つ『領域外』と呼ばれる存在だった。


「…………」


 セレドニはゆっくりと辺りを見渡してから、壇上にいるリチャード、そして会場の前列のテーブルを囲っている私たち王族に注目をした。


 底冷えするような視線を受ける。

 鍛えている私ですらその圧力に冷や汗が出る。私の家族は最早体を震わし、歯をがちがちと鳴らしていた。

 仕方のない事であった。


「王族、貴族の方々、お覚悟を……」

「…………」

「あなたたちは捕らえさせて頂く」


 セレドニはそうゆっくりと喋り出す。

 会場内にさらに重い緊張が圧し掛かる。先ほど警備の方達数人が一瞬で昏倒させられている為、警備の人達は迂闊に動けない。武器を構え、セレドニを遠巻きに囲っている。


 会場にいた貴族の方たちは椅子から立ってゆっくりと後退り、会場の端の方へと移動する。少しでもこの乱入者から距離を取ろうとする。


 セレドニの目が少しだけ鋭くなった。


「……っ!」


 ゆるりと、闘志が揺れるのを感じた。

 来る、って思った。


 セレドニの体勢が僅かに前に傾き、その闘志が私のお父様に向けられる。

 足が大きく一歩前に出され、槍の男が動き出した。


「でやっ……!」


 その機先を封じる為に、私は声を発しながら目の前のテーブルを蹴り上げた。


「……!」


 どっがらがしゃんとテーブルの上の高価な皿が飛び散り、音を立てて割れていく。大きな丸テーブルが高速で吹き飛ぶ様子は、贅を凝らした王族の婚約式の会場には似つかわしくないものであった。


 今まさに走り出そうとしたセレドニに大きなテーブルをけしかけた。


「……ふっ」


 小さく息を吐きながらセレドニは槍を振るい、私が蹴り飛ばしたテーブルを両断した。槍の達人。普通の人間には見えない速度で槍を振るい、一切無駄のない動きでテーブルを払った。


 私はその間に近くにいた近衛兵から剣を奪い取り、走り出す。今私はいつもの双剣を持っていない。

 しかし、受けに回って勝てる相手ではないのは明白だった。


 テーブルが斬られるその隙間から、セレドニの姿が覗き見える。

 その男に向かって思いきり剣を振った。


「うらああああぁぁぁぁぁっ……!」

「……っ!」


 清楚な姫に似つかわしくない雄たけびを上げながら、私はセレドニに襲い掛かる。

 鉄の交わる激しい音が会場に鳴り響き、剣と槍が交錯する。衝撃波が広がり、それだけで貴族の方たちが吹き飛ばされるのが横目で見えた。


 私は今、『領域外』と剣を交えた。


「……はっ!」

「……っ!」


 セレドニの槍が引き、敵が次の一手を繰り出す。速過ぎる槍の一閃を体を捩じり、体と槍の間に剣を挟み込んで何とか凌ぐ。

 あまりに速い槍の速度から、それが一撃必殺のなんかしらの技なのかと思ったが、なんてことはない、彼にとってそれはただの通常の槍の一撃だったようだ。

 流れるように次の一手、次の一手が襲い来る。


「……っ! くっ……!」


 何とかギリギリその槍の攻撃を凌ぐ。いや、防ぎきれておらず、彼の一撃を躱す度に私の肩や太ももが少し抉られ、傷ついていく。

 武器に負担のかかる防ぎ方もしてしまい、剣が刃こぼれし、ひび割れていく。


「……やっ!」

「ぎゃっ!?」


 頭上から振るわれた槍の大振りを躱すことが出来ず、真っ向から剣で受けてしまう。

 その一撃で剣は粉々に割れ、攻撃の衝撃を受け流しきれず、私は片膝を床に付けた。


 武器は割れ、体はじんじんと痺れている。セレドニは槍を引き、次の攻撃に移ろうとしている。

 たった数手で私は追い込まれてしまった。


 バカ焦げ茶はまだ来ないのかっ!?

 どうしようもない悪態を心の中でついた。


「終わりだ……」


 短い言葉が敵の口から洩れ、がら空きの私の体に向かって槍の一突きが繰り出された。

 絶体絶命。


 ガキンと鉄の交わる音がした。


「え……?」


 私は小さな声を漏らし、顔を上げる。

 一瞬後には私の体は槍に貫かれるものだと思ったのだが、目の前にはセレドニの槍が2本の剣に防がれる光景が広がっていた。


 2人の初老の男性が私とセレドニの間に入り、敵の槍を逸らしている。

 私を守ってくれたのだ。


「……イリスティナ姫様、ご無事か?」

「ははっ、我らが戦いで先を越されるなど、一生の不覚だな!」

「ヴォーヤさんっ! レイガスさんっ!」


 この2人はヴォーヤさんとレイガスさんと言い、王であるお父様の護衛騎士であった。

 お父様に古くから仕え、お父様が深く信頼している騎士であり、王宮の騎士のトップに立つ2人であった。


 お父様が特別視している騎士は4人いて、その誰もがS級の実力を持っている。

 この国の最強の騎士であった。


「閃光一閃っ!」


 護衛騎士の2人がセレドニの槍を防いだ直後、背後で声がしたと同時に、黄色い閃光が一筋ぱっと光った。


 それはフィフィーが放った魔法であった。

 音速を超える電撃の閃光が私や護衛騎士の隙間を縫い、セレドニに襲い掛かる。放たれたと同時に部屋の端に着弾する程のスピードの魔法は、普通だったら絶対に不可避の一撃だった。


 しかしセレドニはそれに反応し、ネコの様に躱した。

 魔法の電撃は標的に当たることはなく、この会場の壁に突き刺さり、壁を破壊した。ちっとフィフィーが舌打ちをする。


「あれを躱すのかよ……」


 背後を見ると、フィフィーが魔法で作った電撃の弓を持っていた。彼女は電撃の魔法で作った弓を引き、電撃の矢を放ったようだ。


 放つ方も神業、避ける方も神業の一手であった。


「姫様、遅れて申し訳ありません。大丈夫ですか?」

「いえ、助けてくれてありがとうございます。気を付けてください、あいつ『領域外』です……」

「ほぅ……。眉唾物の存在が、目の前に……」


 護衛騎士のヴォーヤさんに手を引かれ、私は体を起こす。部屋の隅で目を丸くしている警備の人に剣を投げるように指示を出し、私は壊れた剣の代わりを手に入れる。


「若いの。単身でこの場に身を躍らせた勇気、褒めてやってもいいが、流石に場が悪すぎたな」

「今、この場に何人のS級がいると思っているのだ?」

「…………」


 フィフィーの一撃を躱し、距離を取ったセレドニを囲う様にお父様の護衛騎士の4人が動き出した。

 フィフィーも前に出て私の横に立つ。私も剣を構え、セレドニに闘志をぶつける。

 フィフィーは後衛の魔法使い、私は姫と言う立場もあって護衛騎士の方々より1歩身を引いていた。


 そして、他の人達も前に出た。


「今の一合だけでもお前が凄まじい達人だと分かった。しかし、私の娘の婚約式を台無しにしようなど、舐められたものだ」

「マックスウェル様……」


 槍を手に取り、その切っ先をセレドニに向けたのはこの都市の領主マックスウェル様だ。弟のバーハルヴァント様も彼の隣に立っている。


 この都市は英雄都市だ。数々の有力な武人がここを拠点に活動しており、そしてその都市の長である彼ら2人も類稀なる実力を有していると聞く。

 彼ら2人はS級の実力を持っているのだ。


「ここは英雄都市。いくら伝説の『領域外』が現れたといえ崩れはせん。観念することだ」

「…………」

「さぁ、どうやって盗んだかは知らないが、その槍『トラム』はこの都市の宝。返して貰おう」


 マックスウェル様が殺気を放つ。それだけでこの部屋全体が震えるかのようだった。


「ルドルフ! うちらも参戦するべ!」

「はっ、オリンドル会長」


 そう言って前に出たのは『武闘部会』の会長オリンドル様と若きS級ルドルフ様だ。

 『武闘部会』はこの都市全体の数々の道場のまとめ役である。たくさんの流派同士の試合や会合の調整を行い、トラブルが無いようルールを定める道場の大本である。


 私は以前調査の為、この『武闘部会』に訪れたことがあった。

 会長のオリンドル様には困らされたこともあったが、年配の彼もS級の実力を持っている。


 ルドルフ様は礼儀正しい青年で、S級のリックさん相手に勝利を収めていた。とんでもない実力者だ。

 クラッグも彼と戦っていたけれど、明らかにクラッグが手を抜いてルドルフ様が勝った。私も(エリー)として挑んだけれど、完膚なきまでに負けてしまった。


「ルドルフ様」

「イリスティナ様……、お久しぶりです」

「貴方達も参戦してくださるのなら、とても心強いです。共に力を合わせて戦いましょう」

「はい、王族を守る戦いに参加できるのは光栄の限りです」


 そう言ってルドルフ様がさわやかに笑う。

 うむ、イケメン。


 更に様々な人材が顔を出す。

 この街の実力者として名高い貴族騎士団団長ベイゼル様、立心刻栄流師範グロックス様、S級冒険者のブレイブ様、S級魔術ギルドの魔法剣士アルヴァント様……。


 皆、この都市で最高級の実力を持つ戦士である。調査の際、マックスウェル様とバーハルヴァント様にこの都市で有名な実力者を挙げてくれと聞いたら真っ先に上がった名前だった。


 S級のバーゲンセールか、って言う程たくさんの実力者が肩を並べている。

 更に、ここに呼ばれたたくさんの貴族たちの護衛達も前に出る。S級には及ばない人たちばかりだけどA級、B級の実力は有している。


 アドナお姉様や妹のジュリの監視兼護衛役であるA級冒険者のニコレッタさんやタイタンさん、ドルマンさんまでもが前に出る。


「イリスティナ王女様」

「あ、アルムスさん」


 私に声を掛けてきたのは昔お世話になったニンジャのアルムスさんだ。

 7年前ロビンの村で遊ぶ際、アルムスさんは身を隠しながら私の事を護衛してくれた。隠密行動が得意な人で、今ではファイファール家に仕えている。

 確か、A級ほどの実力を持った人だ。


 彼の弟子に(エリー)の友達のコンがいるのだけど、彼女は今ここにはいないようだった。


「私は気配を消し、敵の隙を伺います。正面からぶつかり合っても力及びそうにありませんから」

「大変心強いです。お任せします」

「では」


 そう言って彼は気配を消し、姿を眩ませた。

 ちょっと普通じゃない。今の今まで目の前にいたというのに、もう彼を見失ってしまった。


 彼に暗殺を実行されたら、S級と言えどタダじゃ済まないかもしれない。


「……はは、ちょっとやばいね、ここ。ここの人たちだけでいくつも国が落ちるよ?」

「この都市S級A級多過ぎます!」


 フィフィーと小声でこそこそ話をする。


 ……これだけ揃うと流石に槍の男セレドニが可哀想になってくる。S級やA級の面々が円になって彼を囲う。

 味方が多過ぎて少し狭さを感じるくらいだ。味方がぶつかり合って邪魔にならないよう注意しないといけない。


 でも、この場にいるほとんどの人が数に頼らない。1人1人が達人であり、数の利をもって油断している人はほとんどいない。


 皆が気を引き締めている。皆に習い、私も集中を高める。


「…………」


 ……いや、念には念を入れる必要がある。このまま戦闘を開始するのはベストとは言えない。


「ヴォーヤさん……」

「はい? なんでしょう? イリスティナ様」


 お父様の最高の護衛の1人であるヴォーヤさんに声を掛ける。


「外の警備をしているクラッグを呼んで来て貰えませんか? 焦げ茶色の髪の男です。あと出来たらリックさんも……」

「……リック様にご助力願うのは分かりますが……、クラッグ様、ですか……? 今この場に必要で?」

「必要です。お願いします」


 『領域外』にぶつける人は『領域外』が良いに決まっている。前にセレドニを追い払ったのはクラッグなんだし、癪だけど、あいつがいればなんとかなるだろう。癪だけど。


「……かしこまりました」


 少し釈然としない顔をしていたけれど、ヴォーヤさんは私に頭を下げて行動を始めてくれた。命令に忠実な良い騎士である。


 ヴォーヤさんはセレドニに警戒を掛けながら、ゆっくりと動いてこの部屋の出入り口へ近づいていく。

 セレドニはたくさんの実力者に囲われて動けない。流石の『領域外』も、この状況下では迂闊に動けないようだ。

 数の優位を持っていても、セレドニに隙は無く、こちら側も動けない。場は硬直していた。


 しかし、それは私にとって望む展開だ。

 ヴォーヤさんが円の外をゆっくりと動きながら部屋の外に向かっている。

 クラッグが来ればこの戦い、勝利も同然なのだ。時間を稼げればこちらの勝利は揺るがなくなる。


「…………」

「…………」


 緊迫が会場を包む。

 さっさとしろ! と貴族の方の野次が飛ぶことがあるが、それに動じる私達ではない。機を見定め、息を整え、気を張る。


 ぎぃぃ、と扉の開く音がする。

 ヴォーヤさんが部屋の扉を開いた音だ。彼が扉を開き、部屋の外の空気が会場に流れ込んでくる。

 彼は外に出る為、私たちに背を向け、この部屋を後にしようとした。


 それが、合図のようになった。


「おっと、それ以上は認められません」

「え?」

「え……?」


 凶刃が、振るわれる。

 血が飛び散る。槍が人の腹を貫く。


「……え?」


 私たちは目を丸くする他なかった。

 ヴォーヤさんはまだ外に出ていない。いや、外に出ることが出来なかった。


 彼の腹は1本の槍に貫かれていた。


「ヴォーヤっ……!?」

「な、なんで……?」


 お父様が思わず驚きの声を上げていた。

 セレドニは1歩も動いていない。私たちに囲われ、1歩も動ける状態じゃなかった。

 でもヴォーヤさんは後ろから串刺しにされた。彼の口から血が垂れる。


 ヴォーヤさんを刺したのはセレドニではなかった。


「どういうことだっ……!」

「…………」


 都市の領主のマックスウェル様が叫ぶ。


「ルドルフっ……!」


 ヴォーヤさんを刺した下手人が振り向く。

 それは先程までこの円を囲い、共に味方として戦おうとしていた人だった。

 短い緑色の髪をした、がたいの良い若い青年。礼儀正しく、まさしく武人らしい武人の雰囲気を纏った人。


 『武闘部会』の若きS級、ルドルフ様がヴォーヤさんを刺していた。

 私たちの輪から外れ、味方であるはずのヴォーヤさんの腹を貫いていた。


「……外への救援は、無しです」


 ルドルフ様が冷たい笑みを浮かべる。

 嵐が本格的に始まろうとしていた。


次話『118話 裏切りの軍勢』は4日後 3/20 19時投稿予定です。

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