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116話 嵐

これまでのあらすじ;

英雄都市でリチャードとアリアの婚約式が行われるよ!


「富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、愛を語らい、神を信じ、死までの長い道のりを二人寄り添い合いながら、共に支え合って人の道を歩みゆく誓いが大切です。水神様はおっしゃいました。人の心が触れ合う時、そこに神が宿る。どの人の心の中にも神は住んでいて、神は常に人を見守っているのだと……」


 牧師様は壇上に立って言葉を紡ぐ。

 この部屋の一番奥、牧師様と2人の男女が立っていて、牧師様がその2人に祝詞の言葉を捧げている。


 1人はリチャードだ。白いタキシードを着て、金色の短い髪を掻き上げオールバックにしている。

 もう1人はアリア様だ。純白のウエディングドレスを着て、海の様な深い青色の髪を気品よく垂らしている。まるで人形の様に美しい姿であった。


 今現在、ファイファール家の屋敷の中で2人の婚約式が行われていた。

 婚約をするリチャードとアリア様の2人が前に並び、牧師様からの言葉を頂いている。水神教式の婚約式を行っており、水神様の祝福の言葉を牧師様が口にする。


 婚約式に参加している貴族の方達は丸いテーブルの脇に腰かけ、品のある2人の姿を見守っている。

 テーブルの上には食事が並んでおり、流石に牧師様のお言葉の途中で食べたりはしないが、お食事を頂きながらの式典であり、結婚式よりも気軽な雰囲気が流れていた。


 リチャードは端から見ると精悍な様子で式に臨んでいるが、こやつの家族には彼がガッチガチに緊張している事が丸わかりであった。

 体がいつもよりずっと固く、後ろから見える僅かな横顔が真っ赤に染まっている。


 それは何故か。決まっている。

 おめかしをしたアリア様が横に立っているからだ。


 婚約式の為に着飾ったアリア様の姿はとても美しく、同じ女性でも見惚れてしまう位なのに、彼女に一目惚れしたリチャードからするとそれはもうたまらないだろう。

 自分の真横に立つ彼女の姿をちらちら見ない様、必死に頑張っている様子がリチャードから伝わってくる。


 なんともまぁ、笑えてくる。

 あの青春真っ盛りの初々しい男の子が、アリア様に会う前、彼女の事を面倒で落ち目の家のハズレ女と呼び、謀殺しようとしていたのだから滑稽だ。


 私が何もせずとも謀殺計画は真っ白になっていたかもしれないと、ガチガチに緊張している弟の姿を見て、そう思った。


 式は進み、牧師様の言葉が終わり、次に彼らの関係者からの祝辞の言葉が送られていく。

 主役の2人も前の席に座り、たくさんのお祝いの言葉を受け取る。


 顔を赤くして横の婚約者の姿に見惚れる青春男を横目に、私は少し考え事をしていた。

 先程のお父様との話についてだった。


 お父様との話は想像以上に重大な事実に絡んだ話となった。

 王家の『叡智』に対する対応の仕方や『バルタニアンの騎士』。

 中でも重大なのは『叡智』の力の起源についてだ。


 私はこの情報を自由に扱っていいとお父様から許可を頂いている。だからこそ、自由に気軽に扱ってはいけないものだ。

 まず当初の問題として、この情報を仲間に伝えるかどうかだ。


 情報を共有すれば今後の調査が捗るのは言うまでもないが、しかしリックさんは『ジャセスの百足』に所属する人間だ。

 『バルタニアンの騎士』は叡智の力を持つ者の殺害を基本方針とし、『ジャセスの百足』は叡智の力を持つ者の保護を基本方針としている。


 ……もしかしたら2つの組織は対立しているかもしれない?

 もし『バルタニアンの騎士』は王家に所属している組織で、北のウェリベル地方にあるノースベルト要塞を拠点としてますよー、なんて情報を喋ったら『ジャセスの百足』の団長さんがそこに攻め込んでしまうかもしれない。


 ……迂闊に喋れない。

 大体そもそもの話として、私は『ジャセスの百足』という組織を完全に信用することが出来ていないのだ。

 多分今聞いたことを『ジャセスの百足』に話したら、報酬の『ロビンの行方の情報』は3年後に受け取れるだろう。しかし、その為に王家や王家に所属する組織が危険に晒される訳にはいかない。当然だ。


 お父様は『バルタニアンの騎士』を紹介すると言ってくれた。

 私はまだその組織の姿も知りやしない。


 ……うん、そうだ。

 大切なのは信頼できるかどうかだ。

 私は『ジャセスの百足』と『バルタニアンの騎士』の2つの組織の本当の姿を見定めないといけない。闇に紛れる2つの組織が本当に信頼できる組織なのか、よく観察しないといけないのだ。


 信頼なくして情報なんて喋れる筈も無い。

 私はこれから2つの組織とよくコンタクトを取って、親交を深めていかないといけないのだ。


 『ジャセスの百足』はリックさんを通じて紹介して貰うべきだろうか。あと、王都の地下の情報屋『クロスクロス』の人たちと繋がりを深めるのもいいかもしれない。

 『バルタニアンの騎士』は直にお父様から紹介して頂ける。王女という立場を使えば自然と交流を深められるだろう。


 ただ、協力者をどうするか……。

 それだけの組織に1人単身乗り込んで親交を深めるなんて無理がある。護衛が必要なのだが……、2つの組織との交わりでどちらも私の護衛役を引き受けてくれる人……。


 うーん……。

 微妙に難しい。


 あのアホ焦げ茶は『ジャセスの百足』の正式なメンバーではないみたいだけど、なんだかんだ言って『ジャセスの百足』の仕事を引き受けている。

 『バルタニアンの騎士』の拠点に連れて行っては、奴からその情報が『ジャセスの百足』に流されてしまうかもしれない。


 まずそもそもとして、イリスとしての私の依頼だとあやつは駄々をこねるかもしれない。

 ちょっとなー……。あいつはなー。僕の事をずっと騙してたくらいだしなー。あー、思い出したらムカムカしてきた。


 あのバカはちょっと保留で。


 『ジャセスの百足』の正式な一員であるリックさんは論外として、フィフィーはどうだろう?

 良い女友達で、イリスとエリーの事情をしっかりと把握してくれている。S級の魔術師だし、人材としては申し分ない。


 でも心配なのは、彼女はリックさんの幼馴染で恋人だということだ。

 フィフィーからリックさんに情報が流れてしまうかもしれないし、もしかしたら彼女自身まだ私に隠し事をしているかもしれない。


 うーん……。難しい……。


 そんな事を考えていると、部屋中に大きな拍手が鳴り響く。アリア様の叔父であるバーハルヴァント様の祝辞の言葉が終わったところだった。

 私もはっとして、周りに合わせて拍手をする。

 少し、思考が途絶えてしまった。


 2つの組織、『ジャセスの百足』と『バルタニアンの騎士』について。

 保護と殺害という相対する方針を取っている2つの組織だけど、話を聞く限りその根本の理念は同じだ。


 つまり『叡智』の力の被害を止める、という考えは一致している筈なのだ。

 ……まだ彼らが本当の事を言っているか分からないけど。


 もしそこが一致しているなら、もしかしたら2つの組織は手を取り合うことが出来るかもしれない。私がその橋渡し役を出来るかもしれないのだ。

 私の推察は全て外れていて、そもそも敵対していない、そもそもお互いの存在を正しく認知していないという可能性だってあり得る。


 まだまだ2つの組織の全貌が分からないけど、2つの組織が力を合わせて『叡智』の被害を止めようとするのなら、それは今までの歴史に無い大きな動きとなるかもしれない。


 全ては推測だけれど、その仲介役を私が出来るのだとしたら、こんなにやりがいのある役目はない。

 心して仕事をしよう。


 壇上にアドナ姉様が立ち、祝辞の言葉を述べていく。

 以前の計画の様に、偽の書類を引っ張り出してニコラウス兄様を告発しようとする気配は全く無い。事情を知るお父様の護衛たちが目を光らせているし、アドナ姉様の監視役である冒険者のニコレッタが眠たそうな目をしながらも、姉様の事をよく見ている。


 この状況で何かしようなんて気はアドナ姉様にも起きないだろう。


 そうだ。この婚約式が終わったら暫くは冒険者稼業もお休みだ。

 王家全員で長い事この英雄都市に滞在していたし、王都に帰れば王女としての仕事が山積みだろう。

 どちらにせよ、エリーとして活動することは出来なくなる。


 この婚約式の後、この英雄都市での調査の仕事も終了だ。

 元々はこの英雄都市と槍の男セレドニの関係を調べる目的だったが、それは空振りに終わってしまった。


 しかし、それに補って余りある情報が入ってきた。

 ナディア様とメルセデスが残した秘密文書、『ジャセスの百足』、王家に伝わる『叡智』の秘密。


 暫くは情報の整理だけでも一杯一杯だろう。

 ナディア様が秘密文書に残した土地を調べ直してみるのもありかもしれない。


 今クラッグはこの城の外の警備をしている。

 あのバカ焦げ茶とも暫く顔を合わせる事も無いだろう。


 べ、別に全然寂しくないしっ……!?


 また会場内に大きな拍手が鳴り響く。私も慌てて拍手をする。

 酒も食事も進み、会場内には和やかな雰囲気が広がっている。今日は婚約式であって結婚式ではない。

 15歳で成人をした時ちゃんとした結婚式を交わす予定であり、今日は気軽に執り行われている婚約式だ。気軽と言っても、一流の食事に一流の飾り付けが為されている訳ではあるが。


 水神教会式の婚約式であり、全員で賛美歌を歌うプログラムもあった。会場にいる全員で歌う為、1人1人の声は埋もれて良く聞こえないけど、きっとリチャードの声は緊張で上擦っているのだろうな、と想像すると笑いが零れた。


 婚約式は順調に進む。次は祝電披露の時間だった。今日この婚約式の場に出席できなかった貴族の方達からお祝いの言葉が手紙で寄せられているのだった。

 司会の方が壇上に立ち、手紙をかさかさと開き、声を出そうとした。


 ――その時だった。


 会場の入り口である大きな扉が、ぎぃと音を立てて開く。


「……ん?」


 こんな時に誰か入って来たのか? と疑問を覚えながら、皆が音に釣られてその入口の方に視線を向ける。


 1人の男がこの部屋にゆっくりと入ってくる。手には大きな槍を抱えている。


 何かのサプライズ演出か? と疑問に思ったのか、会場内の複数人が司会の方を見る。しかし司会の人もぽかんとした表情を見せており、この男の事を存じていないことが見て取れた。


 会場内になんだ? なんだ? と疑問の声が上がり始める。


 しかし、私はその男に心当たりがあった。

 ビクッと身を震わせてしまう。

 私の護衛役で傍にいるフィフィーにも緊張が走る。その男を見て、私達の心臓が震える。額から汗が垂れてくる。


「やれやれ……。やはり、注目を集めるな……。計画の失敗は面倒だ……」


 その男はぶつぶつとそう呟いていた。


「ちょ、ちょっと君? いきなり入って来られては困るよ?」

「君はどこの誰だい? 紹介状は持っているのか?」


 警備の人たちがその男に近づき、留めようとしていた。

 警備員としては当然の行動であるが、しかしその行為はこの男の危険度をまるで分っていない行動だった。


「その男に近づくなっ……!」


 私は大声を上げる。


「へっ?」


 警備員の方達はそんな疑問の声を上げ、その直後に男の腕がふっと振るわれた。

 警備員の人たちの体に力が消え、どたんと床に倒れ落ちた。


「え……?」


 会場にいた人達は目を丸くする。何が起こったのかよく分からないが、とにかくこの会場の警備の人が倒れ伏せて床に転がった。

 この会場に入ってきた男が何かをして、警備の人は倒れ込んでしまった、という事だけが会場内に伝わる。


 ほとんどの人には見えなかったようだけど、その男が手刀で5人の警備員の首元を叩いたことが私には分かった。

 警備の人たちは意識を刈られただけなのか、殺されてしまったのか、ここからでは判断出来ない。遠目には、首の骨は折られていないようだけど……。


 私は立ち上がり、ドレスの裾を引き裂いて動き易い態勢に入る。しかし、それ以上は不用意に動けない。それは傍にいるフィフィーも同様であったようだ。

 ……流石に今、いつもの双剣は持っていない。


「アリアの謀殺計画が順調だったら、その騒ぎに乗じて突入も簡単だったものを……。面倒……。本当に面倒だ……」


 そう呟きながら、乱入者はゆっくりと部屋の中央へと足を進める。会場内の全ての注目の目がその男に向けられる。


 今、この男は「アリアの謀殺計画」と言った。その計画に便乗してここに乱入する予定だった?

 私はアドナ姉様の方に顔を向ける。私の視線にはっと気付いたアドナ姉様は、首をぶんぶんと振る。私はこんな男知らない、と慌てながら私に伝えてきた。


 私はこの男の事を知っている。

 それは神殿都市の地下での事だった。その男は神殿都市で悪事を働いていたバルドスという男を突如として襲い、殺害。そのまま私達に襲い掛かってきた男だった。


 浅黒い肌で黒色の短髪をした男。

 その時の戦闘でクラッグが彼の体の半分を吹き飛ばしたと聞いているが、今そこに立つ男は四肢のどこももげてはおらず、人として十全の体をしている。


 私達がこの英雄都市でその正体を探っていた男。

 そして終ぞその正体が分からなかった男。


「セレドニ……ッ!」


 神器『トラム』を所有している槍の男が今そこにいた。

 こんなタイミングで出て来るのか、と苦い思いが胸に溢れる。


「……今ここに、王族の人間が揃っている。……それと、有名な貴族達も……」


 セレドニが低い声で呟く。その声は奇妙に会場内に良く響いていた。


「王族全員、拉致させて貰う……。お覚悟を……」


 セレドニの鋭い視線が王家を刺す。


 英雄都市での仕事はこれからが本番だった。


イリス「おそろしく速い手刀。私でなきゃ見逃しちゃうね」

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