115話 王への謁見④
【イリス視点】
「ふぅ……」
水を飲んで息をつく。
話すべきことは全て話し終わった。国王としてのお父様が抱える『叡智』の情報はどうやらこれで全ての様だった。
こんなにも私を信頼し、私と向き合って『叡智』の秘密を話して頂けたことに感謝の意を示すべきだった。ささやかではあるが、椅子から立ち上がり、お父様のコップに水をそそぐ。
「あぁ、ありがとう」
「お酒でなくて申し訳ありませんが」
お酌をするというのに部屋の中にあった水というのも味気が無い。
「よい。今話したことを上手に利用してくれれば、それで良いのだ」
「善処いたします」
「期待しているぞ」
思えば濃い時間を過ごしたものだ。アルフレード兄様の事、バルタニアンの騎士の事、叡智の力の始まりの事や、ラフェルミーナという女性の事。
この話し合いだけで多過ぎる程の情報を得た。この情報をどう扱っていくか。仲間達にそのまま伝えていいものか。特に『ジャセスの百足』であるリックさんにそのまま伝えていいのだろうか。
少し考える必要がありそうだ。
幼い頃のロビンの村を王家の軍が襲ったことについては……うん、もう少し考えないといけない。私の中でもっとよく考えて、じっくりと頭の中でこね回して、よく考えないといけない事であった。
「まだ時間はあるな」
お父様が部屋に備え付けられていた時計を見ながらそう言う。リチャードの婚約式が開かれるまでまだ時間に余裕があった。
「どうせならもう少し話そうか。腹を割って話そう。何か聞きたい事はあるか?」
「な、何か聞きたい事ですか……? そうですね……。これ以上聞きたい事ですか……」
「というより、お前何で冒険者稼業やってるんだ?」
「…………」
腹を割って聞かれた。それまでの『叡智』の謎と比べると、とてもどうでもいい話だった。
「いや、ロビンの事追いたかったですし……、それに外の世界を見て見たかったんですよ。王女としてではなく、1人の冒険者として」
「危なくないのか?」
「普段はそんなに危なくないんですけどね……。ここ最近はちょっと妙な事に巻き込まれてたりしますから、ちょっと。でも相棒の焦げ茶色の髪の奴がバカみたいに強いんで、なんだかんだ助けて貰ってますよ」
「でもD級程度の冒険者だろう? クラッグと言ったか? 私もその男について調べたのだけど、冒険者登録する前の彼の経歴は一切分からないんだが……?」
「…………」
この国の王様の情報網をもってしてもあのバカの秘密は掴めないのか……。
「……あのバカについては、謎です」
「えぇ……?」
お父様は眉を顰めた。私は水を飲む。
「あまり得体の知れない者と関わりにならない方が良いと思うんだが……、まさかお前とその男、デキてたりしないだろうな?」
「ぶっ……!?」
水吹いた。
「バッ……!? バカなこと言わないで下さいっ! あ、ああ、あんなバカとっ! あんな焦げ茶バカとっ……! ないですからっ! ありえないですからっ……!」
「やめてくれよ? 得体のしれない男なんて夫には出来ないからな?」
「絶対絶対絶対無いですからっ……!」
私は叫んだ。
くそーっ! そりゃ、そうでしょうな! 私が冒険者稼業やってるのがバレてたら、その相方の事まで調べてるよなぁっ……! くそーっ! あの男と知り合いなんてバレるなんて恥ずかしいっ……!
「えぇいっ! いいでしょうっ! お父様がそこまで言うなら、私も腹を割って聞きましょうっ! うちの王家の教育方針どうなってるんですかっ!? リチャードとかジュリとか、鼻伸ばし過ぎて成長してますよっ!? いいんですか!? あれでっ!?」
「おぉう……、何か知らんが娘の逆鱗に触れてしまった……」
お父様は少し身をたじろがせた。
「あんな訳も無く褒められまくって真っ当に成長できるはずないじゃないですか! 私、昔とてもとても恥を掻いたんですからねっ!」
「まぁ、確かに王族は何もせずとも貴族達から持ち上げられてしまうからなぁ……」
王族は常に周囲から褒め称えられる生活を送る。幼少期からそういう生活を送っている為、とても天狗になってしまいやすい。
私だってそうだったし、リチャードやジュリは現在進行形でそう。いや、私の兄弟全員が鼻を伸ばして成長しがちである。その最たるものは長男ニコラウス兄様だ。
気付いてないだけで、私だってまだ傲慢が抜けきってないかもしれない。謙虚は心がけているつもりなんだけど、こればかりは主観だからなぁ。
「でも周りの貴族の者達に、私達を褒め称えるのは止めろ、なんて言えないだろ?」
「まぁ、そうなんですが……」
王族を褒めて自身の事を気に入って貰おうとする事は普通の事だし、不敬罪と取られるのを恐れて失礼な事を言わない様にしようとする気持ちも自然の事だった。
「王族が崇高な存在であり、無条件で褒め称えられるべきだ、という風習はあまり良い教育になっていないことは分かる。しかし、1000年近く続く王国の慣習を変えるには私は普通過ぎた」
「…………」
「私は改革者ではなかったということだ」
お父様は少し目をつぶって喋る。
「……アルが惜しかったのだ」
「……え?」
「あいつは1000年に1人の逸材だった」
第二王子アルフレード兄様の事だ。私と同じ母を持つ兄様だった。
「1000年に1度って……そこまでですか?」
「お前はまだ幼かったからな。頭の良さや体の強さだけではない。歪みやすい王族貴族のコミュニティの中で、あいつは常に自分を正しく理解しており、誠実であり、そしてしたたかでもあった」
「…………」
「あいつは常に人にはない視点で世界を見ていた。この国に囚われず、世界を広い視野で見据え、見えないものをよく見ていた。あいつが裏で動き、収まった動乱や混乱は1つや2つじゃない」
「え……」
私は目をぱちくりさせた。その様子を見てお父様は少し笑う。
「あいつは端から見ると道化のようであったからな。アルの凄さを理解できている者はそう多くないだろう」
「…………」
アル兄様は王族の中では奇人変人の扱いを受けていた。
汚い酒場で庶民と呑み交わし、土方工事など平民達の仕事を率先してやっていた。貴族の方達から白い目で見られていた。
「アル兄様は……私を庇って亡くなられました……」
「立派な事だ」
「…………」
あの時何があったのか、それを知ることも私の使命だと考えている。
「だから、あいつが生きていれば王族のしがらみや悪習も壊されたんじゃないか、と思うこともある……」
「お父様は……アル兄様が生きていたら、彼を王様にするつもりだったのですか……?」
「…………」
残念ながら現在正当な王位継承者である第一王子のニコラウス兄様は周囲から良い評価を受けていない。頭は悪く、素行も良くはなく、周りからバカ王子と影で罵られている。
ニコラウス兄様の評判は良くなかった。
アル兄様が生きていた時も、アル兄様の方が王位を継承した方がいいという声も一時期上がっていた。彼の奇行が増すにつれてその声は収まっていったが。
現に今、ニコラウス兄様よりも第六王子のリチャードの方が王位に相応しいとして、彼を擁立する立場の者が多く存在する。
そこら辺をお父様はどう考えているのだろうか。
「いや……」
お父様は首を振る。
「慣習通り、王位を継ぐのはニコラウスだ。それは今も揺るがない」
「…………」
お父様は断固とした声でそう言う。それは絶対に譲れない部分である、と言った様な口調だった。
お父様の意見も分かるが、私は一般的な論旨も述べてみる。
「……お父様の意見に反対する訳ではないのですが、今現在リチャードを擁立する声は上がっていますよ? ニコラウス兄様では不満が上がるのでは?」
「いや、それでも王族の長男が次の王だ。慣習は揺るいではいけない」
お父様は少し水を飲んだ。
「……慣習が揺るいでは混乱が起きる。分裂が起き、戦いが起きてしまう」
「それは、そうですが……」
「イリス。評価が高い方を王に、という事では駄目なのだ。王の選別が人気比べであってはいけない」
「…………」
「それでは人気が取れやすい行動ばかりを繰り返してしまう。王は非情な決断を下さなければいけない時もある。人からの評価で揺らぎ、行動し、曖昧な基準の下で王を選んではいけないのだ」
確かに王様というのは、税を引き上げたりなど、民からの人気が下がる様な命を出さなければならない時がある。
国家の運営の基本である金の使い道にしてもそうだ。人気の取れそうなところにばかりお金を費やしていては、地味だが重要な部分にお金を回せなくなってしまう。
確かに王は人気に振り回されてはいけないという事はよく分かる。
その為には王族の長男が国を継ぐ、という絶対的な指標が必要なのだろう。
「……お父様の仰ることはよく分かりました。しかし、それでは暗愚な者が王になることを止められないのでは?」
「そこは……お前たちに期待したい」
「え……?」
……私達?
「ニコラウスを支えてやって欲しい。あいつは確かにバカ者だが、どうか家族で一丸となってあいつと共にこの国を支えて欲しい」
「……私達が、ニコラウス兄様を?」
「それが私の理想の王様の像だ」
お父様は少し顔を上げて、言う。
「私の代も、私より優秀な兄弟は何人かいた。しかし、私は王となった。もし王が他の誰かからの評価で決まっていたのだとしたら、私は王座にびくびくと震えながら座っていた事だろう。
あれをやったら人気が下がるのではないか、これをやっては王失格の烙印を押されるのではないか……」
「…………」
「50年先を見据え、国の政策を作れたのは王の位置が不動であったからだ。確かに歴史上、愚鈍な王は何人も出てきた。だから、これは絶対に正しい国の在り方とは言えないのだろう。
しかし、私は運が良かった。私の弟や妹は、私をよく支えてくれた」
「お父様……」
「お前達にもそうあって欲しいと思う」
私は少しぽかんと口を開けた。お父様は穏やかな微笑みを私に向けている。
少し意外だった。王は絶対的な存在で、その1人で天下に立ち、民を導く存在なのだと頭のどこかで考えていた。
しかし、王であるお父様は次の王を支えて欲しい、と言った。
それは、なんだか、なんというか……少し意外な意見だった。
「……アルが惜しかったのだ」
「……え?」
お父様は先程と同じような言葉を口にした。
「アルは優秀で、しかし野心が無く、人を支えられる子であった。確かにニコラウスは愚鈍で、正直私も心配なところであるが、アルがいるのなら何の不安もないと思っていた。
あの子がニコラウスを支えられるのなら、この国は安泰だと……」
「…………」
「ふぅ……」
お父様は大きなため息を吐いた。その息はアル兄様への期待の大きさと同義であった。
お父様はアル兄様の事を1000年に1人の逸材だったと言った。その者が自分の国を支えてくれるというのなら、それは王としてどれだけの期待であったのか。
でもアル兄様はもういない。
部屋に重い沈黙が過ぎった。
「私が……」
私は口を開いていた。
「……私達が、ニコラウス兄様を支えます」
「……あぁ」
「性格には難がありますが、アドナ姉様も、リチャードも優秀な人物です。皆で一緒に頑張れば、きっとこの国はもっともっと良くなります」
「性格に難があるって、イリスが言えたことじゃないけどなぁ……」
「……むぅ」
お父様はからからと笑い、私は口を尖らせた。
私別に普通ですもん。ちょっと冒険者稼業に手を出しているS級程度の実力を持ったごくごく普通の一般的な王女様ですもん。
「ありがとう、期待している」
「……はい」
この国の王がゆっくりと微笑んだ。
お父様のその顔を見て、私は胸の内に心地よい風が通っていった。
「……今は生意気ですけど、リチャードのお尻はアリア様が叩いて下さいますよ。ジュリもディミトリアス様にほの字の様ですし、根性叩き直すいい機会でしょう」
「それについては少し期待している」
そう言って、お父様と少し笑った。
「さて、では今日の婚約式を楽しみにしようか」
「はい」
今日はリチャードとアリア様の婚約式だ。リチャードは顔を真っ赤にしながら今という時を過ごしているだろう。式が始まる前にからかいに行くのもいいかもしれない。
「お父様」
「なんだ?」
私は言う。
「今日はお話が出来て、大変良かったです」
「……あぁ」
『叡智』についての話も、お父様の考えも聞くことが出来た。
私の胸に温かな火が宿っていくのを感じていた。
「そうだ、イリス。最後に1つ」
「なんでしょう?」
「今度機会があるときに『バルタニアンの騎士』を紹介しよう。お前の調査に役立てて欲しい」
「えっ……!? い、いいのですかっ!?」
心臓がどくんと跳ねる。
『バルタニアンの騎士』は表の世界に名が出ぬ秘密組織だ。もしかしたら、ローエンブランドンさんやリックさんの所属している『ジャセスの百足』と同等の組織なのかもしれないのだ。
その力を借りられるとしたら、それは一体どれほどの戦力となる事か……。
「折角ここまで話したのだ。『叡智』の力が引き起こす災害については私としても頭を悩ましている所だ。お前が『叡智』の力に対し、積極的に対抗してくれるというのなら、是非もない」
「あ、ありがとうございますっ……!」
私は大仰に頭を下げた。願っても無い話だった。どんどんと核心に近づいている感じがした。
お父様は楽しそうに笑った。
「期待しているぞ」
「はい!」
そうしてお父様とのお話は終わった。
私は席を立つ。
暖かな陽気が燦々と差している。今日は婚約式に相応しい日だった。
この国の為に私は何が出来るのか、『叡智』の力に対しどう働くことが出来るのか。
熱い太陽を見上げながら、私はもっと頑張ろうと意気込んだのだった。
―――そして嵐が近づいてくる。
その事はこの屋敷の誰も、まだ気が付いていなかった。
・水曜どうでしょうver
王様「腹を割って話そう」
イリス「ぼかぁーね? 別に話す事なんてないっつってんだよぉ! それがねぇ! このヒゲがねぇ? 『腹を割って話そう』って! おかしいでしょぉっ!?」
すみませんが、諸事情により更新を少しお休みさせて頂きます。
少し忙しくなってきてしまいました。それと、あと、軽い新作を書いてみたいなー、と思ってたりもしてます。
すみませんが、よろしくお願いします。
失踪したり、エタったりはしないよー。




