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111話 婚約式当日

【イリス視点】


 雲は高く、空が青い日であった。


「アリア様、お綺麗でございますよ」

「ありがとうございます、イリスお義姉様」


 純白のウエディングドレスに身を包んでいるのはアリア様だった。


 心地よい風が吹き抜ける日であり、太陽の日を浴びて庭の芝生も青々と力強く生い茂っている。ファイファール家の屋敷にはたくさんの貴族が詰め寄っており、皆花嫁の姿はまだかまだかと心待ちにしている。

 ファイファール家の屋敷はたくさんの色鮮やかな花で彩られ、華々しい飾りつけがされている。


 今日は長い事準備されていた第六王子リチャードとファイファール家のアリア様の婚約式の日であった。


「今日からは正真正銘お義姉様ですね」

「困った妹を持つことになってしまいました」

「あらひどいです」


 そう言って2人で小さく笑った。


 ギルヴィスの山を下りてから婚約式の日まではそう時間はなかった。『ジャセスの百足』から得た情報をフィフィーと共に整理し、クラッグとリックさんに小言を言いつつ、少し動き回っていたらすぐに婚約式の日となった。


 この日を終えたら王族は皆王都へと帰還する。

 そうなれば私の雇っていた冒険者達との契約も切れる。英雄都市トライオンでの調査活動は一旦区切りとなるのだった。


 中身の濃い日々であったような、しかし遂に目的は達せられなかったような、そんな奇妙な感想を胸に抱いている。

 取り敢えず、この日が終わって王都へと帰れば私は暫く王女(イリス)として生活することになるだろう。王都には王女としての仕事が山積みの筈だ。

 冒険者(エリー)としての活動は一時休止である。


「アリア様は白の衣装が良く似合いますね」

「そ、そうでしょうか?」

「はい。リチャードが見たら卒倒してしまうと思いますよ? 今日の婚約式は失敗ですね、アリア様がお綺麗なせいで」

「ご、ご冗談を……」


 アリア様でも少し緊張しているようだった。

 アリア様の海の様に輝く青色の髪が白いウエディングドレスに映え、彼女の美しさを際立たせている。上質な生地を使っているようで、裾がふわりと上品に広がっている。


 本当に綺麗なご令嬢だった。リチャードが一目惚れするのも分かるというものだ。

 いやー、この子の謀殺計画防げて良かったー。同じ女子ながら、この美しさが亡き者になるのはやるせない。許せない。

 まぁ、こんなウエディングドレスに身を包んだアリア様の姿を見ちゃったら、リチャードもころっと気が変わってしまった可能性が高いけどさ。何もしなくても謀殺計画はストップ掛かったんじゃないかな、と思えるような姿であった。


「アリア」

「お父様……」


 アリア様の前に現れたのはファイファール家現当主マックスウェル様であった。


「綺麗だな、アリア」

「ありがとうございます、お父様……」

「あぁ、本当に綺麗になった。立派に成長したよ」

「ま、まだ13歳の若輩でございます……」


 マックスウェル様は涙ぐんでいた。しかし必死に涙を流さない様堪え、当主としての威厳を崩さない様努力しているようだった。

 思いっきり泣いてもいいのに、とさえ思えた。


 マックスウェル様はアリア様に顔を近づけ、小さな声で喋った。不要な人に聞かれない様喋っていた。


「……お前の姉、ナディアは……残念だったが……私はお前の晴れ姿が見れて嬉しい」

「……!」

「お前はまだナディアの年を越えられていないが……すぐに追い越し、あの子の出来なかったことをたくさんしてくれると信じる」

「…………」


 そう小声で呟いて、マックスウェル様はアリア様から顔を離した。

 アリア様は泣きそうになって体を震わせていた。マックスウェル様はぐっと歯を食い縛っていた。


「……これからお前は王族の人間となる。敬愛する王家の為に身も心も捧げよ。滅私奉公せよ」

「……はい」

「良いか、親愛なる王家の顔に少しでも泥を塗る様な行いをしてみろ。その時は命を持って詫びて貰う。命を賭して全力で王家に仕えよ」

「承知いたしました、お父様」


 アリア様はお辞儀をし、マックスウェル様はうむと小さく頷いた。

 心にもない事を、と思う。この人が自分の娘の命を奪うようなことは絶対にするまい。絶対に出来ないのだ。

 今にも泣きそうなマックスウェル様の横顔を見てそう思わざるを得なかった。


「アリア」

「バーハルヴァント叔父様……」


 次に声を掛けたのはマックスウェル様の後ろに控えていたバーハルヴァント様だ。彼はマックスウェル様の弟であり、アリア様の叔父にあたる。


「まさか、この都市を襲った竜の襲撃事件がこんな風に繋がっていくとは思わなかった……」

「……はい、私もリチャード様と縁を結ぶようになるとは夢にも思っていませんでした」

「この婚約は言ってしまえば政略結婚だ。君にとって恐らく辛いものになるだろう。しかし、君はリチャード王子に尽くさねばならない」

「でも……リチャード様はとても優しいお方でした」


 アリア様は微笑み、バーハルヴァント様ため息1つ吐き力なく笑った。私は『リチャード様はとても優しいお方』の部分に少し首を傾げた。


「……俺から言えることはあまりない。あちらでも元気にやりなさい」

「ありがとうございました、叔父様」


 アリア様が丁寧なお辞儀をし、バーハルヴァント様は引いていった。


 その時に声がした。


「失礼する」


 聞き慣れた声がし、執事の者がこの部屋の扉を恭しく開ける。

 入ってきた者の姿を見て、皆が顔を強張らせる。そして慌てて片膝を付き、皆が頭を垂れた。


 この国の王様、ベオゲルグ王であった。

 私のお父様である。皆が片膝をつく中、私は頭を小さく下げるだけに留める。

 こつこつと足音を鳴らしてお父様がアリア様に近づいた。


「アリア君」

「はっ」

「面を上げなさい」


 アリア様が顔を上げると、お父様はその顔をじっと覗いた。


「ふむ……見違えるように綺麗だ。男子三日会わざれば刮目して見よ、と言うが、それは女子にも言えるのかもしれないな」

「お、お褒め頂き大変恐縮でございます」

「マックスウェル、娘をよく育てた」

「お褒め頂き感謝いたします」


 マックスウェル様の返答はとても流暢であったが、アリア様はどこか固くぎこちなかった。お父様が彫りの深い顔で彼女の顔を覗いているせいか、アリア様は体がカチコチになってしまっていた。


「お父様、アリア様はいつだって美しくあられますよ?」

「イ、イリス様……」

「ふむ、そうだったか。良い事だ」

「た、大変恐縮でございます……」


 私が褒めるとアリア様の体はさらに固くなった。

 お父様は目を細め、アリア様を見下ろしながら言う。


「君もこれから王族の一員となる。心から栄誉に思い、王族の為に尽くしなさい」

「はっ」

「王家に身を捧げ、良く働きなさい。リチャードによく従い、一心に尽くしなさい」

「かしこまりました」


 アリア様は凛と響く声でお父様の言葉に応えた。

 お父様が顔をアリア様に近づける。口を彼女の耳に近づけ、小声で話し始めた。私は耳が良かったから聞こえてしまったが、それは2人だけの内緒の話であった。


「……あの子はまだまだ傲慢で、粗野であるが、能力のある子だ。まだ未熟者だが、どうか支えてやってくれ」

「……っ!?」

「何かあったら私か、イリスに言いなさい。あの子は最近イリスに頭が上がらない」


 そう言ってお父様は顔を離した。

 アリア様は目を丸くし、驚きの表情を顔に張り付けていた。私もお父様の言葉に驚いている。

 この国の王様が、自分の息子を未熟者と他者に伝えた。王族はこの国で最も尊い存在であると教えられているこの国で、その王様が自分の息子を粗野と、まだまだと評価し、それを外部からの人間に伝えていた。


 お父様は一瞬だけ口の端を歪ませ、にぃっと笑った。


「期待しているぞ?」

「……こ、心から王家に尽くさせて頂きます」

「うむ、それで良い」


 お父様は満足げに頷き、その身を(ひるがえ)した。

 どうやら息子の嫁の顔を見に来ただけらしい。私はアリア様達に背を向けて部屋の外に出ようとするお父様を追った。

 少し音を潜めて声を掛ける。


「お父様……」

「ん? どうした、イリス」

「今お時間ございますでしょうか?」


 お父様は振り返り私の顔を見る。


「……丁度謁見の業務も終わり、式典まで時間はある」

「少々伺いたいことがあるのですが、お時間頂いても宜しいでしょうか?」

「何の要件だ?」

「…………」


 私は口を開かない。お父様は怪訝な顔をしたが、それで大まかな意図は伝わったようだ。お父様は顔を引き締めて小さく頷いた。


「……分かった。部屋で待っている」

「準備ができ次第、すぐに参ります」


 頭を下げ、お父様を見送った。


 私はお父様に聞きたい事があった。

 ローエンブランドンさんは言っていた。王家は『叡智』の力の存在を把握している筈だ、と。知らない筈が無いのだ、と。


 私は問いたかった。王であるお父様に問いてみたかった。


 お父様は『叡智』の力をご存知ですか? と。


少し文量が少ないので、次話『112話 王への謁見』は3日後 9/20 19時に投稿予定です。

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