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109話 ここで首を刎ねてやろう

【イリス視点】


「あの……こんな流れでこう言うのは気恥ずかしいんですが……」

「なんだ? フィフィー?」

「……わたしは解放してくれなんですかねぇ?」


 ここは旅館の地下の部屋。

 私とフィフィーは『ジャセスの百足』という組織に捕まっていた。『百足』の長のローエンブランドンに厳しく責め立てられ心が折れそうになったが、7年前に交友があった村の村長が遺してくれたメッセージのおかげで私は解放されたのだった。


 わたしを縛っていたロープは解けていた。

 しかし、フィフィーを縛っているロープは解けていない。


「ふむ……」


 ローエンブランドンは顎に手を当てた。


「お前の事はよく分からん。ここで首を刎ねとくか」

「ちょっ?!」

「えっ……!?」

「だ、団長っ!? お待ちをっ!?」


 わたし達は慌て、ローエンブランドンはからからと笑った。


「冗談だ」

「…………」

「…………」


 あんた顔が恐いから冗談分かり辛いんだよっ! と皆思ったが、誰も口には出せなかった。


「だ、団長。フィフィーはボクのパートナーですので……彼女の信頼性はボクが保証します」

「しかし、お前は『百足』であることを彼女に隠し通してきたのだろう? 常に一緒にいるから、ということは何の保証にもならん」

「うっ……」


 リックさんはたじろぐ。確かに今回一番の下手人である彼は何も言い返せなかった。フィフィーのじとっとした目がリックさんに向けられる。


「……まぁいい。リック、お前に免じてフィフィーも解放しよう。しかし、その前に聞きたいことがある」

「な、なんでしょう……?」

「君とイリスティナの関係についてだ」


 ローエンブランドンは言う。

 リックさんからの報告書を見る限り、私とフィフィーの関係が親しくなったのは神殿都市での任務からであり、そして今にして思えばその頃からフィフィーはエリーの正体に気が付いていた節が見受けられると報告書には綴られているらしい。


「S級冒険者とD級冒険者を偽った王女との関係。その繋がりが我にはよく見えん」

「…………」

「少し、説明して貰おうか?」


 ローエンブランドンは言外に「フィフィー、お前は王女に近づいてその権益の旨味を吸おうとしている愚図ではないのか?」と言っていることが分かる。


 もちろんそんな意図は私達の間にはない。しかし、フィフィーの顔が強張る。

 何故ならば、私とフィフィーが親しくなった経緯には、彼女が最も知られたくない『BL本』趣味が関わってくるからだ。


「あ、あー……、わたしとイリスが仲良くなった経緯ですけど……別にやましい間柄では決して無く……ただ、日々の仕事を通して仲良くなっていった訳でありまして……」

「団長、報告書には載せられませんでしたが、2人が親密になった経緯には彼女の趣味の『BL本』が関係しています」

「む……?」

「やめろーーーーーっ! リックーーーーーっ!」


 あの時にあった事を何一つ包み隠さずリックさんはローエンブランドンに報告する。フィフィーは大声を出しながら暴れようとするが、彼女を縛る縄は決して緩まない。この人誤魔化せるわけないから、とリックさんは苦笑いしながら言い、1つ1つ丁寧にあの時の騒ぎを説明していった。

 報告を聞けば聞くほどローエンブランドンの眉が顰められていった。


「……ということがありました。以上です」

「うっ、うっ、うっ……」


 フィフィーは嗚咽を漏らしていた。まさか自分の恥ずかしい趣味が裏の世界の秘密組織のボスに知られてしまうなんて夢にも思わなかっただろう。


「なんというか……我には分からん世界だ」

「……でしょうね」


 ローエンブランドンは実にしみじみとそう言った。


「フィフィーよ……」

「……?」

「お前の趣味、世界中にバラされたくなかったら『百足』に入れ」

「ひでぇ脅しだぁっ!?」


 フィフィーは泣いた。


「冗談だ」


 彼はカラカラと笑い、指を一本振るとフィフィーを縛っていた縄が解けた。フィフィーもまた解放される。

 ……解放されたはいいが、フィフィーは膝をつき項垂れた。ダメージは深刻であった。


「うっ、うっ……なんでわたしこんな目に……」

「残念だったね」


 取り敢えず背中をさすってあげた。なんか私よりもダメージ深刻そうだった。


「というより、団長……。エリー君の正体を7年前から知っていたというのは本当ですか?」

「本当だが、リック?」

「ボク、その情報貰って無かったのですが……そのせいで最近まで本当にエリー君の正体に気が付かないままだったのですが……」


 リックさんは本当に私がエリーである事に気が付いていなかった? ローエンブランドンがふんと鼻を鳴らす。


「下っ端に全ての情報を開示する訳ないだろう」

「……失礼しました」

「お前は気付きが足りん。一から鍛え直すか?」

「よ、喜んで……」


 リックさんがローエンブランドンの前ではたじたじだった。若くしてS級となり、いずれは紛う事なき世界最強になるだろうと言われているリックさんを下っ端と呼び、子供扱いしていた。

 恐い……。


「イリスティナ、フィフィー」

「は、はい」

「こいつは年の割には恐ろしく優秀で、それは我が組織の中でも異論はないが……まだまだ青く、未熟な部分がある。面倒を掛けるだろうが、どうかよろしくしてやってくれ」

「いえいえいえいえ……」


 ローエンブランドンがリックさんに頭を下げさせていた。

 恐ろしく恐縮である。リックさんが未熟者だったら、私は一体どうなってしまうのか?


「君たちは我らの存在を知った。しかし、我の責任を持って君たちを解放しよう。故に、お前たちが我ら『百足』に仇為す行動をしたのなら、我自らがお前たちをどこまでも追う。心せよ」

「は、はい……」


 そんなのは真っ平御免である。


「しかしそうではなく、我らは君たちと良い協力関係になれれば良いと考えている。支援が必要なら相談するが良い。情報が必要なら尋ねるが良い。我らも君たちが良い情報を持ってきてくれることを望もう」

「あの……」

「ん?」

「……結局、『ジャセスの百足』というのはどういう組織なんですか? 『叡智』の力に対して何をしているんです?」

「ふむ……」


 私の問いに、彼は顎に手を当て小首を傾げた。


「勿論全ては語れん。君たちは組織の人間にはならなかったのだ。だが、語れるところで言うと……我々の主な役割は『叡智』の力を持った人間の捕獲、保護だ」

「……捕獲?」

「そうだ。『叡智』の力と言うのは隔世的に遺伝する。故に自分が『叡智』の力の血縁であると知らず、成長し、その力を暴走させてしまうことがよくある。それが様々な場所で起こる『叡智』の災害だ。その力を持った人間を見分け、捕獲し、暴走させない様教育する。ロビンがいた村もそういう子供が集められた村の1つだったのだ」

「…………」


 あの村の村長は言っていた。ロビンは息を潜めて隠れて過ごさなければならない、と。あの村から一生出ることは出来ないのだと言っていた。

 それはあの村が『叡智』の力を持っている人を集める為の存在だったから?


「何故……そのようなことを……?」

「『叡智』による被害を出さない為……いや、君が聞きたいのはそういう事じゃないか」


 ローエンブランドンがふぅむ、と少し悩みながら言葉を紡いだ。


「……数百年前、ラフェルミーナという女性が自由になり、そこから『叡智』の力は世界に流出していった。我々の組織『ジャセスの百足』の前身はラフェルミーナが作り上げた村そのものだった」

「……?」

「彼らは『叡智』の力を持った者を家族として扱った。『叡智』の力が遺伝によって伝わることもあり、『叡智』の力を持った一番最初の人間がラフェルミーナだったということは想像に難くない」


 ローエンブランドンの話は私達には伝わりにくかった。

 しかし、ラフェルミーナ……ラフェルミーナ……どこかで見たことのある名前の様な……。


 ……そうだ、ロビンのいた村の地下にあった記録だ。そこにラフェルミーナの名前が記述されていた。


「……しかし、我々は『アルバトロスの盗賊団』ではないのだ。それは、何の証拠も提示できないが、団長としての責任を持って断言させて貰う」

「……?」


 ……なんでここで『アルバトロスの盗賊団』の名前が出るんだろう?


「それは、存じておりますが……?」

「……話せるのはここまでだ。これはヒントである。この情報が、君たちの調査の何らかのヒントになれば幸いだ」


 そう言ってローエンブランドンは穏やかに笑った。


「王女様……」

「は、はい? なんでしょう?」

「大切なのは敬意と誠意だ。これは人の上の立場に立てば立つほどより重要になってくる。人から敬意を向けられる立場になる程、敬意と誠意を心に留めとく必要があるのだ」


 彼は私を『王女様』と呼びそう言った。


「君なら分かってくれると、信じる」

「……ご助言、ありがとうございました」


 私は裏の組織の団長に頭を下げた。

 緊張した体にはこの部屋はあまりに冷たく暗かったのだが、一つの山が終わり緊張状態が解けてくると、この部屋の木材の冷ややかさが逆に心地いい。


 ふぅと大きく息を吐き、肩を下ろす。熱くなっていた頭がゆっくり冴えていく。行燈の赤く暖かで小さな灯に優しさを感じるようであった。


 密室の夜が終わりを告げた。




* * * * *


「エリー様とフィフィー様には2つの部屋を用意しております」


 ローエンブランドンとシルトさんに別れを告げて、私達は部屋を後にした。

 そこで『ジャセスの百足』と通じているであろう旅館の女将に案内をして貰っているのだが、どうやら私達は今日地上へは出られないようだ。


 旅館の女将は更に階段を下り私達を地下へと誘う。まさか、油断させて実は僕達を始末するつもりなんじゃ……と体を強張らせたのだが、その雰囲気が伝わってしまったのだろうか? 旅館の女将さんはゆっくりとこちらを振り返り、穏やかな顔で言った。


「地下の部屋ならば『百足』のお話をなさって貰って構いません。しかし、一歩でも地上に出たら『百足』の名前は一言も出さない様、お願い申し上げます」


 なるほど。今日はいくら『百足』の話をしてもかまわない環境を用意しますということか。


「地下のお部屋は皆様が取っていた部屋よりも豪華な部屋でございます。もう既に荷物も移動させて頂きましたので、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


 地下は広く、そして手入れが行き届いていた。なるほど、これが『百足』の活動地の1つなのだろうと納得させられる。

 部屋に案内される。確かに広く、綺麗な部屋であった。地下のじめじめとした感じは全く無い。


「それでは失礼いたします。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」

「あ、すみません、ちょっと待って下さい」


 女将さんを引き留める。


「クラッグって今どうしてます?」

「クラッグ様ですか? 先程まで温泉でお寛ぎになっていましたけど……」

「呼んできて貰えますか?」

「かしこまりました。クラッグ様でしたら我々の事情を把握してらっしゃいますので構いません。ただ今お呼びいたします」


 そう言って女将さんは下がっていった。

 数分後……。


「よぅ、エリー! 元気だったかぁ? こんな地下に押し込められて、災難だなっ!」

「このっ! クソヤロウがああああぁぁぁぁぁっ……!」

「ふべっ……!?」


 僕はクラッグを思いっきり殴った! グーで!


「知らない振りしやがって! 僕になんも知らないって嘘つきやがって!」

「ちょっ!? やめっ、やめろ! エリー!」


 僕は怒っていた! クラッグは『百足』の事について知っていたのだ! 知っていてケロッと僕を騙していたのだっ!


「ギャーーーーーッ!」


 クラッグへの尋問をしなきゃ、今日が終われる筈がなかった。


一身上の都合により、56話の『フェミル』の名前を『ラフェルミーナ』に変えさせて貰いました。


次話『110話 これだから男子はー!』は4日後 9/13 19時に投稿予定です。

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