表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/212

101話 考察

【エリー視点】


「…………」

「…………」


 煌びやかなシャンデリアに照らされた白く明るい談話室の中、そんな明るい部屋の様子とは対照的に、ここにいる冒険者達は険しい顔をしながら顎に手を当て、眉を顰めながら長い時間を思考に費やしていた。


 僕達はナディアとメリューの残した暗号を読んだのだった。

 そこには多くの情報が記されていた。衝撃的な真実、といった情報ではないのだが、そこにはS級の実力を持った人間が全力を持って調べ上げた情報が並べられていた。


 『叡智』『大英雄ナディオン』『祝い子』『呪い子』『アルバトロスの盗賊団』『ジャセスの百足』『バルタニアンの騎士』『幽水』『メリュー』……。

 様々なキーワードが出てきた。多過ぎて頭の中で纏まりきらない。


 ただ良く分かるのは、この『叡智』の調査は命がけであったという事だ。

 多分、きっと……この調査を行っていたことと、ナディア様が死亡しまったことに何の繋がりもない、なんてことはないのだ。


「情報を整理しようか」


 定型文の様にリックさんが口を開いた。


「まずは……大英雄ナディオンの石碑というところだけど……アリア様、ファイファール家はこの存在を知らないのですか?」

「は、はい……! す、少なくとも私は知りません……。大英雄が修行の際、好んで利用した湖というのは実際にあって、そこにファイファール家の別荘が建てられていますが、石碑の件は知られていません」


 急に話を振られたためか、アリア様は少しびっくりしながらリックさんの質問に答えた。

 そういえばファイファール家は子を産む際、大英雄ナディオンが修行した湖の傍の別荘で行うとか言ってたな。それか。


「『祝い子』が『叡智』の力を討伐する為の存在だっていうのは?」

「勿論そうは伝わってません。『祝い子』はあくまで大英雄の子孫に付けられるただの称号で、何の意味も無いとされています」

「まぁ、そうでしょうね……」


 この都市に伝わる『祝い子』の意味は元々教えられていた。


「ナディア様とメリューさんは『叡智』について探っていた。……この『アルバトロスの盗賊団』『ジャセスの百足』『バルタニアンの騎士』の3つのワードは?」

「…………」

「…………」


 皆が口を噤む。

 勿論『アルバトロスの盗賊団』には心当たりがある。神話に出て来る化け物の団体であり……というよりも、僕達が直近で追っている謎の集団だ。

 『ジャセスの百足』も少し心当たりがある。『ジャセス』という字面は知らなかったが、『百足』と言えばロビンがいた村で聞いたワードだ。『叡智』に関わる集団と見ていいだろう。


 じゃあ『バルタニアンの騎士』は?


「…………」

「…………」


 皆が心当たりがない、かというように首を振る。まだまだ僕たちの知らないところで、何か得体のしれないものが動いているのだろう。


「じゃあ次に『幽水』……と、それと戦っていた白フードの男。『バルタニアンの騎士』をたくさん殺していた、って書いてあったけど」

「『幽水』……って、名前が『幽炎』と似てるな」


 そう言ったのはクラッグだ。そういう単純な考察しか出来ない程、僕達は情報を持ってない。


「『幽炎』は炎の体で出来てたから、その『幽水』ってのは体が水で出来ているのかな?」

「黒フードの中が見えたって描写あったか?」

「えぇと……いや、フードによって顔が見えなかったって書いてあるね」


 『幽炎』と言ったら、神殿都市の地下で出会った化け物だ。A級とS級が跋扈する中で、悠々と大量の人を焼き殺していった化け物だった。

 事情が分からずきょとんとしているアリア様とコンにかいつまんで説明をする。


「『幽炎』のような存在がもう一体いるなんて冗談じゃないぞ? 俺、もう体を焼かれたくなんかねえんだけど?」


 クラッグがわざとらしい程大袈裟に肩をすくめる。


「次は『幽水』だから……クラッグは溺れることになるのかな?」

「やめーや、エリー」


 取り敢えず、『幽炎』も『幽水』とやらもクラッグに担当して貰いたい。


「それと戦っていた白フードの男は? 誰か心当たりは?」

「ムリゆーな。情報無さ過ぎんだろ」


 クラッグの言う事は尤もだった。白フード、という情報だけで個人を特定出来たらその人は超能力者だ。


「……個人的には、『幽水』の台詞の『人は皆、どうしようもない世界に漂う放浪者だ』ってところが気になるかな」

「そういえば、ロビンって人が似たような事を言ってたんだよね?」


 フィフィーの言葉に頷く。

 この調査の流れとして、ロビンが言っていた言葉と同じような言葉をクラッグが言っていて、そこからクラッグが読んだ本『幽かな水の知恵』の中に同じような言葉が入っていることが分かって、その作者メリューの事を追ったのだ。


 じゃあ、「僕たちはどうしようもない世界に漂う放浪者なんだよ」と言ったロビンと、その『幽水』という人物は繋がっている?


「……っていうか、『幽かな水の知恵』ってタイトル、『幽水』が入ってんじゃん」

「あぁ……」


 なるほど、『幽水』の存在を知っていたら『幽かな水の知恵』ってタイトルに、『百足』って集団を知っていたら『百足の巣』というタイトルに疑問を抱け、2つの本を結び付けられる、とナディア様とメリューは思ったわけか。


「じゃあ『幽水』と一緒に戦ったナディア様の『付き人』ってのは? 一緒に殺されかけたって書いてあるけど」

「それは……多分、ナディア姉様の執事のヴェールさんですね。姉様、ヴェールさんをかなり振り回してましたから、調査にも付き合わせていたのでしょう……」

「付き合わされて殺されかけるって、可哀想だなぁ」

「仰る通りです……」


 アリア様が頭を掻きながらどことなく申し訳なさそうに語っていた。ここにはいないヴェールさんに罪悪感を覚えているのだろう。

 前にヴェールさんはナディス様に振り回されて可哀想だった、みたいな事を言っていたけど、本当に振り回されていたようだ。巻き込まれて『幽炎』のような存在に遭遇するなんて……ヴェールさん可哀想……。


「次いくよ。メリューについてだけど……『叡智』の力が遺伝で伝わるっていうは新しい情報だよね?」

「うん、メルセデスはそんなこと言って無かったと思う」

「……僕としてはメリューが『理性的であり、付き合い易い人間だった』って記述に疑問を覚えるんだけど……」

「エリー、メルセデスにセクハラされまくってたもんな」

「主観の混ざる個人的な人物評価は後にして下さい」


 いや、記述の意味は分かるけど……。メルセデスが『災害』の元になる様な危険な存在だとは思えない、って意味だとは分かるけど。

 でもなー……釈然としない。


「『祝い子』については以前から情報があったけど、『呪い子』っていうのは? 『呪い子』と『祝い子』は対を為す存在だって書いてあるけど?」

「い、いえ……私は聞いたことありませんし……この都市でも伝わってない伝承だと思います」


 アリア様は困ったように首を振った。


「叡智の力を消すのが『祝い子』で、叡智の力を増やすのが『呪い子』か。叡智の力の敵が『祝い子』で、味方が『呪い子』」

「『祝い子』と『呪い子』の戦争が起こるだろうから、それに備えないといけないって?」

「構図は分かり易いのだけど……」


 皆が首を傾げる。

 探せ、言われてもどうやって探したらいいのかまるで書かれていないのだ。多分、この暗号の主のナディア様やメリューも分かっていないのだ。


「……メルセデスが意識を失う前に『祝い子』を探せ、って言葉を残したのは、これを知ってたからなんだね」

「そうだろうね。でも、探し方が全く分からないよ。『私が祝い子です』とか、名乗り出てくれる人がいないかなぁ?」


 フィフィーがふぅとため息をつく。

 メルセデスが残してくれたヒント、その源流に辿り着くことが出来た。しかし源流に辿り着いてもその先に進まない。『祝い子』とやらを見つける手段が分からない。


「問題は最後だよ」


 リックさんが暗号の写しの最後の分を指さす。


「『もし、英雄都市トライオンの周辺で何かが起こったのだとしたら、それは間違いなくアルバトロスの盗賊団の手によるものだと、ここに示しておく』って書いてある。つまり……」

「…………」

「…………」


 この2つの小説が出版されたのは8年前。その直後にこの英雄都市で起こった大事件と言えば……明白である。


「竜の襲撃事件は……アルバトロスの盗賊団の仕業だった?」

「……そう、彼女たちは示唆しているね」


 僕達は腕を組み、思考する。このことが何を意味するのか、考える。冷静に考えるだけの余裕があった。

 強く動揺しているのはアリア様であった。口に手を当てながら体が小刻みに震えている。


 無理もないかもしれない。竜の襲撃事件、というのは天災のように扱われてきた事件だった。竜の群れの進行方向にたまたま不運な都市があった、という事件の筈だったのだ。

 災害なのだから仕方がない、不幸だったのだから仕方がない。そう思い都市の人たちは深い傷を誤魔化す様に慰めてきたのだ。


 それが、あの事件は何者かの手によるものだった、人災だった、と突きつけられて穏やかでいられるはずがない。

 しかも、自分の姉がその事件に巻き込まれているのだ。


「……『アルバトロスの盗賊団』というのが……ナディア姉様を狙った?」


 震える声でアリア様が喋る。


「『叡智』について調べ上げようとしているナディアを始末しようとした、というのと『叡智』の力が宿っているメリューを捕縛しようとした、という意図が見えるな」

「……アルバトロスの盗賊団のセレドニがメルセデスを狙っていたのだから、後者は確定だと思います」

「…………」


 アリア様が強く歯を噛み締めた。

 今この時点、彼女にとって『アルバトロスの盗賊団』は実の姉の仇で、都市全体を苦しめた憎い敵をなった。


「あー……、ここまでくるとメルセデスの話を直接聞きたいなぁっ!」


 少し大きめな声でぼやく。

 メルセデスは今、昏睡状態であり普通に話が出来る状態ではない。しかし、このレポート以上の情報を持っている可能性はあるし、少なくとも竜の襲撃事件で何があったのかは知っているのだ。

 この本が出版された後何が起こったか、なんて苦悩して考えるまでもなく、直接本人から聞けるのだ。


「と、とりあえず情報屋『クロスクロス』の方にボクが連絡してみるよ。メルセデスさんの容体がどうなったか、催促の連絡を送ってみるから」


 リックさんが苦笑しながら言う。情報屋『クロスクロス』というのは昏睡状態のメルセデスを保護してくれている組織である。表向きは王都の地下でカジノを経営しているとこで、この前リックさんやクラッグに紹介して貰った。


「あっちからなんも連絡がないってことは、普通に考えてまだ目覚めてないんじゃないの?」

「……そうだとは思うけど、一応ね」


 メルセデスが目覚める傾向があるのだと分かれば今後の方針も変わってくる。もしメルセデスの証言が期待できるとなれば調査は大きく進みそうだ。


「…………」

「……アリア様?」


 アリア様の様子が少しおかしかった。俯きながら口を閉ざし、心ここにあらずといった感じであった。


「あ、いえ……」


 僕が声を掛けるとばっと顔を上げ、どこか心苦しそうにどことなく目を逸らした。


「……姉様は、こんなにも深く何かを追っていたのですね」

「…………」

「命がけで……私は何も知りませんでした……」


 そしてまた俯く。まるで自分を責めるかのような小さな声だった。

 隣に座っていた(イリス)がアリア様の頭を撫でる。俯く小柄なアリア様の頭はとても撫でやすい位置にあった。

 アリア様は少し目を丸くした。


「これから……これからです」

「…………」

「まだまだ、これから。これから」


 イリスの声に、アリア様は少し頬を赤くした。


「……さぁ、みなさん。そうです。これから……これからどういたしましょう?」


 イリスは皆にそう語り掛けた。

 皆がふんと鼻を少し鳴らしながら、意見を出し始める。


「……このレポートには『祝い子』を探さないといけない、と書いてあるけど『祝い子』の探し方は全く分かってないね。このレポートはご丁寧に情報を得た場所が記されているから……そこに行って現地の情報を得てみるのが一番なんじゃないかな?」

「今からこの都市を離れるのかい? アリア様とリチャード……様の婚約式までもうあまり日は無いよ? 調査して、戻って来れるかな?」

「最悪俺ら婚約式の護衛出られなくても良くね? 人手は余ってんだろ?」

「え? 契約的に大丈夫なの? それ?」


 わいわいと今後の調査方針について意見を出し合う。そんな気の抜けた会議を前にして、アリア様はくすりと笑った。

 この調査はもう脇道にそれた調査ではない。

 7年前の竜の襲撃で何があったのか……英雄都市の痛みを追う調査となった。


「でもさ、あるでしょ? 1つ、行っても戻って来れそうな場所が」


 フィフィーが手を上げて意見を出す。


「ほら、ここ……」


 レポートの一部分を指さし、フィフィーはその個所を示す。

 それを見て、皆が小さく頷いた。


 そこは僕にとっても望むところ、といった場所であった。

 次の調査場所は決まった。


「アリア様が強く歯を噛み締めた」という文章が「アリア様が強く覇を噛み締めた」に誤変換され、貴族のお嬢様が世紀末覇者みたいになってしまった……。


次話は3日後 8/14 19時に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ