100話 隠されたメッセージ
【2つの書の暗号】
このメッセージがいつか、いつか遠い日、誰かに届き、微力ながら世界の一歩へ繋がることを祈る。私達は命を賭してこの記述を残す。
願わくば、この調査内容が他者によって葬られず、100年200年と残り続け、いつか誰かに届くことを祈る。
私が『叡智』の力について知ったのは、大英雄ナディオンの石碑だった。
大英雄ナディオンが自ら残した石碑の存在はほとんど知られていない。大英雄が好んで利用した湖の底から通じる洞窟にその石碑と彼の秘密の部屋が残されている。
私、ディアはとある事情からその洞窟の存在を知ったのだが、この石碑は英雄都市トライオンの領主ファイファール家も把握していないものである。
この石碑には『叡智』と『祝い子』について記されていた。
『叡智』とは何か。それは力の根源であると石碑には刻まれていた。この力の根源はあらゆる奇跡、あらゆる災厄に変換され世界を惑わせてきた。起源不明の根源を司る魔法の力であった。
大英雄ナディオンは神域の蛇ナーガを討伐したということで有名である。
その邪蛇ナーガもまた『叡智』の力によって生み出されたものだと、ナディオンの石碑には書かれていた。
ナディオンは自分のことを『叡智』の力を討伐する為の存在であったと記している。力の根源を破壊することが自分の使命なのだと理解していたのだという。
その役割と力を担った者、それが『祝い子』であるのだという。
『祝い子』というのは、英雄都市において大英雄ナディオンの別称、そこから転じて彼の血を継ぐファイファール家の当主の事を言う。また、英雄都市で行われる祭りの舞踏の演者もまた『祝い子』と称される。
だが、大英雄ナディオンは明確に『祝い子』は『叡智』を討伐する為の存在であると記している。それは天命にも似た自覚であると語っていた。
大英雄ナディオンは神域の蛇ナーガを討伐した後も旅を続ける。『叡智』の起源を探り、その意味を探り、力の欠片を破壊し、その大元を探し求めた。
『叡智』の力の分流を宿す人間を幾人か殺したという。また、海の怪物『ディルディシア』を討伐し、これも『叡智』の力が宿っている存在だという。
しかし、これもまた『叡智』の力の一端でしかなかったと、ナディオンは記している。
結局自分には根源に至り、それを消滅させることが出来なかった、と無念の胸の内が石碑には刻まれていた。
私は大英雄ナディオンの遺志を継ぎ、『叡智』の力について探ることとした。
冒険者を名乗り、旅をしながら手掛かりを探す。私の付き人に多大な苦労を掛けてしまっているが、笑って許してほしい。
この記録を読める者なら私、ディアの正体を察しているものだと思うが、始めに言っておく。私は『祝い子』ではない。
『祝い子』の力は遺伝によって引き継がれるものではないようだ。これについてナディオン自身も調査しており、彼の先祖に『祝い子』の力が発現した者がいたという記録が微塵も残っていないことが、石碑に既に記されていた。
私は自分の中に『祝い子』の力を感じない。
『祝い子』の力は『叡智』の力に対して非常に強力に作用するらしい。『叡智』の弱点が『祝い子』の力であるようだ。
なので私の調査方針は『叡智』の力について探る、そして『祝い子』の力を継ぐ者を探す、というものだった。
大災害、大厄災、大怪物、神の奇跡、と呼ばれる逸話の陰には『叡智』の力が関わっていることが多い。私はナディオンの石碑も頼りにしつつ、それらの大事件の逸話が残っている地を訪ね回った。
そこで気が付く。そういった大事件の逸話の中の複数に『アルバトロスの盗賊団』『ジャセスの百足』『バルタニアンの騎士』というワードが登場することを発見した。
これは団体の名前であるようだ。大異変に介入していく3つの団体。この団体の関係性は定かではなく、目的も定かでなく、『叡智』に対してどういう立場を取っているのかも分からない。世界の味方か、敵か。もしかしたら名前が違うだけで同一の団体である可能性もある。
一つ、自らの目で見た体験を記す。
ドスフェの村の神の奇跡、万薬の華の伝説を調べているところで『バルタニアンの騎士』の単語を耳にする。その噂を追っていき、ドスフェ村の傍にある深い深い森の中へと足を運ぶ。
そこにいた。
黒いフードを被り、一目で不吉を感じる何かが立っていた。
フードによって顔は見えなかった。人間としての本能があれは良くないものだと最大限の警鐘を鳴らしていた。
その黒フードの足元には独特の形をした鎧を着た大量の人間が地に伏せていた。血を流し、絶命していた。その黒フードが殺したのだと推測するのは容易だった。
恐らくその鎧の騎士たちが『バルタニアンの騎士』なのだろう。全員動かなくなっていた。
その光景を見てしまったから、私達は黒フードとの戦いになった。
全くもって手も足も出なかった。私も付き人もS級の実力があるにも関わらず、数十秒と持たず殺されかけた。
『運が悪かったと思って諦めろ。人は皆、どうしようもない世界に漂う放浪者だ』
その言葉が妙に印象に残っている。
私がこうして生き、記録を残せているのは、そこで横やりが入ったからだ。
白いフードの男が私と黒フードの間に割って入り、白フードと黒フードが斬り結ぶ。
『逃げろっ! 幽水は俺に任せて君たちは逃げるんだっ!』
という白フードの言葉を聞き、血を流す付き人を抱え私は逃げた。訳も分からず逃げた。こうして私は生き延びた。
それ以来、『幽水』と呼ばれた黒フードも、それを抑えた白フードとも出会えていない。噂も聞かない。後日、勇気を出してその森に再び入ったが、そこには鎧の騎士の死体も無く、何の手掛かりも無くなっていた。
ただ、私の知らないところで私の知らない何かが戦いに身を投じている、という事は分かった。誰も知らない伝説は今もなお動いているのだと知る。
取り敢えず、黒フードを見つけてしまったのなら追わず逃げろ、とここで警告しておく。アレは普通に人間には勝つことが出来ないだろう。
もう一つ、『ジャセスの百足』にも少しだけ触れる。
チェベーン家領内での調査を続けていると、『ジャセスの百足』の一員と思われる人物と接触する。追うが、チェベーン家領内を出てトルドコ街道を走り、山腹にあるギルヴィアの宿場町にてその姿を見失った。
不完全な調査の一つとなってしまったが、このメッセージを見ている人の足しになればと思い、ここに記録する。
同著者メリューについても載せる。
彼女は『叡智』の力を宿している人間だ。
記述する時期が前後してしまうが、黒フードに出会うよりも前、私は『叡智』の力を調べている最中に彼女と出会った。意外にも身近に『叡智』の力を宿す人間と出会った。
彼女は暴力的でなく、理性的であり、付き合い易い人間だった。『叡智』の力といえば、暴走、混乱というイメージが先行していただけに少しの驚きを覚える。
彼女の証言によると人に宿る『叡智』の力とは遺伝で伝わるものらしい。彼女の祖先にも『力』が宿っていたらしく、それは隔世的に発現しるものであり、発現した者はそれを必死に隠し、抑えながら生きてきたのだという。残念ながら、彼女の親族はもう既に亡くなっていた。
自分は『叡智』の力の一端でしかない、とメリューは語る。
力の調査を続ける。
メリューも調査に参加するようになり、調査は飛躍的に進むようになる。
そこで『呪い子』という存在について知る。
デステルテミナ地方のブリュー村落にその記述は残されていた。そこで起こった山を圧し潰す程の大重力、後に『巨人ヨートゥンの大仕事』と呼ばれる大異変は『呪い子』エクステスクがボヤードという人間に宿った叡智の力を暴走させて起こったことだと、記述者のトートルクルスは示している。
『呪い子』は『祝い子』の対を為す存在であるとそこに記述がある。
『祝い子』は叡智の力を消すための存在であり、『呪い子』は叡智の力を増長させる為の存在であるとそこには記載されている。叡智の力の敵が『祝い子』で、叡智の力の味方が『呪い子』ということである。
エクステスクは『呪い子』の力によって狂ってしまったのだ、とその友人だったトートルクルスは示す。エクステスクは自分で増長させた叡智の力によって死亡したと、そこには記されている。
世界は『祝い子』を見つけ、守らねばならないと記述者トートルクルスは示す。
いつの日か、『呪い子』の力を引き継ぐ者が叡智の力を集め、増長させ、世界に牙をむく日が来ると記されている。その時に叡智の力の天敵である『祝い子』を擁立し、『呪い子』との戦争に挑まなければならない、と記されていた。
『祝い子』と『呪い子』。
大英雄ナディオンの石碑には『呪い子』について記述されていなかった。恐らくナディオンは『呪い子』の存在を掴むことが出来なかった。私がこの村の記述を手に入れたと天国のナディオンが知ったら悔しがるのだろうと思う。
そして私達は『アルバトロスの盗賊団』が叡智の力を宿す者を収集しているという情報を手に入れる。
紫色の神話の怪物『オブスマン』が人を攫うのだという噂の断片と、不思議な術を操る人がいるという噂の断片を、今までの調査の情報で組み合わせれば『アルバトロスの盗賊団』が叡智の力を集めているという結論を出すのは容易だった。
『オブスマン』は『アルバトロスの盗賊団』の神話に出て来る化け物の事だ。長い歴史の上でその目撃情報はほとんど無かったのだが、ここ十数年の期間で『オブスマン』の目撃情報が複数確認されている。
何かきっかけが起こり、『アルバトロスの盗賊団』の『オブスマン』が活動を開始した。私達はそう推測している。そしてそのきっかけが、トートルクルスが危惧していた『呪い子』の覚醒であるかもしれない、とも考えている。
今、直近の問題としては友のメリューについてだ。
『アルバトロスの盗賊団』が叡智の力を継ぐ者を追っているのだとしたら、当然メリューもその対象となる。メリューを守る手段、隠し通す為の作戦も考えていかないといけない。いや、『アルバトロスの盗賊団』が狙う者達を広く防衛する手段を考案、開発、整備しなければいけないのかもしれない。今後の課題である。
暴走する可能性を持つ『叡智』の力は悪か、悪でないか、守るべき対象か、という事も考えていかなければいけないが。
ここ最近、世の中が少しだけきな臭く、ほんの少し怪しく推移しているようにも感じる。過敏になり過ぎだろうか? 十分警戒していかなければいけないが、その対抗手段としてこの著書を残し、後の世の為に私達の調査結果を残すこととする。
祝い子の力を継ぐ者を探さなくてはならない。
『叡智』の力とは何か、その根本を探らねばならない。
何かを見誤った時、世界は傾いてしまう、そんな危機感を覚えている。
だからこのメッセージが、これを読むあなたの役に立ち、世界と貴方の命を守ることに役立つことを心より祈る。
最後に……、
もし、この本が出版されてから近い未来、英雄都市トライオンの周辺で何かが起こったのだとしたら、それは間違いなく『アルバトロスの盗賊団』の手によるものだと、ここに示しておく。
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秘密の文章はここで終了していた。
100話!
『叡智』っていう単語が多用されているけど、多分2つの本で登場人物の名前が『エイラ』とか『ランエイ』だから『エイ』が重なって変じゃないんだと思う、とかいう妄想を勝手にしてみる。
次話は『101話 考察』は3日後 8/11 19時に投稿予定です。




