98話 アリアの告白
【エリー視点】
メルセデスと思われるメリューは『幽かな水の知恵』という本を出版していた。
そして、そのメリューと頻繁に会っていたという謎の女性ディアはほとんど同時期に『百足の巣』という本を出版していた。
この2つにはどういう意味があるのか。
僕達はまた印刷所の責任者アゲロスさんを訪ねていた。
「はぁ……今度はディアさんの事を聞きたいと?」
「はい」
「勿論アリア様の願いとあれば喜んで協力させて頂きますが……この本『百足の巣』は全然有名ではありませんよ?」
だからこそ話を聞きたいのだ。僕たちは売れる本の秘訣を聞きたい訳ではない。
「えぇと、何を説明したらいいのか……」
「始めから、詳しくお願いします。長くなっても構いません」
「……かしこまりました。では彼女が訪れて来た日から」
とは言っても別に変な話なんかは無かったですからね、という前置きとともに始まる。
「そのディアという子はある日ふらっとここにやって来て、この本を出版して欲しいと、原稿とたくさんの金を持ってきました。よくある貴族の道楽ですね。そのお金だけで利益は出そうだったので、断る理由はありませんでした。時期は……確かメリューさんの本の出版日の1ヶ月後ほどだったと思います」
「妙な行動はありませんでしたか?」
「覚えている限り、変なところはありませんでした。普通の持ち込みでしたよ」
ふぅむ……。
僕達は腕を組んだり、顎に手を当てたりと考え事をしながらアゲロスさんの話を聞く。
「紅色の花の髪留めを付けていた青髪のポニーテールの子で、綺麗な子でしたよ? 15歳くらいでしょうか? 顔つきは凛としていて、とても綺麗なお嬢さんでした」
メリューの部屋周辺で聞いた情報と一致する。その子は確かにディアなのだろう。
「……紅色の花の髪留め」
アリア様がぽつりと呟いた。……なんだろう? 紅色の花の髪留めに何か気になるところがあるのだろうか?
「そのディアさんの家名は? 住所は?」
「どちらも伺っておりません。聞かないで、と言われました。金さえ頂ければ仕事はするので、身元なんて情報は要りませんでしたから」
「……メリューさんとディアさんについて、何か関係性はありますか? お互いがお互いの事を何か言っていたとか?」
「いいえ? 共通点といったら、同世代の女の子としか」
「……何か変な事を言ってませんでしたか? 何か……この本に隠された暗号があるとして、その解放のヒントになるような事は?」
「うーん……そう言われましても……。もうずいぶん前の話になりますし、それに記憶に残る変な会話はしませんでしたなぁ……」
アゲロスさんは腕を組みながらうんうんと考える。こちらも難しい質問をしているという事は自覚している。申し訳ない。
「聞き込みをしたら、メリューは貴族であるはずない、という話を聞いたぞ? 身なりも汚かったとか」
クラッグが口を出す。
「え? ……いえいえ、身なりはとても整っておりました。お金も十分に用意してくださいましたし、庶民ではあり得ないかと」
「……そうか」
アゲロスさんの回答にクラッグは腕を組む。ここは2つの場所で証言が食い違っている。
会話が途切れる。行き詰まる。
「……今日の所はありがとうございました、アゲロスさん。難しい質問ばかりで申し訳ありません」
「いえいえ、また何かありましたらいつでも何でもお聞きください。では」
そう言って、印刷所の聞き込みは終了した。
ホテルに戻り、仲間内での話し合いに戻る。
「さぁ、さて……特に新しい情報はなかったな」
印刷所での聞き込み調査で目新しい情報はなく、全て想定内の返答が返ってきた。
ディアさんという人は『百足の巣』の1冊しか出していないという話だったし、他に繋がるヒントは得られなかった。
「ねぇ」
「ん?」
「竜の襲撃事件当日、メリューの部屋で戦闘が行われたって推理をしたよね。竜との戦いではなく、槍対剣の戦いだったって」
「少なくとも俺はそう推理したな」
「その中で、メリューはタンスの中に隠れていた。だからメリュー以外の誰かと誰かが戦っていた……ってことだよね?」
「タンスに隠れていたことと竜の襲撃事件での戦闘が全く関係ないのなら推理を改める必要があるけど……普通に考えたらその時に身を隠すよね?」
クラッグやフィフィーの補足を貰いながら推測を続ける。
「……で、メルセデスは『アルバトロスの盗賊団』に追われていた」
「…………」
「もしかして、メリューの部屋で戦っていたのはディアさんと『アルバトロスの盗賊団』だったんじゃない?」
「……確かに」
僕の言葉に皆が考え込む。推察に対する証拠は無いけれど、この推察を即座に否定出来る様な矛盾はなかったみたいだ。
「……そうなると、ディア殿は槍か剣か、どちらでござろうか?」
「この都市の住人なら槍……と言いたいところだが、流石に分からん。ディアって奴に対する情報が少なすぎる」
「…………」
「そうなるとディアって子の詳しい調査が必要になると思うけど……あ、その前にわたしも考えたことがあるよ」
フィフィーがぱっと手を上げる。
「はい、フィフィー」
「はい、エリー先生。メリューが貴族か貴族じゃないか分からない、って話だったけど、考えてみたら単純な話だと思うんだ」
「単純?」
「うん、つまりディアって子が貴族なら、メリューの分のお金と服装を用意してあげればいい。それならメリューが本当に貧乏でも出版用のお金を出すことが出来るでしょ?」
「……確かに、そりゃそうだね」
確かに単純な話だ。ディアがお金を貸した。それで全ての辻褄は合う。
「そうなると……」
「うん」
「メリューとディアは本を2冊出す必要があった。2冊出さないと彼女たちの思惑は成功しなかった。しかもそれはディアが2冊出す、という形ではなく、メリューとディアが別々に本を出版する必要があった」
メリューとディアが画策していた事。それは……、
「ということは……つまり……」
「あ……! あのっ……!」
その時に大声がした。アリア様だ。アリア様が何か決心したかのように椅子から勢いよく立ち上がり、大声を発す。注目が集まる。
「は、話を切って申し訳ありません! で、ですが……少し、お伝えしたいことがありますっ……!」
アリア様は少し顔を赤くしている。心臓をドキドキさせ、緊張しているのが分かる。深呼吸をして自分を落ち着かせようとしている。
「なんでしょう? アリア様?」
「こ、これから私がお話しするのはファイファール家の重要な秘密ですっ! わ、私が父の許可なくこれを他言すれば私は罰を受けるでしょう! で、でもお伝えしますっ!」
アリア様は少し早口になりながら、そう喋る。がっちがちに体が強張っているのが分かる。
「……え? どういう事です? アリア様?」
「当家の秘密が今この場で必要な情報だと判断しました! 話すかどうか迷いましたが……お、お話しますっ!」
ファイファール家が抱える秘密? それが今必要な情報? よく分からず僕たちは一瞬目を見合わせ、そして話を促すようにアリア様に視線を送った。
「……いいのですか? アリア様?」
「は、はい。構いません。この場で必要な情報だと思いますからお話します。私はそのディアという女性に心当たりがありますっ!」
「…………」
謎の女性ディアに対する情報。僕達の表情も強張るのを感じる。アリア様はすーはーと深呼吸し、呼吸を整える。僕たちはアリア様の言葉を待つ。
「……紅色の花の髪留めを付けたポニーテールの女性に心当たりがあります。多分、ディアという方はその女性だと思います」
「…………」
「その女性は……」
アリア様はごくりと息を呑む。それにつられ、僕達も息を呑んだ。
一瞬、しんとした緊張の空気が張り詰める。
アリア様は口を開いた。
「……私の姉様ですっ!」
「…………」
「……は?」
一生懸命告白をしたアリア様と裏腹に、僕達はぽかんとした表情になる。
「……ん?」
「あれ?」
皆で首を傾げる。そうだ、なんかずれている。
ファイファール家領主マックスウェルの子供は第一子の長男ナディスと第二子のアリアだけだ。そして、その長男ナディスは竜の襲撃事件で死亡したとされている。
だからファイファール家の子供はアリア様しかいなくなり、男性の世継ぎがいなくなったという話だった。その世継ぎに、マックスウェルの弟のバーハルヴァントの息子ディミトリアスが候補に挙がっている、という話だった筈。
……そう考えるとアリア様に姉などいる筈がない。
アリア様以外、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をしている。なんか話がおかしい。
「あー、アリア様……あれ?」
「……もしかして、マックスウェル様には隠し子がいたんですか? その人がディアという人の可能性がある?」
「あー、なるほど」
僕の発言に周りが小さく頷く。確かに隠し子なら他言してはいけないファイファール家の秘密にもなるだろうし、辻褄が合う。
「い、いえ……そうじゃないんです」
でも違った。アリア様は否定する。僕たちは分からなくなる。
「その……じ、実は私の兄ナディスは……」
「…………」
「に、兄様ではなく……姉様なのですっ!」
「…………?」
アリア様の決死の告白に、僕達は首を傾げる。
「私の兄様は、実は姉様なのですっ!」
「…………は?」
首を傾げる。
どうしてだろう? 意味が分からない。アリア様の仰っていることがよく分からない。首を傾げざるを得ない。
話を聞けば聞くほど話がよく分からなくなっていった。
外でカラスがかーかーと鳴いていた。
次話『99話 兄か姉か?』は3日後 8/5 19時投稿予定です。




