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30 密命

織田家と本願寺の間で再び亀裂の兆し。

要因は切支丹を邪教として排除する本願寺の方針と、そうなるよう画策して煽った織田家の動きかあ。


信長は切支丹を容認。

対して私は容認していないと目されている。

否定もしてないんだけどね。


そんなところにお手紙一つ。

善なる僧たる切支丹を擁護し、悪性の本願寺を処罰すべき!

とかなんとか。

署名にある名は島田と松井。


全体見ても、どこにも信長の名はなく丹羽の添状が添付されているのみ。

これは流石にちょっと酷いんじゃないかね?


「公方様に対し奉り無礼ではないか!」


「公の文書ではない。無視すればよい」


幕臣たちも驚き呆れて真面目に取り沙汰しない者が数多。

ただ彼らの中にも切支丹信奉者はゼロではない。


「しかし無実の者を迫害する本願寺もよくありませぬ。

 幕府として注意するのは必要ではありますまいか」


「ならば当事者が訴訟を起こすのが筋であろう。

 詮議ないまま片方を処罰するのは道理が通りませんぞ」


感情的にならないよう気にしながら、取り持とうとする者もいる。


彼らが気にするのは内容ではなく文書の有様。

切支丹や本願寺に含む者がいるのは当然だが、それよりも幕府の面子を潰しにかかってるのではないか。

そんな疑惑が見え隠れ。

だから気にして議論の題となった次第。


ちなみに今回文書を携えてきたのは重政。

すっかり都の代官が身に付いたが、代わりに軍事活動は減少傾向。

本人的には悩むところもあるらしい。


都を管轄するトップは信広で変わりない。

ただ高齢に差し掛かっているため、健康面で些か不安視されている。

信長より十くらい上だからな。

そこで些事は補佐の重政が務め、当人は頭脳労働に注力することになったらしい。


結局今回は結論を出すことなく重政に口頭で注意。

意見書にしても、もうちょっと格式に則った文書を出すようにと。

信広の判断は正しく些事に終わった。


切支丹と本願寺については保留。

一応、畿内の治安維持を図るべく動くことにはなった。

具体的に誰が何にどうというのは未確定。


こういった議論が最近は少なくない。

そして織田家に情報として流れているのも珍しくなんてない。


これを逆手にとって、最近は伊賀衆、甲賀衆、雑賀衆からある噂を流す準備を進めている。

その噂ってのはまあ、簡単に言うと将軍が無能っぽいねーっていうやつ。

先般示し合わせた策謀の一環ですよ。


しかしまだ拡散する時じゃない。

その瞬間を見極めることで効果が正しく発揮されるとなれば、慎重にもなるよね。


広める時は一斉に。

今はまだ極々一部に種をまく作業のみ。

標的は畿内西部から中国地方。

今後動かす予定の地域である。



* * *



「兵部よ、久しいの。息災であったか?」


「誠にお久しゅうございます。

 公方様におかれましてはご壮健の様子、安堵致しました。

 私もこの通り、恙なく過ごしておりまする」


久しぶりに都へ兵部を招聘。

信長のもとに出向している彼はこれまで中々戻る機会がなかった。

連絡は定期的にとってたんだけどね、やっぱ直に顔を見ると違う。


「あとで大和守や式部らとも存分に久闊を叙するが良いぞ。

 向こうで日向守と会う機会はあったかの?」


「何度か会って話しましたが、すっかり織田家の人間でしたな」


織田家の重臣に納まったとは言えみっちゃんは元幕臣。

出向組の兵部と会うこともあろうと聞いてみれば。

ちょっと寂しそうに言うものだから思わず言ってやったよ。


「なあに、どれだけ染まっても心が余から離れることはない」


「…左様ですな」


自意識過剰と思われたかな?

苦笑されちまった。


だが事実だ。


会合について詳しく言うつもりはないが、どっちにしろ接点は作れるからね。

忍び衆の実力は兵部も良く知るところ。

何かあるとは思っているだろう。


「して公方様。此度の御用向きは…」


「実はな、お主に頼みたいことがある」


「頼み…ですか」


「うむ。織田寄りの幕臣たちがおるであろう?

それらのまとめ役になってもらいたい」


目を瞠って驚きの表情を見せるが、そんな大層なことではない。


組織である以上、全員が完全に同じ方角を向くのは難しい。

加えてパトロンの意向は大事なもの。

忖度する相手は必ずしも常に主君とは限らないのだ。


念のために付け加えるが、これは決して裏切りではない。

全ては主君や組織の為である。


と、そんな訳で織田家の動向を気にする幕臣たちは多い。

中には紐付きでも構わないと考える者たちも一定数いる。

彼らのまとめ役が必要だ。

それは織田家の事情に詳しい者が相応しい。


「即ち兵部、お主が適任という訳だ」


「目付でしょうか」


「縛る必要はない。ただ暴走されると困るのでな」


「…なるほど。承知仕りました」


うん、宜しく。

兵部は藤英の実弟で三藤の軍略担当にして織田家担当。

今後を考えると、彼とも情報共有を密にするべきだ。

色々話しとかないとね。


ああ、それと…。


「密」


ここまでは表の裏。

大事なことはより秘密裏に。


今いる小姓や側衆は伊賀衆と甲賀衆で構成されている。

側衆たちが障子を次々と閉めていく。

最後、庭に面した戸を女官に扮した九蜂が一礼して閉めた。


これで結界の完成である。

しかも伊賀衆と甲賀衆の合作だぜ!


「公方様?」


「細川兵部大輔!其方に密命を与える」


織田方にあっては此処まで厳重な状況に置かれることはないだろう。

将軍家といえども伊賀・甲賀を重用する私だからこその事。

兵部は背筋をピンと伸ばして前傾姿勢。

いわゆる拝命スタイル。


「承ります」


「余と織田家はこれから反目し合う。

 ついてはその方、織田に降れ」


「公方様!?」


まだ話は終わってない。

目で制して続ける。


「先の者共の旗頭として弾正忠に仕えるのだ。

 偽降というと聞こえが悪いがな、結果的にはどうなることやら」


「裏で公方様と繋がりを保ち、織田家を制する贄となれと?」


「有体に言えばそうなる」


勿論のこと使い潰すつもりなど毛頭ない。

でも結果的にそうなる可能性は捨て切れない。

ならば言葉を飾らず伝えるべきだろう。


難しい顔で考え込む兵部を見ながら考える。


兵部の任務はみっちゃんとは異なる。

既に織田家の重臣である明智家と、有力幕臣といっても出向組の細川家。


細川は幕府の名門だが、その筆頭である京兆家の当主・六郎昭元は既に織田家寄りが明確。

なにせ信長の妹婿だからな。


だから例え降っても、幕臣・細川家として重用されることはない。

兵部本人に突出した何かが必要となる。

その一つが幕臣たちのまとめ役。

個人の武功や有職故実以上に兵部にしか担えないものだ。


敢えて言わなくとも当然危険は付き纏う。


「織田家に降るのは余への忠誠心が故。

 足利を滅ぼさないためと言えば理解され易いかの」


黙って話を聞く兵部。

事と次第によっては斬るか蟄居を命じることになる。

そうならないためにも言葉を尽くす。


「余は滅ぼされるつもりはない。

 幕府の再興も諦めてはおらぬ。

 しかし、このままでは埒が明かぬ」


乱世を終わらせ政を再構築しなければならない。

それは近衛太閤とも信長とも意見は一致している。

あとはどの方法でやるか。

何が一番上手くいくのか。


「浄化に係る犠牲は少ない方が良い」


どうしても表現が抽象的になるな。

頭では構想が浮かんでいるのに、それを言葉にする語彙力が足りてない。

あるいは足りてないのは表現力だろうか。

どちらにしろ、元僧侶としては恥じ入るばかり。


「公方様、一つお聞かせ下さい」


「何かな?」


「恥ずかしながら蒙昧無知なこの身。

 詳細は未だ判じ兼ねまする。

 されど一点、是が非にでも確認せねばならぬことがあります」


頷き先を促す。

兵部が是非にと求める問い。

これに答えられないなんて無様は許されない。


「係る犠牲には、公方様御自身は含まれておりますまいな!?」


「…ん?」


「この藤孝、公方様の御為とあらばどのような汚名も被ってみせまする。

 犠牲をお望みとあらば喜んで贄にもなりましょう。

 されど!

 公方様が犠牲に含まれることは断じて許容できませぬッ」


お、おう…?

無様を晒さぬよう身構えていたが、予想と違う方向で微妙な間が…。

兵部は兵部で熱に浮かされたかのように弁をふるっている。

久々とは言え、こんなキャラだったっけか。


えーと、とりあえず答えねば。


「この身は将軍として天下のために捧げられるもの。

 故に、先にも言ったが事が成るまで滅ぶつもりはない」


幕府を再興して天下を乱世から救う。

これが最終目標。

そのために還俗して亡兄の跡を継いだのだ。

兵部含めた遺産諸々を共に。


だから当然途中で死ぬつもりはない。

犠牲になるであろう者達には申し訳ないが、私が犠牲になるのは最後の最後。

そう決めている…のだが。


…これで伝わったかなー?


「…成程、よく分かり申した」


じぃーっと見つめ合っていたけど、ややあって得心がいったか大きく頷いた。

若干勘違いというか、過大評価されてる気もしたけど概ね許容範囲内だろう。

あらかじめ話をした藤英といい式部といい、なんでこうも…。


まあいい。

それより話を先に進めてちゃんと感触を得ておきたい。


「万事お任せ下され。

 ご信任頂いたこと、我が誉れにござりまする」


「幕臣はもとより守護たちの受け皿も頼むぞ」


「御意」


兵部たちは先々みっちゃんの組下に配される。

明智光秀を頂点とした幕府に所縁ある人材が集まる軍団。

これが幕府組織を引き継ぐ形で都の運営にあたる。

そのようにもっていく。

如何に怪しまれず信頼され、強固な組織を形成できるかが鍵になるな。

要所要所での助言は惜しまない所存だ。


「ああそれと…」


時々会いに行くから宜しくね!



* * *



「右衛門左、大儀。

 早速だが武田の様子は如何であった」


再び武田家行脚の旅に出ていたゴローちゃんが戻ってきた。

その報告を聞いているなう。


「はっ、若狭では逸見らに若干怪しい動きが。

 甲斐は信濃と駿河に火種が見られました。

 また、房総と両毛は北条の動きに翻弄されているものと」


弁舌巧みなのは昔からだが、より一層洗練されてきた。

式部に次いで、私の使者として立つことが多いせいだろうな。

ともあれ関東甲信越は概ね予定通り。

若狭はちょっとどうにかしたいが…。


「因幡はどうか」


「又五郎、いえ三河守は他国者として嫌われております。

 されど毛利との繋がりを上手く使っておる様相にて」


因幡山名家を支える重臣として名の上がる武田三河守高信。

若狭武田から分かれた傍流と聞くが、流石に網羅は仕切れない。

父親の国信、叔父の常信と通字が同じなので流れに間違いはないのだろうが…。


まあ彼らの出自はともかく、大事なのは毛利との繋がりだ。

本願寺経由とは別の糸も必要だろう。

その辺り、ゴローちゃんの見聞を確認した限り悪くない。


「丹後から但馬を挟んで因幡への道。

 均しておくに越したことはないな、右兵衛佐?」


「御意!…三淵殿と調整しておきます」


うんうん。

中国方面の担当は藤英だからね。

ちゃんと気付けて偉いぞ!


寵臣筆頭のゴローちゃんは武田担当。

全国津々浦々に広がる武田諸族を網羅し、精査する役割だ。

毛並みの良さを前面に押し出した人事と言えよう。


主目的は若狭と甲斐だけどね。

我が甥たる若狭の守護、武田元昭。

強兵で鳴らす甲斐と信濃の守護、武田勝頼。


若狭を起点に接点のある甲斐との諸々配慮に特化していたが、その合間に他の支族についても…。

なんて考えてみた結果だが、案外悪くなかったな。


さて、取り急ぎ考えるべきは若狭のことだ。

報告にあった逸見らについて、その動きの真意は何処に?


逸見は武田支族。

元は若狭武田の重臣だったが先代とそりが合わずに離反。

三好を経て織田家に仕えており、丹羽とも歩調を合わせてきたようだがな。

若狭一党の旗頭として何か思うところでもあったのだろうか。

ここにきてズレが生じるとなれば、色々修正も必要となる。

注視せねばならない。

本願寺サイドにも注意を促しておこう。


若狭は越前と近い。

これまでのこともあるし、甲賀衆に頼もうかな。


「左京進に人を遣るよう伝えてくれ。

 ついでに、望月については委細構わぬともな」


指示を出してから考えた。


甲賀衆の中で水口を中心とした者たちが羽柴に従って動いている。

従ってというより依頼を受けてと言った方が正しいか。


多羅尾から報告を受けて調査を進めたが、どうやら彼らは望月に属しているらしい。

非を問うかとの声もあった。

熟考した末に出した答えは問題なし。


半ば公然と敵対している丹羽や羽柴。

奴らに対する手札としても生かすことが出来る。

把握できてるなら問題ない。


この辺はキリを通じて左京進にも伝えてあるが、ここらで正式に追認しよう。

甲賀衆を頼みとする方針に変わりはない。

加えてキリが再び懐妊したこともその事実を後押しする。


些細なことだが疎かには出来ないのだ。


若狭の手当てについては概ね良し。

おっと、孫三郎は避難させないと。

灯台下暗しが通用するのは十分な手当が為される場合のみだ。

まずは紀州かな。



* * *



「公方様。本願寺坊官、下間按察使殿が参られました」


「ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極にござりまする」


本願寺から使者がやってきた。

下座で平伏するその名は下間頼龍。

顕如からのお手紙と密命を携えやってきた立場ある人物だ。

側近が派遣されてきたとなると、いよいよか…。


「上人様より文を預かっております」


「うむ」


側衆伝手に受け取り、広げる。

なになに…。


(前略)

結構準備も整って来たしそろそろ始めたいんだが、どう?

というか、上からも下からも締め付けが厳しくてツライ!

もうヤダ美人な嫁さんと平和に読経だけしてたい。

でも皆を見捨てるなんて出来ない…。

協力してくれるって言ったよね?

頼むぜマジでぇー!!

(超意訳)


ウム…。


「下間よ。文の内容は承知しておるか?」


「は、概ね…」


顔を伏せたまま答える頼龍君。

顕如ェ…。



義昭君と会って極秘命令を拝受した細川藤孝。

言われた通り三藤で久闊を叙した時、各々裏の裏を読んだ上で意見交換した模様。

その場には伊賀衆や甲賀衆の上役もいたとか…?


ちょいキャラ紹介

下間頼龍。通称・按察使あぜち

本願寺坊官一族の中でも特に文化面に通じ、いくつか戦功も立てている。

しかし何故か影が薄い。


そういうところ、嫌いじゃないです。


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