表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/57

22 力点

摂津を平定し本願寺と停戦。

これが幕府の状況。


将軍の仲介で甲斐武田家と停戦合意。

これが織田家の状況。


それぞれがそれぞれで対応した結果だけど、両方に因果関係は当然ある。

特に本願寺。

武田家が停戦に前向きだったのもあって本願寺も停戦に合意した、とかね。

あるにはあるのだが、あくまでも武田家は織田家と停戦したしのだし、幕府と停戦合意したのは摂津石山本願寺。

各地の一向一揆は関係ない。


今回問題になったのは越前の国。

彩の父、安居孫三郎が不安定な立ち位置を強いられている場所。


一度は織田家の領国となったところ、一向一揆が奪取。

叩き出された格好の織田家だが存外あっさり引き下がった。

これは当時の状況に要因を見出せるのだが、それ以外にも理由はあったりする。


朝倉の影響が強すぎたのを一掃するために一向一揆を使ったという、陰謀論のようなもの。

どこまで本当かは知らないが、陰では実しやかに囁かれていたりする。


まあそれはいいや。


「つまり越前に織田の手が入り、朝倉旧臣が駆逐されていると」


「左様にござりまする」


武田戦線が一時的に停止され、諸般テコ入れを図るにつけ中央に目が向いた。

西から更迭された丹羽、羽柴らが中心となった動き。

ここで功を積み、再び活動しようという目論見かな?

他にも武闘派で鳴る柴田らが投入される見通しとか。


「で、安居の孫三郎は」


「一向宗徒の目を掻い潜り織田家に接触しているようですが…」


「芳しくないか」


「御意」


やっぱ裏切りの裏切りは受けが悪い。

例え事情があったにせよ、事前に功績を挙げていようとな。


元より朝倉景健は信長に好かれていない。

姓を安居に改めたところでせいぜい及第点。

そこを始点に一揆側に付いた時点で心象は悪化。

外様で怨敵朝倉の上席一門衆。

存在価値すら…。

理由はいくらでもつけることが出来る今、ここらで一掃しようと考えてもおかしくない。


「もはや安堵は難しかろうな」


「公方様、それはでは…」


「孫三郎の影武者を用意し落ち延びさせよ。

 最低限、身分の分かる品も欲しいが…。

 欲張りすぎると其方らまで危険にさらす。

 無理はせずともよいが、…頼めるか?」


「無論のこと!最大限、努力致しまするッ」


宜しく頼みたい。

彩の悲しむ顔は見たくないからな。

だからと言って無関係の甲賀衆を危難に晒すのは違うと思う。


妥協点。


彼らにもプライドがある。

表立っての援軍は送れないが、源兵衛を通じて市平を派遣できないか打診してみよう。



* * *



「公方様。本多殿が内密にお会いしたいと」


「うむ、通せ」


「御意」


来たか。

越前一向一揆と言えば正信の独壇場。

甲賀衆は正信からの知らせで事態を知った。


忍びとして一人に遅れをとったのはショックだったようで、気合を入れなおして任務にあたっている。

組織とは言え、専従者には敵わん場面もあるだろう。

そこは互いに補い合ってくれると助かるのだがなあ。


まあ正信は私の家臣ではないのだが。


「ご無沙汰しております」


「うむ。元気そうで何より」


「お陰様にて」


うん、ちょっと前までは礼儀正しい青年だったと思うのだが。

ここ最近で何やらあったのか、随分と太々しい中年になってしまったな。

ま、気張らんでいいのも悪くはない。


ちょいと世間話をして本題へ。


「顕如様より文を預かっております。加えて言伝も」


「ほう?」


意外。

てっきり越前のことかと思ったら石山本願寺からとは。

いや、どちらも一向一揆ではあるのだが。


「どれ…」


手紙を広げる。

まあまあの長文。

何とも切なそうな、鬱憤の溜まっていそうな…アンバランスな心象が見え隠れ。

不思議なお手紙になっている。


「顕如様は御嘆きでした。

 越前に派遣した坊官たちの振る舞いが酷過ぎると」


ああ、織田家が付け入る隙になったアレね。


「確かに酷かった。

 仮にも御仏に仕える者の所業とは思えぬの」


「…某の耳にも痛きことにて…」


越前の国政は織田家を追い出して以降、一向宗の坊官たちが担った。

本願寺から派遣された下間一族が主なんだがなあ。


合議制とは言え、一国の主に栄達した彼らはまさに絶頂期。

個人としては有頂天になるのも仕方がないと思えなくはないが…。


仮にも本願寺の顕如を支える一族が、救うべき民百姓を苦しめるとか何の冗談か。

顕如の願いを踏みにじり、民の声に耳を傾けず、己の欲望にのみ忠実であった越前下間一族。


処断されてしかるべき彼らは先日、孫三郎により斬られた。

孫三郎はそれを手土産に織田家へ降服しようと考えているようだが、まあ甘いな。

鴨が葱を背負って来るようにしか見えまい。

自害の申し付けなら良い方。

下手したら即座に斬られる可能性すらある。


そこはまあ、甲賀衆と市平がついてるからあまり心配はしてないが。


顕如の願いも空しく、越前は織田家の草刈り場と化した。

本願寺門徒は追い立てられ、一揆に加担した朝倉旧臣は断頭台の一歩手前。

まもなく信長の願った通りの越前国が出来上がるだろう。


柴田や金森などに交じって丹羽らも功績を挙げた。

また別の心配が出て来るなあ。


「顕如殿のお気持ちは分かった。

 それで、余に何を望む?」


手紙には書かれてなかったが、何か頼みたいことがあるから正信が来たのだろう。

秘密の伝言。

果たしてその内容とは?


「…はっ。是非とも合力頂きたい、と」



* * *



京の都は二条城が奥殿。


身籠った於市ちゃんを隣に座らせ、側室たちも侍らせ養女と庶子たちが庭で元気に遊ぶ姿を眺めている。

真に平和で大変宜しい。


養女の於茶と於初。

実子だが妾腹の千歳丸と千夜丸。


ここに信重もいれば我が子ら揃い踏みで尚良かったのだが。

織田家は何かと大変な時期。

信重は織田の嫡男として戦場に立ったり留守を任されたり、何かと忙しいから仕方がない。


子供たちが遠くに行き、側衆たちが彼らを追いかける。

声が遠くなり、部屋に静けさが満ちてきた。


「公方様、何か大事なお話があるとか」


暫し余韻を楽しむふりして躊躇を押し隠していたのだが、それは於市ちゃんによって破られた。


「う、うむ…」


正室の於市ちゃんが懐妊したことで、順調にいけば将軍家に嫡子が生まれる。

その前にやっておかないといけないことがあるんだ。


チラリとアザミちゃんとキリの顔を見た。

二人とも落ち着いている。

おっと目が合った。


「実はな」


その冷静な佇まいに背中を押されて切り出すと、視界の端に不安そうな彩が映った。

四人の視線にもうめげそう。


ええい、ままよ!


「千歳丸と千夜丸を寺に預けようと思う」


シンとした。

誰も何も言わず、ただ静かに見つめてくるのみ。


アザミちゃんの態度は変わらず、キリは伏し目がち。

直接は関係のない彩が一番顔色が悪いのはどうしたものかね。


「それは出家させる、ということでしょうか」


立場上、生母よりも関係が深い於市ちゃんが口火を切った。

疑問というより確認の口調。


まあ足利将軍家の通例として、嫡子以外は出家させるというものがある。

お家騒動を避けるための方策として。

他にも近年では経済的な理由もあったりなかったり。


だから庶子が寺、イコール出家の方程式はおかしくない。

ただ今回は事情が異なる。


「寺に預けて修行をさせるが、得度はせぬ」


今まで二人とも武家の子として簡単な教育が施されてきた。

これから寺で修業させて資質を見る。

数年後、当人たちの希望も聞いたうえで道筋を決めようと思うのだ。


もし於市ちゃんが男児を産んだ場合、こちらは余程のことがない限り次の将軍候補となる。

ある意味で庶子の二人は自由があると言えよう。

私が僧侶出身ということもあり、どうしても色々考えてしまうんだよね。


ついでにアザミちゃんとキリは忍びの者。

備えは万全に整えてやれる。

資質によっては裏を知る者に育てることも可能かも?


そんな理由もあって息子たちには武士と僧侶、異なる世界を見せてやる。

問題はどこの寺に入れるかだが…。


「其方らは問題ありませぬか?」


於市ちゃんが生母たる二人を気遣う。


「問題ありませぬ」


「公方様の御心のままに」


「納得できません!」


ん?


「彩殿」


「ご嫡男がおられるならまだしも、そんな…」


「お控えなさい」


生母たる二人は不満を漏らさなかったけど、何故だか彩が爆発した。

由緒正しき武家の娘である彩にとっては承服しかねる内容らしい。

当事者のアザミちゃんに窘められて漸く口を噤んだ。


むくれてる。

可愛い。


んんっ!

キリのジトッとした視線を感じたので居住まいを正す。


「すぐにという訳ではない。

 皆も不満、疑問あれば言うてくれ」


TPOさえ弁えてくれたら問題ない。

むしろ内に溜め込まれる方が困る。


でも彩についてはちょっとフォローが必要な感じかな。

具体的に何が気に食わないのか知っておきたい。


普段なら於市ちゃんに任せるんだが彼女は今、とても大事な時期。

要らん負荷をかける訳にはいかん。


「御台よ。この件は余が進めるが、適宜相談に乗ってくれ」


「承知致しました」


もちろんアザミちゃんにもキリにも報連相はする。

でもこの件は織田家に漏れることが前提だから、ちょいと気を遣うよね。


ついでに彩の…朝倉一党のことも考えねばならん。

そこで必要となるのは、まず越前の動向。

結局そこなんだよねえ。



* * *



「ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」


「よくぞ参った。調子はどうだ、弥平次」


「我ら一同、日々恙なく過ごさせて頂いております。

 これも偏に公方様のお力添えによるもの」


私主催で時折開催される密議。

毎度議題によって違うが、事の次第を知る者は限られる。

人選も近臣の中でも更に選りすぐりの信頼できる者たち。

そして、謀りの首班。


「家中と職には慣れたか?」


「はい。両面ともに大過なく。

 奥方様にもご協力頂け、段取りも順調にて」


私の目の前には今回の当事者、弥平次。

両隣に源兵衛とアザミちゃん。

斜め前左右にそれぞれ式部と藤英が並ぶ。


「源兵衛殿。左馬入道様の御加減は如何」


「さて、もうまもなくかと思われまする」


仁木爺は先年、穏やかに老衰で逝った。

今の私を形作った功績は多大にして並ぶ者なし。

朝廷に奏上し、従三位を追贈した時はちょっとした話題になったものだ。


その左馬入道こと仁木爺だが、佐々木家中興の祖として莫大な遺産を残した。

大半は嗣子の義郷君が継いでいるが、一部は伊賀衆預りとなっている。

管理しているのは服部さん。

中身はもちろん裏とか闇とかのもの。


左馬入道様の御加減という暗喩。


闇の符号とか言うと何かアレだけど、まあ大元がそうだからな。

間違ってない。


この場に左京進が居ないのは主にこれが理由。

伊賀衆を基軸とした密議ってことだ。

アザミちゃんが居るのも関係者が故…ではある。


「しかし千歳丸様を寺にとは…」


「公方様」


「構わん。予定は変わっておらぬ」


仁木爺が晩年を過ごした庵がある寺。

そこに千歳丸を入れることにした。


次男の千夜丸は未確定ながら別の場所を予定。


同じ場所で兄弟仲良く努めて貰ってもいいんだけど、リスクヘッジは大事だからさ。

そのことは私たちが身を持って証明している。

残念なことに乱世はまだ終わっていないのだ。


将軍である私の血脈は超大事。

アザミちゃんやキリが私の意志を尊重してくれる分、私と於市ちゃんが考えなければならない。


「アザミ」


「万事、公方様の仰せのままに」


この通り意思疎通に抜かりはないのだけれども。

伊賀衆としてのアザミちゃんも良いけど、やっぱり二人だけのアザミちゃんの方が好みだなあ。

でもそれだと佐古殿になっちゃうかあ。


おっと睨まれた。

源兵衛たちがいるから忍び声は使わないけど、まあ大体わかるね。

真面目にします。


しかし選りすぐりの近臣たちは優秀過ぎて安心感が半端ない。

だからこそ依存し過ぎないことが求められる。

結構大変なんだ、これが。


「式部少輔殿。八瀬の衆とはそれほど?」


「うむ。数は少ないが力量は本物。

 しかも公方様が故に繋ぎを取ったと聞いている」


アザミちゃんと無言でじゃれてる合間に藤英と式部が囁き合っていた。


近衛家の氏寺である興福寺。

実は近衛の猶子として出家した私。

八瀬とはそこを起点に繋がりを持った。


弥平次は八瀬との繋がりを持つ美濃出身の雑賀衆に連なる者。

根来衆とも縁を持ち、伊賀衆や高野山とも縁が深い。

服部さんが太鼓判を押すその実力は本物だろう。


「それでは弥平次。次は十兵衛だ。

 決して抜かるでないぞ」


「承知仕りました」


雑賀衆の本流は狩人土橋がメイン。

今回、弥平次を中心とした謀りは伊賀衆メイン。

孫三郎のことは甲賀衆メイン。


適材適所。

全てを知るものは少ないほどいい。


ただ自分だけだと不安だし行き届かないので、式部や藤英を側に置く訳だ。

幕政における彼らの本分は、それぞれの弟や息子たちが上手く補佐してくれている。

全く有能な一族が羨ましいぜ。


足利の一族と言えば、手元に斯波がおるな。

あれが有能かどうかは私の使い方次第、か…。



副題を二文字にしてしまったことに少しの後悔。

特段決めてた訳ではないのですが、ここで変更するのも抵抗が…。

これを自業自得と言います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ