第九話 契約しちゃいました
三玉 貴楽は現実世界に帰れない。
それは『情報統一化現象』の話を聞いた時に可能性を考えていたことである。
「帰れないってのは、帰っても現実と認識できない、ってことですか?」
貴楽の言葉に宇佐美は驚く。
「ええ、そういうことです。三玉さんは毎日のようにVeStをプレイし、友人も家族もこの世界に存在します。失礼な言い方になりますが、廃人、そう呼ばれるレベルのプレイヤーです」
「証拠は、これ、ですよね」
「ええ。そのショートソードとスモールシールドが何よりの証拠です。貴方にとってはゲームの延長でも、実質的には現実で手に入れたアイテムをゲーム内に持ち込めてしまった。つまり、貴方の中で現実とVeStの持つ情報量が限りなく近づいてしまっているのです」
「はっきり言われると、現実逃避している奴みたいで凹みますね」
「とんでもない!」
自嘲気味に呟いた貴楽の言葉を宇佐美はこれまでの会話で一番声を張り上げて否定する。
「貴方はこの現状に陥っても極めて冷静に現状を把握できている。1つのことに現実と等価の価値を見出すほどにのめり込みながらも、何1つとして破綻していない。それは素晴らしい才能じゃないですか!」
「お、落ち着いてくださいよ。褒めてもらえるのは嬉しいですけど、実感なんてないですよ」
熱く語る宇佐美から一歩引きながら貴楽は告げた。それを見て宇佐美は咳払いを1つ。
「失礼。ちょっと熱くなってしまいました」
「いえ。俺の方も大分気が楽になりましたよ」
照れを隠しながら言うのを笑顔で答える貴楽。
「えっとですね。実はこの素晴らしい才能を持つ三玉さんにお願いしたいことがありまして」
「なんでしょうか?」
「もう一度、ログアウトした先の世界を冒険してもらえないでしょうか?」
「へ?」
宇佐美の提案は、貴楽には「もう一度チート行為を行ってくれないか」と言っているように聞こえた。
宇佐美はショートソードとスモールシールドを指して言う。
「これらの外部からのアイテムは、VeStの情報量を増加させることができます。これにより『情報統一化現象』を引き起こすほどに情報量を溜める事ができたのならば、このVeStはVRMMOという枠を越えて、1つの世界を構築することが可能になります」「せ、世界?」
「異世界というべきでしょうかね。五感がリアルになるだけではなく、NPCは命を育み、自然は循環し、そして資源が満ち溢れることになるのです」
宇佐美の言葉は徐々に熱を帯びていく。
「これは世界1つを手に入れる、いや創造するに等しい神の御業とも言える奇跡です。もし成功すれば、大開拓時代の始まりになります。宇宙開拓をすることもなく、新たな世界を手に入れることができるのですから」
「それは、すごい……」
思わず唾を飲み込む貴楽。宇佐美の語る物語が夢物語、空想に思えないでいた。貴楽はログアウトした後の世界を少しだけだが体験し、その証拠としてアイテムを持ち帰っているのだから。
しかし、だからこそ気づいた点もある。
「大変素晴らしいお話だと思います。でも、あの世界は……危険でした。それこそ、いつ死んでも何も不思議はなくって、復活もできないと思います」
「はい。懸念はごもっともです。しかし! 我々は貴方達にお願いしたい。その為の誠意として、契約金と報酬をご用意しています」
「け、契約金と報酬?」
「はい。挑んでいただけるのであれば、契約金として2000万。無事素材を持ち帰っていただければそれに応じた金額を最大1億までで買い取らせていただきます。破格の報酬に思われるでしょうが、命の危険があります。事前情報なんて何もありません。ですがこれは誰でもいいというものではなく、才能が必要になるもの。そして時間がないがゆえの緊急クエストだと思っていただきたい」
「い、2000万……1億……」
いきなりの展開に思考が追いつかない。なんだその金額は。
確かに世界1つを丸々現実化して手に入れることができたなら、その程度の金額ははした金にもならないだろう。でもそれは成功すればだ。皆が皆成功するわけではない。でも才能が必要で時間がない、という現状に貴楽の心を激しく揺れ動いていた。
「ええっと、幾つか質問いいですか?」
「はい。どうぞ」
「才能が必要ってのはさっきの説明でわかったんですが、時間がない、というのはどういうことですか?」
「現在VeStは自動ログアウトされる方は居ても、外部からの新規ログインはできないようになっています。つまり、それだけVeStの情報量は現象を続けている、ということになります。そして一旦全員がログアウトした後は、あらゆるチェックを行った後にサーバー群を初期化し、更に細かい修正プログラムを入れて二度とこのような事態が発生しないようにする必要があるのです。そのため、チャンスはメンテナンスまでの今の時間しかありません」
「なるほど……。じゃあ次に、俺が持ち込んだアイテムを買い取るってことですが、冒険に有用なアイテムとかで持ち込みたいってアイテムもあると思うんです。そういうのもチート扱いになっちゃうんでしょうか?」
「買い取りに関しては情報量を可能な限り集めたいがゆえです。ログアウト世界で捨てられてしまっては元も子もないので。アイテムの持ち込みに関しては、不問とさせていただくというか、恐らくチート扱いにはなりません」
「? えっとどういうことです?」
「今チート扱いになるのは、ゲーム外データを持っているからで、VeStがデータとして対応できないためです。しかし、VeStが異世界と成り果てた際には、それらは全て普通のアイテムになるでしょうから」
「あ、なるほど。異世界化してしまえば関係ないと」
「その通りです」
「もう1つ。俺が死んでもお金は受け取れますか?」
「契約として結ぶ以上、それは絶対に保証します。そして三玉さんには幾枚か書類にサインをしていただくことになります。難しいものではなく簡単に言うと『自分が死んでもゲームの責任ではない』という証明書ですね。これと契約金はセットに行いますので、企業としてもお支払いは絶対に行います。契約金を渋って払わない場合、もし死んでしまった場合にその責任をこちらで被ることに成る、という契約でもあるので」
「それを聞いて安心しました。あ、最後にいいですか?」
「なんでもどうぞ」
「俺以外にも参加者はいると思うんですが、何人くらいいるんですか? 後PTプレイとかってできるんでしょうか?」
「全員で150人ほどですね。その中で何割が参加するかはわかりませんが。それぞれ自身のVRメットと連動するので、PTプレイは恐らく難しいかと思います」
「わかりました」
「では?」
「はい。このお話、受けさせていただきたく思います」
質問に応えて手を差し出した宇佐美。それをしっかりと握り返して出された電子ペーパーにサインと認証番号を登録した。
「ありがとうございます。これで貴方は、この新時代最初の冒険者の1人になりました。くれぐれも死なないようお気をつけて。そして成果を期待しています」
「期待に応えられるよう頑張ります」
「そうそう。貴方の義妹である音春さんに、VRメットの自動ログイン時間をリセットしてもらえるようメールを出しておいてください。そうしないと、最悪ゲーム内認識のまま現実世界に帰還してしまうことになりかねませんので」
「それって、もし現実に戻ってしまうとどういう状態になるんですか?」
「推測でしかありませんが、恐らく現実の視界は全て0と1、オンとオフの羅列に見えてしまうのではないかと。音も異音にしか聞こえないでしょう。かなり精神的に負荷が大きい状態になると思います」
宇佐美の声は真面目そのものだった。脅かすつもりはないのだろうが、貴楽は背中に嫌な汗を感じていた。
「……急いでメールします」
「それがよろしいかと。それではありがとうございました。失礼します。何かあればGMメールでご連絡ください。新しい要項が増えているはずなので」
宇佐美が挨拶も早々に退室していく。
「ふう。大変なことを引き受けてしまった気がするけど、ちょっと楽しみでもあるな」
とびきり危険なアルバイト。だが、本物の冒険だ。
音春には黙っておこうと思い文面を作成していく貴楽であった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




