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第七話 時間がなかったんです

 レポートと言ってもゲーム内から提出するものである以上、自由とはいかない。予めフォーマットが決められており、タイトルなどは提出する内容に最も近いものを選択する形式だ。よって、貴楽が出した要報告案件も、ログアウトについては内容を確認しなければ分からない。そしてVeSt運営には今その余裕は無いと思われていた。


「さすがにしばらくは反応ないだろうな。2人はログイン時間は平気なのか?」

「あー、アタシもそろそろログイン限界時間だニャ。どうなるのかニャ?」

「私は大丈夫です。VRメットに備え付けられた物理タイマーですからね。現状でもやはり動いてしまうのではないかと」


 厄介なことに自動ログアウトを止めるには、VRメットに直接触れてタイマーをセットし直さなければならない。

 つまり今接続している人たちはログイン限界時間が来る前に修正が終わらなければ貴楽と同じ状況になる可能性があった。


「そっかー。予め話し聞いてればパニックになることはなさそうだし、相手もスケルトンならレベル1になっても楽勝ニャ」

「聞くと見るとじゃ大違いだぜ。あれマジで迫力あるぞ。気をつけろよ?」

「不安になるようなこと言うニャ!」

「悪い悪い。まあオットーなら余裕だろうさ。そうだ。万が一に備えてアイテムや金だけでも倉庫に移しておくか?」

「そうニャね。アタシのデータが上書きされてもそれなら大丈夫か、ニャ?」


 オットーは貴楽の提案をホルスに確認する。


「そうですね。恐らくは大丈夫かと。サンラットさんと同じ状況再現が起こるのかはわかりませんが、初期化の可能性はありますし」

「じゃ、そうしておくニャ」


 ホルスのOKが出るなり即座にレンタル倉庫を借りる手続きを行い所持アイテムとお金、装備品等を全て預け入れるオットー。


「これで安心だニャ。ってん? 2人共どうしたんニャ?」

「ふ、ふふふふ」

「ふ?」

「服を着なさい! 後サンラットさんは見ない! あっち向いててください!」


 装備品まで全て預け入れるものだから、当然装備品のエフェクトが消え去り、オットーは下着姿同然になっていた。

 現実にほど近い現在のVR環境では、それは作り物のように整ったプロポーションかつ質感は完全に現実のものと一致するという芸術品そのもの出来栄えである。思わず貴楽も見惚れ、ホルスに首を無理やり曲げられるまで呆けていた。


「ぐげぇっ」「ニャーッ!」


 貴楽の呻きとオットーの悲鳴が重なり、プライベート空間は大惨事の様相を呈していた。


「全くアニキはエッチだニャ!」

「俺のせいじゃなくね……」

「うっさい! そろそろタイマーの時間だからオットーはログアウトに備えるニャ」

「お気をつけて」

「すぐ戻ってこいよ」

「わかってるニャ」


 オットーが装備を幾つか整え、いつもの格好に戻った。コーディネートにこだわったのか、失われる可能性を惜しんだのか、普段よりも露出部位の少ない店売り装備でまとめていた。

 2人に挨拶をし、数秒でオットーの姿が消えていく。ログアウトしたのだ。



   †   †



 オットーが目を開くと、いつも通りVRメットのバイザーが視界に映った。


「あれ?」


 寝ぼけ眼を軽くこすり、VRメットを外すと、カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。

 窓を開ければ朝の冷えた空気が心地よく、雀の鳴き声も静かな朝に響きわたっていた。


「え? え? なんで? ホルスの予想が間違っていた、とか?」


 少しの混乱。


「あ、そうだ。鏡、鏡」


 部屋にある姿見の前に立てば、そこはパジャマを着てVRメットによってペタリと張り付いた髪の毛のいつもの顔。

 日焼けした肌にやや茶色に色落ちした色彩の髪、大きな瞳は年齢の割に幼く見え、体つきはスラリとスレンダー、というよりも貧相と言った方がいいかもしれない。直視することで、やや体つきにコンプレックスを抱く以外は何もかもいつも通り。三玉 貴楽の義妹三玉(みたま) 音春(おとは)16歳がそこにいた。


「あっれー? どうしてだろ? なんでアタシは帰ってこれたのかな?」


 混乱を収めるために、兄の真似をして息を1つ吐く。


「よし、ちょっと情報収集しよう。ログインはまだできないだろうし、2人にメールもしておかないと」


 パソコンの電源を入れ、ニュースとVeStのサイトをチェック。


「ニュースには、ああ、結構なってるのね。匿名掲示板が賑やかだ」


 『デスゲーム来た!』だの『二次元へ入れた神ゲー』だのお祭り騒ぎだ。TVや新聞系のサイトではまだ『人気VRMMOでトラブル?』程度の話題にしかなっていない。ログアウトした人が少なくあまり情報収集ができていないのだろう。


「捏造情報を出されるよりはマシ、なのかなぁ」


 一通り気になる見出しにチェックを入れ、中身は後で調べることにする。

 一方公式サイトは、凄まじい重さでページを開くことが難しかった。


「なにこれ。今どきこんなことってあるの?」


 超高速通信網が世界に広がってもはや数十年。人の意識だけならリアルタイムで世界中のどの国の人とでも翻訳ソフトを動かしながら会議を行える時代になっている。そんな中、1つのサイトのホームページが回線の重さで開けないなどというのは明らかな異常事態であった。


「これはダメっぽい。仕方ないや。直接メールを送っておこうっと」


 音春はホルスと貴楽へメールを送り、朝食の準備へと移った。

 自身はあっさり現実へとログアウトできたことから、変わった体験をしたな、程度の認識しかできていなかったのである。



   †   †



「帰ってこないな……」

「そうですね」


 この会話を繰り返したのは何度目か。

 オットーこと音春がログアウトを行った後、2人はハラハラし通しであった。


「まさか」「そんなことは」「いやでも」「きっと無事に」etc……


 語彙が豊富なわけでもなく、結局は同じセリフに行き着くのだが、精々が10分程度の間である。それこそ2人には数時間の長さに感じられているのであるが。

 そんな心配をしているホルスに、音春からメールが届いた。


「あ! メール着ました!」

「本当か!? 無事、なのか!?」

「はい! 無事にログアウトできたようです。現実の方では結構な騒ぎになっていて、公式ページが重すぎて見れない、とあります。それと、心配しないでニャ! ですって」

「良かった……。しかしホルスにだけメール送るとかずさん過ぎるだろあいつめ……」

「まあまあ。どうやら自動ログアウトだと無事に帰れるみたいですね」

「みたいだな。何事もなくてよかったよホント」


 心配していた分の疲労が一気に抜けたのか、その場に腰を下ろして安堵する貴楽。


「相変わらずラブラブですねぇ」

「家族なんだから当然だろ。それに俺よりもっと心配していたのはホルスなんだろ?」

「え?」

「今が殆ど現実と変わらないってこと忘れてる? 目尻に涙たまってるぞ」

「う、嘘ですよね? あわわ」

「現実と変わらないってのも良し悪しだな」


 ホルスのからかいに、貴楽が笑いながら返す。


「で、一体なにが心配だったんだ?」

「……もしVRメットの自動ログアウトで現実に戻れない場合、非常に危険な事態になっていた可能性があったので」

「危険な事態?」

「ええ。物理的切断によるログアウトが利かない、ということは意識が体の中に無い、或いは出口を見つけられていないということになります。前者はオカルト染みた言い方になりますが、魂が抜けた状態。後者は自閉症に近い症状、ということになります。どちらにしても意識の外部出力ができない状態というのは危険な事態と言えます」

「そ、そんなにヤバイところだったのか」


 貴楽は音春がどれだけ危険だったのかを聞いて焦った。戦闘の危険ばかりが頭にあり、自動ログアウトそのものの危険など欠片も思わなかったからである。


「オットーさんの自動ログアウトはこちらからでは止められませんでしたし、下手に緊張させてはもしサンラットさんが言うように戦闘が発生した場合に支障をきたしかねません。ですから言えなかったのです。申し訳ありません」

「あー、うん。謝らせて悪いな。ありがとうな」

「いえ、そんな」


 詫びるホルスに貴楽は感謝を告げる。ホルスは音春に振りかかる危険の中で、最も安全と思える方法を選択し、自身の不安と戦っていたのだ。それは音春の家族である貴楽の心配と、友人として最善のみを告げて危険を黙る不安から来る心配とどちらがより心配していたか甲乙つけがたい。


「うん。やっぱもう1回言わせてくれ。ありがとう」

「はい。どういたしまして」


 ホルスが涙を拭き、やや紅潮した笑顔で貴楽に返した時、貴楽のメールに着信があった。

 件名は『要報告案件について』


『ご報告ありがとうございました。ログアウトの件について、詳しい話を聞かせていただきたい。宇佐美 國弘』


 メールが届くと同時、新規のチャット要請がポップアップした。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

7日の更新は遅くなると思います。

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