表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

第六話 なんとかなりそうです

『Venture Story参加中の皆様へ

 現在、当社ゲームVenture Storyにおいて、ゲーム内感覚が全て現実と等しくなるという症状を確認しております。

 本件につきましては現在調査を行っております。原因が判明し次第直ちにご報告いたしますので今しばらくご辛抱ください。

 なお、新規登録並びに新規ログインは現在処理を停止させて頂いておりますのでご了承ください。


 現在調査中ですが、感覚の一体化という時点の問題は現実世界へ悪影響を及ぼす可能性がございます。

 原因判明が済むまでご利用の皆様にはご迷惑をおかけしますが、絶対にログアウトは行わないでください。

 ログアウトはVirtual Reality Massively Multiplayer Onlineの仕様上、運営からは停止措置が取れないようになっているため、皆様にお願いする形しか取れないことをご了承ください。

 もしログアウトを行われて発生する損失、不具合、現実世界での諸症状等につきまして当社は一切の責任を負いません。

 これはご利用規約第8条1項並びにVR法第3項に記載されておりますのでご確認ください。


 本件につきまして皆様に多大なご迷惑をおかけしておりますことをお詫び申し上げます。


 Venture Story株式会社 宇佐美 國弘』


 貴楽は頭を抱えた。


「やっちゃった……」

「頭を抱える前に確認ニャ!」

「そうですね。どこか違和感や異変はありますか? 吐き気や頭痛などは大丈夫でしょうか?」

「データの方も見てみるニャ」

「そ、そうだな。まずは確認しよう。うん、体に異変は感じられないかな。吐き気や頭痛も大丈夫」


 落ち込む貴楽にオットーとホルスは声をかけた。

 貴楽1人では落ち込んだまま何か行動して失敗してしまう可能性があったため、貴楽の行動を誘導することでまずは落ち着かせようとしたのである。

 そのことに貴楽も気づいていたため、メディカルチェックプログラムを走らせたところ、何も問題はないことが分かりほっと息を吐いた。


「後、データは……レベルが2」

「レベルダウンでしょうか?」

「所持金が……0、アイテム……0。装備品、ショートソード、スモールシールド、魔王の外套、だけだな」

「データロスト確定ニャ……」

「特殊能力のレベルも全部初級さ。ハハハ……」

「それは、その……なんと言ったらいいか」


 乾いた笑い声をあげる貴楽を複雑な表情で見る2人。


「あ、でもこれ変じゃないかニャ? どうしてレベル1じゃないのニャ?」

「そういえばそうですね。他にも装備品はショートソードとスモールシールドですけれど、初期装備品でしたっけ? 魔王の外套は専用装備なのでしょうけれど」

「ああ、多分それはログアウトしてた時の影響だと思うんだけ、ど……」

「詳しく聞かせるニャ!」

「なんとなくですが、またお説教しなければならないことが増えたような気がします」

「ふ、不可抗力だよ! 俺は悪くない!」


 少しの疑問から2人に詰め寄られる結果になる貴楽。可能な限り客観的にログアウト中のことを説明する。


「だからこのショートソードとスモールシールドは、ログアウト中に手に入れたもんなんだ」

「どうなるかも分からないところで戦闘、しかも素手、プロレスとかアニキはちょっとロック過ぎると思うニャー」

「勝てたからいいじゃんか。怪我もしなかったし」

「そういう問題じゃ無いニャ!」


 貴楽の話を聞いたオットーが、貴楽と会話をしている間、ホルスは黙って思案顔だった。そして考えがまとまったというように静かに言葉を選んで喋りだす。


「……サンラットさん。それは要報告案件だと思います」

「え?」

「どういうことニャ?」

「ええとですね。もしかしたら、程度なのですが。私も自分の中で整理しながらなので、基本から説明しますね?」

「うん。頼む」

「わかったニャ」


 要報告案件とは運営に報告する義務が発生する事態、つまりはゲームルールから逸脱してしまった事態の報告である。人が作った物である以上、完璧ということはなく、どこかにルールの穴が発生する。そのルールの穴を突いて利益を得ることを認めるゲームは無い。そういう仕様で遊ぶためのものではないからだ。ゆえにこのゲームを遊ぶ以上は報告義務が発生し、違反するとその罰則は重い。


「まずVeStを遊ぶ基本知識として、VRMMOを遊ぶためにVRメットが私達の脳と直接やり取りを行っているのは分かりますね?」

「もちろん。VeStに限らずVRMMOはプレイしている時に脳みそを錯覚させてるんだよな」

「はい。ではその時の処理はどこで行われているでしょうか?」

「はいニャ! 基本データがVRメットにあって、脳がコントローラーで、処理はVeStサーバーだニャ!」

「正解、と言いたいですが実はちょっとだけ違うんですね」

「ニャ?」

「基本データがVRメットにあるのは間違いありません。これは動くための外見データと基礎ステータス、特殊技能、スキル名といったゲーム的処理を行う上で消すことが出来ない最低限必要なデータなんです。これをサーバー上ではVRメット単位でまとめて管理しています。こうすることでサーバーに掛かる負担を減らしているんですね。そして変動するアイテムやお金、経験値といった要素はサーバー上で管理されます。いちいちVRメットにデータを置いて出し入れをするよりもよほど早く処理できますから」

「なるほどな。殆ど動くことがないデフォルトデータはVRメットに、動きまくるデータはサーバー上に、ってことか」

「はい。お分かりいただけましたか?」

「難しいけどなんとなくわかったニャ」


 では話を進めますね、と言ってホルスはイラストボードをアイテムから取り出し図を描いていく。

 図の中で脳とVRメット、VRメットとサーバーがそれぞれ1本の線で結ばれる。


「脳はVRメットに信号を送り、VRメットはサーバーにコマンドを送り、サーバーは処理を行ってからVRメットにデータを返し、VRメットは脳に信号を送ります。これが一連の処理の流れになります。そして問題はここです」


 そう言ってホルスが指し示すのは、脳とVRメットの接続ラインだった。


「ログアウトを行ったとサンラットさんはおっしゃいました。そうするとサーバーとのリンクは切れている訳でして。サンラットさんが迷い込んだのは脳とVRメットのどちらか。そしてスケルトンが現実に登場して襲いかかる、なんてことはありえませんので、仮説ですが、恐らくはこの中間地点に居られたのではないかと思います。原因としてはやはりこのVeStが現実感を持ってしまったことによる脳の錯覚。ゲームと現実の区別がつきにくくなってしまったことに起因すると思うのですが、それは運営が調査してくれるでしょう」

「長いニャ」

「ごめんなさい。もう少しなので我慢してくださいね」

「脳の錯覚は分かったよ。続きを頼む」

「はい。ではなぜここにショートソードとスモールシールドがあるのでしょう?」

「それは俺がスケルトンから奪ってきたからで……あれ?」

「おかしいニャ! アイテムデータはサーバー上で管理される筈ニャ。ログアウトしてたらサーバーとはリンクしていないはずだニャ」

「そうなんです。そしてまた仮説なのですが、この仮説で今回の事態は説明がつくと思うのですが……」

「教えてくれ」


 少し困った顔になったホルスに貴楽が促す。


「はい。まずデータがリセットされた原因ですが、VRメットに記録されているデータが、ログイン時にサーバー上のデータを上書きしてしまったのではないかと」

「優先度の問題、か。VRメットの優先度は運営よりも安全性確保のために高く設定されているから」

「データが一致していれば問題はないのでしょうけど、食い違った際にはVRメットの方が優先されます。VRメットにあるデータは最低限のものばかりですから、これはサーバーの安全にも繋がります。本来は」

「本来は?」

「今回の事態は、VeSt内にアイテムデータを持ち込んでいる、という部分が問題になります。ましてや、そのアイテムを手に入れた場所が脳の錯覚、言い方を変えれば妄想によるダンジョンからだとしたら?」

「頭の中で思い描いたデータをゲーム内に持ち込めるニャ……チートニャっ!」

「ですので、要報告案件と言わせていただきました」

「分かった。これは報告が必要だな。……キャラデリはやだなぁ」

「恐らく今回に限っては大丈夫だと思うのです」

「なんでだ? 無許可のデータ持ち込みとかチート以外のなにものでもないだろ?」

「先ほどのお知らせメールで、『ログアウトを行われて発生する損失、不具合、現実世界での諸症状等につきまして当社は一切の責任を負いません』とあります。サンラットさんは損失を受けており、不具合が発生しており、ログアウト後に発生したアイテム入手に関しては現在のVR法では現実と解釈されていますので、現実世界での諸症状に当てはまるでしょう。つまり今回に限りは運営側も責任追及をしてこないと思うのです。先に要報告案件として報告してしまえば。サンラットさんの報告を受けた後、文面を変えて再度お知らせを出したとしても、それは事後ですから法の不遡及(ふそきゅう)の原則によって罰せられることはないと思います」

「……寝ていいニャ?」

「お疲れ様でした。もう終わりましたよ」

「難しいこと言い過ぎニャ! ホルスはいったい何者なんニャ!?」

「それは秘密です、よ」


 法律の話になりちんぷんかんぷんなオットーはホルスに食って掛かるが、ウィンク1つでたやすく躱されてしまう。

 スラスラと仮説を述べたホルスに貴楽は感嘆しきりであり、これなら大丈夫そうだと重い気持ちが楽になっている。

 そして一刻でも早く要報告事案としてレポートを提出しようとメールを開いたのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ