第四話 確認はしたんです
スケルトンとの死闘を終えた貴楽は、興奮が徐々に冷めていくのを感じた。冷静になってみると、石室はひどい有様になっている。散乱する白骨に砕けた棺桶。そしてショートソードとスモールシールド。2つともボロボロだが無いよりはマシだろう。拾っておくことにした。
「どう見ても本物だよなぁ。でも2つとも結構な重さなんだな。こんなのでぶん殴られたらそりゃ死ぬわ」
ははは、と乾いた笑いをひとしきりした後ため息を吐く。疲労を感じその場にへたり込もうとすると、頭上に『レベルアップ!』の文字が現れていた。同時に体から疲れが抜けていく。
「マジかよ……」
貴楽は浮かんだ文字を見て愕然とした。そして深く混乱する。
もしこれが現実ならレベルアップは演出としても疲労が回復するなんてありえない。しかしVeStの世界ならば逆に自分のキャラクターであるサンラットがスケルトン1体でレベルアップするということもまたありえない。職業“魔王”を得ている時点でレベルは90以上のはずであるからだ。ゲームの世界なのだとしたらなぜレベルアップしたのか、そしてなぜログアウトを選んで別の場所に移動したのか? 疑問が後から後から湧いてくる。
「ふう、一旦整理しして考えよう」
身体感覚が訴えてくるのは現実であるということ。戦った化け物や石室、そしてレベルアップなどの状況が教えてくれるのはここがゲームであるということ。貴楽はなにかが噛み合っていないような気がした。
「あー。えーと、とりあえずステータス」
ゲームでのコマンドをはっきりと意識した上でステータスを呼び出すように発音する。すると即座に反応したステータス画面が目の前に現れた。
「……やっぱVeStの中、なのかな?」
先ほどは混乱して1つ1つを確認することなく流し見ていたが、今度はしっかりと確認していく。
「今レベル2かよ。そりゃ上がるわけだ。さっきまで1だったってことじゃん……」
スケルトンのモンスターレベルは1。それでも1対1で倒せば経験値でレベルは上がる。
HP、MP、SPは確かに伸びている。貴楽の経験では並のレベル2では到底辿りつけないような数値だ。
「VeStの基礎ステはっと」
画面内の基礎ステータスをタップし説明画面を出す。基礎ステータスは以下の6種類だった。
“STR”……戦闘では攻撃力に関わる。装備可能重量の他、持ち運べるアイテムの重量にも関わる。
“VIT”……戦闘では防御力に関わる。毒や麻痺などバッドステータスへの耐性にも関わる。
“AGI”……戦闘では機動力に関わる。移動速度や行動遅延解消の速度にも関わる。
“MGI”……戦闘では魔法に関わる。戦闘以外でも魔法全般に関わる。
“MEN”……戦闘では抵抗力として関わる。行動阻害状況への耐性としても関わる。
“LUK”……戦闘ではクリティカルの発生率に関わる。戦闘以外では行為全般に少しずつ関わる。
それぞれの成長率は種族、職業、特殊能力の補正によって決まっていて、特殊能力の取得条件に基礎ステータスが関わっていることも多い。
命中率と回避率に関わるものが無いのは、VRMMOにおいて命中率と回避率は個人素養の部分であるからだ。自らの体として動かし攻撃を当てる、または避けるというのは個人のプレイヤースキルが関わってくる。上手いプレイヤーは紙一重で攻撃を回避し、身体性能的に回避困難な状況で攻撃を繰り出してくる。無論、体を動かすのが不得意な人のための救済措置は用意されており、自動防御や自動回避――確実に避けられるものではない――といった特殊能力や、絶対命中のスキルを多用することで弱点を補うことも可能であった。敵の攻撃には一定のパターンや攻撃後硬直が発生するので、その隙を逃さず攻撃していくことで、運動が苦手な人も有利に戦いを進められるシステムとなっている。
「種族も魔王になってら。職業も魔王だからか、ステータスの伸びが低レベルとは思えない。これじゃ強くてニューゲームだな」
貴楽の基礎ステータスは特殊上級職の名に恥じない伸び率だった。VITは上級の戦士系職業に少し及ばない程度で、MGIは上級の魔法系職業と同程度。また、その他もLUK以外は中級職業並であった。
「基礎ステよりこっちが問題か」
貴楽が気にしたのはHPとMPの伸びだった。共に現在値が下級職業ならばレベル10の平均辺りを指している。これは種族と職業による補正を考えたとしても、レベル上昇で通常の数倍の伸びという結果になった。
「これがゲーム仕様ならパッチ当てられて当然だけど、そもそもパッチとかあるんだろうか? まあ、パッチ当たるならレベル補填はしてもらいたいけどな」
貴楽はデータを見てゲーム的感想が出てくる程度には余裕が出てきていた。声も明るくなりステータス画面を移動させていく。
「なんだこりゃ……」
貴楽は思わず眉を顰めた。
特殊能力欄に書かれたものは、
“聖魔法:初級”がスロット1つ、“気配察知:初級”がスロット1つ、“SP上昇:初級”がスロット1つ、“耐性:聖属性”がスロット1つ、そして残りの7つを“職業:魔王”が専有している。
本来特殊能力スロットは10個だが、貴楽はVeSt内の中級クエストをクリアすることで1つだけ追加で開放されている。
“職業:魔王”に付随している特殊能力は、
“耐性:攻撃スキル”、“無効:全状態異常”、“無効:即死”、“自動回復:HP(強)”、“自動回復:MP(強)”、“闇魔法:初級”、“専用装備:魔王の外套”の7つ。
幾つかはスロット1つでは取れないような特殊能力だ。穴が無い防御能力を有している。が、パーティプレイではあまり役に立つとは言えない性能だった。
また種族:魔王にも付随している能力がある。“暗視”“不老長寿”“寿命無効”“移動:浮遊”“弱点:聖属性”“最大人数-2”
「やっぱりついたか弱点。そりゃそうだよな。俺も弱点叩くために聖魔法取ったんだし。反射怖くて取った面もあるけど、これはこれで良し。耐性で上書きされるから弱点にはならない。問題は“最大人数-2”だなあ。元が6人だけど俺入ると4人になるんだよな。野良パーティは無理だなこれ。せめてヘイト稼ぐスキルがあればと思うがあれって戦士系なんだよな。とても取れん」
ゲーム情報を考えるのは楽しい時間だった。ましてや苦労して手に入れた職業である。VeStでは耐性を持っているとダメージも50%に軽減される。無効の場合は完全に0%だ。発動率があるものに対しても同様の計算式が当てはまり、大変に強い。弱点は逆に効果を+100%するもので、これはダメージ計算のみに当てはまる。
「しかし、これだけ特殊能力あって使えるのか? “移動:浮遊”ON、っと」
貴楽が特殊能力をONにすると、体が50cmほど浮かび歩く程度の速さで移動が可能だった。体勢は自由に変えられたが、移動は思考で行わねばならず、移動速度も一定。しばらく試した後、戦闘に常時使うことはできない、と判断を下した。フェイントやトリッキーな動きに使うことは出来るかもしれないので、普段は自分で歩くことになるだろう。
「後はスキルと装備の確認だな」
装備も確認したところ3つのみであった。所持品もお金も何もない。あるのは拾ったショートソードとスモールシールド。そして専用装備の魔王の外套だけ。腰につけていた筈のナイフも消えている。
貴楽は、やはりここはゲームの中とは違うのではないだろうか、という疑念が確信に変わりかけていた。
常時効果やON-OFFを切り替える特殊能力ばかりだからスキルの確認作業は短時間で済む。それが終わったら一度試してみなければならない、と決心を固めた。
「もう一度、ログインできるかは試してみないとな」
貴楽は早速スキルの確認作業に入るのだった。
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