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第二十二話 帰ってまいりました

 夕日が沈む前、貴楽は玉座に腰掛けた。

 残り時間は10分を切っている。さっさとログインして拾得物を渡してしまい換金するのがいいのだろう。だが激闘の10時間を思うとどれも換金するのが惜しくなっていく。


「未練たらたらだな」


 頬杖を付きながら苦笑する。はたと気づく。戦いの最中に左腕を再構成したことを。


「何度も言われてたもんな。ここは俺の頭の中でもあるって」


 城型のダンジョンと激闘ばかりが頭の中身と言われると救いようがない人間に思えるが、夢の中みたいなものだと思うと納得がいく。願望や知識がそのまま反映され、それを理不尽だろうが自身が納得いっているならば常識となりえる。ゲームのシステムだからという理由でクエストやアイテムでの急激なパワーアップが発生し、リッチロードのようなボス戦があった。ゲームを始める前に受けた説明を信じ、情報密度=質量という半端な理解さえ正しく思えてしまう。単純な制震構造。だからこそだろうか、最後の最後、自分の意志で世界をねじ曲げた。左腕はここにある。回復は終わったのだと。


「もっと早く使えればなぁ。幾らでも楽できたんだろうけどな。でもあんまり捻じ曲げすぎるとVeStに持ち込めなくなっちゃうか。あくまでベースのシステムは逸脱しない方がいい、と思おう」


 貴楽が余韻に浸っている間にレベルアップ処理が終了し、城が正式に貴楽の物になったことを知らせるメッセージが走る。

 城の中にあるアイテムは全て貴楽に所有権が移り、それには宝物庫も含まれているようであった。

 また、西の出入口ではゴブリン達がせっせと城の中へ探索時に発見した物を運び込んでいる様子が見える。


「勝ったんだな……」


 大量のアイテムや宝物庫の目録を眺めているとチャンスをものにしたのだという実感が湧く。

 ひたすら眠くなっているが、その前にログインは終わらせておかなければならない。

 ゴブリン達へメッセージを飛ばし、急いで城の中へ入るよう促す。レッドドラゴンには「いじめになるから戦うなよ」と注意喚起をしておく。

 泉の主だった蛇やリッチロードの遺骸も回収された目録にあるのが目に入り、言われていたことを思い出した。


「あ、そういえば素材とか持ち帰ってこいって言われてたんだっけ。完全に忘れてたな」


 アイテムを持ち帰るにはログインが必要であり、そんなことをしている時間があれば罠を作ったり、レベルを上げたりしていた。

 ゲーム廃人としては正しいのかもしれないが、金額的なことを考えるともったいないことをしたと貴楽は思う。


「今更遅いか。まあ、いいよな。人生変わるくらいの金は十分貰ったし」


 2000万だ。学生の身としては完全に分不相応な額である。しかも命懸けとはいえゲームをプレイしていただけで。

 金があり過ぎて人生が変わり破滅したという話もよく聞くし、買い取りの査定などで無駄な時間を過ごしていたら、きっとリッチロードは倒せなかったはずである、うん。と貴楽は自分を納得させる。


――ピピピピピピ


 タイマー音が鳴り響く。もうそろそろ時間だ。


「っと、もう時間か。システム。ログイン」


 貴楽が言葉を告げると同時、夕暮れにも関わらず目の前が明るくなっていき意識が吸い込まれていく。

 ログインに成功したのである。



   †   †



 貴楽がログインすると、再び玉座に腰掛けていた。

 そして、時間が訪れる。


「どうなるんだ?」


 玉座で変化を待つ。

 時刻は連動していたのか夕刻。陽が落ちると同時にそれは訪れた。


「すげぇ……!」


 地平線から一気に世界が書き換わっていく。刹那にも満たない僅かな時間に世界が終わり新生していく感覚を味わう。

 VeStのシステムに現実の法則が加わっていき、矛盾は解消され両方の存在が重なっていく。

 互いの世界における情報が統一されていくのを、貴楽は目の前で見て味わっていた。


 人間が生きている内には絶対に見ることができないであろうスペクタクルな光景。

 これまでゲームだと感じていた世界。それが10数時間前にリアルになり、今や現実そのものとなった。 

 視界に入る範囲、玉座の間でさえ年月を感じさせる風格が備わっている。これまでデータでしかなかったものが、矛盾を解消するために相応しい年月を経たのであった。


 昨日は地形を動かすなんてできなかった。今日になり石をめくれば虫がいた。だが今や木を切れば年輪があり、動植物は繁殖を始めることができる。山には年月の圧力によって鉱石が貯まり、雨は海と雲を形成し循環する。

 そしてNPCは自らの意志で行動を開始するだろう。もはや行けない場所はない。知れていた冒険先にも新たな発見がある。ボスキャラはリポップしないし、伝説の武器は1つのみしか存在しないだろう。鍛冶師が作る武器のクオリティには差が生まれ、ポーションの回復量も不安定になり、魔法の威力も個人差が出て改造することさえ可能になった。

 貴楽はワクワクが止まらない。年齢からしてみれば子供のような感想。だが冒険を始めたばかりの頃はそういった思いが溢れていた。その思いが再び溢れ出る。


 ゲームが現実になり、世界が大きく広がっていく。

 オットーやホルス。仲間たちと再び冒険の旅にいきたい。

 眠気など吹き飛んでいた。

 この新しい大地に1歩を刻みたい。

 貴楽の好奇心が爆発し走りだそうとしたその瞬間。

 貴楽の意識は途絶えた。


 VRメットの安全タイマーが働いたのだ。

 時間切れである。


「そ、そりゃないよー!」



   †   †



 目を覚ませばそこは部屋の中だった。

 かれこれ20時間近くは横になっていたせいか体があちこち痛く、頭もボーっとしている。

 興奮した思いだけが胸の中で熱く、現実の世界さえ違って見える。すぐにでも安全タイマーをリセットし再ログインしようと思うが、安全タイマー切れでログアウトした際はしばらく入れないことを思い出す。これも安全対策のためだ。


「あー、くそ。確認しておくんだった!」


 枕を投げ腹立たしげにいつものストレッチを行う。

 体が動き始めたせいか、腹の虫が空腹を訴えた。


「腹減ったな……」


 洗面所で顔を洗ってから、何か食べよう。そう思って貴楽が洗面所へ移動した時、あることに気づく。


「え? なんだこれ? なんで――」


――なんで俺の目が紫なんだよ。


 何かどうしようもない過ちをおかしたような、そんな気がした。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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