第二十一話 決着しました
なんとか間に合いましたので投稿します。
沈みかけた夕日を挟み、2人の魔王は対峙する。
1人はこのダンジョンの元になった記憶、脳を持つ者。もう1人はその記憶から再現され情報を得て現実に迫るクオリティを得た者。
2人は似たもの同士になるのは当然。根底で互いを引っ張り合っていたのである。
ゆえに、2人が取る行動も同じ。
魔王と魔王。互いに自らの専用装備である魔王の外套を脱ぎ捨てる。これで自動防御は発動しない。そしてリッチロードはジグラットをその場に突き立て、貴楽は手甲を外して落とした。互いに装備を外しての勝負。もはや魔法使いの戦いではない。
「武器まで捨てることはないんじゃないか?」
『そうかね? 貴殿が最も得意としているのは素手のスキルを使わない格闘。ならば、それを真正面から粉砕してこそ完全勝利。貴殿の存在を引き継ぐに相応しいと思うがね』
負けた時の言い訳は許さない。リッチロードは言外に告げた。
「厳しいなどうも。鏡を見てるみたいな気分になる」
『ある意味では間違っていないと思うがね。今の我も貴殿の記憶が元の情報体に過ぎないのだから』
「ちょうどいい。考え足らずで周りに迷惑かける自分に腹が立ってたところだからな。遠慮無くやれる」
『そろそろ御託はいいかね?』
「散々挑発してきたくせに。自分は棚上げかよ!」
貴楽は言葉もそこそこにリッチロードへ向けて走る。
左腕は肘から先がない。自然右半身を前にリッチロードの圏内に入ることになる。スルリと滑るような足取りで重心をずらさずに圏内へ入り込む貴楽。迎え撃つのはリッチロードの左肘だ。リッチロードも体を左前に半身に構え、貴楽に掴まれても即応できるように肘で先制を狙う。
『片腕ではやはり不利のようだね』
「このくらいはハンデさ」
リッチロードの攻撃を右腕で受ける貴楽。とても重い、中身の詰まった鉄パイプで突かれたような鈍い痛み。相手が人間ならばこのまま腕を絡めとり投げるか極めるかできるのだが、リッチロードはアンデット。人体構造が人間に似ているからといって、同じものではない。肘の関節では決して曲がらない方向へ向けて前腕部が回転し、逆に貴楽の腕を巻取りに掛かる。
「気持ち悪ぃ!」
『失敬だね貴殿は』
外周を回って絡めにくる左腕を、受けた右腕の肘を外へ追いやるように内側にたたむ貴楽。絡みついてきたリッチロードの腕はL字型に曲がり、貴楽は更に左足を半歩距離を詰める。もはや密着距離と言っていい距離だ。ここから有効打を与えることはできない、はずであった。
『近いな』
「先制打はもらうぜ」
密着状態から右足で地面を蹴り、左足の踏み込みを強くする。腰の回転から肩を通り、折りたたまれた左腕をリッチロードの肋骨を貫通する勢いで腕を伸ばす。手の形は掌底。情報密度により重量が跳ね上がっているリッチロードは、その重量であるがゆえに鉄壁の強度を誇る。だがその代償として、貫かれた衝撃を逃がすための後退が一切できない。0か100か。そういう類の防御能力を、貴楽の格闘技術はわずかに上回る。リッチロードの胸に白い光を伴った痣が刻まれた。
『ぐ、ふっ』
「どうやら、無敵ってわけじゃないようだ」
『ククッ。そうこなくてはいけないね? よもや単なる打撃で攻撃を通されることになるとは』
「投げも極めも締めも意味がなさそうなんでな。もう打撃しか残ってない」
『お喋りをしていていいのかね?』
貴楽は答えずリッチロードを観察していた。1撃で倒せるなんてもちろん思っていない。どの程度のダメージを与えられたのか、次の攻撃への対処方法にどんなものを選択するか。見定めていてる。
『こないのなら次はこちらの番だね』
密着距離で効果的な打撃を出すのは技術が必要である。貴楽にその技術はあっても、リッチロードにはない。ましてやゲームデータのリッチロードは魔法キャラであり、体術スキルなどあるはずもない。アンデットが関節の可動範囲制限を無視できるとはいっても、技術がなければ効果的な打撃を加えることは不可能である。ならあばどうするのか? 答えは簡単であった。
「そう、くるか! ぐおっ」
リッチロードは貴楽の背に両腕を回し、密着状態のままホールド。ミシミシと音を立てて締め付けながら持ち上げる。俗にベアハッグと呼ばれる技だ。アンデットゆえに細身の体だが、まるで地面に根が生えたかの如く安定している。情報密度が濃いために質量の増えた体は、走る、歩くといった移動手段に制限を加えることになった。自重が重すぎてまともに歩くことができないのである。魔王には“移動:浮遊”という特殊能力があるため移動すること事態は可能ではあったが、なければ初期位置から一歩も動くことはできなかっただろう。だが質量が重いということは、それを動かすにはSTRが高くなければならない。よって矛盾解消のためにリッチロードのSTRは高い数値になっており、頑強さも相まって工作機械の万力のような圧力を貴楽に加え続けるのであった。
「はな、せっ!」
持ち上げられたまま貴楽が打撃を繰り返す。いかに弱点属性による打撃とはいえ、手技だけの攻撃ではリッチロードはビクともしない。
『無駄だね? 背骨が折れるまでゆっくりしていくといいよ』
「誰、がっ!」
貴楽は手足による打撃の効果が薄いと判断し、背筋だけで頭突きを繰り出す。頭突きにも〈聖付与〉の効果は載っていたのか、インパクトの瞬間に光が放たれる。ロードリッチはややたじろぐも、ベアハッグを解除しようとはしない。その間も徐々に圧力は増していき、“自動回復:HP(強)”を持ってしてもHPバーは削られている。呼吸は既に不可能な状態だ。貴楽は窒息死することはないが、背骨を折られれば回復するまで動くことはできないだろう。
『少々驚いたが、ここまでかね?』
「うる、せぇ……!」
そして頭突きの効果は今ひとつ。初撃こそ意表を突いたようだったが、2発目ではビクともせず、3発目では締め付けを強化され放つことさえできない。
『終わりだね!』
ミシリという嫌な音を貴楽は自身の中に聞く。時間はない。打開策を考えるにも頭に酸素が足りていないのか思考がまとまらなかった。その状態から選んだ選択肢は、本能の選択とも言うべきものである。
「ま、マジック〈聖光〉」
『本気かねっ!?』
発動までのタイムラグの間、ロードリッチにできたのはベアハッグを解くか否かだけである。
VeStのシステム上連続行動を行うことはできても、単独キャラが同時に複数の行動を行うことはできない。それを可能にするのは同時行動を可能にする特殊能力か、或いは2つの行動を同時に行うスキルだけである。ベアハッグを行っているリッチロードはベアハッグ状態から魔法を唱えることができない。いかに自由度が高くなったとはいえ、基礎部分での束縛が行動範囲を狭めていた。対して貴楽は攻撃を受けているだけなので自由に行動することができる。それゆえ幾度もの打撃を加えることができたのだ。その打撃があまりに効果が薄かったため、リッチロードにとっては死角からの攻撃となる。
〈聖光〉は基点箇所を決めての魔法ゆえ、密着状態にある貴楽もダメージを受けるが、貴楽には特殊能力の“耐性:聖属性”がある。受けるダメージは歴然としていた。
『グオオオオッ!』
「き、効いた、のか? マジック〈聖光〉!」
『我慢比べ、かね?』
2度、3度。貴楽は〈聖光〉を重ねていく。1度目の〈聖光〉の際、少し緩んだ時に一気に息を吸い込めた貴楽だが、折り返すようにリッチロードもベアハッグを強めていき、事態は壮絶な我慢比べとなった。ダメージレースは貴楽が有利。自身もダメージを受けるとはいえ、弱点を突いた魔法攻撃には“耐性:攻撃スキル”も意味を成さない。特殊能力は矛盾が発生した際、効力の強いものが優先され、強さが同じ場合は効果の範囲が狭いものが優先され、それも同じ場合はキャラクターにとって有利なものが優先される。この場合、“弱点:聖属性”は“耐性:攻撃スキル”に優先され、“耐性:聖属性”は“弱点:聖属性”に優先するということだ。貴楽が操るサンラットのようなPCは自身の弱点を補うように特殊能力をカスタマイズするのが当然の行為だが、リッチロードのような敵キャラであるNPCはキャラクター性の没個性化を防ぐ目的もあり弱点は残されている。これはリアリティよりもゲーム性を優先させた結果であった。
根底部分での差がここに来て顕著になっていく。そして我慢比べでもその差は現れた。
「いい、加減、諦め、ろ! マジック!〈聖光〉!」
『グアアアアアッ!!』
幾度繰り返しただろうか。双方の応酬は都合20回を超えていた。
ゲームキャラクターは限界を超えられない。だが人間は限界を超えることができる。その僅かな差が、リッチロードがベアハッグを緩める結果を招いた。貴楽は即座にリッチロードの胸を蹴り、自ら跳んで距離を開く。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
『……逃げられてしまったね』
「みた、か。こんちく、しょう」
『ク、クク。見事、だね?』
貴楽、リッチロード共に限界が近かった。
自動回復があるため休憩をとればあっという間に回復はするだろう。だがそれでは互いに勝機を逸することになる。そして同じ記憶から、もうこのような戦いはできない、ということも理解していた。眼前の敵とはここで決着を付けなければならない。
『決着を、つけるかね?』
「当たり前だ! マジック〈聖付与〉!」
立ち上がり息を整える間もなく魔法を唱える貴楽。続けて〈聖光〉を撃とうとした時にそれは起きた。
『限界を超えられるのは、貴殿達の特権ではない、ね!』
リッチロードが走ったのだ。
リッチロードが自重によって動けないことを貴楽はベアハッグの間に気がついた。特殊な移動である“移動:浮遊”では走ることができない。それゆえに〈聖光〉を当てられると踏んでいた。だがその予想は覆された。
リッチロードの走った足跡は頑丈な床板を砕いていく。その1つ1つが渾身の力を込めた証である。本来遠距離戦が得意なリッチロードだが、貴楽と違い回避しながら魔法を撃つということができない。弱点属性を突かれる以上、ダメージレースに差があり過ぎており、敗北は確定してしまう。それを覆すため、自身の限界を超えて貴楽との距離を詰めに走ったのだ。
「負けられないな」
貴楽は走るリッチロードの速度がやけにゆっくりに見えた。実際はたった数歩の距離。あっという間である。だが相手が移動する以上、〈聖光〉を当てることはできない。〈闇の礫〉〈闇の鎖鎌〉では効果がない。〈影跳躍〉を行っても現れる場所はばれてしまっている。結局、迎え撃つしかない。いや、貴楽は迎え撃ちたかったのだ。システムの限界を超えてまで自分を倒したいと求めてくれた好敵手に、最大の敬意を持って相対する。仲間に言えばまた怒られるだろうが、頑として譲らないだろう。男の意地と言えた。
『これで最後だね?』
リッチロードが左半身を前にし更に左腕を伸ばす。
貴楽が左足を踏み込む。頭をこするようにリッチロードの左手指先が抜けていく。
リッチロードが右膝を曲げて飛び膝蹴りを放つ。
貴楽は避けられない。顔に膝が当たった。同時、貴楽の右手がリッチロードの顔面を捉える。
リッチロードの体が浮かぶ。貴楽の体は沈む。貴楽の側頭部をこすり上げるようにリッチロードの右膝が上がっていき、上下が逆転する。
貴楽の右手はリッチロードの右手によって打ち払われた。
「やっぱりお前相手にハンデとか無理だったわ」
貴楽は左腕を再構成。リッチロードが驚愕の声をあげようとするが、既に顎は左手に捉えられていた。貴楽は右足を引き前後を反転。そのまま地面に叩きつける。
『……貴殿の勝利、だね?』
金属同士が砕き合うような轟音が響き渡った。
リッチロードは頭で床板に使われた石材を砕き、次いで自重に押し潰される。頭は完全に砕かれ、体は大の字に倒れていった。
この瞬間に勝者は決定する。敗者は祝いの言葉を残し、沈黙した。
「ウオオオっ!! 勝ったぞぉっ!!」
貴楽は喉も裂けよと言わんばかりの大声で勝利の雄叫びをあげるのであった。
タイムリミットまで、後僅か。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




