第二話 できると思ったんです
VeStは3つのバー、6つの基礎ステータスの他に、特殊能力があり、1キャラクターは通常10個のスロットを持つ。そのスロットの中で“剣術:下級”や“火魔法:下級”“索敵”などの特殊能力を選択しキャラクターをカスタマイズしていくことが出来た。この特殊能力の組み合わせ自由度の高さがVeStの売りである。各特殊能力を取得すると対応するスキルがキャラクターが使えるコマンドになる。
職業特殊能力とは、“剣士”なら3個、“魔法使い”なら4個、“鍛冶師”なら2個といったように、複数のスロットを占拠する代わりに幾つかの特殊能力を兼ねることができるもので、単に職業と呼ばれることの方が多い。職業は1キャラクターに1クラスしか持てないが、クエストをクリアして2つ目のクラスを持つことができた。2つ目の職業を持つためには、“多重職業”という特殊能力が必要であり、これにスロットを取られてしまうデメリットがある。また、各職業には基礎ステータスの補正と、レベルアップ時の成長補正があるのだが、職業を重ねて取っても成長補正を受けられるのは職業1つまでとなっている。成長補正を受けられるのは主職業と呼ばれ、その他の職業は副職業と呼ばれている。
また特殊能力は対応するスキルを使用して経験を積むことでランクアップし、“剣術:下級”が“剣術:中級”に。“火魔法:下級”が“火魔法:中級”になっていく。当然成長に伴ったスキルが増加する。職業も“剣士”なら“重剣士”か“軽剣士”に。“魔法使い”ならば“属性魔術師”など細分化されランクアップしていくことが可能だ。
特殊能力は戦闘中でなければ自由に付け替えが可能だ。ただし、付け替えた特殊能力が持つスキルは経験値が初期値に戻される。ステータスやレベルによって取得できる特殊技能は変化していくので、ずっと同じ特殊能力だけを使い続ける、というのは余程の酔狂者とされている。
「どうしてこんなことに」
貴楽は四つん這いの状態で地面を見据えたまま呟く。
貴楽が持つ職業特殊能力の名前は“魔王”と言う。スロットを7つ使用し、転職条件に『単独での種族:魔王討伐。レベル90以上かつ無職業』という条件が付随するVeStで最も厄介かつ強力な職業である。実装されてまだ2週間と経っておらず、ゲーム内でのバランス取りも終わっていない無理職業だ。
公式サイトで発表されたのは3ヶ月前。魔王という名称とレベル90からの職業だということで当初は大いに盛り上がった。だが徐々にその謎のベールが払われていくと共に、プレイヤーたちは一様に様子見へと態度を変化させていく。
――「スロット7つとかリスクありすぎですね。まだどんな内訳なのかも分からないのに」
――「そも種族:魔王の単独討伐って。パーティプレイ無視っすか?」
――「耐w久w型w魔w法w職w。ぼっち乙www」
――「レベル90まで無職業とか終わってるわ。成長補正捨てろってこと? 最大100なんだからどんだけ補正あっても10レベル分しか受けれねぇのはアレすぎんだろ。あっひょっとして上限キャップ開放の前振りとか?」
――「スロットもずっと開けっぱで頼むニャ! キャップ開放されるんなら早いところ転生しとかないといけませんニャ」
――「サブアカウント認められればワンチャンスってところかなぁ。ネタにはなるっしょ」
――「うーん。とりあえず廃人連中が狙うんじゃないですかね? といってもギルドマスターとか有名ドコロは転生してまではやらないと思うけど」
――「ぼっち極めてるような連中か、コミュ力高くて姫プレイ許される環境か。どっちにしても俺らには無縁か。はい。2人組つくってー」
――「やめろ」
――「やめなさい」
――「自虐はやめるニャ!」
―― ………
―― ……
―― …
「2人組ネタは自爆だった……」
貴楽は当時のチャットのやりとりを懐かしく思い出す。
チャット?
「そうだ! GMコール! ええと、システム。コール。GM」
手続き通りにVeStの裁定者、運営側と直接やり取りができるGMコールを試す。今の状況がどうなっているのか分からない。
もし自分以外にも同じ状況の人が居るなら教えてもらおう。
「返信来るかなって、それより先に確かめることあるだろ! 馬鹿か俺。システム! ログアウト!」
両手を上げて高らかに叫ぶ。そんな必要は無いのだが、現状からの退去手段であろう方法を見つけ高揚していた。
貴楽が叫び、キャンセル待ちの時間が経過して貴楽の姿が消えていく。
「よし! これでこんなわけわからない状況からおさらばだ!」
混乱を越えて現実へ帰還できることへの歓喜。
足元から自分が消えていく感覚。慣れるまでは作り替えられるようで嫌だったその感覚も、今は頼もしい。
帰れることがわかり余裕が出てくると、今の状態はひょっとしたら新しいVeStのアップデートテストだったりしたのかもしれない、と貴楽には思えた。現実とほぼ変わらない感覚とか凄い、でも血が出たり痛いのは勘弁してもらいたいとメールを出そうと心に誓う。ゲームを止める気はさらさら無かった。
そしてサンラットから三玉貴楽へと戻る時が来たのだ。
† †
物事というのは早々上手くいかないものらしい。
目を開けば周囲は真っ暗だ。まだ夜が明けていないのか、と貴楽は納得しかけるが、それにしても暗すぎる。
ベッド付属タイプの機械に寝ていたはずだが、どうにもいつもと違う感覚に戸惑う。
「え? ちょっ? どういうこと?」
何か自分は閉じ込められているらしい。慌てて体を動かす。手足は動き、VRMMO用の機材も外されているようだった。
ガタガタと動いている最中、不意に足を蹴り上げると、光が差し込む。
「光!?」
思い切り体を起こすとガンという重い音に頭をぶつける。同時、自身を覆っていた物がずれていった。
「か、棺桶?」
上半身を起こせばそこは死体安置所のような場所であった。
薄暗い石室に幾つもの棺桶が横たわっている。貴楽自身はその中でも入り口から最も奥まった場所かつ他から3段は高い位置にあった、立派な棺桶の中にいたことを確認した。
「なんでだよ!? ここは現実じゃないのか!?」
頭を抱える。確かにログアウトしたはずだった。しかし実際には自分の部屋では無く訳が分からない場所へと移動している。
混乱が酷い。大きく息を吐き無理やり自分を落ち着かせる。
「ふう……。どこだよここは。しかしここ、どっかで見たような?」
窓が無く、蝋燭灯りの薄暗い石室。並んだ棺桶。少し高い立派な棺桶。
貴楽は1つの記憶に思い当たった。
「あ、ここVeStの教習館だ」
VeStにはVRMMO初心者の為に教習用の館が用意されている。
その中ではデスペナルティは発生せず(というよりも死なない)、アイテムも壊れることはない。ただし、モンスターは出てくるし攻撃もしかけてくる。要はVRMMOというシステムに慣れる為の場所なのだ。
「ということは、この後の展開は……」
冷や汗が出る。
石室の中、貴楽から最も離れた棺桶が重い音とともに開かれ、中から何かが出てくる。
運営が「いきなり動物とか殴り倒したりするのはきっとプレイヤーの心が痛むだろうから」と善意で練習用に用意した敵。
初めてVRMMOをプレイする人々にとって大きな衝撃を与えた。だって場所が棺桶が置いてある石室で、中から現れるのがVRMMOのシステムで再現された、人と同じ大きさを持ち、錆の浮いたショートソードと傷らだけで腐敗したスモールシールドを持った、白骨死体。
リアルに遭遇したら間違いなく悲鳴をあげるだろうリアリティを持った、スケルトンだった。
「ギャーッ!」
今までの初心者と同じように、石室に貴楽の絶叫が響き渡った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




