第十九話 負けられないんです
リッチロードが待つ玉座の間へ続く階段を登っていく。階段は途中5度ほど折り返し、現代建築物でいうなら10階建のビルと同程度の高さまあった。
この城で最も高い場所に玉座の間がある。広い空間に豪華に内装。東西南北にガラス張りの大きな窓があり、今は傾いた西日が影を伸ばしている。階段を登れば一直線上、玉座に腰掛けたリッチロードが髑髏の眼窩に青い炎を灯していた。
黒一色の衣を纏い、頭に王冠、右手には5つの宝石をあしらった歪な形の杖。スケルトンなどとは格が違う。見ただけで死を連想させるアンデットの王。この城の支配者たるリッチロード。
「あらためて思うけど、凄い存在感だな」
リッチロードの姿を見た者は幾度かの抵抗判定をくぐり抜けなければならない。1つ目は特殊能力“死の威圧”。これに抵抗失敗すると即死するという極めて危険なスキルだ。本来は即死耐性装備や抵抗成功用の魔法などの事前準備をするのが常識となっているが、初見で挑んだプレイヤーはこれだけで全滅することも多い。貴楽はこれを無効化できるため不要であった。2つ目は特殊能力“魔力波動”。抵抗失敗すると一定時間魔法スキルが使えなくなるというもの。最後に“魔王の領域”。ボスとして登場する魔王には必ず実装されている特殊能力で、魔王との戦いが始まると逃走や撤退といった行動は取れなくなる。栄光か全滅か。魔王戦では2つに1つを迫られることになるのだ。2つ目と3つ目は特殊なバッドステータス扱いのため、貴楽には無効化されている。
ここまでの対策をしてようやく相対することが叶う相手であった。貴楽は特殊能力により無効化しているが、本来はこの時点である程度のふるい落としがされている。
『魔王リッチロードの居城と知って現れたか。若き魔王よ』
「ああ、その通りだよ。野蛮で悪いんだけど、あんたには退場してもらって、この城を貰い受ける」
『カカカッ! 何を言うかと思えば。血気盛んよな。嫌いではないぞ』
愉快でたまらないといった風のリッチロードの態度に貴楽は違和感を覚える。だが、それが何を示すのか判断がつかない。
『宜しい。オールインといこうか若き魔王よ。貴殿が我に勝てばこの城も宝物も全てをくれてやろう。ただし――』
「ただし?」
髑髏に表情はない。だが確かに嗤ったように貴楽には見えた。
『我が勝ったのならば、貴殿の全てを貰い受ける』
「なんだとっ!?」
リッチロードはそう告げると、貴楽の言葉を無視しつつゆっくりと立ち上がる。そして右手に持った右手に持った歪な杖で床板を叩いた。その瞬間、歪な杖に嵌めこまれた宝石に光が灯り、杖は5つの短杖へと変化する。1つはリッチロードの右手に。後の4つはリッチロードを中心に不規則に飛び回っていった。
『加減も容赦も貴殿には不要であると知った。4つの魔杖による自動攻撃。貴殿に捌ききれるかな』
「チッ」
貴楽は舌打ち。リッチロードの言葉に猛烈に嫌な予感を覚えるが、それは後回しにしなければならないと頭から振り払う。
リッチロードは魔法使いだ。中距離、遠距離戦はお手のもの。近距離戦にいかに早い段階で持ち込むかが勝負の鍵と言っていい。長い口上や戦闘に入るまでの話し合いなどしている間に徐々に距離を詰めることがゲーム上では可能であった。だが今はそれを許してはくれない。
リッチロードは玉座の前に立ち上がってから一歩も動いてはいない。貴楽に殺到する魔杖は4つ。全てが違う属性の魔力攻撃で射撃を行ってくる。コントローラーの役割をする短杖を合わせ6つの短杖から成る。名前をジグラット。彼我の距離を選ばない全距離対応の古代兵器であった。
「厄介だな」
貴楽の思考は既に廃人ゲーマーそのものに移行していた。興奮と冷静さが入り混じり、今ある苦境をいかにして乗り越えるかに全能力を傾ける。
まずは分析。リッチロードが動かないのは、ジグラットを使用している間は動けないのではないかという仮説。だからと言って無視はできない。次いでジグラットの攻撃が4種の属性攻撃であることを確認。地水火風の基本4属性で、1発の威力はさほどでもない。ただしこれは貴楽が魔王という特殊な職業で、HPが既に最大レベルまで成長しているキャラクターと同程度あるから割合的にそう見えるだけである。ジグラットの残りの1つがコントローラーを担っているのだとしたら、他の4本と何で繋がっているのか? ゲームシステム的な答えは、魔力で繋がっているというものしかない。有線式ではTVに出てくるようなマジシャンでも無い限り説明のつかない挙動も行っているし、世界感的に考えて魔法以外にはありえない、という結論に至る。
もし魔力で繋がっているのであれば、それを崩してやることで混乱するか無効化できるのではないだろうか?と貴楽は考えた。
「試してみるか。マジック〈聖光〉!」
貴楽が唱えたのは聖属性の遠距離攻撃魔法である。ある地点を指定し、そこから直径1mの光の柱を作り出す魔法で、地点を指定してから発動までにタイムラグがあるのが特徴だった。速攻には向かないが、罠やカウンター、陽動に重ね当てなど用途は広くゲーム内では重宝されている。
『様子見は終わりといったところか? 若き魔王』
貴楽はジグラットの猛攻を〈自動防御〉を使用せずに耐えていた。気配察知により死角に回りこまれても奇襲を受けることなく、被ダメージが少なくなるように防御行動に専念していたのである。その貴楽が動いたのをリッチロードは見逃さず言葉をかけて牽制した。
『我も何もせず、というわけにもいくまい。マジック〈闇の剣雨〉』
貴楽の〈聖光〉が発動を迎える。それに合わせるようにリッチロードが“闇魔法:上級”の攻撃魔法である〈闇の剣雨〉を放つ。上級と中級では中級が勝てる道理はない。〈聖光〉をかき消して闇で作られた剣雨が貴楽に迫る。
「露骨だなリッチロード。ジグラットを潰されたくないのが見え見えだぞ」
『貴殿にはそう見えるのかね? それならそれで構わんが、さて属性攻撃の重奏だが貴殿に打開策はあるのかね?』
「あるに決まってんだろ!」
貴楽は走りだした。リッチロードに向けて一直線に。それは剣雨の中を走るという行為に他ならないが、貴楽はあえてそれを選んだ。
なぜならば、貴楽はこの展開を識っている。過去に体験しているのだ。ジグラットの性能や対処方法を知っているのもこのためである。リッチロードは最初口上を述べて何もしない。その間に接近することが可能だったのだが、さすがにそのような不自然な隙は無かった。その後、ジグラットを飛ばし攻撃を加え、こちらがジグラットに対して攻撃を加えて無力化しようとすると、リッチロード本体が攻撃魔法を唱えてくる。この攻撃魔法は範囲魔法であることが多く、今もその流れであった。ジグラットは魔法を受けると動きに干渉されてコントロールが効かなくなるという弱点があるので、範囲魔法の中に入ってくることはない。つまり、ダメージを受けることを前提として、範囲魔法の中を突っ切るのが最も少ないダメージでリッチロードに接敵できる方法である。後は、痛みを我慢するだけ。
「痛ってえっ!」
剣の雨が貴楽に突き刺さる。HPには余裕があるのに、痛みで心の耐久力がガリガリと音を立てて削られていくようであった。それでも走り抜けられたのは頑強な体と魔王の外套による自動防御、そしてリッチロードを倒すという闘志のおかげである。
範囲魔法の効果内に入れないジグラットの攻撃も距離が離れれば命中精度は下がり当たらない。
「まずは1発お返しするぜ!」
『無駄だがね』
貴楽の体重を載せた右拳はリッチロードの黒い衣によって遮られた。魔王の外套である黒い衣の〈自動防御〉である。しかし、貴楽にとっては織り込み済み。弾かれた右拳が後方に回るということは、左半身が前に来るということ。その遠心力を利用して左足による中段蹴りを叩き込む。
『無駄だと言ったはずだがね。マジック〈地障壁〉』
「掛かったな!」
貴楽の中段蹴りをリッチロードは“地魔法:初級”〈地障壁〉を唱え蹴りと自分の間に土壁を生み出す。咄嗟に貴楽は左膝を下方に向けて地面へと蹴りの方向を変化させ、蹴りではなく踏み込みへと動きを変更する。踏み込むことで上半身が前傾姿勢へと戻り、次の攻撃の準備が終わる。
貴楽はリッチロードが2度目の攻撃を防いでくることを識っている。ゆえに蹴りと見せかけて踏み込みを行ったのだ。〈地障壁〉が残っている間、次の〈地障壁〉を張ることはできない。貴楽は前回のフィニッシュに繋げる動きを始めた。
踏み込んだ左足は無理に蹴りの方向を変えたもので、爪先が内を向きすぎている。そして前傾になった上半身もあり、膝の曲がった窮屈な姿勢となっていた。おまけに眼前には〈地障壁〉が残っており、視界を塞いでいる。貴楽は前傾になり重心の浮いた右足を浮かせ、左足を軸に90度体を曲げる〈地障壁〉に背中を押し付ける形になったその形から、背中の体当たり、通称鉄山靠を放つ。〈地障壁〉が砕かれ、リッチロードにも衝撃が通るほどの威力は、見事と言う他にない。
『グ、ヌウゥ』
貴楽は背越しにリッチロードのうめき声を聞く。チャンスと判断するも貴楽の動きは止まらない。弱点属性による鉄山靠だろうと、〈地障壁〉を通した上でのこと。ダメージを期待したのではなく、衝撃による姿勢崩しが本来の目的だ。前回はここで2秒の時間が稼げていた。そこから94手の連続攻撃で一方的に倒したのだ。自動で動くプログラムのように、相手の動きを計算した攻撃であり、対リッチロード用に作った〈聖付与〉を載せた通常攻撃のラッシュ。貴楽が持つ“SP上昇:初級”はこれを放つ際に足りなくなるSPを補うためでさえあった。
貴楽が振り向きざま、初手の1撃である右のショートフックを腹狙いで放った。
「なっ!?」
ロードリッチはその1撃を防がなかった。腹部へと突き刺さった打撃だが、ロードリッチの体は全く揺らがない。
貴楽の経験ではロードリッチは人間並の大きさしか無く、スケルトン状のアンデットでもあり軽かった。この初撃はロードリッチの体を浮かせるのに十分な威力を持っていたはずである。だが今はとてつもなく重い。これでは連続攻撃を続けることはできない。貴楽に焦燥が生まれた。
『あの時は、ここから倒されたのだったな。見事と言っておこうかね』
「お前、記憶が!?」
『無いと言ったつもりも無いがね?』
追い打ちをかけるように、記憶があるということを告げるロードリッチ。
この世界は貴楽の記憶とVeStのシステムの中間の場所である。貴楽の記憶に残るロードリッチ戦が、最大の脅威と認識している記憶が、ロードリッチに戦いの記憶を持たせていた。さらに、情報統一化現象という異常事態により、情報量の多さはそのまま質量の多さを表している。つまり、貴楽にとって最も鮮烈で最も情報量の多いロードリッチは、この世界において誰より密度が高く重いのであった。それこそ、レッドドラゴンを凌ぐほどに。そして戦いの経験がある以上、パターン攻撃は幾らでも破る方法がある。
『気づいたようだがもう遅いね?』
ロードリッチの言葉には絶対の自信が伺えた。貴楽は思う。ロードリッチは戦う前になんと言った?
「……」
『だんまりかね? まあいい。約定どおり、貴殿の全てをいただこう』
全てをいただく。つまりそれは――
『サンラット、いや三玉貴楽。
貴殿の存在を我が引き継ごう。
ゲームオーバーになるがいい』
この戦いに負けることが、破滅を意味していた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




