第十七話 プライドくらいあるんです
レッドドラゴンの許へ戻ろうとマーカーに記した洞窟の出入口に向かう。
その途中で貴楽は初めて最初にいた建物の外観を目にした。
尖塔が幾つも並ぶ歴史を感じさせる古城。外周を石壁が取り囲んでいるが、全景までは見れないので完全な形なのかどうかは分からない。
「ああ、古城の方だったのか。でも結構違ってるな。吸血鬼の古城じゃない、のかね」
まだ行っていないダンジョンデータだったのかもしれないし、自身の妄想が生み出したオリジナルダンジョンなのかもしれない。
貴楽が今歩いてる道は大丈夫だろうが、トラップの類には更に気をつけるべきだった。
足音が土の上を歩く砂利混じりの音から、硬質の石床へと変わっていく。
そして開け放たれている扉をくぐり抜ければ、そこにはレッドドラゴンが待ち構えていた。
「戻ったぞ。レッドドラゴン」
『ほう。てっきり逃げ出すと思っていたのじゃがな』
レッドドラゴンは正直だ。見逃す代償として宝玉を探してくるという約定は結んだが、あの時見逃した時点で戻ってくる必要などない。判断力は人間のものであると魔王自身が言っていた。見逃したのだからその後逃げれば報酬丸儲けではないか。わざわざ戻ってくるのは愚の骨頂と言っていい。たとえ逃げても怒ることなどなかっただろう。最初から期待などしていない。
「約束は破るためにあるもんじゃないだろ」
『では運良くも宝玉はそのままであったか』
「とんでもない!」
レッドドラゴンは貴楽が戻ってくるのが早過ぎると思っていた。魔王とはいえ宝玉の力を得たモンスターがいたのなら倒して奪い取るのは不可能だったはず。駆け出し程度の実力しか魔王は持っていなかったのだから。
レッドドラゴンの言葉ににやりと笑いを返す貴楽。懐から竜の宝玉を取り出しレッドドラゴンに見せつける。
「竜の宝玉を取り込んだモンスターを倒すのは大変だったよ」
『馬鹿な。お主程度の実力で宝玉を取り込んだモンスターを倒せるものか』
「そんなところへお使いさせたのかよ。ひっどい話だな」
『い、いや。儂基準でいけば簡単過ぎるくらいのお使いじゃしな。間違ってはおらん』
「そっかー。間違ってないのかー」
『何か言いたそうじゃのう』
「別にぃ? 竜の宝玉なんてお宝、モンスターなら垂涎ものだよな。なら取り込まれなかった可能性ってどのくらいあったのかなって思っただけさ。勝てる見込みの無い相手が持ってる可能性が高かったら、見逃すって約定もあんまり意味なかったなぁって」
『ぬぐう』
レッドドラゴンの失言に貴楽の態度が硬化する。見逃す約束で宝玉を探しに行けば、宝玉はモンスターに取り込まれている可能性が高く、さらに取り込んだモンスターは貴楽では勝てないレベルになっているはずだった。実際ゴブリン達の協力がなければ貴楽は負けて死んでいただろう。嫌味の1つも言いたくなるというものであった。レッドドラゴンもそれがわかったのか思念会話でありながら1つ呻くという器用な真似を披露する。
『嘘は言うておらんじゃろう!』
「わかってるよ。渡さないとは言ってない。約束は約束だからな」
『……それでよいのか?』
「ほら」と竜の宝玉を差し出す貴楽にレッドドラゴンはまたも魔王の意図を見失う。
いったい何が目的なのか? 見逃す代価は強者の理論でしか代価足り得ないものだった。弱者である貴楽は詐欺に引っ掛けられたようなもの。それでも無理を通し道理を蹴っ飛ばして宝玉を手に入れた。それを「約束だから」とレッドドラゴンに渡すのは、詐欺にあったけど契約は契約だから、と支払いをするに等しい。そんな理不尽な要求、撥ね付けるべきだとレッドドラゴンは考える。たとえ撥ね付ける、というのが強者の理論であったとしてもだ。
「善悪で言うなら、よくない。でもそんなのは関係ないだろ」
『儂が強いからか?』
レッドドラゴンは貴楽の答えがわかっていてなお聞かざるをえなかった。
「違う。そんなことはどうでもいい」
「……」
「俺はもうこのクエストが始まる時に報酬をもらってるんだよ。それなのに俺だけが報酬を持ち逃げしていいのか? それこそいい訳がない。どれだけ理不尽な約束でも、周りの協力もあってなんとか成功した。なら代金は支払うべきだろ」
あくまで約束だから。レッドドラゴンの事情は関係がない。そう言い切る貴楽。
ある意味でレッドドラゴンを完全に無視している魔王の理屈に、言いようのない感覚を味わうレッドドラゴンだが、その感覚が寂寥感であることには気づけない。強さゆえの孤高に慣れているからである。
「持ち逃げした方が利益にはなるだろうけどな。実際それで悩みもした。もったいないって思う。でもそれじゃ別のものを支払うことになる」
『別のものとはなんじゃ?』
「誇りとか罪悪感。自分の都合で約束を果たさず逃げた嘘つき。そんな心に負う枷を無視できるほど俺は強くないんだ。元人間だからね」
『そうか……』
貴楽の理屈を理解するレッドドラゴン。だが納得はできない。それが強者と弱者の差による意識の違いだった。
『わかった。宝玉は受け取ろう。これにて約定は果たされた。ご苦労じゃったな』
「こっちも重石が1つとれたよ」
宝玉をレッドドラゴンに渡し息を1つ吐く貴楽。
『その上で、魔王の働きは見事。何か褒美を与えよう』
「なんでそうなる」
貴楽は驚く。約束を果たしただけなのに、なぜ褒美とかそういう話になるのか。
『お前は自分の誇りを優先した。利益を得る機会を失うことを理解しながらな。それは魔王であるお前にとってはよい。じゃが、儂にしてみればそれは施されたようなもの。お前の都合など関係ない。関係を決めるのはお前ではない。儂じゃ』
「どんだけ暴君だよ……」
レッドドラゴンが貴楽の言葉を理解しても納得していないように、貴楽もまたレッドドラゴンのことを理解していなかった。理不尽を押し付けるのは強者の特権である。それはなにも奪うことに限ったわけではない。一方的に与えることもまた強者の特権と考えていることを貴楽は初めて知る。
「ああもう。いったい何をもらえるんですかねぇ? レッドドラゴンの宝玉とか凄い価値の代物を取り戻したことにたいする褒美っていうのはさぞお高いんでしょう?」
こうなればと貴楽は思い切り持ち上げていくことにした。自身の誇りは安くない。そう告げるように。
『うむ。そうじゃのう。何か欲しい物の案はあるか?』
「考えてないのかよっ」
『今決めたことじゃしな。小さいことを気にするな』
レッドドラゴンの言葉に貴楽は考える。こうなれば最大利益をもぎ取ってやると闘志を燃やす。
「1つ聞きたいんだけど。いいかな?」
『なんじゃ?』
「この城の城主は誰だ?」
『リッチロード。いつも玉座におるな。玉座への道は、儂が塞いでおるが』
貴楽は思う。やはり、と。
「そいつを倒したら、この城は俺の物になるか?」
『なるじゃろう』
「なら決まりだ。玉座への道を開いて欲しい。総取りといく」
『ほう? てっきり儂に配下になれとか竜の宝玉を寄越せとか言ってくるかと思うたが』
レッドドラゴンにとっては意外な選択であった。レッドドラゴンからの褒美であるのだから、レッドドラゴンから受け取るのだとばかり思っていた。
「前に言ったけど、レッドドラゴンを倒すなら、準備を終えてからちゃんと倒しに来るさ。今はその時じゃない」
『ふうむ。つまらんのう』
「それに、俺がこの城を手に入れれば城付きのドラゴンも俺のものって理屈さ。戦わないでいいならそれに越したことはないよ」
貴楽はドラゴンというモンスターが好きだった。傲慢で強く堂々としていて約束を違えない誇りを持つ。言い訳もせず挑戦者を受け止める王者の風格。簡単に言うと、カッコ良いと思っており、憧れに近い感情を抱いている。
『なんとそう来たか。じゃがそれでは儂は魔王には従わんぞ?』
「しばらくはそれでいい。勝てるようになったら意地でも従わせるさ」
『面白いことを言う。わかった。その提案を飲もう。じゃが、わかっておると思うが』
「リッチロードは強い、だろ」
『うむ。あれもまた魔王と呼ばれる存在よ』
「わかってるよ」
そう、VeStのリッチロードのことは貴楽が誰より理解していた。
なぜならば、貴楽が得た魔王という職業は、リッチロードを倒したことにより手に入れたものなのだから。
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