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第十六話 リザルトは何よりの楽しみなんです

遅くなりました。

 貴楽が勝ち名乗りを上げると、勝利を祝うかのように大きくレベルアップの文字が踊る。それも1度ではなく複数回。しかも貴楽だけではなくゴブリン達を含めて全員だ。ボス戦、それも大規模戦闘扱いで経験値がそれぞれに与えられたのだろう。ゴブリン達はレベルアップにより職業を得たり、職業がランクアップしたのを貴楽は確認する。

 ゴブリン40体の内、近接戦闘に優れたゴブリンウォーリアーが20体。遠距離戦に優れたゴブリンアーチャーが10体。斥候や索敵、隠密に優れたゴブリンシーフが5体。新たにゴブリンシャーマンになった者が4体。そしてゴブリンシャーマンがゴブリンシャーマンチーフにランクアップしたようである。


 貴楽にとって不思議だったのは、“最大人数-2”の弱点が働いていないように思えたことだった。戦闘で誰も死んでいない。というよりもなぜ全員が参加することができたのか。可能性としては2つ。大規模戦闘は人数制限が関係ないのか、或いは既に-2されていたか、である。既に-2されていたと判定された場合、泉の主に喰われたゴブリンのことを指すのか、貴楽自身が倒したゴブリンのことを指すのか。貴楽には判断がつかない。


「魔王様。勝利おめでとうございますだ」

「ああ、ありがとう」


 考えていた所へ声をかけられる。

 ゴブリンシャーマンチーフは言葉を流暢に喋るようになっていた。口調は完全な敬語とはいかないが、貴楽への敬意が感じられる。システム的な拘束力があるわけではないので、例えば今この場で襲いかかり貴楽を倒すことも可能であるはずだった。システム的な拘束力を持たせるためには特殊能力によるテイムや魔法による支配などが必要になるからである。だがゴブリン達は貴楽に忠誠を誓う。それは約定であり、尊敬し畏怖すべき魔王と認めた何よりの証拠である。


「大盤振る舞いで成長したみたいだな。皆の勝利だ。誰が欠けても勝つための犠牲が相当数出ただろうしな」

「ありがたいお言葉ですだ。皆もそう言ってますだ」


 基礎ステータスの中に“知性”という項目はない。だが成長を経たゴブリン達の目には、明らかに知性の色が灯り、貴楽の言葉を理解していた。


「それで自分達はこれから何をしたらいいですだか? 魔王様に忠誠を誓いましたが」

「そうだな。これだけ強くなったのなら、数人単位でチームを組んで周辺の探索をしてくれ。あまり時間は無いから、数時間だけの探索だけどな。それでお宝になりそうな物とかを持ってきて欲しい。価値が分からないなら、武器防具アイテムや鉱石なんかでもいい。わかったか?」

「了解ですだ」


 ゴブリンシャーマンチームに続くようにゴブリン達が理解を示して敬礼のポーズを取る。誰が教えたのかは謎だった。


「それとゴブリンシャーマンチーフは長くて呼び難い……いや、先の戦いでゴブリン達をまとめあげた功績として名前をつけようと思う。受け取ってくれるかい?」

「おお。なんというありがたさ。喜んで受け取らせていただきますだ」

「じゃあ、そうだな。アパッチ、というのはどうだろう?」

「自分は今からアパッチですだ! ゴブリン達もそう呼ぶだよ!」


 貴楽が名づけたことにより、ゴブリンシャーマンチーフ“アパッチ”が誕生する。これが名有りの魔物(ネームドモンスター)として普通のモンスターとは別カテゴリーとなり、能力値や特殊能力に補正が入るようになるのを貴楽はまだ知らない。


「主が落としたアイテムはどうしますだ?」

「ドロップアイテムか。すっかり忘れてた。どんなのだい?」

「“火属性:耐性”のついた手甲のようでありますだ。後はポーションなどのようです。宝石もありますだ」

「手甲はこちらに。拳で戦うのもそろそろ限界だったからちょうどいい。ポーションは探索する連中で分けてくれ。宝石はかさばらないしこっちで換金時まで持っておこう。金が手に入った後装備でも買えたらいつかは全員分揃えておきたいな」

「わかりましただ」


 アパッチはポーションを持ち班分けをしているゴブリン達のところへ向かう。

 しばらくすると歓声があがったが、それが貴楽を称える声であると貴楽は気づかないでいた。ゴブリンが貴楽の言葉を理解できるようになっても、貴楽はゴブリンの言葉がわからないのである。


 5分ほど経過しチーム分けが終わると、日没する前頃に集合するということを伝達された早速ゴブリン達は探索へと向かう。

 「無理はするなよ」という貴楽の言葉に各々の武器を掲げて答え、意気揚々と走って行くのであった。


「俺はレッドドラゴンのところに向かおうか。他の場所も気になるしな。っと、その前に確認だけしとくか」


 ゴブリンを見送ると、貴楽は手甲を装備し幾度か武道の型を試していく。それは堂に入ったものであるが、ゲーム中のスキルの動きではない。

 VeSt内にある戦闘スキルは、発動させれば自動で攻撃モーションを取るものである。そのため没入型ゲームであるVRMMOで体の動かし方に慣れていない格闘の素人でも達人顔負けの動きができるのだ。

 元々武術を修めている人にはやや抵抗のあるスキルシステムだが、それは全体としてはごく少数であり、多数派である格闘素人を重視するのは当然である。だがスキルには武術を修めている少数の人数にも恩恵があった。それは特殊能力がランクアップし、上級のスキルなどになれば、人間では不可能な動きを行うことが可能になるということである。伝説の剣豪が行ったとされる燕返しや、三段突きなどの動きを体感できるという点で素人とは別の利点があると言えた。素人では技を体感してもそれがどれだけ凄いのか、応用が効くのかなどは理解ができないのである。


 貴楽は少数派の1人であり、祖父の代に看板を降ろした武術を幼い頃に学んでいた。流派の名前も知らないし、奥義のような技を教えられた訳でもない。基礎訓練や調息、体の動かし方と理念を繰り返し鍛えられただけである。それでも素手格闘技術は素人では太刀打ちできないレベルになっており、VeStでもその技術や間合いの取り方は大いに役に立っていた。


「ふう。よし、問題ないな」


 動いてみても重心がブレるようなことはなかった。重さをあまり感じないのは、武具としての性能がいいのか、基礎パラメータが成長しているからなのか。両方なのだろうと貴楽は結論づけた。


「竜の宝玉か……」


 小さな蛇でさえとんでもないパワーアップを遂げていた。本来の使い方は分からないが、自分で使えばパワーアップできるという確信がある。イベントアイテムは、イベント中であれば使用することも捨てることもできないのがゲームというもの。だが半現実の今ならば、使用することも可能なのではないか? 貴楽はそう考えた。そして恐らくそれは正しいのだろう。貴楽の意識が影響を及ぼす今の状況で貴楽ができると確信しているのであれば、それはきっとできることなのだ。


「でも、約束は破れん……」


 悩むが、諦める。

 幼い頃、義妹の音春との約束を自分の勝手な我儘で破ったことがある。その時に得た罪悪感は今でも拭えてはいなかった。


「約束破るのが仕方ないって時はあるけど、自分の勝手な都合で破るのはもうできないや」


 貴楽は仕方ないと覚悟を決め、レッドドラゴンの(もと)に向かうのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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