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第十五話 狩りにいきましょう 後編

 ゴブリンシャーマンが合図を送ると、どこに隠れていたのかゴブリン達が一斉に現れた。

 泉の主を中心とした窪地の外周上に3箇所。40匹のゴブリンはゴブリンシャーマンを除き、13人ずつのグループに別れそれぞれ均等人数で綺麗に正三角形を描いている。そして13人で巨大な杭を準備していた。


「そのまま待機だ! 隙ができたら突撃!」

「ワカッタ!」


 貴楽は地面に降り立つと同時に“移動:浮遊”をOFFにして走る。体が伸びきった大蛇に対し、〈聖付与〉を施された拳で大木のような大蛇の胴体を手刀で打突した。爬虫類の体、ましてや大木のような体重数百kgを超える大蛇であれば、その体は打撃には圧倒的なまでの耐性を誇る。衝撃を通し内蔵を攻撃できるならば打撃にも意味はあるが、貴楽本人には衝撃を通せる技術があっても蛇の内蔵の位置など知る由もない。ゆえに手刀による点の打撃で厚い肉壁を突破しようとしたのだが、上手くはいかなかった。〈聖付与〉の残り時間が手刀が傷つく代わりにみるみる消費されていく。


「マジック〈聖付与〉!」


 拳に掛けた〈聖付与〉が切れた直後に再び同じ魔法をかけ直す。だが今度は拳や足ではなく、準備時間中にゴブリンから受け取ったショートソードだった。名剣もかくやという輝きを放つショートソードを、大蛇の腹へと突き立てる。


「良し!」


 〈聖付与〉を施されたショートソードは大蛇に突き立てられた後も輝きを失うことはなかった。


「もう1回。マジック〈聖付与〉!」


 更にもう1本ショートソードを取り出し付与をかける。そして今刺した箇所から120度の箇所にもう1本を突き立てた。

 3本目の準備をし、これからまさに突き立てようとした、その時。


「マジック〈地障壁〉!」


 ゴブリンシャーマンの防御魔法の声が貴楽の耳に届く。貴楽の背を覆うように土を圧縮して作られた壁が現れ守った。即座に破壊されるが衝撃は緩和されることで一瞬の隙が生まれ、地障壁を砕いた後に自動防御が発動し、貴楽はほぼ無傷で大蛇の攻撃をやり過ごした。〈地障壁〉が間に合ったのには〈地縛陣〉による速度低下の影響も大きい。蛇の移動速度はそのまま攻撃速度にも転換されるからである。無傷でやり過ごせたのは必然と呼ぶに相応しい。


「あと少しだったのに! くそっ!」


 貴楽は思う。ゴブリンシャーマンの魔法がなければ直撃を受けていた。感謝を送りたいが、後回しだ。今は目の前の大蛇に集中する。3本目は間に合わなかった。その前に泉の主は身を縮まらせ、貴楽へ再び攻撃を加えたのである。

 3本目のショートソードは締まっている余裕はない。その場に捨てて魔法を唱える。


「マジック〈闇の礫〉! マジック〈闇の鎖鎌〉」


 貴楽は〈地縛陣〉、〈地障壁〉と魔法を連発したことにより大蛇のヘイトを高めたゴブリンシャーマンに攻撃がいかないよう、牽制の礫を放つ。その後はもはやお馴染みになりつつある魔法の武器を準備し、再び大蛇と相対する。


 大蛇は低い姿勢のまま貴楽を睨む。3度。3度目の前の獲物は泉の主の捕食をかわした。このような獲物は今までにおらず、腹への異物感も気持ちが悪かった。大きな動きではあの小さな獲物を捉えるのは難しい。動きが鈍くなっている今であれば簡単に避けられてしまうだろう。

 ならば動きを止めてしまえばいい。毒も利かないのであれば、砕く。


「動きが変わった!」


 貴楽の周囲を取り囲むように大蛇は移動する。貴楽を中心に巻きつき、圧迫で全身の骨を砕くつもりなのだと貴楽は判断した。そうはさせじと〈地縛陣〉の効果範囲内で大きく8の字を描くように動きながら鎌で斬りつけるが、高速で動く物体を斬りつけるのは難しく、また圧倒的な質量差に動きを止めさせることはできないでいる。


「速度は落ちてるはずなのに!」


 貴楽は焦っていた。この作戦における貴楽の役割は囮と誘導。〈地縛陣〉を当てる第1段階は成功している。後は大蛇の動きを止めなければならないのだが、なかなか捕まえることができないでいるからだ。このままでは魔法の持続時間が先に尽きてしまい、さらなる速度を取り戻した大蛇に蹂躙される可能性もでてきた。


「ドウスル!? 撤退カッ!?」

「まだだ! もう少し待て!」


 ゴブリンシャーマンも焦りを感じたのか貴楽に確認を行う。作戦は失敗したのではないか? 今なら被害は少なくてすむ、と。だが貴楽は拒否した。そして覚悟を決める。


「!? ナニヲシテイル!?」

「合図したら一気にやれ!」


 貴楽は捕まらないように動き続けていた足を止め鎖鎌を上空へ放った。ゴブリンシャーマンが非難の声をあげるが、貴楽は無視して指示を行った。案の定、間髪入れずに大蛇に巻きつかれた貴楽。ミシミシと周囲にまで聞こえてきそうな圧迫感ですぐに息が詰まる。

「クッ!!」

「魔王!」


 貴楽は悲鳴を噛み殺す。圧倒的な圧迫の中で悲鳴をあげれば次に息が吸えるのがいつになるかわからない。そんなことを気にしている場合ではないが、気にしないでいることもできない。締め付けがバッドステータスや即死攻撃ならば無効化できるのだが、体躯による単なる暴力でありスキルですらない。HPバーは減少速度が速い。自動回復はしているはずだが、それを上回る速度でダメージを受けているのだ。ミシミシという体各部からの音が聞こえるが、耐久型としての意地の見せ所だと貴楽はやせ我慢をする。


「! 合図ダ!」


 大蛇の中から「!」がお大きく表示された。これは事前に決めていた貴楽からの合図である。ゲーム中に使われる視覚的感情表現(エモーションコマンド)の一種である。これは様々な種類の感情表現や、ボイスチャットが使えない際のヘルプ等、周囲にいる者に見せるものであり、体が隠れていようが自分から行うならば隠すことはできない。それは大蛇に締め付けられて体全体が隠れている今でも同じであった。


「行ケッ! 突撃ダ!」


 ずっと待機していたゴブリン達が3方向から十人がかりで持った丸太の杭を持ち上げ走る。窪地の中心にいる大蛇に対し、坂を走ることによる加速を付け、雄叫びを上げながら一心不乱に突撃を敢行した。


 泉の主はなかなか仕留められない獲物を更に締め付けながら自分に群がってくる小さい獲物達を見た。締め付けに使っている胴体部以外にも、まだ尾部が残っている。杭で刺されれば脅威だが、来るまでに十分なぎ払うことが可能だと判断していた。距離が近づき、いよいよというところで、急に視界が消え、鋭い痛みが大蛇を貫く。


「――――ッ!」


 耳をつんざくような高音の鳴き声が大蛇から発せられた。大蛇の胴体へ丸太杭の1撃。深々と刺さった。続けて2撃、3撃。とぐろを巻いたまま串刺しにされた大蛇は、身動きが取れなくなっていた。


「ヨ、ヨシ! 離レロ!」


 大蛇の尾によるなぎ払いはなかった。攻撃を受けることを考えて1度のなぎ払いで全滅しないように3方向からの突撃をする予定だったのだが、予想以上に上手くいったことにゴブリンシャーマンは驚きを隠せなかった。串刺しにされた大蛇を見て、中心部にいた貴楽の生存を絶望視していながらも、ゴブリンに被害が出なかったことを喜んでいる。


「マジック!〈地縛葬槍〉!」


 ゴブリンシャーマンは〈地縛陣〉からのコンボ用中級魔法を唱えた。〈地縛陣〉の効果を代償にして、〈地縛陣〉の効果範囲に対して土中から槍衾を放つ広範囲攻撃魔法である。この魔法はもはや動けない大蛇に対し、絶大なダメージを与えた。その巨大な体躯が災いして1発の攻撃魔法から何十回というダメージを負うのだから。もはや大蛇は虫の息であった。


「魔王ヨ。我ラノ勝利ダ!」

「ああ、なんとか勝てた、みたいだな」

「!? 生キテイタノカ!」

「一か八かだったけどな。成功したみたいだ」


 勝利を確信したゴブリンシャーマンが勝鬨を上げた時、上空から貴楽が降りてきた。生存を絶望視していたゴブリンシャーマンは驚嘆し、アンデット化したのかと疑ったが、貴楽の種族は変わっていなかった。


「一体ドノヨウニシテ?」

「〈闇の鎖鎌〉で隙を作って、気配察知で丸太杭の攻撃場所を特定して1発目の衝撃で緩んだ時に上空に逃げた」

「意味ガ、ワカラヌ……」


 貴楽は事も無げに言ってみせたが、ゴブリンシャーマンは目を見開いていた。

 貴楽が行った行動は1つ1つならば条件次第では可能であるだろう。

 数トンにも及ぶ圧迫を受け続けていた中冷静に役割をこなし、

 気配察知で接近してくるゴブリン達を感知しつつ、

 上空に放った鎖鎌を操作して大蛇の頭部にタイミングを合わせて攻撃して隙を作り、

 突撃のダメージを受けた大蛇の拘束が緩んだ瞬間に脱出をはかった、

 ということができるのであれば。


 もはや集中力がどうこうというレベルを超えていた。生死の際に瀕しても混乱も恐怖もすることができない精神であるがゆえに行えた偉業である。それを理解したゴブリンシャーマンはゴブリンに命じ、40匹は揃って魔王へ対し跪いた。


「忠誠ヲ……」

「ん。わかった。ありがたく受け取ろう。見ててくれ」


 ゴブリンの忠誠を捧げる。約定通りではあるが、それには足りないものがあった。貴楽もそれをわかっていたので、ゴブリン達に見ているように告げたのである。

 貴楽が瀕死の大蛇に近づいていく。


「恨みはない。生存競争だもんな。俺たちの方が強かっただけだ。お前も十分強かった。じゃあな。泉の主」


 貴楽が鎌を振るい、大蛇にとどめを刺した。

 みるみるうちに大蛇は縮んでいき、その体があった場所には、小さな白蛇の死骸と竜の宝玉がある。

 貴楽は竜の宝玉を手に取り、


「俺たちの、勝ちだぁっ!!」


 高らかに勝ち名乗り、ゴブリン達の喝采が地を割るように轟いた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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