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第十二話 連携とかずるいと思います

 西の通路を進む貴楽。歩き始めて数分で地面と壁が変わっていく。頑丈に作られた石造りから、土を掘られ木枠で補強された洞窟へ。洞窟を抜けた先では、陽光の眩しさに目を細める必要があった。決して眩しいほどの輝きではないが、薄暗い場所に目が慣れきっていたのである。


「結構目にくるなぁ。状態異常は無効化されるから見えはするけど、眩しいもんは眩しいんだな」


 貴楽は目の前に広がる鬱蒼とした森の木々を見上げていた。木漏れ日がきらきらと美しく、平時ならば森林浴でも楽しみたくなる場所である。貴楽はマップにマーカーを設置し、そのタイミングでタイマーが鳴ったので“気配察知:初級”の効果時間を確認して貼り直すことに決めた。

 1分の休憩であるが、ちょっとした疑問を考えるには調度良い。


「レッドドラゴンと普通に会話できたんだよな……。竜の威圧は無効化できても、あんなん怖すぎるだろうと思うんだが。ひょっとして感覚の方がゲーム化し始めてる、のか?」


 じっと掌を見つめて2回3回と握り直す。これまで幾度もアンデットとの遭遇戦をこなしてきた貴楽であるが、徐々に余裕のようなものを持つことができるようになっていた。レベルアップによるステータス的余裕というより、精神的なゆとりと言った方がしっくりくる。もうアンデットを倒すのに、何の躊躇もなくなっていた。


「これって結構怖いよな。生き物相手でも慣れちまうのかな? それは嫌だよなぁ……」


 今の貴楽は例え人を殺したとしても、混乱することもなく、バーサークすることも怯えて動けなくなることもない。状態異常を無効化するということがまるでもう1人の別人格を生み出しているかのようであった。レベルアップするとより顕著に現れるのだろうという漠然とした不安が募ってくる。


「ふう、考えるのはよそう。データ相手だ。悩んでも仕方ないさ」


 息を1つ吐いて“気配察知:初級”を使用しなおした。同時、木々の影に2つの気配が発生する。

 慌てて振り向けば、特殊能力の使用を攻撃と判断したのか、小柄なゴブリンが2体、貴楽に向けて弓矢を構えていた。


「くそっ。さっきまでは反応無かったじゃねぇか!」


 ここへ着いた時には気配察知の効果範囲に敵対生物の気配は映っていなかった。眩しさに気を取られ、1分の休憩の間に近づかれたということだろうか? 貴楽は身を(ひるがえ)しながら疑問に思うが正解は出せずにいた。


「考え事をしている場合じゃない、ってか」


 緑色の肌を持ち、背丈は人間の子供と同程度。黄色く濁った瞳に凶悪な面構え。それでいて集団行動を是とし、弓や武具を扱う知恵をもつ。ゴブリンとは狩りを行うモンスターだ。今の2匹は斥候か、はぐれか。

 弓から放たれる矢は撃たれた後に回避できるような距離ではない。10mというほど近い距離から放たれた矢は、ゴブリンが使用したスキル〈曲射〉によりわずかだが追尾性能を持つ。頭ならばクリティカルで即致命傷になりうる可能性があり、腕ならば戦力が半減、足ならば機動力が半減、胴体ならば当りどころ次第。貴楽には避けられない矢が2つ迫った。自動防御も1本しか防ぐことはできない。


「スキルを使ったのは悪手だったな」


 ゴブリンが聞きなれない言語の喝采をあげる中、貴楽は2本の矢を止めていた。1本は魔王の外套が弾き飛ばし、もう1本右手で矢を正面から受け止めたのである。掌からは血が流れているがすぐに回復できる程度。〈曲射〉はまごうことなき攻撃スキルであり、貴楽は“耐性:攻撃スキル”を持つためにダメージ増加技ではない〈曲射〉では通常技の威力を半減させた結果になる。

 濁音混じりの言語で驚愕を示すゴブリンだが、次の弓を構えることなく撤退行動に移っていた。


「逃さねぇよ! マジック。〈闇の礫〉!」


 矢を受けた右手で狙いを定め〈闇の礫〉を発動させる。接敵するために走りながらであり、頭などの致命傷箇所は狙えない。狙いを胴体に定めて放ち、命中させて転倒させることに成功した。

 魔法により倒された仲間を見て逃げ切れないと判断したのか、或いは仲間を救うためなのかは貴楽に判断できないが、もう一匹のゴブリンは足を止めて腰に携えたナイフを抜き放つ。


「マジック。〈闇の鎖鎌〉」


 ゴブリン達との距離が無くなり接近戦の距離。立ち上がりナイフを抜いた2匹目は口から緑の血を流しており呼吸も荒く足元もおぼつかない。それでも殺意は旺盛で貴楽の隙を伺っている。


「……覚悟を決めろ!」


 それはゴブリンに対してのものか、自分に対してのものか。

 貴楽は左手で分銅付きの鎖を振り回し、右手の鎌でゴブリンの命を刈り取るため前に出た。


「うおおおっ!」


 対多数の戦いでは弱っている敵から仕留めて数を減らすのが定石である。貴楽は狙いを弱っているゴブリンに定め、鎌を振り下ろす。ゴブリンは咄嗟にナイフを構えて鎌を受け止める。金属と何かがぶつかる音がして貴楽の攻撃は失敗する、はずがなかった。

 ゴブリンのナイフごと、それこそ音もなくコブリンの肩口から胸の中央まで一気に切り裂いた。あまりの勢いに突き刺さった鎌はなかなか抜くことができない。そこへ残ったゴブリンが奇声を発しながら貴楽の背後へ迫る。


「大人しくしてろ!」


 分銅付きの鎖側をを咄嗟に放つが、咄嗟の投擲、しかも利き腕とは違う手で投げた分銅で動く生物に当てられるほど貴楽は器用ではない。当然外れる。そこへ走りこんで来たゴブリンが貴楽の頭目掛け全身全霊の力を込めてジャンプした。


「悪いけど無駄だよ」


 先ほどまでと違う、貴楽の冷静な声。聞くものが聞けばぞっとするような声と言っただろう。命を奪うことへ何の呵責もない、努めて平静なままの声。

 ナイフは貴楽の後頭部に届くことはない。魔王の外套によって発動した“自動防御”が絡めて止めていた。そして同じタイミング、貴楽の意思により誘導された分銅が、ブーメランのように弧を描いてゴブリンの頭を後頭部から粉砕する。

 瞬く間に2体のゴブリンを屠った貴楽は、鎌を抜こうとしても抜けないゴブリンに、仲間のために命を懸けてこちらの武器を止めたのだと悟る。その生命を投げ打って隙を作り、その隙を突いて攻撃に転じた2匹のコンビネーションに空恐ろしいものを感じた。2匹でこれなら3匹では? もっと多い10匹が相手では? ゴブリンといえど油断はできない。


「強かったよ。お前たちは」


 貴楽は辺りを警戒し、ゴブリンの荷物を漁る。これまではロクにドロップアイテムは無かったが、ゴブリンからは弓矢とナイフを得ることができた。どちらもゴブリンのサイズなので人間が使うには小さいのだが、情報量としては十分だろう。

 一連の作業を終えた、貴楽がそう思った時、レベルアップの知らせが場違いに響いた。


「空気読んで待ってたのか、ドロップアイテムを手に入れるまでが戦闘なのか。良くわからないな」


 貴楽は息を1つ吐き、戦闘の疲れもレベルアップにより一瞬で回復したことを確認して視線を森の奥へと向ける。

 貴楽が向かうのはゴブリンが逃げた先。レッドドラゴンの話からすれば、巣ごと燃やしたらしいが、ゴブリンが居たということは撃ち漏らしがいたということ。恐らくはゴブリンが逃げようとした先にゴブリンの巣があり、その近くに泉もあるのだろう。

 知恵の回るゴブリン、という情報が引っかかっている。レッドドラゴンに倒されてくれればいいのだけど、と貴楽は草木を掻き分けながら思うのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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