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第十話 臭いんです

ここからログアウトダンジョン編です

 貴楽は再びログアウト世界に降り立つ。場所は最初に現れることになった初心者の館の石室。スケルトンは既に砕かれており、敵の気配はない。


「言われたとおりだな。俺の認識が影響してるから、セーブしたみたいになってるんだ」


 これから次のメンテまで10時間が最長タイムリミット。参加者が全員退場したり自分を含めた冒険者が死んでしまえばそれまで。現状の装備品は魔王の外套のみ。ショートソードとスモールシールドは持ち込めなかった。つまりログインしてしまえばアイテムも装備品もこっちには持ち込めないということだ。強い装備やこっちで使えそうなアイテムはどっかに保管しておく必要がありそうである。


「何かダンジョンぽい感じに変化しているんじゃないか、って言われたけどどうなんだろう?」


 ステータスを確認すればレベルは2。特殊能力もそのままであり、“気配察知:初級”を発動させる。SPの消費を僅かな疲労と体感する。


「あー、やっぱSPは疲労なんだな。まあSPが無くなっても動けなくなるってことはないからレベル上げも兼ねて積極的に使おう」

 “気配察知:初級”により、自身を中心とした半径10mのドームが展開されたのを感じる。この範囲にいる生物を知覚できるという特殊能力だが、初級では範囲が狭い。それでも生物に対して死角が消えるのは奇襲対策としても利点であった。


「効果時間は10分か。タイマーセット、と」


 貴楽にとっては常に使っておきたい特殊能力なので、システムを利用してタイマーと連動させる。時間切れ1分前に警告を入れるように設定したのである。


「さて、っと。いきますか」


 貴楽は息を1つ吐いて呼吸を整える。

 ここから先はどんな敵が出てくるか分からない。だけど1つ確かなのは、出てくる生き物を殺さなきゃならない、ということだ。

 自分が死ぬのは怖いが、相手を殺すのもまた怖い。スケルトンはまだ『倒す』という感覚だった。生き物は『殺す』だ。きっと天と地ほど違うと覚悟を決めるしかなかった。


「頭の中のモンスターが相手だ。大丈夫。ゲームと変わらない」


 呟きながら、気配察知で生物がいないことを確認してから石室の扉を開いた。


「やっぱり初心者の館とは違ってるんだな」


 扉を開けば、そこは石造りのダンジョンになっていた。左右に続く通路からはわずかに風が流れ、カビや埃の匂いが漂う。あまり掃除が行き届いていないのは明白だ。


「壁や床も石造りで一定空間ごとに蝋燭、っと。VeStダンジョンで近いのは、廃砦のダンジョンか吸血鬼の古城とかかな」


 どれだけ貴楽がゲーム廃人であろうとも、全てのマップを記憶しているわけではない。ここはVeStと貴楽の記憶が入り混じって作られた異世界に限りなく近い世界なのだから。


「目印だけ付けて、右から行ってみよう。システム。マーカーセット」


 VeStではマップが広大なこともあり、プレイヤーが100箇所まで自由にマップにマーカーをセットすることができた。初期地点を把握しておくことはマップの全体像を把握するのにも役立つので、ダンジョンの初手として定石の一手である。

 視界内までの範囲が自動生成されるマップにマークが付いたこと確認し、扉を出てから右へと曲がり歩いて行く。


 風の吹いてくる方向に逆らうように歩いて行くと、何者かの気配を感じた。

 “気配察知:初級”では感じ取れない範囲だが、耳をすませば薄暗い通路の奥からペタペタという足音と腐ったような異臭が感じられた。現実の感覚に近くなったことによるシステムよりも遠い範囲での察知。言うなれば貴楽の知覚であった。


「ゾンビとかグール系か、な」


 貴楽は恐らく嫌悪感を露わにするであろう敵の顔を思い浮かべて顔をしかめる。匂いが近づくにつれて酷くなっていくこともあり、アンデット系の敵であろうと予測をつけた。


「数は、2体、かな?」


 いまいち自信がないが、足音から敵の数を推測する。通路は2体なら並んで歩ける広さがあり、1対2の戦いを強いられることになりそうであった。


「逃げようにも戻った先に敵がいて、こっちの敵が追いついてきて挟み撃ちにされたら最悪だな……曲がり角でもあればいいんだけどまだわからないしな。()るか」


 貴楽は戦うことを決めた。

 武器がない、飛び道具は魔法、相手はアンデットならば“聖魔法”が有効。と言っても“聖魔法:初級”には直接攻撃魔法はない。〈聖付与〉で何かを強化するのが手っ取り早いのだが、ここまで拾得物は何もない。


「よし、これでいこう。マジック〈聖付与〉。マジック〈闇の礫〉」


 貴楽は〈聖付与〉で自身の体に魔力を纏わせ、〈闇の礫〉を準備する。敵の気配が徐々に近づいて来るのをじっと待つ。待つ時間はどうしてこうも長く感じるのか。数秒のことであるだろうに、数十秒にも感じられる。そして2つの気配が“気配察知:初級”の範囲内に入った瞬間、貴楽は〈闇の礫〉を放つ。


「よし、命中!」


 “気配察知:初級”の範囲に入ってきたのは、ゾンビが2体であった。アンデットは闇属性に対して耐性を持つが、それでも全くの無傷ではない。奇襲に成功したこともあり、一体のソンビがバランスを崩し転倒する。

 貴楽の攻撃に気づいたゾンビが襲いかかってくる。動きは遅い、もう1発〈闇の礫〉を放つが奇襲でない状態では大した威力にはならない。構わず突っ込んできたゾンビが腕を振り上げ貴楽を襲う。


「やっぱり気持ち悪いなこいつ!」


 人が腐り落ちたゾンビ。生前がどんな美醜だったかなど問題にならないほどに気持ちが悪くデザインされていた。貴楽は攻撃を無視しカウンターでゾンビの顔を狙う。

 ゾンビが振り上げた腕が貴楽に当たる直前、貴楽のマントが生き物のように動き攻撃は無理やり防がれた。貴楽の身に纏う“専用装備:魔王の外套”に付随するスキル〈自動防御〉が発動したのだ。そして大きく威力を減じたゾンビの攻撃では貴楽を傷つけることはできない。

 攻撃を防ぎきった貴楽はゾンビの隙だらけの顔面へ拳を叩きつける。聖属性が付与された拳はゾンビの弱点を突き、みちり、という嫌な音を立て首からちぎれ飛んだ。あまりの手応えの気持ち悪さに貴楽は顔をしかめ手を確認したい衝動に駆られるが、今は1秒も無駄にはできないと我慢する。


「次だ! マジック!〈闇の礫〉!」


 頭を失ったゾンビは攻撃対象を見失ったのか、壁にぶつかる動作を繰り返してやがて倒れて動かなくなった。それを半ば意識の外に追いやりながら〈闇の礫〉を連射し転倒から立ち直ったゾンビに攻撃を加え続ける。初手の1撃に加えてさらに1撃の魔法をその身に受けたゾンビだが、まだ頑丈であり死体とは思えない速度で貴楽に近づく。


「属性相性悪いと硬いなくそっ」


 ぼやくが貴楽は焦っていなかった。ゾンビがやっとのことで近寄り攻撃を行う。

 一刻も早くゾンビを倒したい貴楽はゾンビの攻撃を無視して拳を振るう。ソンビの攻撃が左肩を叩き、ゴキッという鈍い音が聞こえ鋭くも鈍い激痛が走る。貴楽がダメージを負うのと同時、右拳がゾンビの腹をえぐる。〈自動防御〉は硬直時間が解ける前であり、絶対のものではないことを貴楽は知る。


「痛ってぇ、だろうが!」


 ゾンビが鈍い動きで2撃目を放とうとした時には、すでに貴楽は拳を引き左足の蹴りを放っていた。先に食らった一撃と同じ腹部への攻撃を受けたゾンビは両断され、うめき声をあげる間もなく活動を停止した。


「あー、くそ。気持ち悪ぃ」


 腐った死骸が放つ臭いは戦闘が終了してからこそ気になってくる。それを可能な限り頭から排除し、左肩を抑えながら貴楽は勝利に安堵することもなく辺りの警戒を強めた。耳を澄ませ音を探る。


「敵は、いないな……」


 周辺から気配も音もしないことを確認し息を1つ吐く。ぶり返してくる左肩の痛みは貴楽の経験上、打撲と脱臼を示していたが、ありえない速度で痛みが収まっていき、5分としない内に完治した。


「現実の感覚でこれは、人間やめてるっぽいよなぁ」


 ステータスを確認し、HPとMPが全快しているのを確認した後、貴楽は更に歩を進めていった。

 ゾンビ2体ではレベルが上がらないらしい、ということ、ゾンビはアイテムを落とさないっぽいという実りの少なさに、ため息を1つ吐きながら。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

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