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第一話 なんか違うんです

 顔に当たる朝露で目を覚ます。

 緑と土の入り混じった匂いに違和感を覚えた。


「匂いだって!?」


 一気に体を起こす。視界はもうお馴染みになった仮想現実大規模多人数オンライン、通称VRMMO(Virtual Reality Massively Multiplayer Online)のキャラクター視点。

 細部まで作りこまれ、もはや容易には観ることができなくなった自然の景色に対する感動は、今でもありありと記憶を甦らせることができる。


「違う……」


 呟く。目に映る景色は、よく出来た風景画や写真ではなく、実際の景色だ。

 土を持てば土の手触りがあり手が汚れる。木に触れれば表面の手触りさえ一定ではなく、耳を当てれば木が水を吸い上げる音を聞くことができた。


「え? なにここどこ? やばい?」


 自分に落ち着け、と自己暗示を繰り返す。

 心臓が高鳴る。何があったのか分からない。VRMMOの1タイトルである『Venture Story(以下VeSt)』をプレイ中にログアウトをせずに寝落ちしてしまったところまでを覚えている。もちろん自動ログアウト設定は限界時間に設定しており、寝落ちする前にチェックした時間から考えても自動ログアウトしたようには思えない。

 ともすれば、眠っている間に誰かに誘拐され、自然のど真ん中に放り出されたのか? 誰が? なんの為に? どうやって?


「誘拐とかならここにいちゃ危ないか。いやでもそれだとここに放置した意味がわからんし、わけがわからない」


 呼吸が荒くなり、じわりと汗が首の後ろににじむのを感じる。

 大きく息を吐き出す。困った時のいつもの癖。


「落ち着け。俺は誰だ? 三玉(みたま) 貴楽(たから)だ。年齢は20。性別は男。国立大学2年。ネトゲ廃人。彼女無し」


 徐々に落ち着いてきた。最後の方でちょっと冷静よりダウン気味だが。

 冷静になって周りを見回し、はたと違和感がないという違和感に気がつく。


「そういや……」


 自分の格好を見れば、VeStの中でのキャラクターであるサンラットの格好そのままだ。光を吸収しほとんど反射しない黒地に金のラインが入ったフード付きのマント、その内側は肌触りがいい白シャツと動きやすいズボン、丈の長いブーツである。一見するとマント以外は地味だが、その1つ1つには別々のバフ効果が付与されている……あくまでゲーム内ならば。


「っと、じゃあ顔はどうなってんだ?」


 手持ちに鏡はあったかな? と体中を探して見つけたのはベルトに固定されていた大ぶりのナイフが1つ。朝日を反射するほど磨かれた刀身で自分を映せば、そこに居るのはゲーム内の自分。つまりサンラットの姿だった。金髪紫眼。そこそこの美形に作った外見データ。メチャクチャ美形に作るのはなんか負けた気がしたのであくまでもそこそこ。でも元ネタは映画雑誌のモデルを使ったのだから実物の貴楽より数倍はカッコよくできていると自負している。ただし、それは貴楽の審美眼であり一般的なものではない。身長体重は身体感覚が狂うからと設定の方で大きくは変えられないよう制限されているのでそのまま。外見データを作るだけで2時間はかかったが、ゲームデータに起こすだけでこの時間であり選定や相談の時間を含めれば10時間以上は掛かっているだろう。


「他のゲームでテキトウに作ったら気持ち悪い顔になっちゃって、それからいろいろ参照にちまちま弄るようになったんだっけ」


 閑話休題。


「結論として、つまり俺はまだVeStの中にいるってことか?」


 いやでも、それにしてはおかしい。感覚がリアル過ぎる。五感に訴えてくる自然は、とてもデータとは思えない。

 VRMMOの再現度は現実とほぼ同じと言われている。がそれでも完璧ではない。人間の感じられない情報は無駄情報としてデータ量圧縮のためにカットされているし、ハラスメントやダメージ対策に皮膚感覚を始めとする各感覚の曖昧化などが行われている筈だからだ。

 思考に陥っていたのは数分というところ。森を抜ける風に木々が揺れ、陽光を反射したナイフの輝きが目に入った。

 切れ味の良さそうな刃を見て貴楽はここがゲームであることを確かめようと思い立つ。


「……ちょっとだけ試してみるか」


 貴楽自身、少し大胆になっていることを自覚していた。だが持っている常識としてはここはゲーム内であり、確かめるのに適した方法であった。

 恐る恐るナイフの切っ先を指に当て、プツッという嫌な感触が伝わり、痛みが走る。

 痛い。そう痛かった。


「あああ、血、血が出る……」


 自分でも情けなくなるような声が出た。痛い、赤い血が出る、流れる。

 このようなことはVRMMOではありえない。 ゲームならば、自分を攻撃することもできないし、流血の演出は最小限になるし、痛みはちょっとした衝撃としてしか感じない。

 だけど今は血が滴り地面に赤い染みを点在させた。それだけで終わるはずだった。

 驚愕すること数秒。貴楽を更なる違和感が襲う。


「切ったばかりなのに痛くないなんてそんなっておい!?」


 一人暮らしを始めた時、包丁で指先を切ってしまったことがある。普段はレトルトとコンビニ食ばかりなのに、自分で料理をしようと思い立った日があった。その時はちょっと慌てたが大した痛みではなかった。それでもしばらくはじくじくと鈍痛があったのを覚えている。

 痛みがないのを不思議に思って傷を見れば傷口がもうない。


「どういう、ことなんだ?」


 傷の治りが早い、というレベルではない。かさぶたができるのだってもう少しかかる。ところが傷など無かったかのようにツルッとした肌がそこにはある。

 もう一度試してみようと、先ほどと同じ所を今度はもう少し深く切る。やはり鋭い痛みが走るが、慣れたのか先ほどよりは痛みには耐えられた。


「う、嘘だろ?」


 数えて数秒。見ていれば最初は血が溢れた傷口が消えていく。まるでゲーム内の自動回復能力が発動でもしたかのように。


「まさか!?」


 ゲームと同じ顔、同じ装備、同じ特性。なら、ステータス画面もあるんじゃないか?


「えっと、呼び出し方は……ステータス!」


 貴楽は目を閉じステータス画面呼び出しを行う。恐る恐る目を開くと、目の前にコンソール画面が開き、サンラットのステータス画面がそこに映った。


「は、ははは。マジかよ」


 そこには名前と種族。HP(ヒットポイント)MP(マジックポイント)SP(スタミナポイント)を表わすバーが3種類。その下にレベルや基礎データ下、11の特殊能力(アビリティ)スロットがあった。何やら数値類は変化しているようだが、そんなものは目に入れている余裕はない。そして11の内、7つを占拠する職業特殊能力(クラスアビリティ)。耐久型特殊魔法職“魔王”の名称があった。

 貴楽は、原因はこれなんじゃ? と思い込む。


「違うんです。俺そんなつもりじゃないんです」


 思わず地面に膝を、手をつき呟く。

 誰に対しての言い訳なのかはわからない。ただ魔王といえば物語のラスボス、お約束の展開だと最後に倒される運命にある。

 VeStが急に現実になった、と考えるのが多分一番妥当な今の状況で、自分が倒される側などと思いたくない。


「俺ただ頑張っただけで! 実装されて誰より早く魔王職取ったら2週間くらい自慢できるかなって! それだけだったんです……」

――痴漢の冤罪とかもこういう気持ちなのかな。

 貴楽は誰に言うでもなく落ち込んだ。

 この奇妙な状況はまだまだ終わりそうにない。


初めましての方は初めまして。

お久しぶりの人はお久しぶりです。

1年以上物を書いていないのでリハビリがてらに新作を投稿しました。

読んでいただきありがとうございました。

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