56.両親の説得
「夕食出来たわよー」
部屋でウィンドウを見ていると、そんな声が部屋の外から聞こえてきた。すぐにウィンドウを消して、部屋を出て、居間へと向かう。
「あー、お腹減ったー」
そう言って居間に行くと、すでに家族が揃っていた。
「さぁ、早く食べちゃって」
「そんなに急かさないでよー」
母さんが急かすように言ってきたので、私は口をとがらせて抗議をした。来たばっかりですぐに食べられるわけがない。
私が席に着くと、家族みんなで挨拶をして食べ始める。今日の夕食はパン、スープ、ソースのかかった肉だ。特に代わり映えのしない夕食だけど、出してくれるだけでありがたい。
「うん、今日も美味しいよ!」
「……あんたがそう言うなんて珍しいわね。いつもはまあ普通、とか言うくせに」
母さんはスープをよそいながら、じっと私の顔を見てきた。しまった。やっぱり気づかれるよね。
「な、なに? たまには素直に褒めてもいいでしょ」
「そうねぇ……たまになら、ね」
疑いの目はまだ消えない。向かいの席では父さんが黙々とパンをちぎって、スープに浸している。こういう時、父さんは基本的に聞き役だ。
「今日のお店はどうだった? えんぴつと消しゴムは売れた?」
「そうね、日に日にお客さんが増えていっている感じよ。だから、安心しなさい」
当たり障りのない会話。だけど、胸の奥がそわそわして落ち着かない。切り出すなら、今しかない。
「……ねえ、母さん。父さんも」
二人の視線が、同時に私に向く。思わず背筋が伸びた。
「どうしたの? 改まって」
「何かあったのか?」
「えっと……その……」
一瞬、言葉に詰まる。頭の中では何度も考えたはずなのに、実際に口にしようとすると、思ったより勇気がいる。
「私……冒険者登録、したいなって思ってて」
箸の音が止まった。母さんの表情が、すっと硬くなる。
「……また、その話? 言ったでしょ。まだ見習いの年齢じゃないなら、早いって」
「そうだぞ。まだ小さいじゃないか。もう少し待ってみたらどうだ?」
やっぱり、そういうと思った。まだ早いっていうもっともな理由を付けて、話を聞こうとはしない。
「もう、大丈夫だよ! だって、十歳で登録している子はいるんだよ? だったら、私だっていいじゃん!」
「ダメよ」
被せるように、母さんが言った。即答だった。
「どうして?」
「どうして、じゃありません。危険だからに決まってるでしょ」
「そうだぞ。まだ小さいんだから、無茶なんてしなくても……」
予想していた答え。それでも、胸がきゅっと締め付けられる。
「でも、ちゃんと準備もするし、無茶はしないよ」
「それでもダメ」
母さんの声は強い。そんな母さんの気持ちを代弁するかのように、父さんはゆっくりと口を開いた。
「……冒険者ってのはな、命を賭ける仕事だよ」
「分かってるよ」
「本当に分かってるなら、そんな簡単に『なりたい』なんて言わない」
父さんの視線は厳しいけれど、怒っているわけじゃない。心配しているのが、はっきり伝わってくる。
「お前はまだ子供だ。守られる立場なんだよ」
「……でも」
言い返そうとして、言葉が詰まる。分かってる。二人が反対する理由も、心配してくれていることも。
それでも――。
「……もう、ただ守られてるだけの子供じゃないよ」
ぽつりと零れた声は、自分でも驚くほど真っ直ぐだった。母さんと父さんが、同時に私を見る。
「リオ……」
「聞いて。最後まで、ちゃんと聞いてほしい」
ぎゅっと拳を握る。逃げない。ここで引いたら、きっと一生言えなくなる。
「確かに、冒険者は危険な仕事だと思う。命を賭けることもあるって分かってる」
「だったら――」
「だからこそ、ちゃんと考えたの」
母さんの言葉を遮って、続ける。胸の鼓動がうるさい。
「いきなり前線に出たいわけじゃない。簡単な依頼とか、素材集めとか、見習いで出来ることからでいい」
「それでも、危険は――」
「ゼロじゃない。でも、それは家にいても同じだよ」
二人が、言葉を失う。
「私、今まで何も考えずに過ごしてきたわけじゃない。お店の手伝いもしたし、計算だって覚えた。人と話すのも、前より出来るようになった。それだって立派な経験よ。でも――」
真っすぐに気持ちを伝えていくと、二人が戸惑った様子だった。
「全部、母さんと父さんが守ってくれたから出来たこと。でもね、これからは……自分で選んで、進むことも覚えたい」
声が、少し震えた。それでも、止めない。
「将来、何になりたいかなんて、まだ分からない。でも、何も知らないまま大人になるのは嫌なの。外の世界を見て、失敗もして、怖い思いもして……それを全部、糧にしたい」
パンの匂いと、温いスープの湯気が漂う食卓で。私は、まっすぐ二人を見た。
「今までの経験は、きっと無駄じゃなかった。だから、これから積む経験も、絶対に意味があると思う」
そして、最後に。
「もう……全部を守られる立場じゃなくなりたい。自分で考えて、自分で行動して、自分の道を決めたい」
しん、と静まり返る居間。母さんは視線を落とし、父さんは腕を組んだまま、深く息を吐いた。
「……そこまで考えてたとはな」
「……ええ。正直、驚いたわ」
母さんはそう言って、小さく息を吐いた。さっきまでの強い口調とは違って、どこか迷いを含んだ声音だった。
「あなたがそこまで考えていたなんて、思ってなかった」
「母さん……」
父さんが腕を組んだまま、ゆっくりと頷く。
「危ないから反対する。それは今でも変わらない」
「……うん」
「だがな」
父さんは私をまっすぐ見て、言った。
「自分の頭で考えて、言葉にして、覚悟を示した。それは立派だ」
「リオは……もう、何も分からない子供じゃないのかもしれないわね」
母さんの視線が、少しだけ柔らぐ。思わず身を乗り出す。
「そこまでいうのなら、やってみなさい」
「無茶だけはしちゃだめよ。怪我をしたり、少しでも不安があったら、すぐにやめること」
一つ一つ、指折り数えるように告げられる条件。そのどれもが、私を縛るものじゃなくて、守ろうとしてくれているものだと、分かった。
「それと」
「……なに?」
「何かあったら、必ず相談しなさい。一人で抱え込まないこと」
母さんのその一言で、胸の奥がじんと熱くなる。
「それでも守れないと判断したら、その時は……」
「分かってる」
私は、強く頷いた。
「約束する。ちゃんと考えて、無茶しない。帰ってきて、いっぱい話す。それで、少しずつ経験を積む」
父さんはふっと笑って、肩をすくめた。
「まったく……いつの間に、こんなに大きくなったんだか」
「父さん!」
胸の奥が、ぱっと明るくなる。信じてもらえた。ちゃんと、認めてもらえた。
「ありがとう! 母さん、父さん!」
「ちょ、ちょっと、そんなに勢いよく……!」
「転ばないでよ!」
椅子から立ち上がりそうになるのを必死で堪えながら、ぎゅっと拳を握る。
やった……!
嬉しくて、でも気を引き締めなきゃいけなくて。その両方が、胸の中で混ざり合う。
これが、私の一歩目。守られるだけじゃない、自分で選んだ道の。




